焚火の聖女

石原こま

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5.純米大吟醸研ぎ二割三分

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「・・・ス・・・ヴィンス、そろそろ帰る時間よ!」



 メグミに揺り動かされて目覚めた時、俺は一瞬、ここがどこだか分からなかった。

 夢を見ていたのかとも思ったが、胸ポケットを探っても、赤い石の種はなかった。



「すごく疲れてたみたいね。急に寝ちゃうんだもの。ビックリしたわ。でも、少しは疲れが取れたのかしら?目の充血も取れたみたいだし。」



 そう言いながら、メグミが俺の顔を覗き込んできた。

 何が起こったのか分からずに体を起こす。

 不思議と体のだるさも消えていた。



「た、種は?」



 状況を把握できないまま、しどろもどろに声を出すと、メグミが思い出したように手を叩いた。



「あっ、そうだ!種!さっき、あそこの薪が積んであるところに赤い石の種が落ちてるのを見つけたのよ。で、芽が出そうになってたから燃やしちゃったんだけど、もしかしてダメだった?」



 メグミの言葉に、自分の体に起きたことは夢ではなく、あと少しで死ぬところだったのだと知る。



「いや・・・ダメじゃないんだが。」



 メグミには、種がどんなものか教えていなかったはずなのに、処分しておいてくれるなんて。

 まさに奇跡。

 さすがは、女神がお招きになった聖女ということか。



 自分の身の上に起きた奇跡に鳥肌が立ち、思わずゴクリと唾を飲み込んだ。

 呆然とし、しばらく胸ポケットの上に手を置いたまま言葉を発せずにいると、メグミが何かに気づいたように声をかけてきた。



「もしかして・・・赤の種はヴィンスが持ってたの?」

 

 そう、ずっとここに入れてあったはずだった。



「・・・ああ、実はずっと俺が持ってたんだ。そもそも姉さんは赤い石の種を撒かずに、俺の足元に落としていったから。」



「なんだ、そうだったのね。じゃあ、この前に来たときにでも落としたのかしらね。でも・・・ずっと大事に持ってたのに、私が燃やしちゃってよかったの?もしかして、ヴィンスが燃やさないと願いが叶わなくなるとか?」



 メグミが焦ったように声を上げた。



「いや!燃やしてもらって良かったんだ。燃やさずにいたら朝には芽が出てしまって、俺は死んでいただろうから!」



 慌てて俺が否定すると、メグミは



「え?」



 と一言発して、固まってしまった。

 目をぱちぱちとさせている。

 そういえば、メグミにはまだ何も言ってなかったんだと思い出す。



「あー、実はあれは願いを叶える種ではなく・・・いわゆる呪いの種っていうもので。」



「はあ?!な・・・な、なななな・・・の・・・ののの、呪いって!!」



 ガタッと音を立てて、メグミが立ち上がった。

 側においてあったカップが転がり落ちる。



「ええっと・・・。もう終わったことだから言ってしまうが、あれはこの世界にある呪いの中でも最もタチが悪いと言われている『目絶やしの種』と言われている呪いで、呪いの対象とした血族の目に呪いをかけるものなんだ。種に瞳の色と同じ色の魔石をはめて呪いをかけ、その種から芽が出ると、同じ瞳の色を持つ者が死ぬっていう・・・。」



「ええええっ!じゃ・・・じゃあ、赤って!!」



「あー、俺だな。うちの王家には、赤い瞳を持つ人間は俺しかいないから。」



「はあ?えっ?じゃあ、あのままにしてたら・・・。」



 俺も立ち上がり、顔を真っ青にしているメグミを落ち着かせようと、その肩に手を置いた。



「いやいや、本来は芽吹く前に目を抉り出すっていう方法で回避できるから・・・。」



 と、そこまで言いかけた時、メグミが白目を剥いて気を失った。

 慌てて抱き止める。

 本来なら、ちゃんと順を追って説明するつもりだったが、少し刺激が強すぎたかと反省する。

 メグミには申し訳ないことをしてしまった。

 けれど、腕の中で眠るメグミの寝顔を見ていると、不謹慎かもしれないが心の底から安堵感が広がってきた。

 とにかく、これで本当に全て終わったんだ。

 そのことをもう一度実感したくて、眠るメグミの体を強く抱きしめてみる。

 抱きしめたメグミの体からは、香ばしい焚火の匂いがした。



◇◇◇



 目覚めた時、私の気分は最悪だった。

 そりゃそうだろう。

 知らないうちに、この国の命運を握らされていたんだから。

 目の前には、私の顔を心配そうに覗き込むヴィンス、そして神官長。

 倒れてから1日以上が過ぎていた。



「メグミ!大丈夫か?」



「いやー、さすがは『焚火の聖女』殿。私は貴女のことを力のある聖女だと信じてはいましたが、そんな重大な任務を担っていたとは。素晴らしいです!」



 ヴィンスはともかく、手のひら返したかのような神官長の態度には、一瞬ムカっとした。

 陰で『能無し聖女』って言ってたこと忘れてないからなと、心を込めて睨みつけた。

 そして、次にヴィンスを睨む。

 睨みつけていいはずだ!



「はー。」



 ベッドから起き上がり、一息ついて心を落ち着かせる。

 言いたいことがたくさんあって、同じように聞きたいこともたくさんあって、うまく言葉がまとまらない。

 でも、まず一番最初に言っておかなければならないことがある。



「ヴィンス!大事なものは胸ポケットなんかにしまっちゃいけないのよ!!」



 何をおいても、まずこれだ。

 芽が出たら自分の命を奪うような呪いの種を、何で胸ポケットなんかに入れるかな!!

 私が偶然にも気づいたからいいものの、いいものの・・・もし気づいてなかったらと想像して、また意識を手放しそうになる。



「メグミ!」



 再び、ベッドに倒れそうになった私をヴィンスが支えた。

 すっかり見慣れてしまった紅眼の瞳が私を覗き込んでくる。



「ほんっと、信じられない!っていうか、情報多すぎて分かんないんだけど、え?撒いたのはお姉さんだったわよね?なんで、お姉さんが?」



「実を言うと、姉さんは七番目の兄さんと十年以上にわたり恋人同士で、結婚の約束までしていたんだが、知っての通り兄さんはメグミの仲間と結婚が決まっただろ?それで、逆上して・・・。」



「はあ?!確か、ヴィンスのお姉さんって私と同い年だったわよね?信じられない・・・。十年以上付き合った三十六歳の女を放り出して、二十歳の娘とデキ婚?それ・・・日本だと犯罪だからね!罰せられるから!」



「え?そうなのか?」



「いや、嘘だけど・・・。それくらい罪が重いってこと!でも、それにしたって・・・お姉さん過激すぎない?」



「まあ、魔女だからな。約束を守らなかった兄上が悪い。魔女との約束を反故したら、呪われるのは当たり前・・・。」



「で、でも、お兄さんの血族っていったら、王家の人全員じゃない!」



「ああ、そうだ。だから、俺が秘密裏に動いていたわけで。」



 私は頭を抱えた。

 もう、抱えたっていいだろう。頼むから抱えさせてほしい。

 話の規模が大きすぎて、もうさっきからずっと鳥肌が止まらないし、心臓の音ももう一回死ぬんじゃないかってくらいおかしい。

 え?じゃあ、何?

 私が種を見つけなかったら、王家の人全員が死ぬか、目をえぐるかしないといけなかったってこと?

 そんな風に頭をフル回転させて、状況を理解しようとしている私の横で、神官長が何かを言い始めた。



「いやー、本当に良かった。さすがは女神がお招きになった聖女殿。この度の騒動を受け、『光の聖女』殿が辞退された時はどうしようかと思っておりましたが、今回の筆頭聖女は『焚火の聖女』殿に決まりですな。」



 情報の整理に忙しく、神官長の言葉を全く聞いていなかった私が、そのお役目の重大さに気づいたのは、もっと後のことだった。







 っていうか、今気づいた!

 

「え?何で?」



 気付くと聖杖を持たされて、祭壇の最上段に立たされていた。

 召喚されてから、ちょうど一年にあたる今日。

 200年に一度の聖誕祭が行われようとしていた。

 まあ、このイベントに向けて何回もリハーサルさせられていたけど、私はいつも下段の一番端っこに立たされていたはず。

 なんで最上段?

 っていうか、筆頭聖女って何するんだっけ?

 と、考える暇もなく、大神官様が声を上げた。



「偉大なる女神よ。この聖女メグミに異世界の叡智を導きさせたまえ!」



 その言葉と共に、聖杖が眩い光を放ち始める。



 あ、ああああ、そういえばそうだった!

 筆頭聖女は、この世界にない向こうの世界の叡智を召喚するお役目があるんだった。

 前回召喚したのは確か・・・天然痘のワクチンだっけ?



 ええっと、向こうの世界の叡智。

 向こうの世界にあって、この世界にないもの。

 電気?ガス?テレビ?インターネット?パソコン?スマホ?冷蔵庫?洗濯機?電子レンジ?

 あああ、たくさんあって絞れない!



 そう思い悩んでいた時、私の頭の中に、突然一つのものが思い浮かんだ。

 向こうの世界にあって、この世界にない素晴らしいもの・・・。



「だめだめだめ!キャンセル!キャンセルで!」



 と叫んだ時にはもう遅かった。

 聖杖は眩い光を発し、私が夢にまで見たあの木箱へと変わっていた。

 それが一体何だったのかは・・・言うまでもない。
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