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第四章 リンメル・ベス

76.切れた鎖 ※

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「………っあ、」

 私はプツンと切れたネックレスを見つめた。
 真っ白なパールが床を転がって行く。

 テオドルスは私の視線を追って溜め息を吐きながら「また買えば良い」と言った。行為の最中、私を抱き寄せるために伸びて来た彼の手がネックレスに当たったのだ。

 それは、ヴィンセントからプレゼントされたものだった。

 私は腕の中から抜け出して、白い玉を拾い集める。小さな丸い粒を手のひらに大切に載せて、切れたチェーンを観察してみたものの、どうやらすぐに直せそうにはない。

「たがが装飾品だろう。気になるならまた新しいものを買ってやる。君はどんなタイプが好きなんだ?」
「………これが良かったんです」
「はぁ?」
「他のものではなくて、これが良かったんです。大切な…とても大切なものだったんです…!」

 皇子は苛立ったように頭を掻いて、いつまでも立ち尽くす私の腕を引っ張った。

「こんなもの、いくらでも買ってやると言ったんだ!いつまでも子供のように物に執着するな!」
「っんん!あ、殿下、やめ……」

 乱暴に頭を掴まれて口付けられると、息が苦しくなる。

 朝も昼も夜も、時間を問わずに向けられるテオドルスからの劣情は私を窒息させるようだった。自身の結婚式を控えた前夜であっても、彼は私に会いにやって来る。当然のように身体を重ねて満足したら去るのだ。

「明日の結婚式だが、君も出席しろ」
「……え?」
「花嫁の付添人が一人来れなくなったんだ。なに、ヴェールを持って歩くだけだ。君でも出来るだろう?」
「私は王女の友人ではありません!」
「言っただろう、人が足りないんだ。こちらで代理を立てることに王女も同意している」
「でも………」
「側妃であることに引け目を感じているのか?案ずるな、俺は誰よりも君を愛している。自信を持て」

 そう囁きながら、テオドルスはぬるりと舌を滑らして耳の中を犯し始めた。

 私はいったい何に対して自信を持てば良いのか。
 側妃であることに後ろめたさはないけれど、結婚式という幸せな場に、皇子と身体だけの関係を持つ自分が姿を現すことは失礼であると自覚していた。それどころか、何も知らない花嫁の後ろを歩けだなんて。

 そんなことはお構いなしにテオドルスは私の胸を揉みしだき、大きな手の中でやわやわと形を変えて遊ぶ。嫌で堪らないのに、このひと月の間に私の身体は随分と彼に教え込まれた。彼の望む反応を返せるように。


「………っやめて、テオ…!」
「止めてほしい女の顔ではないな。君は嫌だと言いながらこうして股を濡らすのか?」
「んんっ、」
「育てた甲斐があった。良い女になったよ、ジュディ」
「っああ…ッ……いや、またイく、もう…っ」

 倒れ込む私の身体をテオドルスが片手で支えた。
 彼自身も頃合いだったのか、勢いよく吐き出された欲が私の太腿を伝って落ちて行く。

 見上げた黒い空には欠けた月が出ていた。
 ヴィンセントは今、どこで何をしているのだろう。

 どうか、彼が小さな幸せに包まれていますように。
 私のことなんて忘れて、誰か他の女に慰められてその胸に抱かれて眠っていれば良い。そうしていつか、あれは気の迷いだったのだと笑い飛ばしてくれれば。

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