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セドリック王の生涯
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私の父は王子であった。
政変に巻き込まれ、挙げ句に負けて、この辺境地の荒れ地の伯爵となった。
とにかく貧しい土地で実質父はこの地に流刑されたようなものだが、生きていられるだけでも文句はないと領主となった。
地道に開墾してゆき、土地に適した植物を植え、更に鉱山まで発見し、今ではかなり潤っている。
だが、そういう経緯から父は中央とは距離を置き続けた。
そこで王が伯爵家に手綱を付けるべく用意したのが、父の唯一の息子である私と侯爵令嬢レイチェルであった。
中央の王都育ちの侯爵令嬢はこの辺境地を大層嫌い、伯爵家である我が家も家格が低いと馬鹿にしていた。
そんな私達の間に恋愛感情など生まれるわけはない。
貴族の子弟は王都の王立学習院なる学校に入学せねばならず、十五歳で私もこの学校に入学した。
同じ歳のレイチェルも同年に入学し、そして私達の一つ上の学年にいたのが王太子だった。
国王は私の父の異母弟、つまり私と王太子は従兄弟に当たるが向こうに親戚という感覚はないだろう。
レイチェルはこの王太子に夢中になった。
王太子の方もレイチェルの色仕掛けに落ち、懇ろになった。
少年期の浅はかさで父にこの話を打ち明ける前に私は彼らの逢い引きを目撃してしまい、逆に二人からレイチェル陵辱の汚名を着させられる。
同じ年の従兄である公爵令息のアンドリューと私は仲が良かった。
彼のみならず他の仲間も私の無実を信じてくれ、必死に訴えようとしてくれたが、それがどれ程彼らの将来に悪影響を及ぼすか良く分かっていた。
この程度の不名誉は、我が家にとってはついでみたいなものだ。
国王と事を構えたくない父の意向もあり、私と父はこの醜聞を飲んだ。
私は卒業を待たず退学し、辺境地に篭もることになる。
レイチェルは卒業前に王太子の子を身ごもり、王太子妃となった。
「辺境伯の息子は王太子に婚約者を寝取られた」という無様な噂が王都を騒がしたようだが、所領地に引っ込んだ私には関係のない話だ。
王太子の父親の国王は王太子とレイチェルの結婚に難色を示したが、子供が出来たので渋々許したという。
レイチェルの父は無能を絵に描いたような男で、一家揃って傲慢で浪費家だった。
老獪な国王は軽薄に育った息子の妻にはもっと良い娘を用意したかったようだが、敵わなかった。
すぐに国王から次の婚約者を打診されたが、断った。
寝取られたショックで女嫌いになったと言えば、向こうも強くは出られぬようだ。
王立学習院は退学したが、外国の学校に入り直し学問も学べた。
そうした知識を生かし、父の跡を継ぐべき勤しむ。
父が亡くなってからは伯爵となり忙しくも充実した日々であった。
こうして悠々自適の独身辺境伯生活を送ること早18年――。
36歳になった私のところにかつての王太子で今は国王となった男から一通の書状が届く。
ビアンカ・リファインと白い結婚をせよとの王命であった。
ビアンカといえば、従兄のアンドリュー・リファインの娘である。
白バラに例えられてる清楚で美しい娘という噂はこの辺境地にも届いている。
国王はこの白バラを私と結婚させてから公妾に召したいらしいが、開いた口が塞がらない。
ビアンカは公爵令嬢だ。
王家の血が流れた公爵令嬢を公妾に据えるなど、父であり有力な貴族の一人でもあるアンドリューが許すはずもない。
第一、ビアンカは王太子の許嫁だったはず。
国王から貴族の支持が離れかけている中、王家としては逃すわけにはいかない婚姻だった。
追って届いたアンドリューからの手紙はもっと馬鹿げていた。
王太子は近頃男爵令嬢のライラという娘に入れあげていて、どうしてもこの娘を王太子妃にしたいらしい。
しかも王妃はそれに賛成だとか。
あの女なら考えそうなことだ。
「レイチェルは自分より出来る奴は嫌いだからな」
ビアンカはお妃教育も優秀にこなす才女らしい。
ビアンカは国王だけでなく王太子にも狙われていた。
こっちは妾にして公爵家を取り込みたいらしい。
こうして国王にも王太子にも狙われたビアンカを守らねばならない。
アンドリューと私は、国王の公妾とする案に従うふりをした。
アンドリューは卒業パーティーの夜、傷心で家に戻った娘をそのまま馬車に押し込め、私のところに送って寄越した。
あのままではビアンカの身が危ない。
その判断は正しかったが、辺境地に着いた時、ビアンカは怯えきっていた。
結婚式は気丈に乗り切ってくれたが、その後は疲れが出たのか寝込んだ。
毎晩のように悪夢にうなされている。
「違うの違うのやってはいない。殺人だなんてそんな恐ろしいこと…」
うなされながら、そう言って泣く。
ライラを階段から突き落としたのは殺人だと王太子と取り巻きに相当責められたらしい。
理解出来ないうちに犯人に仕立てられて悪し様に罵られる。
男の私ですら今でも嫌な記憶として残っていることだ。箱入り娘のビアンカはひどく打ちのめされていた。
国王と王太子の二人に純潔を狙われていたビアンカには父アンドリューの監視が付いていた。
苛めや暴力に関わったことはなく、第一ビアンカはそんなことが出来る性格の娘ではない。
立派に王妃もこなせる子だが、ビアンカは繊細で内にこもるところがある。
支えとなる人間が必要だ。
ひと月もするとビアンカも落ち着いて笑顔を見せるようになった。
美しく優しい娘だ。
城に出入りする男は誰もが彼女に惹かれた。
従姪に当たるこの娘に平和な暮らしとまともな結婚相手を見つけてやらねばならない。
『この子を守るにはただ一つ、国王を倒すよりない』
私とアンドリューは王位奪還を遂行する。
決死の覚悟で挑んだ戦いだったが、フタを開けるとほぼ無血で王城は解放された。
王家から既に人心は失われていた。
計算外だったのはビアンカで、あの娘が選んだ男を次の国王に仕込んだら辺境地の田舎領主に戻るつもりだったが、あの娘はどうしても私の子が欲しいのだという。
泣いて「妻になりたい」と言われると無碍には出来ず、本当の夫婦となった。
私の方が18歳も年上で、そのうち飽きられるんだろうなと思いながら早40年。
3人の子にも恵まれて案外仲良く暮らしていたが、ふとした風邪から寝付いてビアンカの方が先に逝った。
ビアンカが死ぬと気力も失せ数ヶ月後には私も死んだ。
のちに私の人生は「妻のために王位につき、妻のあとを追うように死んだ愛妻家」と語られる。
まあ、おおむね、それで間違いはない。
***
終わりました。おっさんなりにビアンカのことは溺愛してました。
最後までありがとうございます。
政変に巻き込まれ、挙げ句に負けて、この辺境地の荒れ地の伯爵となった。
とにかく貧しい土地で実質父はこの地に流刑されたようなものだが、生きていられるだけでも文句はないと領主となった。
地道に開墾してゆき、土地に適した植物を植え、更に鉱山まで発見し、今ではかなり潤っている。
だが、そういう経緯から父は中央とは距離を置き続けた。
そこで王が伯爵家に手綱を付けるべく用意したのが、父の唯一の息子である私と侯爵令嬢レイチェルであった。
中央の王都育ちの侯爵令嬢はこの辺境地を大層嫌い、伯爵家である我が家も家格が低いと馬鹿にしていた。
そんな私達の間に恋愛感情など生まれるわけはない。
貴族の子弟は王都の王立学習院なる学校に入学せねばならず、十五歳で私もこの学校に入学した。
同じ歳のレイチェルも同年に入学し、そして私達の一つ上の学年にいたのが王太子だった。
国王は私の父の異母弟、つまり私と王太子は従兄弟に当たるが向こうに親戚という感覚はないだろう。
レイチェルはこの王太子に夢中になった。
王太子の方もレイチェルの色仕掛けに落ち、懇ろになった。
少年期の浅はかさで父にこの話を打ち明ける前に私は彼らの逢い引きを目撃してしまい、逆に二人からレイチェル陵辱の汚名を着させられる。
同じ年の従兄である公爵令息のアンドリューと私は仲が良かった。
彼のみならず他の仲間も私の無実を信じてくれ、必死に訴えようとしてくれたが、それがどれ程彼らの将来に悪影響を及ぼすか良く分かっていた。
この程度の不名誉は、我が家にとってはついでみたいなものだ。
国王と事を構えたくない父の意向もあり、私と父はこの醜聞を飲んだ。
私は卒業を待たず退学し、辺境地に篭もることになる。
レイチェルは卒業前に王太子の子を身ごもり、王太子妃となった。
「辺境伯の息子は王太子に婚約者を寝取られた」という無様な噂が王都を騒がしたようだが、所領地に引っ込んだ私には関係のない話だ。
王太子の父親の国王は王太子とレイチェルの結婚に難色を示したが、子供が出来たので渋々許したという。
レイチェルの父は無能を絵に描いたような男で、一家揃って傲慢で浪費家だった。
老獪な国王は軽薄に育った息子の妻にはもっと良い娘を用意したかったようだが、敵わなかった。
すぐに国王から次の婚約者を打診されたが、断った。
寝取られたショックで女嫌いになったと言えば、向こうも強くは出られぬようだ。
王立学習院は退学したが、外国の学校に入り直し学問も学べた。
そうした知識を生かし、父の跡を継ぐべき勤しむ。
父が亡くなってからは伯爵となり忙しくも充実した日々であった。
こうして悠々自適の独身辺境伯生活を送ること早18年――。
36歳になった私のところにかつての王太子で今は国王となった男から一通の書状が届く。
ビアンカ・リファインと白い結婚をせよとの王命であった。
ビアンカといえば、従兄のアンドリュー・リファインの娘である。
白バラに例えられてる清楚で美しい娘という噂はこの辺境地にも届いている。
国王はこの白バラを私と結婚させてから公妾に召したいらしいが、開いた口が塞がらない。
ビアンカは公爵令嬢だ。
王家の血が流れた公爵令嬢を公妾に据えるなど、父であり有力な貴族の一人でもあるアンドリューが許すはずもない。
第一、ビアンカは王太子の許嫁だったはず。
国王から貴族の支持が離れかけている中、王家としては逃すわけにはいかない婚姻だった。
追って届いたアンドリューからの手紙はもっと馬鹿げていた。
王太子は近頃男爵令嬢のライラという娘に入れあげていて、どうしてもこの娘を王太子妃にしたいらしい。
しかも王妃はそれに賛成だとか。
あの女なら考えそうなことだ。
「レイチェルは自分より出来る奴は嫌いだからな」
ビアンカはお妃教育も優秀にこなす才女らしい。
ビアンカは国王だけでなく王太子にも狙われていた。
こっちは妾にして公爵家を取り込みたいらしい。
こうして国王にも王太子にも狙われたビアンカを守らねばならない。
アンドリューと私は、国王の公妾とする案に従うふりをした。
アンドリューは卒業パーティーの夜、傷心で家に戻った娘をそのまま馬車に押し込め、私のところに送って寄越した。
あのままではビアンカの身が危ない。
その判断は正しかったが、辺境地に着いた時、ビアンカは怯えきっていた。
結婚式は気丈に乗り切ってくれたが、その後は疲れが出たのか寝込んだ。
毎晩のように悪夢にうなされている。
「違うの違うのやってはいない。殺人だなんてそんな恐ろしいこと…」
うなされながら、そう言って泣く。
ライラを階段から突き落としたのは殺人だと王太子と取り巻きに相当責められたらしい。
理解出来ないうちに犯人に仕立てられて悪し様に罵られる。
男の私ですら今でも嫌な記憶として残っていることだ。箱入り娘のビアンカはひどく打ちのめされていた。
国王と王太子の二人に純潔を狙われていたビアンカには父アンドリューの監視が付いていた。
苛めや暴力に関わったことはなく、第一ビアンカはそんなことが出来る性格の娘ではない。
立派に王妃もこなせる子だが、ビアンカは繊細で内にこもるところがある。
支えとなる人間が必要だ。
ひと月もするとビアンカも落ち着いて笑顔を見せるようになった。
美しく優しい娘だ。
城に出入りする男は誰もが彼女に惹かれた。
従姪に当たるこの娘に平和な暮らしとまともな結婚相手を見つけてやらねばならない。
『この子を守るにはただ一つ、国王を倒すよりない』
私とアンドリューは王位奪還を遂行する。
決死の覚悟で挑んだ戦いだったが、フタを開けるとほぼ無血で王城は解放された。
王家から既に人心は失われていた。
計算外だったのはビアンカで、あの娘が選んだ男を次の国王に仕込んだら辺境地の田舎領主に戻るつもりだったが、あの娘はどうしても私の子が欲しいのだという。
泣いて「妻になりたい」と言われると無碍には出来ず、本当の夫婦となった。
私の方が18歳も年上で、そのうち飽きられるんだろうなと思いながら早40年。
3人の子にも恵まれて案外仲良く暮らしていたが、ふとした風邪から寝付いてビアンカの方が先に逝った。
ビアンカが死ぬと気力も失せ数ヶ月後には私も死んだ。
のちに私の人生は「妻のために王位につき、妻のあとを追うように死んだ愛妻家」と語られる。
まあ、おおむね、それで間違いはない。
***
終わりました。おっさんなりにビアンカのことは溺愛してました。
最後までありがとうございます。
応援ありがとうございます!
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失礼します。
今日この作品を見つけて
読了させていただきましたが、
「セドリックの生涯」
泣いてしまいました。
素敵な作品を拝見出来て良かったです。
ありがとございました。
書き手冥利に尽きる感想でただただ恐縮です。
感想、ありがとうございます。
ふふふ素敵でした〜
私はこれくらいの年齢差、めっちゃありです❤️
傷ついたビアンカは、年上の魅力に絆されてしまったのね❤️
感想、ありがとうございます。
>私はこれくらいの年齢差、めっちゃありです❤️
アリですか!ありがとうございます。
完結お疲れ様でした!
常々、断罪されたら年寄り男に罰の様に嫁がされ~ってのが、引っかかってた。年上男が結構いい男だったりしないのって。
ですので、こういう話歓迎でした。
ハピエンありがとう!
まさに「罰としての結婚」が案外上手く行くパターンもありかな?と思って書きました。
ニッチな話にコメントありがとうございますm(_ _)m