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(ああ、言ってしまった……)
感情ばかりが先走り、頭で考えるよりも先に、体と口が動いていた。
ドクン、ドクンと激しく鼓動する胸は痛いほどで、緊張と恥ずかしさで震える体は熱く、浅く短い呼吸が唇から漏れた。
「ぁ……、ぅ……」
生まれて初めての告白で頭の中は真っ白で、じわじわと途切れることなく上昇し続ける羞恥と体温に、じわりと視界が滲んだ。
自覚したばかりの恋心は柔く繊細で、自分でもどうしていいのか分からなかった。
それなのに、いきなりメリアに突き放され、彼が離れていってしまう寂しさと悲しさに堪えきれず、手を伸ばしてしまった。
まだ幼く脆い恋心をいきなり強く揺さぶられ、頭と心が上手く繋がっていないのだ。
本当は断らなきゃいけないのに
彼の想いに応えてはいけないのに
メリアのことは好きだけど
メリアのことが好きだから
自分は、彼に相応しくないから、
いけないのに、ダメなのに、だって、
どうしても、嫌で──……
「ぁ……」
羞恥と苦しさがぐちゃぐちゃに混ざり合い、言葉にし難い感情が込み上げると同時に、ポタリと涙が零れた。
(なんで……っ)
泣きたくないのに勝手に溢れる涙に、メリアの手首を掴んでいた手を離すと、みっともない泣き顔を隠すように彼から顔を背けた──つもりだった。
「ッ!?」
彼の手首を掴んでいた手を逆にメリアに掴まれ、ビクリと体が跳ねた。
なに、と問う暇もないまま、強い力で手を引かれると、部屋に置かれた長椅子の前まで連れて行かれた。
「メリ……」
「座って下さい」
「で、でも……」
「ベルナール様、良い子ですから、座って下さい」
「っ……」
ベルナール──ただ名前で読んでくれるだけで嬉しくて、安堵からまた涙が溢れた。
「良い子」という言い方が恥ずかしくて堪らなかったが、なぜか妙に嬉しくて、体の熱が上がった気がした。
メリアに言われるまま、そろそろと腰掛ければ、彼が足元に膝をつく。その光景が、彼から告白を受けた日のそれと重なり、知らず体に力が籠った。
「ベルナール様」
「っ……」
「……ベルナール様、お顔を隠さないでください」
「あ、や、やだ……!」
泣き顔を隠す為に上げた片手をメリアに取られ、両手を強く握り込まれる。なんとか逃れようと手を引くも、メリアの細い指はびくともせず、痛いほど強く握り締められた。
「メリアくん、痛い……」
「ええ、僕も痛いことはしたくありません。だから、可愛いお顔を隠そうとしないでください」
「んぅ……」
見苦しい顔を晒しているというのに、こちらが照れるほど愛らしく微笑まれ、それだけで抵抗できなくなってしまう。
恥ずかしくて嫌なのに、顔を隠すことも逸らすことも許してもらえない。
行動を制限されているというのに、安堵にも似た喜びが胸に溢れ、混乱からまた涙が滲んだ。
「やだ……嫌だ、なんで……!」
「ああ……ベルナール様、どうか泣かないでください」
「だ、だって、こんな……っ」
「……ベルナール様、僕のことが好きですか?」
「!!」
羞恥ばかりが募り、一瞬頭から飛びかけていた告白の衝撃が即座に蘇る。
どうして、なぜこの状態でそれを聞くのか…そう思わずにはいられないのに、優しく微笑む金色に見つめられ、背筋にぶるりと走った何かに、本心がポロリと零れた。
「す……好き、だ……」
「……嬉しい。嬉しいです。僕も、愛しております、ベルナール様」
「ひゃっ!?」
握られた指先に、メリアの柔らかな唇が触れ、ぶわりの全身が粟立った。
信じられないほど柔らかく、温かい唇が嬉しくて、恥ずかしくて、感情が自身の許容量を超えそうで、だんだん怖くなってきた。
「や、やだ……」
「……お嫌ですか?」
「やっ、ちが、ヤじゃな……っ」
「お好きですか?」
「わ、わか……な……」
「……僕のことは?」
「え……ぅ……」
「……ベルナール様?」
「ひっ……、す、好き……っ、好きだ……!」
メリアがゆっくりと瞳を細めるのと同時に、ゾクリと走った悪寒に喉が引き攣った。
ゆらりと揺れた微かなGlareのオーラに、つい逃げ腰になるも、座った状態では逃げ場も無く、イヤイヤと首を振った。
「嫌だ……! メリアくん、怖いから……!」
「……まだ怖いのですね。……躾が必要かな」
「ふっ……ふっ……」
ポツリと呟かれた声は聞こえず、ただ即座に消えたGlareの揺らぎに、ホッと体から力が抜けた。
「ごめんなさい。怖かったですね」
「んぅ……」
「愛しています。愛しています、愛しい人」
「っ……!」
愛を紡ぐ言葉と共に、二度、三度と指先に口づけが落ちる。その度に、心臓がはち切れてしまいそうなほど脈打ち、眩暈がした。
愛しさを込めた口づけに、心は『嬉しい』と躍るように跳ねたが、頭はそれを否定するように押さえつけ、「ダメだ」「いけない」と信号を発し続けた。
「だめ……、だめだ、メリアくん……」
「……何が、ダメなんですか?」
「ダメ……ダメだ、私、私が……好きに、なっちゃ……!」
「……」
「こ、断ら、なきゃ……っ」
言っていて自分で悲しくなり、嗚咽を堪えようとした喉が痛くなり、口を噤んだ。
(ああ、本当に……)
どれほど見苦しく、惨めで、恥ずかしいだろう。
いい年をした筋肉質な大男が、告白するだけでみっともないほど泣いて、十四も年下の子の口づけに馬鹿みたいに恥ずかしがって、狼狽えて……心底嫌になる。
(……消えてしまいたい)
口走った言葉は、メリアにどんな風に届いただろう。
嫌われて、彼が離れていくのが怖いくせに、ちっぽけな虚勢と、自分は彼に相応しくないという脅迫観念を、どうしても振り払えなかった。
苦しい、苦しいと泣く胸が痛くて、やっぱり恋など知らなければ良かった……と、後悔から唇をキツく噛み締めた。
「……ベルナール様、唇が切れてしまいますよ」
「っ!」
握り締められていた指先がふっと解け、それと同時に、彼の片手がそっと頬に添えられた。
「ああ、目が真っ赤に……愛らしい兎のようですね」
「うっ、さ……!?」
「冷やす物をお持ちします。ついでに、体調が優れないようだと、フラメル様にお伝えして参りますね」
「え!? ま、まってくれ、私も、戻る……っ」
その言葉に、まだ就業中であったことをようやく思い出し、ザッと血の気が引いた。
こんな所で泣いている場合ではない。慌てて立ち上がろうととするも、先に立ち上がったメリアに見下ろされ、無言の圧力に体が竦んだ。
「いけません、ベルナール様。そのようにお可愛らしい顔を、他の者に見せるなんて、許しませんよ」
「う……」
本来、彼の許しなど要らないはず──それなのに、体は言葉に縛られたように動けず、なぜか胸は甘く脈打った。
(なんで……)
仕事に戻らなければという焦りは、メリアの一言で一瞬で塗り潰され、代わりにトクトクと鳴る胸の鼓動だけが残された。
「少しお待ち下さいね」
「あ……」
ゆったりとした動きでその場を離れようとするメリア。瞬間、置いていかれるような寂しさから、勝手に左手が動き、彼の服の裾を掴んでいた。
「ベルナール様?」
「あ……っ、ご、ごめん……っ」
自分の行動が信じられない。
先ほどから、頭と心と体がバラバラで、自分が自分でないような行動ばかりとってしまう。
恥ずかしいのか怖いのかすら分からないまま、即座に手を離すと、自身の左手を右手でキツく握り締め、俯いた。
「す、すまない、なんでもな──」
途中まで言いかけた時、膝の上に見覚えのある上着がバサリと落ち、驚きから咄嗟に顔を上げれば、上着を脱いで優しく微笑むメリアと目が合った。
「僕の代わりに置いていきます。……すぐに戻ってきますから、良い子で待っていて下さい」
「!」
カァッと熱くなった頬に、これ以上ないほどの羞恥に襲われる。ぐぅ……と唸りながら縮こまれば、ふっと笑う声を残し、メリアが部屋から出ていった。
(……どうしよう……なんで、あんな……)
自分が好意を告げたせいなのか、メリアの態度が露骨に好意的なものに変わり、過剰なほど甘い雰囲気を出しているのが分かる。
恋愛未経験者には、彼のその態度も言葉も、まるで甘美な毒のようで、いつまで経っても心臓が落ち着かなかった。
「うぅ……っ」
落ち着かないのに、信じられないほどドキドキしているのに、まだ彼の温もりが残る上着に愛しさは募り、恐る恐る手に取ったそれを、ゆっくりと抱き締めた。
(いけない、のに……)
そう思うのに、上着を手放すことができず、仄かに香る彼の残り香に、キュウキュウと胸が締め付けられた。
「お待たせ致しました」
「!」
メリアの上着を腕に抱いたまま、ぼぅっとすること暫く、戻ってきた彼の声に、ハッと顔を上げた。
「……」
「? メリアくん……?」
「なんてお可愛らしいことを……いえ、こちらで瞼を冷やしましょうね」
ゆっくりと近づいてきた彼が隣に座り、手にしていた濡れたタオルを、そっと目元に当ててくれた。
ひんやりとしたそれは火照った肌に心地良く、ほぅっと息を吐きながら、チラリと彼を見遣った。
「……メリアくん、フラメル様は……」
「そちらはお気になさらないでください」
「でも……」
「ベルナール様」
「……ん」
柔らかな声音なのに、それ以上は聞けない力強さに唇をキュッと結ぶ。
どうにも先ほどから、メリアの言葉に逆らえない。おかしな、それでいて違和感を感じない不思議な感覚に、困惑しつつも大人しくしていると、太腿が触れるほどの距離に座ったメリアが、静かに口を開いた。
「ベルナール様、もっとゆっくりお話しできるところで、改めてお話ししませんか?」
思ってもみなかった発言に目を丸くするも、気まずさからそっと視線を逸らした。
「で、も……私は……」
「ベルナール様のお心の内を、きちんとお聞きしたいのです。そうでなければ、納得できません」
「ッ……」
力強い輝きを放つ瞳に見つめられ、逃げられるはずがない。
目を逸らすことすら叶わず、コクリと頷けば、真剣な顔つきだったメリアの表情が柔らかなものに変わった。
「ありがとうございます。……ベルナール様は、今日はお仕事の後、お時間は空いていますか?」
「空いてる、が……」
「それは良かった。では是非、うちの屋敷までお越し下さい」
「……え?」
聞き間違いだろうか…そう思いながら、パチリと目を瞬けば、にこりと微笑む愛らしい笑みが返ってきた。
「当家の屋敷で、ゆっくりお話し致しましょうね」
--------------------
ベルナールさんの印象それぞれ。
世間一般→雄々しく凛々しい獅子
友人家族等の親しい人→穏やかで優しい大型犬
メリアくん→ぴるぴる震えてる可愛い仔兎
感情ばかりが先走り、頭で考えるよりも先に、体と口が動いていた。
ドクン、ドクンと激しく鼓動する胸は痛いほどで、緊張と恥ずかしさで震える体は熱く、浅く短い呼吸が唇から漏れた。
「ぁ……、ぅ……」
生まれて初めての告白で頭の中は真っ白で、じわじわと途切れることなく上昇し続ける羞恥と体温に、じわりと視界が滲んだ。
自覚したばかりの恋心は柔く繊細で、自分でもどうしていいのか分からなかった。
それなのに、いきなりメリアに突き放され、彼が離れていってしまう寂しさと悲しさに堪えきれず、手を伸ばしてしまった。
まだ幼く脆い恋心をいきなり強く揺さぶられ、頭と心が上手く繋がっていないのだ。
本当は断らなきゃいけないのに
彼の想いに応えてはいけないのに
メリアのことは好きだけど
メリアのことが好きだから
自分は、彼に相応しくないから、
いけないのに、ダメなのに、だって、
どうしても、嫌で──……
「ぁ……」
羞恥と苦しさがぐちゃぐちゃに混ざり合い、言葉にし難い感情が込み上げると同時に、ポタリと涙が零れた。
(なんで……っ)
泣きたくないのに勝手に溢れる涙に、メリアの手首を掴んでいた手を離すと、みっともない泣き顔を隠すように彼から顔を背けた──つもりだった。
「ッ!?」
彼の手首を掴んでいた手を逆にメリアに掴まれ、ビクリと体が跳ねた。
なに、と問う暇もないまま、強い力で手を引かれると、部屋に置かれた長椅子の前まで連れて行かれた。
「メリ……」
「座って下さい」
「で、でも……」
「ベルナール様、良い子ですから、座って下さい」
「っ……」
ベルナール──ただ名前で読んでくれるだけで嬉しくて、安堵からまた涙が溢れた。
「良い子」という言い方が恥ずかしくて堪らなかったが、なぜか妙に嬉しくて、体の熱が上がった気がした。
メリアに言われるまま、そろそろと腰掛ければ、彼が足元に膝をつく。その光景が、彼から告白を受けた日のそれと重なり、知らず体に力が籠った。
「ベルナール様」
「っ……」
「……ベルナール様、お顔を隠さないでください」
「あ、や、やだ……!」
泣き顔を隠す為に上げた片手をメリアに取られ、両手を強く握り込まれる。なんとか逃れようと手を引くも、メリアの細い指はびくともせず、痛いほど強く握り締められた。
「メリアくん、痛い……」
「ええ、僕も痛いことはしたくありません。だから、可愛いお顔を隠そうとしないでください」
「んぅ……」
見苦しい顔を晒しているというのに、こちらが照れるほど愛らしく微笑まれ、それだけで抵抗できなくなってしまう。
恥ずかしくて嫌なのに、顔を隠すことも逸らすことも許してもらえない。
行動を制限されているというのに、安堵にも似た喜びが胸に溢れ、混乱からまた涙が滲んだ。
「やだ……嫌だ、なんで……!」
「ああ……ベルナール様、どうか泣かないでください」
「だ、だって、こんな……っ」
「……ベルナール様、僕のことが好きですか?」
「!!」
羞恥ばかりが募り、一瞬頭から飛びかけていた告白の衝撃が即座に蘇る。
どうして、なぜこの状態でそれを聞くのか…そう思わずにはいられないのに、優しく微笑む金色に見つめられ、背筋にぶるりと走った何かに、本心がポロリと零れた。
「す……好き、だ……」
「……嬉しい。嬉しいです。僕も、愛しております、ベルナール様」
「ひゃっ!?」
握られた指先に、メリアの柔らかな唇が触れ、ぶわりの全身が粟立った。
信じられないほど柔らかく、温かい唇が嬉しくて、恥ずかしくて、感情が自身の許容量を超えそうで、だんだん怖くなってきた。
「や、やだ……」
「……お嫌ですか?」
「やっ、ちが、ヤじゃな……っ」
「お好きですか?」
「わ、わか……な……」
「……僕のことは?」
「え……ぅ……」
「……ベルナール様?」
「ひっ……、す、好き……っ、好きだ……!」
メリアがゆっくりと瞳を細めるのと同時に、ゾクリと走った悪寒に喉が引き攣った。
ゆらりと揺れた微かなGlareのオーラに、つい逃げ腰になるも、座った状態では逃げ場も無く、イヤイヤと首を振った。
「嫌だ……! メリアくん、怖いから……!」
「……まだ怖いのですね。……躾が必要かな」
「ふっ……ふっ……」
ポツリと呟かれた声は聞こえず、ただ即座に消えたGlareの揺らぎに、ホッと体から力が抜けた。
「ごめんなさい。怖かったですね」
「んぅ……」
「愛しています。愛しています、愛しい人」
「っ……!」
愛を紡ぐ言葉と共に、二度、三度と指先に口づけが落ちる。その度に、心臓がはち切れてしまいそうなほど脈打ち、眩暈がした。
愛しさを込めた口づけに、心は『嬉しい』と躍るように跳ねたが、頭はそれを否定するように押さえつけ、「ダメだ」「いけない」と信号を発し続けた。
「だめ……、だめだ、メリアくん……」
「……何が、ダメなんですか?」
「ダメ……ダメだ、私、私が……好きに、なっちゃ……!」
「……」
「こ、断ら、なきゃ……っ」
言っていて自分で悲しくなり、嗚咽を堪えようとした喉が痛くなり、口を噤んだ。
(ああ、本当に……)
どれほど見苦しく、惨めで、恥ずかしいだろう。
いい年をした筋肉質な大男が、告白するだけでみっともないほど泣いて、十四も年下の子の口づけに馬鹿みたいに恥ずかしがって、狼狽えて……心底嫌になる。
(……消えてしまいたい)
口走った言葉は、メリアにどんな風に届いただろう。
嫌われて、彼が離れていくのが怖いくせに、ちっぽけな虚勢と、自分は彼に相応しくないという脅迫観念を、どうしても振り払えなかった。
苦しい、苦しいと泣く胸が痛くて、やっぱり恋など知らなければ良かった……と、後悔から唇をキツく噛み締めた。
「……ベルナール様、唇が切れてしまいますよ」
「っ!」
握り締められていた指先がふっと解け、それと同時に、彼の片手がそっと頬に添えられた。
「ああ、目が真っ赤に……愛らしい兎のようですね」
「うっ、さ……!?」
「冷やす物をお持ちします。ついでに、体調が優れないようだと、フラメル様にお伝えして参りますね」
「え!? ま、まってくれ、私も、戻る……っ」
その言葉に、まだ就業中であったことをようやく思い出し、ザッと血の気が引いた。
こんな所で泣いている場合ではない。慌てて立ち上がろうととするも、先に立ち上がったメリアに見下ろされ、無言の圧力に体が竦んだ。
「いけません、ベルナール様。そのようにお可愛らしい顔を、他の者に見せるなんて、許しませんよ」
「う……」
本来、彼の許しなど要らないはず──それなのに、体は言葉に縛られたように動けず、なぜか胸は甘く脈打った。
(なんで……)
仕事に戻らなければという焦りは、メリアの一言で一瞬で塗り潰され、代わりにトクトクと鳴る胸の鼓動だけが残された。
「少しお待ち下さいね」
「あ……」
ゆったりとした動きでその場を離れようとするメリア。瞬間、置いていかれるような寂しさから、勝手に左手が動き、彼の服の裾を掴んでいた。
「ベルナール様?」
「あ……っ、ご、ごめん……っ」
自分の行動が信じられない。
先ほどから、頭と心と体がバラバラで、自分が自分でないような行動ばかりとってしまう。
恥ずかしいのか怖いのかすら分からないまま、即座に手を離すと、自身の左手を右手でキツく握り締め、俯いた。
「す、すまない、なんでもな──」
途中まで言いかけた時、膝の上に見覚えのある上着がバサリと落ち、驚きから咄嗟に顔を上げれば、上着を脱いで優しく微笑むメリアと目が合った。
「僕の代わりに置いていきます。……すぐに戻ってきますから、良い子で待っていて下さい」
「!」
カァッと熱くなった頬に、これ以上ないほどの羞恥に襲われる。ぐぅ……と唸りながら縮こまれば、ふっと笑う声を残し、メリアが部屋から出ていった。
(……どうしよう……なんで、あんな……)
自分が好意を告げたせいなのか、メリアの態度が露骨に好意的なものに変わり、過剰なほど甘い雰囲気を出しているのが分かる。
恋愛未経験者には、彼のその態度も言葉も、まるで甘美な毒のようで、いつまで経っても心臓が落ち着かなかった。
「うぅ……っ」
落ち着かないのに、信じられないほどドキドキしているのに、まだ彼の温もりが残る上着に愛しさは募り、恐る恐る手に取ったそれを、ゆっくりと抱き締めた。
(いけない、のに……)
そう思うのに、上着を手放すことができず、仄かに香る彼の残り香に、キュウキュウと胸が締め付けられた。
「お待たせ致しました」
「!」
メリアの上着を腕に抱いたまま、ぼぅっとすること暫く、戻ってきた彼の声に、ハッと顔を上げた。
「……」
「? メリアくん……?」
「なんてお可愛らしいことを……いえ、こちらで瞼を冷やしましょうね」
ゆっくりと近づいてきた彼が隣に座り、手にしていた濡れたタオルを、そっと目元に当ててくれた。
ひんやりとしたそれは火照った肌に心地良く、ほぅっと息を吐きながら、チラリと彼を見遣った。
「……メリアくん、フラメル様は……」
「そちらはお気になさらないでください」
「でも……」
「ベルナール様」
「……ん」
柔らかな声音なのに、それ以上は聞けない力強さに唇をキュッと結ぶ。
どうにも先ほどから、メリアの言葉に逆らえない。おかしな、それでいて違和感を感じない不思議な感覚に、困惑しつつも大人しくしていると、太腿が触れるほどの距離に座ったメリアが、静かに口を開いた。
「ベルナール様、もっとゆっくりお話しできるところで、改めてお話ししませんか?」
思ってもみなかった発言に目を丸くするも、気まずさからそっと視線を逸らした。
「で、も……私は……」
「ベルナール様のお心の内を、きちんとお聞きしたいのです。そうでなければ、納得できません」
「ッ……」
力強い輝きを放つ瞳に見つめられ、逃げられるはずがない。
目を逸らすことすら叶わず、コクリと頷けば、真剣な顔つきだったメリアの表情が柔らかなものに変わった。
「ありがとうございます。……ベルナール様は、今日はお仕事の後、お時間は空いていますか?」
「空いてる、が……」
「それは良かった。では是非、うちの屋敷までお越し下さい」
「……え?」
聞き間違いだろうか…そう思いながら、パチリと目を瞬けば、にこりと微笑む愛らしい笑みが返ってきた。
「当家の屋敷で、ゆっくりお話し致しましょうね」
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