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12 散歩

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 俺は神様だから、人間の性別なんて些細なものである。そんなとんでもない設定を追加した雪音ちゃんは、ひと仕事終えたと言わんばかりに額を拭っている。その顔は満足感でいっぱいだった。

「いやあの、雪音ちゃん?」
「なんでしょうか!」
「今日はなんか元気いっぱいだね。いやそれよりも。俺はマルセル殿下と、どうこうなるつもりはないよ?」
「またまたぁ。玉の輿ですよ? カミ様が一番好きなやつじゃないですか」
「それは相手が年上のお姉さん限定の話だ」

 俺が狙っているのは、あくまでも年上のお姉さんだ。年上のお兄さんに養ってもらいたいなんて考えたこともない。しかしなぜか俺よりも気合い十分らしい雪音ちゃんは止まらない。

「マルセル殿下も! きっとカミ様のこと好きだと思うんですよね!」
「そんなわけない」
「でもしょっちゅうカミ様のところに来るでしょ、あの人」
「それはあれだよ。珍しい異界の神様とかいう生き物を観察しに来てるだけだから」

 マルセル殿下は、たまに俺のことをなんだか優しい目で見つめている時がある。そう、まるで可愛い子犬を見守るかのような目だ。これは間違いない。異界の神なんていう珍しい生き物を温かい目で観察しているのだ。そうに決まっている。

「そんなわけ」

 なぜか絶句した雪音ちゃんは、「カミ様って人にチヤホヤされたいって言うわりには人からの好意には鈍いですよね」と突然俺をディスりはじめる。

「私は、カミ様って結構マルセル殿下に好かれていると思いますけどね」

 好かれていると言っても、養ってもらえる程ではないと思うけどな。いやまあ、現在も養ってもらっているような状況ではあるが、これは俺を召喚に巻き込んだお詫びみたいなもんだ。マルセルに個人的に養ってもらっているわけではない。

 だが雪音ちゃんは、なにやら真剣である。水を差すのも悪いので、「そうだねぇ」と適当に頷いておこう。反論すると話が長くなる。俺はとにかく、はやく話を終わらせたかった。

「……聞き流さないでくださいね?」
「バレたか」

 じとっと半眼になる雪音ちゃんは、「カミ様のためなんですからね」と非常に恩着せがましいセリフを吐いた。頼んでないっての。


※※※


「庭に出てみますか?」
「え! 出る! やった外だぁ!」

 いえーいと盛大に喜びを表現すれば、それをみたマルセルがにこにこと微笑ましいものを見るかのような目を向けてくる。構うものか。念願の外だ。やっとだ。

 雪音ちゃんから、カミ様は定期的に外に出さないと弱ってしまうという新設定追加のお知らせを聞いた翌日である。早速俺の元を訪れたマルセルが、にこやかに素晴らしい提案をしてきた。さすが雪音ちゃん。仕事が的確ですね、ありがとう。

 では早速、と微笑むマルセルも仕事が早い。俺が弱ると困るのだろう。なんせ俺が平穏に暮らせば、この世界には幸せがもたらされるという設定になっている。逆に俺が不幸せだと世界が破滅するらしい。改めて聞くととんでもないな。ただのアイドルになんちゅう力を期待してるんだ。

「私と散歩でもしましょう」

 よほど俺を外に出すことが心配らしい。さらりと同行を申し出たマルセルは、俺に手を差し出してくる。どうやらエスコートするつもりらしい。そういうのは彼女相手にやってやれよ。

 だが、ここで変にごねて散歩が延期になっても嫌なので。俺は何食わぬ顔で、マルセルの手をとる。すかさずイアンが上着を持ってくる。この世界にやって来てから初の外である。

 わくわくする気持ちと共に、一歩踏み出す。

 マルセルに手を引かれるままに歩く俺の後ろには、イアンと数人の騎士っぽい人たちが続く。ただ庭に出るだけでこの大人数。これは果たしてマルセルの護衛なのか、それとも俺の見張りなのか。一体どっちだ。

「うおぉ! 外だぁ!」

 幸い本日は天気もよろしい。わーいと喜ぶ俺のことを、マルセルがものすごく優しい目で見ている。なんやその目は。こいつ外に出たくらいではしゃぎやがって、てか? おまえが俺を閉じ込めてたんだろうがよ。

 マルセルを無視して駆け出そうとする俺であったが、マルセルが握った手を放してくれない。

「あの、マルセル殿下?」
「なんですか、ミナト様」

 にこにこ笑うマルセルは、察しが悪い。握られた手をぶんぶん振り回してやれば、彼は一瞬驚きを見せたものの、すぐに柔らかい表情に戻ってしまう。いや放せよ、その手を。なんだその微笑ましい顔は。

 ダメだ。全然察してくれない。ここは素直にお願いしておこう。

「放してくれません?」
「なぜ?」

 なぜ??
 逆にこっちが訊きたいわ。なぜそんな頑なに手を握るのか。

「あの、俺は別に逃げたりしないけど?」
「……逃、げる?」

 きょとんとしたマルセルは、どうやら俺が逃げるという可能性には考えを巡らせていなかったらしい。未知の言葉に直面した時のように、フリーズしている。なんでだよ。逃走防止じゃなければ、その手はなんなんだよ。

 意図がわからずに困惑する俺。しかしマルセルは涼しい表情だ。

「あちらにきれいな花壇がありますよ。ご案内しますね」
「どうも」

 どうやらこいつは、単に俺と手を繋ぐのが楽しいだけらしい。野郎と手繋いで楽しいか? 謎である。
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