Sub侯爵の愛しのDom様

東雲

文字の大きさ
39 / 76

32

ルノーと結ばれた翌朝、どこか浮き足立つような、ぽわぽわとした気分で目が覚めた。
妙に体が温かいような、それでいて軽くなったような感覚に、生まれて初めてSub性の欲求を満たされたことによる体調の変化を感じ、僅かに目を見張った。

(Sub性の欲求不満の類は、自分には無いと思っていたのに……)

そうであれと思い込んでいただけなのか、それともルノーとの接触がキッカケとなり、突然開花したのか。学ばずとも自ずと分かった自身の体の変化に、どこか感心した気持ちになりながら、ベッドから起き上がった。


昨日、ルノーと口づけを交わした後は、ゆっくりと今後のことについて話し合った。
ルノー曰く、自分はダイナミクス性の知識に乏しいらしく、まずはそこから学んでいきましょうと言われた。それと同時に、恋人であり、『パートナー』になりたいと言われた。

「叶うならば、僕は生涯ベルと共に生きていきたいと思っています」

結ばれたばかりで告げられた告白は、信じられないほど嬉しくて、だが同時に、どうしようもないほどの寂しさを生んだ。
同性婚が認められている我が国だが、貴族としてのしがらみまでは無視できない。
自分は現侯爵で、ルノーは男爵家の嫡男。行く行くは、ルノーもメリア家の当主だ。
互いに当主となれば、結婚することは不可能であり、仮にその柵が無かったとしても、互いの家族からの理解が得られなければ、『伴侶』となることは難しいだろう。
自分はまだいい。跡継ぎ問題は既に解決しているし、父も、弟も、恐らくは許してくれるだろう。だが、ルノーはそういう訳にいかないはずだ。
未来の当主をメリア家から奪うつもりは無い。なにより、自分は彼より十四歳も年上なのだ。年若い彼を誑かしたのだろうと、下手をすればルノーの家族から侮蔑の眼差しを向けられる可能性さえある。
そうでなくとも、爵位の差がありすぎた。仮に侯爵である自分が望めば、メリア家が断ることなど不可能だ。
運良く結ばれたとしても、きっと周囲は『爵位を盾に交際を迫ったのだろう』と口さがないことばかり吹聴し、ルノーにも、メリア家にも、父や弟にも迷惑をかけることになる。
きっとルノーもそれを理解していて『パートナー』という言葉を出したのだろう。
『パートナー』とは、婚姻関係外で、DomとSubが結ばれている状態だ。恋人以上の関係であり、多くは生涯を共にする者を指す。
自分達のように、なんらかの問題があり婚姻を結ぶことが難しい者同士や、結婚できない立場の者は、相手を『パートナー』と定めることで、互いの結び付きを強くするのだ。

「ベル、僕のパートナーになってくれますか?」

まだ話し合いもする前なのに、最初に望まれた言葉に、嬉しさと寂しさを込めて返事をした。

「……喜んで」

本当は不安もあった。彼はまだ十八歳だ。きっとこれからも、多くの出会いがあり、その中でもっと素敵な人と巡り会うかもしれない。なにより、男爵家の当主として望ましい結婚を求められるはずだ。
それでも、「共に生きていきたい」と、目の前にいる彼が望んでくれただけで嬉しくて、例えいつかそれが叶わぬ願いになったとしても、こんな自分でも愛してくれた人がいたのだと思うだけで幸せだった。


その後、彼の家の馬車で侯爵邸まで送ってもらい、どこか夢見心地のままベッドに潜った。

(こんなに違うものなんだな……)

そして今、朝の鍛錬をこなしながら、体の軽さに驚いていた。
別に今までが不調だったという訳ではない。ただ、眠っていた細胞が目覚めたような、今まで機能していなかった何かが活発に動いているような、不思議な感覚を味わった。
恐らくは、胸の内にずっと溜めていた苦しみを、全て吐き出せたことも関係しているのだろう。
母に対する蟠りに対し、「悲しんでいい」「恨んでいい」と肯定してもらえたことで、それまでの胸の重さが嘘のように消えていた。

(もしかしたら、私はずっと、誰かにそう言ってもらいたかったのかもしれないな……)

負の感情を抱いてもいいのだと、許してもらえたことで、母に対する負い目と共に、辛かった過去の悲しみも、緩やかに溶けていくような気がした。
ルノーと結ばれたことで、こんなにも気持ちや思考が変わるのかと思うと驚くばかりだった。

(当分は、この関係も内緒だけれど……)

同じ職場であること、周囲にとやかく言われるのを避ける為、パートナーとして互いに落ち着くまでは、内緒の関係でいようと話し合って決めたのだ。
秘密の関係というのは、どこか背徳感があり、初めてのことについソワソワしてしまうが、それ以上に胸を占めるのは喜びだった。

(父上とマルクには、なるべく早く話しておきたいな……)

自分の性別のことで、ずっと迷惑を掛けていた父と弟。
同性であり、なにより年の離れたパートナーという存在は、余計に二人の心労になってしまうかもしれないが、黙っている訳にもいかない。
早めに交際について伝えておきたいが、生憎と父が旅から帰ってくるのは、もう四ヶ月ほど先になる。どうせなら、二人が揃っている場できちんと話したかった。

(……それまでに、メリアくんから色々教わろう)

DomとSubとの繋がり方を、彼から正しく学ぶのだ──半ば勉強をするつもりでいたこの考えが既に甘く、ルノーの言う『学び』が『躾』であると気づいたのは、数日後のことだった。



「ベルナール様、来週の会議に使う資料をお待ちしました」
「ありがとう、メリアくん。助かるよ」

恋仲になっても、仕事中は今までと何も変わることなく過ごしていた。内緒の関係なのだから、当然と言えば当然なのだが、ルノーの態度が本当に今までとこれっぽっちも変わらないことで、自分も落ち着いて対応することができた。

(メリアくんはすごいな)

自分だけだったら、確実におかしな反応をしていたはずだ。だが恋仲になった翌日も彼の態度は非常に落ち着いていて、拍子抜けするほどだった。
もしかしたら、あの日以降、王城外で二人きりになることもなく、恋人らしいことを何もしていないからこそ、落ち着いていられるのかもしれないが……

(そういえば、明日は休みだが、何かあったりするのだろうか?)

特に約束はしていないが、普段が内緒の関係ということは、裏を返せば休日は唯一恋人らしく過ごせる日ということになる。
どのように考えていればいいのか、ルノーに聞いておくべきだろうか……と思考を逸らしていると、資料の束と共に、宛名の書かれていない封筒を渡された。

「……!」

ハッとして顔を上げれば、ルノーが目を細めて微笑んでいた。

「明日、楽しみにしていますね」

囁くような声で紡がれた言葉に、トクリと胸が鳴る。
コクンと小さく頷き、席に戻る彼の背を見つめながら、机の下に隠した封筒をこっそりと開いた。

『明日、十一時にお屋敷までお迎えに上がります』

手紙の上、綺麗な字で書かれたその文字に、そわりと胸が踊った。
パッと顔を上げ、ルノーを見れば、こちらを見ていた彼と目が合い、途端に込み上げた恥ずかしさからまた手元に視線を落とした。

(これは……デートの、お誘いなんだろうか?)

生まれて初めての誘いにドキドキしながら、手紙を丁寧に封筒の中にしまうと、ふやけてしまいそうになる表情を必死に抑えた。なんとも言えない高揚感から、その日は一日ドキドキしていたが、なんとか平静を装って過ごした。

帰り際、「また明日」と言って見送るルノーの言葉に更に緊張は増し、夜はなかなか寝付けないまま、気づけば朝を迎えていた。
感想 37

あなたにおすすめの小説

【BL】捨てられたSubが甘やかされる話

橘スミレ
BL
 渚は最低最悪なパートナーに追い出され行く宛もなく彷徨っていた。  もうダメだと倒れ込んだ時、オーナーと呼ばれる男に拾われた。  オーナーさんは理玖さんという名前で、優しくて暖かいDomだ。  ただ執着心がすごく強い。渚の全てを知って管理したがる。  特に食へのこだわりが強く、渚が食べるもの全てを知ろうとする。  でもその執着が捨てられた渚にとっては心地よく、気味が悪いほどの執着が欲しくなってしまう。  理玖さんの執着は日に日に重みを増していくが、渚はどこまでも幸福として受け入れてゆく。  そんな風な激重DomによってドロドロにされちゃうSubのお話です!  アルファポリス限定で連載中

吊るされた少年は惨めな絶頂を繰り返す

五月雨時雨
BL
ブログに掲載した短編です。

その首輪は、弟の牙でしか外せない。

ゆずまめ鯉
BL
養子ゆえに、王位継承権を持たないオメガで長男のレイン(24)は、国家騎士団として秘密裏に働き、ただ義弟たちを守るためだけに生きてきた。 第一継承権を持つアルファで次男のリオール(19)は、そんな兄に「ごく潰し」と陰口を叩く連中を許せなかった。自分を犠牲にしてまで守る価値はないと思っていた。なにかと怪我の多い国家騎士団を辞めさせたかった。 初めて訪れた発情期のとき。約束をすっぽかされたリオールが不審に思い、兄の部屋へ行くと、国家騎士団の同僚──グウェンソード(28)に押し倒されるところを目撃して激高する。 「今すぐ部屋から出ろ!」 独占欲をあらわにしたリオールは、グウェンソードを部屋から追い出し、兄であるレインを欲望のままに抱いた。 翌朝、差し出されたのは特注の首輪──外せるのはリオールのみ。 「俺以外に触らせるな」 そう囁かれたレインは、何年も首輪と弟の執着に縛られ続けてきた。 弟には婚約者がいるのに、こんな関係を続けてもいいのか。 本当にこのままでもいいのか。 ひたすら執着して独占したがる弟と、罪悪感に苛まれる兄。 その首輪は、いつか弟の牙で血に染まるのか──。 どうにかしてレインを落としたいリオールと、弟との関係に悩むレインのオメガバースです。 リオール・グランケット(19)×レイン・グランケット(24) ※この作品は2015年頃に本文を書き、2017年頃にオメガバースに改稿、さらに2026年に手直しした作品になります。読みにくいかもしれません。ご了承ください。 三人称ですが攻めだったり受けだったり視点がよくかわります。攻め視点多めです。

身体検査

RIKUTO
BL
次世代優生保護法。この世界の日本は、最適な遺伝子を残し、日本民族の優秀さを維持するとの目的で、 選ばれた青少年たちの体を徹底的に検査する。厳正な検査だというが、異常なほどに性器と排泄器の検査をするのである。それに選ばれたとある少年の全記録。

婚約破棄されたSubですが、新しく伴侶になったDomに溺愛コマンド受けてます。

猫宮乾
BL
 【完結済み】僕(ルイス)は、Subに生まれた侯爵令息だ。許婚である公爵令息のヘルナンドに無茶な命令をされて何度もSub dropしていたが、ある日婚約破棄される。内心ではホッとしていた僕に対し、その時、その場にいたクライヴ第二王子殿下が、新しい婚約者に立候補すると言い出した。以後、Domであるクライヴ殿下に溺愛され、愛に溢れるコマンドを囁かれ、僕の悲惨だったこれまでの境遇が一変する。※異世界婚約破棄×Dom/Subユニバースのお話です。独自設定も含まれます。(☆)挿入無し性描写、(★)挿入有り性描写です。第10回BL大賞応募作です。応援・ご投票していただけましたら嬉しいです! ▼一日2話以上更新。あと、(微弱ですが)ざまぁ要素が含まれます。D/Sお好きな方のほか、D/Sご存じなくとも婚約破棄系好きな方にもお楽しみいただけましたら嬉しいです!(性描写に痛い系は含まれません。ただ、たまに激しい時があります)

処刑エンドの悪役公爵、隠居したいのに溺愛されてます

ひなた翠
BL
目が覚めたら、やり込んだBLゲームの悪役公爵になっていた。 しかも手には鞭。目の前には涙を浮かべた美少年。 ——このままじゃ、王太子に処刑される。 前世は冴えない社畜サラリーマン。今世は冷徹な美貌を持つ高位貴族のアルファ。 中身と外見の落差に戸惑う暇もなく、エリオットは処刑回避のための「隠居計画」を立てる。 囚われのオメガ・レオンを王太子カイルに引き渡し、爵位も領地も全部手放して、ひっそり消える——はずだった。 ところが動くほど状況は悪化していく。 レオンを自由にしようとすれば「傍にいたい」と縋りつかれ、 カイルに会えば「お前の匂いは甘い」と迫られ、 隠居を申し出れば「逃げるな」と退路を塞がれる。 しかもなぜか、子供の頃から飲んでいた「ビタミン剤」を忘れるたび、身体がおかしくなる。 周囲のアルファたちの視線が絡みつき、カイルの目の色が変わり—— 自分でも知らなかった秘密が暴かれたとき、逃げ場はもう、どこにもなかった。 誰にも愛されなかった男が、異世界で「本当の自分」を知り、運命の番と出会う—— ギャップ萌え×じれったさ×匂いフェチ全開の、オメガバース転生BL。

カテーテルの使い方

真城詩
BL
短編読みきりです。

借金のカタで二十歳上の実業家に嫁いだΩ。鳥かごで一年過ごすだけの契約だったのに、氷の帝王と呼ばれた彼に激しく愛され、唯一無二の番になる

水凪しおん
BL
名家の次男として生まれたΩ(オメガ)の青年、藍沢伊織。彼はある日突然、家の負債の肩代わりとして、二十歳も年上のα(アルファ)である実業家、久遠征四郎の屋敷へと送られる。事実上の政略結婚。しかし伊織を待ち受けていたのは、愛のない契約だった。 「一年間、俺の『鳥』としてこの屋敷で静かに暮らせ。そうすれば君の家族は救おう」 過去に愛する番を亡くし心を凍てつかせた「氷の帝王」こと征四郎。伊織はただ美しい置物として鳥かごの中で生きることを強いられる。しかしその瞳の奥に宿る深い孤独に触れるうち、伊織の心には反発とは違う感情が芽生え始める。 ひたむきな優しさは、氷の心を溶かす陽だまりとなるか。 孤独なαと健気なΩが、偽りの契約から真実の愛を見出すまでの、切なくも美しいシンデレラストーリー。