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第八章 今度こそ絶対逃げ切ってやる
父と娘
しおりを挟む「なっ!? もう、お父様とさえ呼んでくれないのか」
ショックを受けた顔で力なく答える声を聞いても、私の心は思っていた痛まない。そのことに、あらためてお父様との距離が、修復できないまでに広がってしまったのだと思った。
お父様はまだ知らない。
「おそれながら、呼ぶことはできません。私はもう貴族ではありませんから」
私は淡々と事実を口にする。
「……何を言っている、冗談はよせ」
ああ、本当にこの人はわかっていないのね。まだ、修復できると思っている。ただのすれ違いだと考えいる。お目出度い人ね、
「冗談ではありませんわ。今、国王陛下に貴族籍の返上の許可をいただきました。私はただの平民です」
なおも淡々に告げる私に、どうやらお父様、いえグリード公爵様はおかしいと気付いたようだった。顔色が変わり、焦りだす。
気付いても、もう何もできないのにね。
「…………マリエール、嘘だと言ってくれ……」
その言葉を聞いて、私の口角が上がる。
「今更、何を仰いますか。それを望まれたのは、公爵様でしょう。望んでないと言わないでくださいませ。呪いの件を否定せず有耶無耶にし、私がカイン殿下の側妃になることを、国王陛下と共に画策していたのに」
グリード公爵様は首を小さく振り、否定しようとする。「そんなことは考えてもいない」と。
「そうですか……ならば、何故、行動なさらなかったのですか? 何故、噂を否定しようとなさらなかったのですか? 何故、黙っていたのです? まぁ、今となっては、もうどうでもよいことですわ」
「…………」
グリード公爵様には公爵様なりの考えがあったのかもしれない。だとしても、彼が声を上げなかったのは事実。
彼が私を大事に想っていてくれたのも、また事実。
だけど、想いと行動が伴わなければ、その想いは色褪せてしまう。グリード公爵様はそのことを知らないでいる。過去に同じことをしたのに、学習していない。だから、教えてあげようと思う。これは、去る私の最後の優しさよ。
「公爵様は、義理とはいえ、娘よりも他者を優先する優しいお方。例えそれが、娘の命を狙った者でさえ慈悲を与え、狙われたその日に、娘に面会させようとするのだから。娘を心配する言葉もなく。今回もそうだったのでしょうね。それとも、まだ私が側妃になった方が幸せだと考えたのですか? もし、本気でそう考えられたのなら、私と公爵様とは、考え方が明らかに違いますね。少なくとも、私はそれを幸せだとは思いもしません」
絶望した顔をし、その場に崩れ落ちても私の心は揺らぐことはない。つくづく思う。
「公爵様が子供を道具として扱い権力を欲する方でしたら、まだ納得できましのに、本当に残念ですわ。とはいえ、私を地獄から救い出し護ってくださったのも事実。そのことに、心から感謝し、御礼申し上げます。育てていただき、ありがとうございました」
私は深々と頭を下げ、礼と決別の言葉を述べる。もうこれ以上、ここにいる意味はない。
「お待たせしました、カイン。行きましょうか」
私はあえて殿下を省いた。察しが良ければ、気付くでしょうね。今の公爵様では無理でしょうけど。代わりに、傍に控えていた者は気付いたみたいですよ。
私とカイン殿下は公爵様の横を通り抜け、その場をあとにした。
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