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10 殿下情報

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「マルセル殿下は甘い物が苦手だそうですよ」
「へー」

 俺は好きだけどな。甘い物。スイーツ大好き。

「あと動物がお好きらしいです。優しい人ですね」
「ほー」

 俺は動物苦手だけどな。あいつらなに考えているかわかんなくて怖いじゃん。噛まれたりしたら嫌だし。

「ちなみにカミ様と結ばれれば将来安泰って設定にしておきました!」
「設定ってなに」

 なにやら聞き捨てならない報告をぶっ込んできた雪音ちゃんは、「だってその方がカミ様大事にしてもらえそうですし」と言い訳のように頬を掻いている。だから大事にってなに?

 俺の部屋にやって来ては、せっせとマルセル殿下情報を置いていく雪音ちゃんは、本気で俺とマルセルをくっつけるつもりらしい。はやく諦めてくれないかな。

 ちなみに雪音ちゃんと会う時には、彼女の護衛的なお兄さんもイアンも部屋を出て行くのが慣習となった。こっちはふたりで作戦会議しているからね。色々と聞かれてはまずい内容が盛り沢山なのだ。

「思ったんだけどさ、雪音ちゃん」
「なんですか?」

 ふたりきりの室内にて。俺は最近得た気付きを教えてやる。

「俺、人にチヤホヤされるのは好きだけど、人をチヤホヤするのは好きじゃないや」
「清々しいですね」

 目を見張った雪音ちゃんは、どうしましょうかと腕を組む。雪音ちゃんはさすが俺のファンというだけあって、俺がどんな発言をしても概ね好意的に受け止めてくれる。すごくいい子だ。さすが聖女に選ばれるだけのことはある。

 これで俺を養えるだけの稼ぎがあって俺より年上でおまけに色気もあれば完璧なんだけどな。そう伝えたところ、雪音ちゃんは「それはもはや私ではないですね。まったくの別人じゃないですか」と半眼になってしまった。

「とにかく、マルセル殿下に好かれた方がこの世界では生きやすいですよ」
「そりゃそうだけどさ」

 だからといってマルセルとくっつくつもりはない。俺は年上のお姉さんが好きなんだ。マルセルは年上のお兄さんだ。全然ダメ。根本的なところが間違っている。

「でも結構好かれていますよね。この調子でいきましょう!」
「うーむ」

 まぁ嫌われてはいないと思う。その証拠にマルセルは頻繁に俺の様子を見にやってくる。もしかしたら、物珍しさから足繁く通っているだけかもしれないけど。どっちにしろ嫌われてはいないと思う。
 だが雪音ちゃんの言うような、いわゆる恋人関係になれるほど好かれているかと訊かれると微妙である。まだそこまでは好かれていない気がする。

「とにかく。このままマルセル殿下と仲良くしてくださいね。私もカミ様の快適異世界生活のために尽力しますから」

 どうやら雪音ちゃんは、本気で俺のために行動してくれているらしい。自分のせいで俺を巻き込んでしまったという自責の念があるのだろう。心意気は嬉しいが、行動がちょっとズレている気がする。雪音ちゃんの目指すところが俺にはわからないよ。


※※※


「最近、聖女と仲がよろしいようで」
「ん? まぁね」

 その日の夜。

 寝る前にお茶でもどうですか、となんか俺好みの甘い飲み物を持参してきたマルセルは唐突にそんなことを言い始める。てかマルセルは甘い物苦手なのでは? 普通に飲んでるやんけ。雪音ちゃんのマルセル殿下情報に、はやくも誤りが発見された。

 どうやら俺と雪音ちゃんが頻繁に会っていることを気にしているらしい。もしかしてあれか。わざわざ異世界から召喚した大事な聖女様が、よくわからん男とふたりきりになっている状況を心配しているのかもしれない。俺と雪音ちゃんはそういう、ふしだらな関係にはないから安心してほしい。

「大丈夫。俺、年上が好きだから」

 だから雪音ちゃんとはなんでもないと主張すれば、マルセルは難しい顔で足を組む。俺を差し置いてベッドに腰掛けた彼は、我が物顔で俺を隣に招く。

 それ俺のベッドだけどね? いやまあ居候の身ではあるけれどさ。

 ティーカップを持ったまま隣に座れば、マルセルがなんだか深いため息をついた。そのまま俺からカップを取り上げた彼は、勝手にサイドテーブルに置いてしまう。まだ飲んでんだけど?

「ミナト様」
「なに」
「聖女とは昔からのお知り合いで?」
「違うよ。こっちの世界に来てから初めて会った。雪音ちゃんは前々から俺のファンだったみたいだけど」
「そうですか」

 それきり考え込むように黙ったマルセル。

 とりあえず俺のティーカップ返してくんないかな? 早く飲まないと冷めるだろ。
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