『「お前の代わりはいくらでもいる」と言われたので、54年積み立てた一億円を持って静かに消えます ~介護も家計も、もう知りません~』

『「お前の代わりはいくらでもいる」と言われたので、54年積み立てた一億円を持って静かに消えます ~介護も家計も、もう知りません~』

あの人は、
最後まで気づかなかった。

毎朝、湯気の立つ味噌汁も。
季節ごとに入れ替わる寝具も。
病院の予約日も。
親の薬の残数も。
自分のワイシャツが、
なぜ白いままでいられるのかも。

全部、
「勝手に存在している」と思っていた。

だから簡単に言えたのだ。

> 「お前の代わりなんて、いくらでもいる」

私は笑って、
「そうですね」と答えた。

怒らなかった。
泣かなかった。
縋らなかった。

その代わりに私は、
静かに数字を積み上げた。

春も。
夏も。
誰にも褒められなかった秋も。
寒い台所に立ち続けた冬も。

一年五十万。
また一年。
また一年。

誰にも見えない場所で、
私は未来を育てていた。

通帳は嘘をつかない。
日記も嘘をつかない。
複利も、沈黙も、裏切らない。

そしてある朝、
私は消えた。

冷蔵庫には何もない。
介護メモもない。
薬の仕分けも終わっている。

残したのは、
離婚届と、
十年分の記録だけ。

怒鳴り声の代わりに。

私は土を選んだ。

朝露のついたトマトは、
驚くほど静かに赤かった。

誰にも責められず、
誰にも怯えず、
誰の機嫌も伺わない朝。

風の音を聞きながら、
私はようやく知った。

六十年積み立てたのは、
お金ではなく――

「ひとりで生きていける時間」
だったのだと。

24h.ポイント 1,442pt
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