夜は異世界で舞う

穂祥 舞

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 だいたい何で俺がびくびくしなきゃいけないんだ、と晴也はショウの涼やかな目許を見ながら考える。晴也はめぎつねのスタッフに、昼間は存在感を消しながら商社で勤めていることを、ざっくり話している。つまり、昼間に自分と顔を合わせたことを知られて困るかもしれないのは、ショウのほうなのだ。
 ショウは国産のウィスキーを選んだ。

「あら、渋好み?」

 ママがこちらを見て頷くので、晴也は「余市」を棚の奥から出した。ショウは、ほんとは竹鶴が好きなんですけど、と、今手に入らない銘柄を口にした。晴也もそのウィスキーが好きで常々残念に思っているので、共感する。

「ハルちゃん、ご馳走になる?」
「え……じゃあ遠慮なく……」

 ママがショウの許可を得てウィスキーの封を切るのを見ていると、カウンターに一番近いテーブル席の女性客が手を振った。晴也はここぞとばかりにカウンターを離れる。
 女性の二人連れは、藤田さんと牧野さんといい、会社の同僚だと聞いている。晴也がこの店で働き始めた頃、彼女らも通い始めたこともあり、晴也の女装男子としての成長を見守ってくれている。

「ハルちゃん、私たちもウィスキーいっちゃおうかなと」
「勝手にやるからセット持ってきて、甘いアテ何か欲しいな」

 晴也は了解し、すぐにカウンターでグラスと氷、そしてつまみの皿を準備する。

「今日はポッキーとアーモンドチョコレートでよろしく」

 晴也はママの指示に従って、お菓子を皿に盛り、彼女らのキープボトルを棚から下ろした。ショウの視線を感じたが、そちらに目をやらないようにする。
 一式を載せた皿をテーブルに置くと、藤田と牧野が晴也に顔を寄せてきて、順番に言った。

「ね、彼めっちゃスタイルいいよね」
「眼鏡色っぽい、ハルちゃんのお客様?」

 ショウのことのようだ。すぐに話題になるのが何となくしゃくさわるのだが、女たちの注目を集める男が自分を目指してこの店に来た(らしい)という事実は、悪いものではなかった。

「俺の客ってことでもないんですけど、二つ隣のビルの地下にあるルーチェってショーパブで踊ってらっしゃいます」

 晴也の返事に、二人はおおっ、と声を揃えた。晴也が振り返ると、確かにそこからカウンター席の客がよく見えて、ショウが絵になる姿で座っているのが目を引いた。

「ダンサーかぁ、身のこなしがキレイなはずだわ」
「頭ちっちゃくて手足長いよね、連れて歩いて羨望の視線を浴びたいわね」

 晴也は笑う。彼女らの言うとおりだった。ただ座っているだけなのに、据えられた腰から背骨が真っ直ぐ伸びているのがわかる姿勢が美しい。昼間のありふれたスーツに隠されていた上半身の程よい筋肉が、セーターだとよくわかる。

「踊ってるの見たいな」
「水曜と金曜に出てるそうです、あっでも水曜は男性専用なのかな」

 晴也はトングでグラスに氷を入れながら説明する。

「男性専用?」
「みんなじゃないと思いますけど、ゲイの男性が観にいらっしゃるみたいですよ」

 二人がまたおおっ、と声を揃えたので、晴也は吹き出してしまう。

「ってことは裸で踊るのよね?」

 牧野が声をひそめる。マッチョな男が裸で踊るのを見たいのは、ゲイだけではないだろうなと晴也は思う。

「そうですね、俺昨日誘われて初めて観たんですけど、ちょっとずつ脱いでいくんです」
「ええっ! 観たいっ!」

 女性たちの声が黄色く高くなり、店の中にいる人の視線が集まった。ショウもゆっくりとこちらを見た。ちょうどいい、宣伝させてやろう。

「ショウさん、こちらがショウさんたちの舞台に興味がおありだと」

 晴也が声をかけると、ショウは身軽に椅子から降りて、数歩でこちらにやって来た。客同士の会話を聞きながら、晴也は水割り作りに集中する。

「私たちも観に行っていいですか?」
「ありがとうございます、毎週金曜に出ています、近いところなら明日」
「今ハルちゃんがストリップみたいだったって教えてくれたんですけど」

 藤田の言葉にショウは微苦笑し、晴也をちらりと見た。目が合ったが、晴也はすいと視線を外す。

「水曜は男性向けにそういう演出をします、金曜はそんなに肌は出しません」
「金曜はどんなダンスをされるんですか?」
「コスプレが多いかなぁ」

 コスプレとは、どういう舞台なんだ? 晴也は女性たちの前に水割りを出しながら、胸の内で首を傾げる。
 ショウは気取りや自慢など全く感じさせない、フラットで感じの良い対応をする。その辺りは、昼間の仕事と一緒だったが、ショーダンサーとしてはどうなのかとも思う。

「燕尾は最初に必ず着ます、そのあと制服やスポーツウェアで」
「えーっ、ステキ」
「あ、第4金曜日は人気投票とリクエスト回収があるので、明日よろしかったらお越しください……開演時間がちょっと遅いんですが」

 ショウはちゃっかり二人の女性に、明日観に行く約束をさせた。流石さすが営業担当だ。
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