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7章・子の成長

惚気

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 サーニアは、大百足の上半身の斬撃を咄嗟に剣で受け止めた。

「なぜ生きている!」

 百足(むかで)は胴体を斬られても生きていられるというが、胴体を斬られた人間が百足の如く生きられるものか?

 サーニアが驚いたのも束の間。

 今度は下半身からニョキッと腕が出て、サーベルを振るってきた!

 彼らのその動きを見たサーニアは、なぜ大百足が生きているのか理解する。

「貴様! 二人か!」

 上半身と下半身の斬撃を防ぎながら距離を取ると、大百足の上半身から下半身が現れ、下半身から上半身が現れた。

「その通り……」「我ら……二人で一人」

 あの異様な胴体の長さは、衣服の下で肩車をしていたからだ。

「必勝の百足戦法を破った事は褒めてやる」「代わりに今回は見逃してやろう」

 大百足の二人は跳躍、壁を蹴って屋根の上へと姿を消した。

 大百足は胴体をわざと斬らせて、油断した相手の不意を二人がかりで打つ戦法だったのであろう。
 それが失敗した以上、無理に戦うつもりは無いというものだ。

 サーニアは暗黒の民を仰天(びっくり)人間と形容したが、まさか命懸けの戦いに大道芸染みた技を持ち出すとは思わなかった。
 一体何を考えているのだと呆れたものの、その大道芸染みた技にやられそうだったのは事実。

 案外、ああいう奇抜な技も馬鹿に出来ないものである。

「だが、それ以上に呆れたものだな」

 サーニアが壁に開いた穴から倉庫を見る。

 山猿とかいう仲間を見捨てるとは……。

 サーニアはそう思いながら山猿が倒れていた方を見ると、昏睡していた彼の体が消えていた。

 倉庫の床に大の字で倒れていた筈。
 しかし、あの大きな体がどこにも無いのだ。

 戦っている最中に目を覚ましたのであろうか?
 いいや、目を覚ましたのであるならば、大百足と共に攻撃してきた筈では無いだろうか?

 と、なれば答えは一つ。
 サーニアが大百足と戦っている間に、山猿を回収した敵がまだ居ると言う事。

 大百足と一緒に撤退したか、あるいはまだサーニアを狙っているか。

 なんにせよ、サーニアは周囲を警戒しながら倒れている兵を起こした。

 揺さぶられて目を覚ました兵達は、自分達が寝ていた事に驚き、不思議そうに首をかしげながら立ち上がる。

 記憶がフッと消えて、気付いたら寝ていたのだ。
 混乱するのも無理は無い。

「とにかく行くぞ」

 サーニアが歩き出すと、不思議そうなまま彼らは付いてくる。

 だが、ふとサーニアは二、三歩進んでから足を止めた。

 何か違和感があるような?
 
 振り向いて、衛兵達を見る。
 やはり違和感があるようにサーニアは感じた。

「……なあ、お前達、何人(・・)居た?」
 
 一人増えている。
 サーニアはそんな気がしたのだ。

 確かに、サーニアの指摘通り、よくよく見れば兵士が一人増えているような気がする。
 
 兵達が互いに顔を見合わせると、すぐに「お前、誰だ?」と増えた人物が分かった。

 サーニアには普通の衛兵にしか見えないが、仲間同士ならば顔で仲間じゃないと分かったのである

 なので、サーニアはその人物へ剣を向けたのだが、その人は不敵な笑みを浮かべた。

「ここまで近付ければ十分」

 衛兵は男の顔なのに女の声だ。
 まさか変装かとサーニアが思った瞬間、その人物は何かを引っ張るような動作をする。

 サーニアの耳に、ヒュンと何かが風を切る音がした。

 僅かに視線を横切ったソレは、細い鋼線。

 サーニアが咄嗟に剣で防ぐと、鋼線と剣が擦れて火花を上げる。
 鋼線はいつの間にかサーニアの体をグルリと巻くようになっていたので、剣で防ぎ切れなかった鋼線が耳や肩に食い込み、痛みと共に血がプシュっと噴き出た。

「そいつは敵だ!」

 サーニアが叫び、衛兵達が偽物へ武器を構える。
 しかし、その時には、偽物は壁を蹴って屋根の上へと逃げてしまっていた。

「あと、どのくらい……耐えられる?」

 先ほどまでは、この国特有の成人男性の顔付きだったのに、今屋根の上に居る人は浅黒い肌の女である。

 やはり変装か。
 恐らく、山猿も大百足も、この女が変装して気絶した衛兵達に紛れ込む隙を作る役目だったのであろう。

 現にサーニアはボーンレスハムのような輪切りになりかねない状態である。
 完全に敵の策にハマってしまった。

「今助けます」

 衛兵の一人がサーニアの体を締め上げようとする鋼線を掴む。

 サーニアはハッとして「馬鹿! やめろ!」と叫んだ。
 その叫びに衛兵が手を止めたが、少し遅く。
 指が四本、少し切れてだらりと手からぶら下がった。

 衛兵の悲鳴がこだまする。

 少し触れただけなのに恐ろしい切れ味だ。

 実際、サーニアは厚手の服を何重にも重ね着しているおかげでまだ輪切りにはなっていないが、
 キリキリと背中の服に鋼線が食い込む音が聞こえており、いつ切断されてもおかしくないのである。
 
「馬鹿ね……。私、その女しか傷つけるつもりは無かった。わざわざ触るだなんて」

 暗黒の民特有の、相変わらず訛りの強い言葉で言いながら、女は手を少しずつ引いていた。

 よく見ると、女の指先を鉄製の鋭利な爪が覆っている。
 あの指先の鉄爪から鋼線が伸びているようだ。

 この鋼線はさすがに鉄を斬ることが出来ないと言うことだろう。
 現にサーニアの剣は切断される事なく、鋼線を防いでいる。

「剣を挟んで! お願い!」

 サーニアとして男の声を出すことも忘れ、叫んだ。
 それほどに焦っていた。

 兵はその言葉にハッとして、剣をサーニアと鋼線の間にねじ込む。

 女はその様子を屋根の上から見て、感心したような声を上げた。

「良い観察眼。でも、動けない事には変わらない」

 女の背後より、人影が飛び降りてきた。

 三人だ。
 そして、サーニアはその三人に見覚えがある。

 大柄な男とサーベルを構えた男二人。
 山猿と大百足だ。

 衛兵達が「なんだ貴様ら」と武器を構えたが、とても勝てる相手では無い。

「我々、魔王にしか興味ない。邪魔をしなければ危害、加えぬ」

 大百足がそう言った。
 あくまでも狙いはサーニアと言うわけだ。

 さらに大百足は、自分達を暗黒の民でも上位の実力に入る手練れだと言った。
 衛兵如きが勝てる相手では無いと言いたいのであろうし、実際そうだ。

「お前達が……十人居たって……勝てない」

 山猿がそう言って、指をパキパキと鳴らす。
 最後の警告だ。
 これ以上邪魔だてすれば、衛兵達でさえ殺すという事であろう。

 窮地だ。
 これ以上はもう勝つ見込みが無い。

 サーニアは命を投げ出す覚悟を決める。
 死ぬのは嫌だし、恐いが、無関係な兵の命をあたらに失う必要もあるまい。

 そのようにサーニアが諦めた時である。

「されば十人以上居れば如何でしょう?」

 そのように声が聞こえ、同時にそこら中から大量の兵が現れた。

 路地裏の前後や建物の隙間。
 身軽な者など屋根の上から現れて女に剣を突き詰める。
 その数は十、二十ばかりか、五十人はくだらない。

 狭い路地裏のそこら中から五十人近い兵達が武器を構えるのだ。
 まさに針山のように見える威圧感である。

 そして、その兵達を率いるはラキーニであった。

 針山が割れるように兵達が道を開けると、威風堂々としたラキーニが歩いてくるのだ。

 眼鏡を掛けた若い彼は、「退いて頂きたい。互いに無駄な損耗は嫌でしょう」と声高に言った。

 山猿と大百足は互いに顔を見合わせた後、壁を蹴って女の元へ。

 暗黒の民の言語であろうか、サーニアやラキーニが理解できない言葉で何やら話すと、女がサーニアの鋼線を緩めて、そして、屋根の上を跳んで逃走した。

 助かった。

 鋼線から解放されたサーニアはそう思うと同時に腰が抜けて、その場に座り込んだ。

 死を覚悟していた時は何とも思わなかったが、いざ助かってみると、死の恐怖が湧いてきたのである。

 だが、「大丈夫ですか」と近づく兵士達へ「ちょっと目まいがしただけだ。一人で立てる」と強がった。
 サーニアにはいっぱしの戦士である自負があったからだ。 

 しかし、そんな彼女の肩を、誰かが掴んで立たせたのである。

「一人で立てると言っただろ」と、不機嫌そうに言いながらサーニアが自分を立たせた人を見ると、それはラキーニであった。

「腕が折れてますよ。手当てをしなくては」
「こんなのかすり傷だ」

 左腕は激しくも鈍い痛みを訴えていたが、サーニアはあくまでも強がる。

「宰相と防府太尉に呼ばれているのだ。失礼する」

 サーニアが兵達の間を通って王城へ向かおうとすると、ラキーニも彼女の隣を歩き出した。

 何か用かとサーニアが聞くと、「私も城へ用があるので」と言う。

 ハリバーのようなノラリクラリとした態度に、サーニアは返す言葉も無く歩く。 

 しばらく歩いて、ふと「なんで私が危ないと分かったんだ?」とラキーニへ聞いた。

 ちょうど良いタイミングで助けに来たが、どうしてサーニアが窮地だと知ることが出来たのか。

 ラキーニはフフフと笑って「惚れた女(ひと)のピンチに男は駆けつけるものだよ」と言うのだ。

 完全にはぐらかされている。
 おまけに、ガラナイのようにキザなセリフを言うのであるから不愉快たまらない。

 サーニアの正直な心情を言えば、あの時、兵を割ってやって来たラキーニを見たとき、彼に心が高鳴るほどに頼れる男を感じたのだ。
 だが、今の無駄にキザったらしい言葉で心は冷めた。

「あっそ」と、サーニアは雑な返事をして歩くのである。

 この態度にラキーニは、ふざけた回答をしすぎたと思った。

「いや、いや、実はね。サニヤが行方不明になったって聞いて、色々と調べたんだよ。
 道行く人にひたすら聞き込みをしてね。そこで聞いた話を統合したら、ドンピシャだった」

 最初っからそう言えば良いのに。
 サーニアはそう思いながら「お礼だけは言っておく。ありがとう」と言うのだ。

 しかし、ラキーニは精神年齢が高く見えようが、実際には十四歳の少年である。
 惚れた女に恰好を付けたい年頃なのだ。
 恰好を付けたキザな言葉だって、真面目なラキーニにとって口にするのは勇気が必要だっただろう。
 だのに、その一言で見限るというのもあまりに酷な話であった。

 しかし、サーニアにとってキザな言葉はガラナイを彷彿とさせるのだ。
 そして、ガラナイはサーニアにとって恥ずかしいトラウマなのだから、キザなセリフの一片だって聞きたくなかったのである。

 プンプンと怒って歩くサーニアの隣に、ラキーニも黙って付いてきた。

 そんなサーニアの隣を歩くラキーニの後を兵達も歩くので、まるでサーニアが五十人もの兵達を連れているように見えるだろう。

 裏路地から人が居る通りへ出ると、人々は何事かとジロジロ、サーニア達を見るのだ。

 これにサーニアは居心地が悪く、「別の道から行け」とラキーニと兵士たちへ言う。

 しかし、ラキーニはにこやかな顔で「サニヤにそんな太い声は似合わないよ」と言うのである。

 正直、そのように言われて、サーニアは悪い気がしない。
 しかし、今は色恋沙汰が嫌なので、わざと不愉快そうに「今の私はサーニアだと言ってるだろ」とたしなめるのだ。

「そうだったねサーニア。でも、君がサーニアだとしたら、暗黒の民を裁けないよ」

 ラキーニがそう言うが、サーニアは彼が何を言っているのかまるで分からなかった。

 つまり、暗黒の民が宰相の娘であるサニヤを襲ったならば問題であるが、
 傭兵のサーニアを襲ったならば、マルダーク王国にとってはどうでも良い私闘に過ぎないのだ。

 サーニアの活動は王国の非公認であるし、傭兵として雇われているが何の成果も上げていない。
 一方の暗黒の民は、魔物退治で多大な戦果を挙げているのだ。

 サニヤがサーニアである以上、マルダーク王国としては暗黒の民を裁く事は出来ないのだ。

 それほど、秤(はかり)に掛けられる重さが違うのである。

「ならば仕方ない」

 サーニアは一つの決意を固めた。

「私だって一人の戦士だ。いつまでも親に甘えてられない」

 剣を振るって生きると決めてから自分が危険な目に遭う事など承知している。

 いまさらガタガタ喚くつもりは無いのだ。

「だったら、僕はサーニアと一緒に行くよ。また襲われてピンチになるのはまずいだろ?」

 ラキーニはそう言って、頑としてサーニアから離れる事は無い。
 サーニアは不機嫌そうな態度だったが反論は無かった

 まったく、うまく言いくるめられてしまったのだ。

 こうしてサーニアは、ラキーニと兵達の護衛の元、無事に王城へと到着する。

 ラキーニに「ま、礼は言っておく」と伝えると「見返りはデートでお願いするよ」と返された。
 
「お前はもっと真面目な方が素敵だったよ」

 サーニアはラキーニの態度をそう皮肉して別れると、カイエン達の元へと向かう。

 そして執務室にてカイエンとロイバックに会った。

 彼女の左腕には、執務室に向かう前に既に添え木と包帯による手当てが施されており、カイエン達はサーニアが骨折していることが分かる。

「何があったんだ」

 カイエンに問われれば、「大した問題では無い」とサーニアは返す。

 カイエンとしては納得の出来る回答では無いのだが、本人が何とも思っていないなら言及するのをやめた。
 骨折くらい、普通に暮らしていたらあるものだ。カイエンも若い頃は、暴れ馬に乗ろうとして落馬し、骨折した事がある。

 なので、骨折の事を気にせずにすぐに本題へ入った。

 つまり、サーニアのやって来た事を公式に認め、隠密部隊として再編するというものである。

 これにサーニアは「バレたのか」とロイバックを見た。
 ロイバックも、バレたと言うかのように肩をすくめる。

 しかし、バレはしたが、自分の苦労を父が知り、そしてその選択を認めてくれたのは嬉しかった。

 もちろん、ロイバックに対してカイエンが異を唱えたが。
 今、カイエンがサーニアの選択を認めてくれているのは、ロイバックの説得のお陰とも言えよう。

 サーニアは父に一人の大人として頼られたのが嬉しくて嬉しくて、頬が緩む。
 しかし、その浮かぶ笑みを筋肉で押さえ付けて、あくまでも真面目な顔で「謹んで拝命します」と頭を下げた。

 上の人から肩書きを与えられた時は、このような言葉で合っていただろうかと、サーニアは少しばかり不安になる。
 しかし、カイエンが「うむ」と大仰に頷いたので、少なくとも「謹んで拝命します」という言葉で合っていたようだと思った。

「本来であれば、国王ルカオット様の言葉で任命すべき事であるが、サーニアは影となって働いて貰うため、この場の略式にてご無礼つかまつった」

 カイエンはよそよそしくそう言う。
 おおよそ父と娘が交わす言葉では無いが、儀礼とはこう言うものである。

 父だ娘だという馴れ馴れしい関係ではなく、国家を守る一個として互いに尊重しあうのだから、他人行儀によそよそしくもなろう。

 そして、これこそサーニアが自立した一人の人間となった瞬間とも言える。
 今日、今、この瞬間、サーニアは父カイエンと肩を並べたのだ。

 サーニアは頭を下げて執務室を出ると、小さくガッツポーズをした。
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