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良くある、そう良くある話です。
美しい娘に王子は出会い、二人は恋に落ちました。ですが、王子には公爵令嬢の婚約者がおりました。
婚約者は嫉妬に駆られて娘を殺そうとし、王子に罪を暴かれるのです。
婚約破棄された悪役令嬢は、あわれ父親ほど年の離れたひなびた田舎領主の元にお嫁にやられるのです。
***
一週間の長旅でございました。
本当は王都からこの辺境の地まで馬車で倍の二週間の道のりらしいのですが、騎士達はわたくしの乗った馬車を駆けに駆けさせてここまで連れて来たのです。
罪人を猟犬が追い立てるように一時も休むことなく。
「到着致しました、ビアンカ様」
そう言って馬車の扉が開いた時に、わたくしはすっかり怯えきっておりました。
慣れない馬車の旅は、わたくしに残された一片の矜恃さえ奪い去って行ったようです。
「手を」
そう言って手をこちらに差し出してきた方は、三十代半ばと言ったところでしょうか。
騎士のような服装で凜々しいお顔はきつくこわばっております。
わたくしは、震えて涙が止まりません。
ここには恐ろしく偏屈な辺境伯が住んでいて、わたくしに与えられた罰はその男の妻になること。
「なっ、何もしておりません」
誰に言っても聞いてくれはしなかったことを、この見知らぬ騎士に訴えて何だというのでしょう。
ですが錯乱していたわたくしは壊れた人形のようにそれを繰り返します。
『何を言っているのだ。お前の罪は明白だ。この売女め』
悪し様に罵られる。
分かってはおりますのに。
また、怒鳴られる。
身を固くしたわたくしに掛けられたのは、優しく労りに満ちた言葉でした。
「分かっている。君は何もしていない。君はそんな子じゃない、ビアンカ」
彼は馬車の中に入り込み、腕を伸ばしてわたくしを抱きしめます。
怖くはありませんでした。
むしろ、力強く温かい感触にわたくしは彼にすがりつきました。
「だ、誰も信じてはくれないの」
「分かっている、もう大丈夫だ。怖かったね」
その人は背中をさすりながら優しく囁きました。
その声に涙が溢れて止まりません。
「いっ、苛めたりなんかしてない!でも信じてくれなかった。お友達もお父様もお母様も、うわーん」
わたくしは声を上げて泣きました。
「いい子だ。いい子だよ、君は。分かっている。分かっているよ」
軽々抱き上げられて、わたくしは目の前の大きなお城、辺境伯邸に連れられました。
「さあ、もう何も心配はいらない」
わたくしを腕に抱いた騎士、その人がわたくしの夫となるこのこの城の主、セドリック・ロータス様でした。
***
翌日の早朝、わたくしとセドリック様の結婚が執り行われました。
場所は城の礼拝堂でございます。
着付けられたウェディングドレスは手の込んだ刺繍が施された上質のもの。けっしてあり合わせで用意出来るものではございません。
わたくしがドレスを見つめているとセドリック様は痛ましいそうな表情になりました。
「母のものなんだ。こんなものしか用意出来なくて済まない」
「いいえ」
混乱してそうしか答えられませんでしたが、むしろそんな大切な物と嬉しくなりました。
「式が終わったら全て話す。頼むから今は我慢して私と結婚してくれ」
セドリック様はまた痛ましそうな表情でおっしゃいます。
セドリック様はわたくしに同情しているご様子です。
押し付けられた結婚は彼も同じでありましょうに、この方はわたくしを気遣うのです。
「はい――」
「こんなおじさん相手で済まない。この結婚は形だけのものだ。必ず無効にするから、今はこらえてくれ」
セドリック様は優しく私の手を取り、そう繰り返します。
辺境伯セドリック・ロータス様の評判は決して良いものではありません。
偏屈で人嫌いで女嫌い。金儲けが大好きで野蛮な男。
そう言われておりました。
人嫌いが高じて辺境地からほとんど出ないということで、王都でお姿を見ることはございませんでした。
今から20年ちかく前、当時は侯爵令嬢だったレイチェル様に懸想してご生家の侯爵家を脅して一時は婚約者におさまっていましたが、王立学習院の二年生の時、レイチェル様を無理矢理陵辱しようとしたと聞いております。
幸い、駆けつけた時の王太子様、今の国王陛下に救い出され、レイチェル様はご無事で、セドリック様はそのまま退学したそうです。
レイチェル様はそれがご縁で王太子様と結ばれたのです。
婦女に暴行しようとした卑劣な男、セドリック・ロータス様はそう噂されておりました。
ですが、実際のセドリック様は、そんな方には見えません。
むしろ国王陛下と王妃殿下の方が……いえ、これ以上はいけません、不敬ですわ。
セドリック様は、背は高く痩せぎすで堂々としておられ、そしてお顔立ちも端正で威厳がございました。
そして少し寂しげな雰囲気のお方でした。
誓いのキスは、唇の横にほんの一瞬落とされただけ。
約束通りセドリック様はわたくしにお手を触れることはなかったのです。
美しい娘に王子は出会い、二人は恋に落ちました。ですが、王子には公爵令嬢の婚約者がおりました。
婚約者は嫉妬に駆られて娘を殺そうとし、王子に罪を暴かれるのです。
婚約破棄された悪役令嬢は、あわれ父親ほど年の離れたひなびた田舎領主の元にお嫁にやられるのです。
***
一週間の長旅でございました。
本当は王都からこの辺境の地まで馬車で倍の二週間の道のりらしいのですが、騎士達はわたくしの乗った馬車を駆けに駆けさせてここまで連れて来たのです。
罪人を猟犬が追い立てるように一時も休むことなく。
「到着致しました、ビアンカ様」
そう言って馬車の扉が開いた時に、わたくしはすっかり怯えきっておりました。
慣れない馬車の旅は、わたくしに残された一片の矜恃さえ奪い去って行ったようです。
「手を」
そう言って手をこちらに差し出してきた方は、三十代半ばと言ったところでしょうか。
騎士のような服装で凜々しいお顔はきつくこわばっております。
わたくしは、震えて涙が止まりません。
ここには恐ろしく偏屈な辺境伯が住んでいて、わたくしに与えられた罰はその男の妻になること。
「なっ、何もしておりません」
誰に言っても聞いてくれはしなかったことを、この見知らぬ騎士に訴えて何だというのでしょう。
ですが錯乱していたわたくしは壊れた人形のようにそれを繰り返します。
『何を言っているのだ。お前の罪は明白だ。この売女め』
悪し様に罵られる。
分かってはおりますのに。
また、怒鳴られる。
身を固くしたわたくしに掛けられたのは、優しく労りに満ちた言葉でした。
「分かっている。君は何もしていない。君はそんな子じゃない、ビアンカ」
彼は馬車の中に入り込み、腕を伸ばしてわたくしを抱きしめます。
怖くはありませんでした。
むしろ、力強く温かい感触にわたくしは彼にすがりつきました。
「だ、誰も信じてはくれないの」
「分かっている、もう大丈夫だ。怖かったね」
その人は背中をさすりながら優しく囁きました。
その声に涙が溢れて止まりません。
「いっ、苛めたりなんかしてない!でも信じてくれなかった。お友達もお父様もお母様も、うわーん」
わたくしは声を上げて泣きました。
「いい子だ。いい子だよ、君は。分かっている。分かっているよ」
軽々抱き上げられて、わたくしは目の前の大きなお城、辺境伯邸に連れられました。
「さあ、もう何も心配はいらない」
わたくしを腕に抱いた騎士、その人がわたくしの夫となるこのこの城の主、セドリック・ロータス様でした。
***
翌日の早朝、わたくしとセドリック様の結婚が執り行われました。
場所は城の礼拝堂でございます。
着付けられたウェディングドレスは手の込んだ刺繍が施された上質のもの。けっしてあり合わせで用意出来るものではございません。
わたくしがドレスを見つめているとセドリック様は痛ましいそうな表情になりました。
「母のものなんだ。こんなものしか用意出来なくて済まない」
「いいえ」
混乱してそうしか答えられませんでしたが、むしろそんな大切な物と嬉しくなりました。
「式が終わったら全て話す。頼むから今は我慢して私と結婚してくれ」
セドリック様はまた痛ましそうな表情でおっしゃいます。
セドリック様はわたくしに同情しているご様子です。
押し付けられた結婚は彼も同じでありましょうに、この方はわたくしを気遣うのです。
「はい――」
「こんなおじさん相手で済まない。この結婚は形だけのものだ。必ず無効にするから、今はこらえてくれ」
セドリック様は優しく私の手を取り、そう繰り返します。
辺境伯セドリック・ロータス様の評判は決して良いものではありません。
偏屈で人嫌いで女嫌い。金儲けが大好きで野蛮な男。
そう言われておりました。
人嫌いが高じて辺境地からほとんど出ないということで、王都でお姿を見ることはございませんでした。
今から20年ちかく前、当時は侯爵令嬢だったレイチェル様に懸想してご生家の侯爵家を脅して一時は婚約者におさまっていましたが、王立学習院の二年生の時、レイチェル様を無理矢理陵辱しようとしたと聞いております。
幸い、駆けつけた時の王太子様、今の国王陛下に救い出され、レイチェル様はご無事で、セドリック様はそのまま退学したそうです。
レイチェル様はそれがご縁で王太子様と結ばれたのです。
婦女に暴行しようとした卑劣な男、セドリック・ロータス様はそう噂されておりました。
ですが、実際のセドリック様は、そんな方には見えません。
むしろ国王陛下と王妃殿下の方が……いえ、これ以上はいけません、不敬ですわ。
セドリック様は、背は高く痩せぎすで堂々としておられ、そしてお顔立ちも端正で威厳がございました。
そして少し寂しげな雰囲気のお方でした。
誓いのキスは、唇の横にほんの一瞬落とされただけ。
約束通りセドリック様はわたくしにお手を触れることはなかったのです。
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