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第三章 テオドルス・サリバン

48.スクルド◆ヴィンセント視点

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「え?今週末ですか……?」

 シリアルを口に運ぶ手を止めて、僕はジュディに聞き返す。

 彼女は今日はぴったりしたニットのワンピースにゆるく巻いた髪という出立ちで、午後からいつもの友人のブリリアと観劇に行くと言っていた。

「ええ。今週末、スクルドに行こうと思うの。返済元の担当者が変わるとかで、今後の返済スケジュールを見直そうって話を受けたから」
「………そうですか、」

 スクルドはここから車で一時間ほどの距離にある隣町だ。ここ、ウルズが遊びに行く場所であればスクルドは働きに行く場所であり、帝国内の大きな企業や銀行なんかが集まっている。

 そして、トリニティの本拠地もまたスクルドにあった。

「あの…以前もお話しましたが、貴女の夫が金を借りていた相手は一般人ではありません。僕が言えた話ではないですが、平気で法を破るようなヤツらです」
「そうね、貴方が言えた話じゃないわ」

 ジュディは口に手を当ててクスクス笑う。

「ジュディ先生、冗談を言っているわけじゃないんです。貴女がわざわざ出向く必要はない。電話か何かで…」
「私は子供じゃないわ。過度な心配はよして」
「でも、貴方はお人好しで弱い大人だ」

 茶色い瞳がハッとしたように大きく見開かれた。
 僕は、彼女が僕の前だけで見せた小さな弱さを思い出させようとした。それは酷いやり方ではあったけど、言葉で説得するよりも効果があると思ったから。

 自分で作った張りぼての殻の中に閉じ籠り、ジュディが彼女の思う「在るべき姿」を演じていることは知っていた。今でもそれは完全に消えてはいなくて、彼女はたぶんまだ僕を信用し切ってはいない。

 それは、正しい判断なのかもしれないけど。

「とにかく、一人で行かないでください。どうしても行きたいならば僕が近くまで同行します」

 良くない提案であることは承知の上。
 パレルモの犬として仕事をする自分がトリニティの領地に入るという行動の意味は、少し考えれば理解出来る。

「……分かった。行かないわ、電話で連絡を取るから」
「ありがとうございます。安心しました」

 引き下がってくれたジュディに内心ホッとしながら、僕は再びミルクを吸い過ぎたシリアルの塊にスプーンを突っ込んだ。

 トリニティについては、そろそろ本格的に調べる必要があるだろう。今まで無関心を装っていたわけではないけれど、調べても調べても創設の歴史ぐらいしか知ることは出来ない。現在のトップや、組織の規模感といった欲しい情報まではなかなか辿り着けなかった。

(ボスに聞いたら早い話なんだろうな……)

 アル・パレルモならば、きっと知っている。
 しかし、彼に聞くことはつまり向こうからも探られることを意味する。僕はあのネチネチした尋問の中で喋らなくても良いことまで口にしてしまうことが恐ろしかった。

 壁に掛かった時計を見る。

 今日はたしか、午前中にアルを交えた会議がある。会議なんて言ってもそれはただの報告会みたいなもので、どこの店の売上がどうだったとか、あの女が飛んだとか、そういう話をグダグダと煙草を蒸しながら話し合う場だ。

 午後からは予定がないので、出向いてみようか。
 トリニティに接触しなくても、彼らが牛耳るスクルドに赴くことで何か得られる情報はあるかもしれない。

 何か、有益な情報。
 たとえば、彼らが出資していたベンシモン・マックイーンがキャストを集めるためどのような手段を取っていたのかについて。トリニティが利益の見込めないビジネスに金を出すとは思えないので、僕はその繋がりに興味があった。

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