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悪役令嬢は倒れない!

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「エリザベス、俺はお前との婚約を破棄する」
 私の婚約者ジェームズ王子は、卒業パーティーの舞踏会場で、高らかにそう宣言した。
 美しい金髪とやせ気味ながらすらりとした体。そして、整った顔。公式な場での私たちの晴れ舞台なのに、彼は私ではなくて、浮気相手のかたわらにいる。
 
 私が、大好きだった彼は、もう私の婚約者ではなくなってしまった。さっきから、周囲の目が痛い。
 
 会場の全員が、私たちを見つめていた。だって、そうでしょう?
 今日は学園の卒業式。王子と婚約者として、私たちは一番注目を浴びるはずのカップルだったのだから。
 
「理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
 こんな屈辱を受けたのははじめてよ。
 
 
「エリザベス。お前は、公爵令嬢かつ外交を司る国務尚書の娘という高貴な身分にも関わらず、男爵令嬢イザイラに対して、悪質な嫌がらせをしていたな? そのような者が、将来、王妃として国の頂点に立つことなど許されるはずもない」
 
 なるほど、よく聞く話だ。王子様と近づきたい女が、ライバルを蹴落とすために、悪評を流す。
 だけれども、嫌な予感がするわ。
 
 たまにだけど、私は夢遊病のようになることがあるの。ここ半年くらいで、1時間ほど急に意識を失い、気がついたら別の場所にいる。そんなことが何度もあったから。
 
「イザイラのことを階段から突飛ばしたり、食事に針を仕込んだこともあるな? 級友たちも、それを実際に、見たと証言している」
 
 証人もいるのね。じゃあ、言い訳をしないほうがいい。今は、ただ我慢よ。
 
「王子様、私はエリザベス公爵令嬢にこの学園に入ってからの3年間ずっと嫌がらせを受けていました。両親のことを、金で爵位を買った成り上がりものなどと悪口を言われて……とても、とても、悔しい思いをしてきました。たしかに、私の家族は、元々は身分の低い商人でしたが、そんないわれを受ける覚えはありません」
 
 周囲の目が私に厳しく向けられている。こんな悪意に満ちた視線は、はじめて。
 
「身に覚えがありません」
 
「なにを白々しいことを言っているのだ。たとえば、2カ月前の昼休み。お前は、私と仲良く話をしていた彼女に難癖をつけて、噴水に叩き落したな? 私の従者がたしかに、それを見ていたのだ。言い逃れることはできまい?」
 
「記憶にありません」
 
「ならば、イザイラ説明してくれ」
 
「はい、王子様。あの日、私は、王子様と一緒にお昼ご飯を食べた後に、授業に向かうために中庭を歩いていました。ちょうど、人気が無いように見えたのでしょう。エリザベス様は、私に向かって『この泥棒ネコ』と怒鳴り散らして、噴水に向かって私を強く押しこんだんです」
 
「ちょうど、私の従者が、彼女の忘れ物のハンカチをとどけるために、追いかけていてそれを目撃したんだ。残念だったな、エリザベス」
 
 たしかに、浮気性のあなたに、ヤキモキする気持ちはあったけど、そんな暴力をふるうことなんて、考えたこともないのに。あなたは、信じてくれないのでしょうね。むしろ、口うるさい私を排除できて幸運くらいにしか思っていないんでしょう? 浮気をされて、私がどんなに傷ついていたかもしらないくせに……
 
「さらに、1年前の新入生歓迎会の時だ。お前は、イザイラのケーキに針を仕込んだな。食堂のシェフから、お前に買収されてやったという自供も得ている。これをどう言い逃れるか?」
 
「そもそも、私は、1年前に、彼女と面識もありませんでした。なぜ、そのようなことをする必要があるのでしょうか?」
 
「見苦しいな。すでに共犯も、自供しているのだ。そんな言い訳が通じるわけがあるまい」
 
「私を信じて、ください。ずっと、婚約者として、共に苦難を乗り越えてきた仲ではありませんか、王子様!」
 私は、最後の希望をこめて、懇願した。
 
「くどい。お前が、私の信頼を裏切ったのだ。お前には、すべての身分をはく奪して、国外追放に処してやる。覚悟しておけよ?」
 
「信じては下さいませんか……」
 
「ああ、俺はお前のことをずっといけ好かない奴だと思っていたよ。清々する」
 
「そう、ですか……」
 
「さあ、認めろ。お前の罪をな!」
 
「ふふふ」
 
「何が可笑しい?」
 
「いえ、まさか、あなた方ふたりが、ここまで頭の中、お花畑だったとは思いませんでしたので」
「王子である私を愚弄するか!?」
 
「ええ、馬鹿に付ける薬はありませんからね」

―――

「不敬罪で、この場で切り捨ててやる! お前たち、この女を拘束しろ」
 
 場は、騒然となった。兵士たちが私を取り囲んだ。
 
「そこまでだ! 残念ながら、逮捕されるのは、あなたです、兄上!」
 混乱したパーティー会場に、ひとりの貴公子が現れる。
 
「カール。どうして、おまえがここにいる!」
「この混乱を収めるためです、兄上。すべては、エリザベス令嬢が教えてくれますよ?」
 
「私が、こんな茶番に手をこまねいてみているだけの、か弱いレディだと、思っていたんですか? 元・婚約者様?」
「なにを言っている……」
「最終的には、私が勝つって言ってるんですよ、このバカ王子っ!」
 
 さあ、披露しよう。
 愚者たちの円舞曲を……
 
 ※
 
「イザイラさん、私の父は外交を司る国務尚書だとご存知かしら?」
「ええ、知っています。そうやって、家柄を誇るつもりですか……潔く負けを認めてください」
 
 話をしているだけでも、イライラする。私を敵に回さなければ、こんなことにはならなかったのに……
 
「国務尚書は、輸出入を取り扱う税関も管轄なのは、ご存知?」
 
「えっ?」
 
 そんなことも知らないで、王子様に近づいたんだ。
 
「それでね、禁書となっている黒魔術の書籍や道具の密輸がこの前、見つかったらしいんだけど、どうやら輸入元は、あなたの叔父様が経営している会社みたいなのよ。すごい偶然ね?」
 
「私は何も知りません」
 
「そう言うと思った。でもね、会場の皆さん、これだけは覚えていてほしいわ。その密輸は、何度も繰り返されていた形跡があるらしいわ」
 
 会場が違った意味でざわつきはじめた。
 
 イザイラは、少しだけ顔色が悪くなっている。
 
 でも、もう許せないわよ?
 
「そして、もうひとつ。実は、私は1年前から、突然、意識を失い行動する夢遊病のような症状がでてしまっていたんですの。医者に診てもらっても原因不明で困っていたんですが……」
 
「それを、口実に逃げるつもりか!」
 
 バカ王子は、黙っていてほしいんだけどな。
 
「違います。父のつてを使わせていただいて、王宮魔導師様に診察していただいたんです。彼は、何と言ったかわかりますか? ジェームズ様?」
「まさか……」
 
 
「そのまさか、黒魔術を使用されている痕跡があるって……ええ、おかしいですわね。黒魔術は、許可が無いものが取り扱えば重罪。その許可は、王宮魔導師様しか持っていない」
 私はゆっくりとバカップルを追い詰めた。
 
「でもね、この王国には、黒魔術を使えるかもしれない存在が、王宮魔導師様以外にもいることは皆さまもご存知ですよね?」
 状況証拠は、そろっている。
 
「イザイラ様のご実家……黒魔術の禁書を秘密裏に輸入していたのはまさか……」
 学生の誰かが気がついたようだ。
 
「ええ、黒魔術は、人の意思を操作できるほど危険なもの。使うだけで重罪ですわ」
 
 私は勝ち誇った顔で、イザイラのメンタルを削り続ける。
 
「そんなものは証拠がないじゃないですか! たしかに、叔父様が不正をしたかもしれません。しかも、私がその主犯なんて、論が飛躍しすぎです!」
 
「わかっているわよ。そんなこと。でも、あなたは、もっと勉強した方がよかったわね? 実は1週間前に、学校が所有する森の中で灰が見つかったんです。随分、新しい灰でほとんど回収できたわ」
「灰なんて言われても、意味が分からないわ」
 
「無駄なあがきね。知らないなら、教えてあげるわ。黒魔術が作用したものは、たとえ燃やしても、適正な処理をしていなければ、魔力で簡単に復元できるの!」
 
「えっ……」
 
「そして、こちらがその復元したもの。たくさんの紙と一本のペンがでてきたわ」
 
 見る見るうちに、イザイラと王子様の顔は青くなった。
 
 ※
 
 
「6月30日 12時50分 
 
 エリザベスが、私を池に突き落とす」
 
「2月15日 15時
 
 クラスメイトみんなに、エリザベスが私を階段から突き落とした幻覚を見せる」
 
 
「3月1日
 
 食堂の料理人が、私の食事に針をいれたことを自供する。
 首謀者はエリザベス」
 
 ※
 
「おそらく、あなたは、このペンのインクに黒魔術をこめていた。きっと、操作系の魔力ね、違う? 日時を指定して、人を思い通りに操れるというところかしら」
 
「知らない、知らないぃ。これは全部、あんたのでっちあげぇ」
 
「さきほどとは、まるで性格が違うみたい。まぁ、いいわ。なら、ここにいる皆様に判断をゆだねましょう」
 
「なにをするつもり?」
 
「簡単なことよ? あなたが私たちにしたことと同じこと」
 
 王宮魔導師様にお願いして、1度だけ私がこのペンを使うことを許してもらっている。
 
 私は、紙に一言だけ書き足した。そして、教えてもらった詠唱を口ずさむ。
 
 ※
 
「1分後
 
 イザイラが、すべての真実を話す」

―――

「いやだ、やめて、そんな、うそでしょ」
 イザイラは、明らかに動揺している。

「大丈夫よ、あなたが嘘を言っていなければ、悪いのは、私でしょ? みんなに判断してもらうために、あえて、真実を話すと書いたのだからね」
 さあ、チェックよ。これになにか対抗策を打ち出せるのかしら?

 だせなければ、チェックメイト。
 あと、50秒ね。

「そんな――私は、ただ……」

「ただ? 何なのかしら? まあ、いいわ。あと数十秒後には、すべてがわかる。私が悪いのか、それとも、あなたがすべて自作自演をしていたのか」

「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」

「謝る必要はないわ。だって、あなたは被害者なのでしょう。すべては、私が仕組んだことで、あなたは私を罰して王子様と楽しく過ごせるのよ? とても、楽しみね」

 あと、30秒。
 イザイラは、化粧も崩れて、汗と涙ですさまじい形相になっている。でも、こんなことで私の怒りは収まらない。

「もし、あなたがすべての黒幕なら、魔術法違反と傷害罪、それから、王族と公爵家の仲違いを計画した罪で、国家反逆罪になってしまうかもね。あなたの計画は、内乱につながりかねないほど危険な行為だもの。もちろん、男爵家は取り潰し。残念ながら、あなたのお父様は処刑されてしまうかもしれないわ。首謀者のあなたも――きっとね」

「いやああぁぁぁぁぁあああああああ」

「イザイラ、なにか言ってくれ。お前は、被害者なんだよな? そうなんだよな?」

 あと、15秒だ。観衆たちは、王子と自作自演女の茶番を、冷たい目で見つめていた。

「いや。死にたくない。言いたくないぃ。私は、お妃さまになって、みんなにうらやまれる幸せな生活を……」

「10、9、8……3、2、1、0。時間ね。イザイラさん、私の質問に答えて。あなたは、黒魔術で周囲の人間を操って、私を追い落とそうと計画した、違いますか?」

「ちがう、ちがう、ちが……あっ」
 彼女は必死の抵抗もむなしく、黒魔術の影響下に落ちる。

「そうです。私は、自分が王妃様になるために、エリザベスを失脚させようと計画しました」

「黒魔術も使ったことを認めますか?」

「はい、叔父様に頼んで、黒魔術の道具を密輸しました。もちろん、お父様にも相談の上です。いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」

 観衆たちは、言葉を失った。
 悪女の絶叫だけがホールにこだました。

「みなさん、これが真実です」
 私は、高らかに勝利を宣言した。

「嘘だろ? 俺は、お前のことを信じていたのに……」
 王子も泣き崩れるイザイラをぼう然と見つめている。

「さて、兄上。あなたは、エリザベス公爵令嬢を冤罪で糾弾し、陛下の許しもなく勝手に婚約破棄する暴挙に出た。これは、許されない行為です」

「……」
 元婚約者は、頭を垂れて、地面に向かってわけのわからないことを小声でつぶやいていた。

「陛下からすでに、裁可は得ております。まず、兄上。あなたは、今回の件で犯罪者を擁護し、婚約者であったエリザベス公爵令嬢を公衆の面前で愚弄した。あなたは、王族にはふさわしくありません。残念ながら、王位継承権は、はく奪。廃嫡となりますので、別命あるまで、王宮で謹慎してください」

「……」

 これは、島流し寸前ね。王宮にいても謀略に巻き込まれる危険性があるから、どこかで飼い殺しされることになるはず。

「そして、今回の主犯である男爵家は、すべての爵位と領地、家財を没収。男爵は、裁判にかけられます。また、イザイラは、奴隷身分に落とし、黒魔術使用の罪で、声が潰されます。もう、あなたは、どんな陰謀にも関与できない」

 声を潰されてしまえば、もう黒魔術は使えない。
 女の奴隷身分であれば、成り上がりの商人や裏社会に買われることが多い。そうなってしまえば、ある意味、死よりも辛い状況になるだろう。それも、元貴族の称号がそこでは、逆の方向に作用してしまう。

 高貴な身分の女だったというのは、支配欲に満ちたゲスな男たちにとって愉快なスパイスなのだから……

「いやああぁぁぁぁぁあああああああ。奴隷なんて嫌だぁぁぁっぁ。私は、王妃様になるはずだったのにぃ」

 イザイラは、衛兵たちに連れられてどこかに消えた。
 たぶん、もう会うこともないだろう。

「エリザベス公爵令嬢。この度は、本当に申し訳ございませんでした。王族を代表して、あなたにお詫びいたします」

 さすがは、王族の最高傑作と言われるカール王子だ。聡明でうらやましいわ。

「ええ、でも、殿下が謝ることではありませんよ」

「陛下は、あなたのことをとても心配しております。公爵家には、この度の兄の愚行に対して、誠意をもって対応させていただきます。なにか要望があれば、言ってください」

「ならば、私は留学に出たいと思います。その費用と推薦状を書いていただくことはできませんか?」

「留学ですか?」

「ええ、残念ながら、私はこの後の予定がすべてなくなってしまいました。ほとぼりを冷ますためにも、知見を広げるためにも、世界をもっと見たいのです」

「わかりました。陛下と王宮魔導士様、おふたりから推薦状をいただきましょう。その2通があれば、世界中のどこでも学ぶことができるでしょう」

「ありがとうございます」

 さすがに、こんなことになってしまったから、しばらくは縁談の話もでてこないだろうなぁ。それなら、今回の件で作った王家への貸しを有効に使って、人生を謳歌してみせる。

 私の新しい人生は、今からはじまる。
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みんなの感想(2件)

花雨
2021.08.16 花雨

作品登録させてもらいました♪ゆっくり読ませてもらいます(^^)

D
2021.08.16 D

ありがとうございます!楽しんでもらえると嬉しいです!(^^)!

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スパークノークス

お気に入りに登録しました~

D
2021.08.16 D

ありがとうございます! とても嬉しいです!

解除
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