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第四章 これから先の人生はイージーモードでお願いします
魔法誓約
しおりを挟む「マ、マリエール、【魔法誓約】がどういうものか知っていて言ってるのか……」
アレフ義兄様が青い顔をしながら訊いてきた。その質問の意味がわからなくて、私は首を傾げる。すると、皆、ホッとした表情をした。尚更、私はわからなくなる。
何当たり前のことを言ってるの? 知ってて言ってるに決まってるじゃない。
「アレフ義兄様、紋文はどうしましょうか? 妥当なところで、今後一切、【魔眼】に関して口にすることを禁じる、がシンプルで宜しいかと。もし話した時は、視力を失う、腕が腐れ落ちる、心臓が止まる、どれが宜しいでしょうか?」
あれ……? おかしいわね。段々、皆の顔色が悪くなっていくわ。
「……何を言ってる?」
アレフ義兄様の声は震えていた。
何って? どうして、声が震えてるの?
「質問の意味が、理解できないのですが……。当然ではありませんか。マリアとアインが【魔眼】の保有者であることは、何があっても隠さなければならないことではありませんか。違いますか? ならば、予期せぬ形で知ってしまった私に対し、保険を掛ける必要があります。そのための【魔法誓約】ですわ。用紙は私が用意しますね」
サクッと話を進めよう。【魔法誓約】の用紙は魔力を具現化したものだから、魔力があれば誰でも用意することはできるわ。
取り敢えず、【魔眼】に関して口にしない公約を記す。破った際の罰は、やっぱりーー
「マリエール、止めろ!!」
「「止めて!!」」
「止めて下さい!!」
皆が必死で私を止めた。そのことで、【魔法誓約】の用紙は消える。誓約相手がいないもの、そりゃあ消えるわね。【魔法誓約】が結べないのなら、どうしましょうか……
「「……マリエールおねえちゃま、おねえちゃまがしぬのはいやだよ~~」」
マリアとアインが私の服を握りながら泣き出した。
「……ごめんなさい。マリアとアインの前でする話ではありませんでしたね。心から反省しますわ。大丈夫です。私は死にませんわ。だから、安心してくださいな」
しゃがむと、マリアとアインと同じ目線で答える。
「「ほんと?」」
「ほんとですわ。私はマリアとアインを護ります。だから話さない。だから、死なない」
そう答えると、マリアとアインは私に抱き付いてきた。その小さな体を抱き締めながら、私は約束する。
どうやら、【魔法誓約】は結ぶことはできませんでしたが、心の中で誓いますわ。決して話さないとーー。それが、殿下でも。
「「やくそく!!」」
「約束ですわ」
子供の涙は最強の武器ね。どんな願いでも叶えてあげたいって思うもの。
「…………そういうマリエールも、子供だろ?」
アレフ義兄様の呆れた声が頭上からした。どうやら、声に出してたみたい。気を付けないと。
「確かに……そうでしたわね。まだ成人前ですもの、子供でしたね。あまり、子供扱いされたことがないので、少し新鮮ですわ」
何も考えずにそう答えたら、義母様が固い声で尋ねてきた。
「…………あの人は、貴女を子供として見ていないの?」
あの人って、義父様のことですよね。
「さぁ、どうでしょう。子供ではなく、成人として見ているのは間違いありませんわ」
義母様の意図に気付かない振りをして、無難な答えを返す。
「そういう意味ではなくて……?」
どうやら、引き下がってはもらえないみたい。仕方ないわね。
「義母様。私は心から感謝していますわ。最下位層の暮らしから救い出してくださったのですもの。……温かいご飯に寝床、寒さに凍えることも毒に苦しむことも、飢餓で苦しむこともない。襲われる心配をしなくて眠れる。人として尊厳される。そのような居場所を与えてくれた。私に注いでくださった愛情を、疑ってはいませんわ。義父様は愛情深い御方です。領民も罪人の娘である私も平等に愛してくれました。娘のように」
「娘のように……」
「ええ。娘のように」
「違うわ!!」
「なら、何故、私を社会的に殺そうとした者との接見を望まれたのですか? 彼女の懺悔を聞くように仰ったのですか? 成人前の子供に、それも事件後すぐにですよ。これが、血を分けた実子なら、例え自分の乳母の孫でも許しはしないでしょう。私なら、絶対に近付けさせない。同じ空気を吸わすなんてもってのほかです。そもそも、会いに行きはしない。子供の傍にいて、子供の心の傷を癒やすよう働きます。……でも、義父様はそうは思わなかった。そうしなかった。ただそれだけの話ですわ」
「…………」
全員が無言のまま、気まずい空気が流れる。
下手に何も言えないか……そうよね。言い訳みたいに聞こえるもの。それが本心でも。私も義父様たちも、何回も話し合う機会はあったと思う。でも、その機会を生かさなかった。私は話し合いよりも、生き残ることに必死だった。ただそれだけ。悲しいけどね。
「……それでは、私はこれで失礼致します。【魔眼】のことは一切誰にも話しませんので、御安心くださいませ」
そう告げると、私はその場を後にした。
一人は慣れている。
なのに、心の奥が鋭い刃物で切り刻まれたように痛んだ。泣きそうになるのを必死で堪えた。自然と歩くスピードが速くなる。
宿屋から遠く離れて、やっと私の足は止まった。
「…………カイン殿下に会いたいな……」
晴れた空を見上げながら、無意識にカイン殿下の名前を呼んだ。
「やっと、俺の名前を呼んだな」
えっ……!?
私は反射的に後ろを勢いよく振り返る。同時に、ギュッと抱き締められる体。私はこの温かみを誰よりも知っている。
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