サマー
この体は、全ての細胞を使って『暑い』という感覚を激しく知らせる。
テレビの天気予報も『暑い』と言い切る。
この4畳半のアパートも暑さにきしんでいる。
風鈴を手にとり、耳元でうるさく鳴らせる。
鳴らせた後、投げ壊し、目の前にあるそうめんを食べることにする。
わさびを入れようとあたりを探す。
新旧入り混じった雑誌の間。
投げ飛ばしたタオルケットの下。
留守電のランプがちかちかしている腹立だしい電話の後ろ。
机の下。スーパーの袋の中。洗濯ものの間。
壊したばかりの風鈴の残骸周辺。
無い。無い。無い。
あった!
と思ったら、からしだった。
テレビの天気予報も『そうめんにはわさびを入れましょう』と言い切る。
でも、無い。無いものは無い。ここには無い。
どうしようかともう一度テーブルの上に眼をやる。
そうめんではない。
サンドウィッチがてんこ盛り皿にある。
そうめんじゃなかったのか。だったら、からしでいいわ。
白い手でサンドウィッチをつかむ。
思っていたより重くてあわてて両手で持つ。
別の小さな皿にひとまず置いて、中にからしをたくさん塗りこむ。
口からよだれを1滴落としてから、サンドウィッチを入れる。
パクッ、モグモグ。
腕が2倍に膨らんだ。
凄いカロリーなのだな。
運動をしなくては。
家を出てジムに向かった。
しかし、今日は定休日だったので山に登ることにした。
道は無い。これは何という山なのか。
木の枝に何度も突っつかれる。
やめてくれよ~、と、一人でじゃれてみた。
寂しくて泣ける。
『なはははは~』
と大笑いしてみた。
声が木霊する。
『なはははは~』
新旧入り混じった悲しさと不安で泣ける。
突然、雪が降り始めた。
思わず楽しくて笑顔になる。
泣いた後の笑顔。鼻水と苦しさの混じる顔。
寒くて寒くて、歯をガチガチいわせる。
その音に酔う。
あの時、そうめんを食べなかったから急に冬がきてしまったのだな、と思う。
ふもとに下りると、夕日がいた。
あっ、夕日だ!っていう感じに夕日がいた。
ノースリーブに着替えなおし、家に帰った。
ドアを開けると、電話が鳴っている。
新旧入り混じった雑誌がある。
スーパーの袋が風でティッシュの箱に覆い被さっている。
壊した風鈴はそのまま。そのまま壊れている。
ここが自分の居る場所なのだな、と思う。
ここに居ながら生きなきゃいけないのだな、と思う。
テレビの天気予報が『夏にそうめんを食べない人は罰する』と言っている。
電話は鳴り続ける。
わさびは無くともそうめんだ、と思い、なべに水を入れ、火をつける。
風鈴が壊れたまま少し鳴った。
電話にでてみようかと受話器をもつと直前で切れた。
行き場の無い右手。行き場の無い虚しさ。
台所に戻る。麺つゆが無い。
台所から部屋を振り返る。
夕日は沈む。
わさびと麺つゆを買いに行こう、と思った。
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