Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

文字の大きさ
31 / 76

27

しおりを挟む
「ッ……!!」

今正に思い浮かべていた、自覚したばかりの想い人。その彼が突然目の前に現れ、心臓がドコンッと信じられないくらい大きく跳ねた。と同時に、反射的に顔を背けてしまい、即座に込み上げた後悔にぶわりと嫌な汗が吹き出る。

(ばっ……か……!)

二重の意味で、メリアの方を向けない。
自覚してしまった恋心からの羞恥と、あまりにも露骨に逸らしてしまった視線の気まずさ。
ドッドッドッと、早鐘のように鼓動する胸が苦しくて、居た堪れなくて、作った表情はあっという間に崩れていた。
何か、何か言わなければ……そう思うのに、あからさまに顔を背けてしまった罪悪感と、嫌な態度を取ってしまった自分への嫌悪感から、気持ちはこの場から逃げ出したくて堪らなかった。

「す、まない……びっくり、してしまって」

気持ちを叱咤し、なんとか振り絞った声は情けないほど震えていて、グッと唇を噛み締めた。
言い訳がましいのは百も承知だ。それでも、どうしようもなかった。
ああ、こんな状態で、きちんと彼の告白を断ることができるのだろうか──まともにメリアを見ることすらできない自分の弱さを無理やり押し潰すように、なんとか表情を取り繕うと、彼が通る道を空けようと、その場を一歩下がった。

「お先にどうぞ……っ!?」

体が一歩分後ろに下がりかけたその瞬間、ドアノブに伸ばされていたメリアの右手が、片手を掴んだ。

「!? メリアく……!」

突然手を掴まれた動揺と、予想外の強い力にビクリと肩が跳ねるも、告白を受けた時以来の接触に、カッと頬が熱くなった。
だが驚きから見つめ返したメリアの表情は険しく、初めて見たその顔にビクリと肩が跳ねた。
そのまま部屋の中へと引っ張られ、皆が仕事をしている部屋の手前、打ち合わせなどで使う小部屋へと引き摺り込むように連れていかれた。

「ッ……」

ガチャンと響いた鍵の音に、緊張感が高まる。
突然すぎるメリアの行動に頭が追いつかず、驚愕と混乱、ほんの少しの恐怖から、彼に掴まれた指先が僅かに震えた。

「メリア、くん……?」

扉近くで足を止めたメリアに、恐る恐る声を掛ければ、ゆっくりとこちらを振り返った彼の怒気を含んだような顔つきに、心臓が竦み上がった。

「ッ……」
「……なぜ、そのようなお顔をなさっているのです?」
「そ、そのような……て……」

愛らしい微笑みばかりを見てきたメリアの初めての不機嫌な表情に、泣きたくなるほどの恐怖を覚える。
一瞬、思い切り顔を背けてしまったことに対して怒っているのかと思ったのだが、問われたのは別のことで、まともに動かない頭では、何を言われているのか即座に理解することができなかった。

「な、に……」
「……自覚が無いのですね……嫌だな」
「……!」

ポツリと零れた『嫌』という一言に、胸が痛いほど締め付けられる。
メリアに嫌悪されるほど、見苦しい顔をしているのだろうか……湧いた感情は重く、喉が詰まるような息苦しさに、上手く呼吸ができなかった。

「す、すまな……」
「ずっとそのお可愛いらしい顔で外を歩いていらっしゃったのですか?」
「……え?」

(……可愛らしい?)

早口で紡がれた言葉に耳が追いつかず、一拍呆けている間に、メリアの体が一歩近づいた。

「っ……」
「そのようにお可愛らしい顔をして、陛下とお話しをされていらっしゃったのですか?」
「か、かわい、なんて……」
「耳まで赤く染めて、瞳を潤ませて、とても扇情的でいらっしゃるのに……自覚がないなんて、悪い冗談のようですね」
「せん……!?」
「そのお顔で、ここまで歩いてきたのですか? 一人で? 他の男共が変な気を起こしたらどうするのです?」
「そ、んな……」
「おかしな輩に会わなくて本当に良かったです。……それでも許せませんが」

未だに掴まれたままの手が痛い。
握り込まれた手の平を掴む指先はほっそりとしているのに、どこにそんな力があるのかと思うくらい力強かった。

「メ、メリアく……」
「……僕以外の前で、そのような顔をしてほしくありません」
「……っ!」

感情を剥き出しにしたような一言に、ドクンと胸が高鳴った。

(ああ……ダメだ)

メリアの言葉は、裏を返せば『彼の前ではそういう顔をしてほしい』ということだろう。
彼の告白を断ろうと決意したばかりなのに、独占欲にも似た彼の気持ちを喜んでしまう自分がいる。
再び熱くなった頬を隠すように、空いた片手でみっともない顔を隠すと、メリアの視線から顔を逸らした。

「……」
「……」

なんと答えていいのか分からず、互いに口を噤んだことで、沈黙が部屋の中に流れる。
ほんの数秒にも満たない短い沈黙と、落ち着かない片手から伝わる熱。
自身の鼓動の音が彼にも聞こえてしまうのでは、触れた手から伝わってしまうのでは……と羞恥が膨らんでいく中、メリアがそっと顔を伏せた。

「……申し訳ありません」

耳に届いた静かな声に、ハッとして視線を戻すも、身長差のせいで俯いた彼の表情は見えなかった。

「勝手なことを申し上げて、すみませんでした。僕が嫌だというだけで、ベルナール様にはなんの関係もないのに、大変失礼致しました」
「ッ──」

『なんの関係もない』
突き放すような言葉が、グサリと胸を刺した。

「ベルナール様のお加減が悪いのも、僕が余計なことを言って、悩ませてしまったせいですよね」
「メ、メリアくん……」

ザワザワと騒つく胸に、声が震える。
余計なことなんて、どうしてそんな悲しくなることを言うんだ。
自分が、何も言わなかったから?
顔を逸らしてしまったから?
……その態度が、彼を傷つけたから? 

「っ……」

違う、違うんだ、と意味のない否定の言葉を頭の中で繰り返すも、それがメリアに届くはずもなく、音にならない声が、唇からはくりと漏れるだけだった。

「メ、リア……」
「……困らせてしまい、申し訳ございませんでした」

するりと解けた指先と共に、メリアの体が離れた。
そのまま二歩、三歩と離れていくメリアに、ドクドクと心臓は脈打ち、嫌な感覚が全身に広がった。

(まって……待ってくれ……)

何か言わなければ、とそう思うのに、頭が上手く動かない。
軋むような心と脳に、体もまともに動かせず、ただメリアの手に包まれていた指先が『寂しい』と泣くように震えていた。

「先日お伝えしたことは、忘れてください。……本当に、申し訳ございませんでした。
「ッ……!!」

(……嫌だ)

瞬間的に胸に走った痛みと悲しみに、視界が滲んだ。
彼にそんなことを言わせたかったんじゃない。言われたくない。
今にも泣いてしまいそうな自分に、吸い込んだ息で喉が引き攣った。

(嫌だ……)

正直、まだ恋愛がどんなものかも分かっていない。
Subのことも、Domのことも、何も知らない。
メリアの為にも、告白を受け入れてはいけないと分かっている。断るべきだと分かっている。

(嫌だ……っ!)

そう思うのに、気持ちが、本能が、彼を『恋しい』と想い、このまま離れるのは嫌だと叫んだ。
彼の中で、嫌な記憶として残ってほしくなかった。
──自分の気持ちすら伝えず、無かったことにしたくなかった。

「っ……」

顔を逸らしたまま、部屋を出て行こうとするメリアに向かい、大きく一歩を踏み出す。
それまで固まっていたのが嘘のように、体は滑らかに動き、伸ばした右手は彼の細い手首を掴んでいた。

「!」

刹那、驚いたようにこちらを振り返ったメリアと目が合った。
見開かれた綺麗な金色の瞳を見つめ返すと、喉の奥で詰まる声を無理やり絞り出すように、彼に伝えるべき言葉を告げた。



「す……好き、だ……、私も、メリアくんのことが、好きだ……!」
しおりを挟む
感想 37

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中  二日に一度を目安に更新しております

やっと退場できるはずだったβの悪役令息。ワンナイトしたらΩになりました。

毒島醜女
BL
目が覚めると、妻であるヒロインを虐げた挙句に彼女の運命の番である皇帝に断罪される最低最低なモラハラDV常習犯の悪役夫、イライ・ロザリンドに転生した。 そんな最期は絶対に避けたいイライはヒーローとヒロインの仲を結ばせつつ、ヒロインと円満に別れる為に策を練った。 彼の努力は実り、主人公たちは結ばれ、イライはお役御免となった。 「これでやっと安心して退場できる」 これまでの自分の努力を労うように酒場で飲んでいたイライは、いい薫りを漂わせる男と意気投合し、彼と一夜を共にしてしまう。 目が覚めると罪悪感に襲われ、すぐさま宿を去っていく。 「これじゃあ原作のイライと変わらないじゃん!」 その後体調不良を訴え、医師に診てもらうととんでもない事を言われたのだった。 「あなた……Ωになっていますよ」 「へ?」 そしてワンナイトをした男がまさかの国の英雄で、まさかまさか求愛し公開プロポーズまでして来て―― オメガバースの世界で運命に導かれる、強引な俺様α×頑張り屋な元悪役令息の元βのΩのラブストーリー。

隠れSubは大好きなDomに跪きたい

みー
BL
ある日ハイランクDomの榊千鶴に告白してきたのは、Subを怖がらせているという噂のあの子でー。 更新がずいぶん遅れてしまいました。全話加筆修正いたしましたので、また読んでいただけると嬉しいです。

【完結】愛されたかった僕の人生

Kanade
BL
✯オメガバース 〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜 お見合いから一年半の交際を経て、結婚(番婚)をして3年。 今日も《夫》は帰らない。 《夫》には僕以外の『番』がいる。 ねぇ、どうしてなの? 一目惚れだって言ったじゃない。 愛してるって言ってくれたじゃないか。 ねぇ、僕はもう要らないの…? 独りで過ごす『発情期』は辛いよ…。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

待てって言われたから…

ゆあ
BL
Dom/Subユニバースの設定をお借りしてます。 //今日は久しぶりに津川とprayする日だ。久しぶりのcomandに気持ち良くなっていたのに。急に電話がかかってきた。終わるまでstayしててと言われて、30分ほど待っている間に雪人はトイレに行きたくなっていた。行かせてと言おうと思ったのだが、会社に戻るからそれまでstayと言われて… がっつり小スカです。 投稿不定期です🙇表紙は自筆です。 華奢な上司(sub)×がっしりめな後輩(dom)

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。

処理中です...