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エピローグ 1

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大和女子大学学生自治会会報『まなびのまほろば』夏号
無礼講インタビュー あの先生ひとに聞け! 第21回 高崎奏人講師(文学部)



編集部(以下編) 先生、本日はありがとうございます、ご都合も考えず指名させていただきました。
高崎奏人講師(以下高崎) とんでもありません、毎月楽しく拝読していますので、こちらこそ光栄です。
編 先生は週一日、わざわざ東京からこんなところにお越しくださっているのですが……何かこの大学に特別な魅力を感じてらっしゃるのでしょうか。
高崎 こんなところって(笑)。歴史ある国立大学なのに、ご謙遜ですね。私は北海道の出で、大学生の頃以来ずっと東京住まいなので、関西に縁が無かったんです。でも前職……ではないですね、兼業現職の同部署に大阪南部出身の女性がいまして、関西弁や彼女の言葉遣いがとにかく面白くて、関西にファンタジーを抱いていました。
編 ファンタジーですか(笑)。
高崎 はい(笑)。それでこちらの大学から教えてみないかというお話をいただいたとき、そのこと自体大変有り難かったですし、奈良もほんとうに知らない土地だったということもあり、二つ返事でOKしました。女子大は、纏う空気が穏やかで、みな綺麗に使うからいいですよね。学生さんは大阪から来ている人も多いせいか、やっぱり使う言葉が面白いです(笑)。それに全体的に純で知的好奇心が強い人が多いです。遠巻きに「教えて欲しいな……」とこちらを見ていて、手招きしたらダッシュしてくる感じがいいですね。若い女性がこんなに熱心に哲学なんか学びたいと考えるのかと、ある意味ショックだったと言いますか。
編 それは先生の講義が面白いからですよ。それと先生を目の保養にしている学生も多いということなんですが。
高崎 いや、もうこの際きっかけは何でもいいですよ、哲学という学問の火が消えないなら。
編 寛大でいらっしゃる(笑)。先生の講義を受けて、哲学のイメージがちょっと変わったという声も多いです。
高崎 そう感じていただけるなら有り難いことです。学問としての哲学を知り、自分の哲学を構築していただきたいと考えています。哲学って、本当に人間の辿たどってきた歴史において良くも悪くも普遍的なものです。宗教とも、文学とも、芸術とも、科学とも繋がります。今の若い人は、日々過剰な情報に晒されていますから、何が自分にとって必要なのか、何が信頼すべきものなのか、取捨選択するための指針にもなります。まあ自分の考えを固めるhow toを教えてくれるものだと受け止めてもらえればいいのではないでしょうか。
編 そんなあっさりとしているものなんですか?
高崎 いや、これはもちろん入門レベルの話ですよ。
編 ですよね?
高崎 はい、沼にはまるとそんなに甘くないと思い知らされます(笑)。
編 ところで、先生が修士論文を書かれていた時は、アメリカ史上最悪と言われている時期にあたるそうですね。
高崎 そういうことになるでしょうか。あの大統領に、パンデミックですからね。大学を卒業してすぐに、カリフォルニアの同じ大学で1年学んだのですが、やはりその頃と雰囲気は変わっていました。
編 身の危険は感じなかったですか?
高崎 感じなかったと言えば嘘になります。ウイルスを持ち込んだのはアジア人だと声高に言う人もいましたし、「おまえは中国人か?」と凄まれたこともありました。何よりも、そういったことを思っていても口に出すべきでないという理性を失している人が多いのが怖かったです。私は大学の寮を使わせてもらっていましたから、街に出なければ安心できました。
編 それでも得たものは大きかったと学生に話してらっしゃいますね。
高崎 はい、めちゃめちゃ勉強と読書に集中できましたから。嫌でも自分と向き合わなくてはならなかったですが、今思えばそういう時間を持つのは大切なことです。それに寮生たちと、きっと平常時なら有り得なかった濃厚な時間を過ごすことができました。いろいろ話をしたので、恐怖や寂しさがかなり薄められました。みんなそれぞれ自国に戻っていますが、今でもこまめに連絡をくれますよ。オンラインで集まったりもします。
編 日本と連絡は取ってらっしゃいましたか?
高崎 心配されましたねぇ(笑)。でも帰るに帰れない。もう腹を据えて、毎日本を読んで担当教官に会って勉強するしかないんですよ。そのころ日本でも、近くにいるのに顔が見られないと言った状況が続いていた、つまり距離に関係なく直接人と話ができない状況だったので、逆にこちらの寂しさが紛れるというか、「あ、僕だけが寂しいわけじゃない」みたいな、おかしな気持ちになっていました。
編 感染症もようやく落ち着きましたが、この数年に関して、先生の感じられたことを簡単に教えていただけますか。
高崎 簡単にって、難しいですね(笑)。私はSEですので、技術で人と人との物理的距離が縮まる可能性は感染症拡大以前から理解していたつもりでしたが、それを目の当たりにして、ああやっとこういう時代が来たんだなと感じました。しかし、だからこそ、人と人とが直接触れ合うことの大切さも浮き上がったように思います。これからはこの比重を、まあ簡単に言えばオンラインと対面の併用を、より快適なものとしながら生活していくのが課題になりそうですね。
編 どちらかばかりでは歪みが出ると。
高崎 私はそう思います。個人差もあるでしょうけれど。あとは……人類社会の大きな試練でしたよね、ここから我々は何を学ぶべきかです。身近なところでは、あの時期に噴出した社会的な問題の精査と、問題によって傷ついたものを如何に癒していくか、元通りにするのか新しい形を構築するのか、これは手探りでいいので、皆が考えるべきことですね。
編 マイノリティへの差別や、貧困ですね。
高崎 はい、それも含めて。
編 我ながらうまく話を運んだなと思っているんですが(笑)、先生はゲイであることをカミングアウトされていますね。
高崎 みごとな振りです(笑)。ここからプライベートに突っ込まれるんですね。
編 はい、それがこのコーナーの身上ですので。先生がゲイだと知って嘆く学生も多いんですよ……。
高崎 多くを求めないということでしたら、いくらでも授業の後にお付き合いしますよ(笑)。高校生の頃には自覚がありましたが、そのせいでトラブルも起こしましたし、家族ともぎくしゃくしました。大学生になって、理解者が出てきて、精神的には落ち着いたかな……まあでも、基本的には隠していましたね。
編 カミングアウトなさったきっかけはあったのですか?
高崎 パートナーと出会ったことです。あ、彼と私は同性パートナーシップ制度を使っていますから、夫と呼ぶべきなのですが、私は彼を自分の妻だと思っているので、パートナーにしておきますね。
編 ああ、言葉にこだわる先生らしいご発言(笑)。
高崎 いや、相手を何と呼ぶかは大事です。例えば皆さんはこれから男性と結婚して、その人が自分を家内と呼んだら、それに疑問を感じることになりますよ。彼は30代後半で自分がゲイだとわかった人で、私が目覚めさせたのですが(笑)、私のせいでアウティングされてしまったのです。名前を晒された訳ではなかったので、しらを切り通すこともできたのでしょうが、彼はもう開き直って、私を交際相手だとも周囲に言ってくれたので……これはよく考えたら自発的カミングアウトではないですね、彼に巻き込まれたのだと今気づきました。
編 (笑)。パートナーさんとは、先生のインスタグラムで人気のあきとさんですよね。
高崎 あ、それもチェックしていますか(笑)。何だかすっかりキャラクター化していますよね、彼も困惑していて。
編 話が前後してしまいますが、あのインスタを始めたのもアメリカにいらっしゃった時ですか?
高崎 はい。大学の美術部にお邪魔するようになり、感染症のせいで展覧会もできないしということで、クラブでインスタを始め、参加してみてこれは面白いなと。それとは別に、コンスタントに絵を描いて自分を鍛えたいと考えていたので、主にスケッチを週1作、個人のアカウントで上げていくことにしました。
編 論文を書きながらですよね? パワフルですね……。
高崎 あまりそれまで、自分を追い込んだことがなかったので、チャレンジしました。まあ感染症の拡大で、どこにも出かけられず時間があったこともありましたが。
編 人物画がお得意だと。
高崎 学生のころは全然駄目だったんですよ。社会人になってから、人を描くのは面白いと気づきました。私のパートナーは、真面目なサラリーマンですが、結構表情豊かなんです。留学中、やはり彼に会えなくて寂しくて、オンラインで話した後などに、思い出の場面を描いていました。
編 ブレイクしたのは……これでしたよね、”in the dawn”。すごい、いいねが50.2万。これ記事に挿入してもいいですか?
高崎 いいですよ。うーん、寝てるだけなのにエロス(笑)。イタリア人の女性の寮生が、これを描いている途中に、彼を自分に紹介して欲しいと言ったんです。でも仕上がったら、彼が私とただならぬ関係だとすぐ察したみたいで、謝られてしまいました。
編 (笑)。そうですね、視点が……べったりくっついて見ていますよね、ひゃあ。
高崎 清らかな乙女たちに見せてもいいものですか?
編 先生は私たちを買いかぶってらっしゃいますね、私たちはたぶん、先生が思ってらっしゃるほど清らかじゃないです。
高崎 (笑)。いいねが沢山つくと単純に嬉しいので、パートナーともう一人、昔からお世話になっている臨床心理士を勝手にシリーズ化しました。するとモデルにファンがつくという奇妙な現象が起きて(笑)。SNS社会ならではですね、モデルたちには迷惑をかけていますが。
編 あやのさんも綺麗な女性ですね、ファンもつきますよ。
高崎 この人はほんとに、元々絵になる女性です。中身も素敵な人です。最近は動物、奈良の鹿も可愛くてよく描いているのですが、パートナーが鹿せんべいをあげている絵が、自分的には気に入っています。
編 これですね、”feeding”……そのままじゃないですか。
高崎 これはパートナーをよく知る人には、ちょっと笑えるタイトルなんですよ。パートナーは比較的何でも美味しいと言って食べる人です。彼の周辺の人は皆そのことを知っているので、「餌付けされる側のお前が何で餌付けしてんねん」[編集注:ここを高崎先生は、見事な関西弁でおっしゃいました。]と突っ込むんです。
編 えーっ(笑)、あきとさんって何だか可愛らしい人ですね。
高崎 ええ、会社では営業のエースで沢山の部下を使っていますが、家では私の可愛い嫁です(笑)。
編 先生のインスタのフォロワーさんたちは、先生を画家というよりは神絵師に近い人と認識している感じがします。
高崎 だからモデルにファンがつくのでしょうね。私は何者と受け取られても全然構わないですよ。描いたものを楽しんでくださるかたが世界中にいるのは、幸せなことです。
編 年末に画集を出されるという噂ですが。
高崎 研究書でなくてもお話ししていいのですか? 
編 先生の研究書はアメリカで刊行している英文の共著ですよね、読める人が限られてしまうので(笑)。大丈夫です、他の先生もいろんなご本を宣伝されています。
高崎 では遠慮なく(笑)。インスタにこれまで挙げたスケッチだけでなく、彩色したものや、描き下ろしも入れる予定です。
編 楽しみです。大学の教員、SE、画家と3つの顔をお持ちの先生の生き方に、憧れると言う人も多いですね。
高崎 そのこと自体が、世の中の変化だなと感じますね。私の恩師は、専門以外のことにも造詣が深かったのですが、師のことをディレッタントだと陰口をたたく人が少し前までは多かったんです。
編 仏文学者の西澤遙一先生ですか? 先生も編集に携わられた追悼小論集が、本屋大賞の候補になりそうなくらいバズったという。
高崎 はいそうです、よくご存じで(笑)。師が、研究者の枠は超えていなかったにもかかわらずそんな言われ方をされていた頃なら、私など邪道の極みだったでしょう。
編 先生も恩師の影響を受けてらっしゃるのですね。沢山のことができる人って、素敵だと思いますけれど。芸能人でも、そういう方が増えましたし。ただ、いざ自分がやるとなると……。
高崎 その気になればできますよ。これは学生の皆さんにも言いたいのですが、興味のあることは今から何にでも挑戦するといいです。自分の表現の手段はたくさん持っているほうがいいし、全くジャンルの違うことをしていても、自分の中で繋がり、力になります。海外じゃ、アスリートでありながら医師とか、音楽家でありながら弁護士なんていう人も多いでしょう?
編 そうですね。一つのことを極めないといけないという考えって、日本的なんでしょうか。
高崎 一つのことを極めるのは素晴らしいことです。ただ日本では、根性論に根差しているのが微妙なんですよね。それをどうしても手放さなくてはならなくなった時に、方向転換できなければ潰れてしまいます。西洋占星術では、2021年から風の時代が始まっており、一つのことに拘泥こうでいすると世の流れに取り残されるということなのですが、ある意味真実ではないかと私は思います。ディレッタント上等です(笑)。
編 今学生へのメッセージをいただきましたが、先生ご自身のこれからの目標など、是非聞かせてください。
高崎 はっきりしている目標は、確実に博士を取り、良い論文をできる限り発表することです。まだ私は研究者として半人前ですから。ただそうなったときに、仕事の配分をどうするべきなのか、迷うでしょうけれど……迷うことも楽しめるくらい、ふてぶてしくありたいです。
編 プライベートではどうですか?
高崎 私もパートナーもカミングアウトしていますし、こうして人に話す機会の多い人間です。自分たちがゲイとして生きていく過程をある程度公開することで、あらゆるマイノリティの指針や手助けになればそれに越したことはありません。ですから、仲良く過ごしたいですね。私たちが別れても、ネタにはなるのでしょうが(笑)。
編 かなり仲良しですよね?
高崎 惚気のろける訳ではないですが、仲良しですよ(笑)。私もいろいろ問題を抱えていた人間なので、私を受け入れてくれる彼にはほんとうに感謝しています。お互い年を取るまで沢山思い出を作って、彼を介護して見送るのが目標なんです、10こ上なものですから。
編 そんなところまで決めてらっしゃるんですか(笑)。
高崎 人生なんて予想する通り行く訳がないのにね(笑)。ああ、学生の皆さんも強くなってください、想定外の出来事に簡単に心が折れないように。強く、優しくなって欲しいです。きっと女性であること自体で、残念ながら日本は嫌な思いをまだまだしなくてはいけない国です。でもいわれなき差別に疑問を覚え立ち向かうという経験は、人を美しくし、成長させます。そういった経験のない、社会通念などという曖昧でもろいものを根拠に他人をおとしめるような人は、可哀想なんです。負け惜しみでなくそう思えるくらい、差別に抗議し、時にはやり過ごして、たくましくなって欲しいと思います。
編 力強いお言葉、ありがとうございます。何とも言えず名残り惜しいですが(笑)、本日はありがとうございました。
高崎 こんなお話しで良かったのでしょうか(笑)。こちらこそ、ありがとうございました。

高崎奏人先生のご担当:「哲学概論」(一般教養科目) 「西洋哲学史」(文学部選択科目) 「新しいジェンダー論/思想と性」(全学部共通特講)
先生の新しいご本:『Kanato作品集 とわのひかり Lux aeterna』(12月下旬刊行予定)

☆Web版おまけでは、高崎先生の20代のころの衝撃的なアルバイトと、パートナーさんとの出会いやこれまでの軌跡を公開しています。カナちゃん先生の知られざる魅力が炸裂していますが、自分が清らかな乙女だと思う方は、閲覧注意です!
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