文字サイズ
小
中
大
特大
271 / 271
第五章 暗黒大陸 古代の遺産編
二百一日目~二百十日目 / 六百七十一日目~六百八十日目
"二百一日目 / 六■七十一日目"
昨日から始めた≪徘徊万芸劇場:ピエロピア=ミモザール≫の攻略。
入り口付近のダンジョンモンスター達はそれぞれの芸を見せ、戦闘とは無縁の一般人達を楽しませている平和な風景が広がる安全地帯を超えた先。
侵入者を容赦なく排除しようとする本来の危険なダンジョンが広がるエリアまで進むと、最初に俺が遭遇したのは一体のエリアボスだった。
燃える火の輪の“フレア・クレマリア”
見るからにライオンの火の輪くぐりを題材にして生まれたのだろう、燃える猛獣を生成する能力を持つ火の輪である。
“フレア・クレマリア”は炎熱を吸収できる俺にとっては相性の問題で大した障害にもならなかったが、エリアボスらしく、大半の挑戦者を返り討ちにできるだけの能力はあった。
エリアボスはその強さから、普通なら深部にて敵を待つ強敵だ。
遭遇したというだけで、外で語れば一般的に相応の実力者として認識されるだろう。
そんな強敵と入ってすぐに遭遇する。
それに少なからず違和感はあった。
本来ならこんな浅い場所にいるような存在ではないからだ。
そしてその違和感は、しばらく進んだ事でより強まった。
ここはサーカスを題材にしているからか、内部構造や内装はかなり奇天烈だ。
幅が身を縮めないと通れないくらい狭かったり、数人が両手を広げても余裕があるほど広かったり、あるいは捻じれながら無数に枝分かれしていたりと、進むだけで方向感覚を失うほどまったく統一感の無い通路が続く。
壁や天井は一定の区画ごとに内装が大きく変化するらしく、チェス盤のような黒と白だったり、金や赤で鮮やかに彩られていたりする為、一見すると進んだルートを覚えやすそうに見える。
しかしそれは罠だ。
暫く進んだ後に引き返そうとしても、内装はいつの間にか微妙に変化して、先ほどとはまた違う色合いとなった入り組んだ通路によって帰り道が分かり難い。
進めば進むほどどこにいるのかを見失い、攻略する為の詳細な地図を作るのは困難を極めるだろう。
そんな進むだけで疲れる通路には大小無数のサーカスの道具が配置されているのだが、それもココのギミックとして働いている。
硬く閉ざされた扉を開くために、一定距離から一定回数的に投げナイフを当てる必要があったり。
あるいは複数の球を一定回数ジャグリングする事で何もなかった場所に宝箱が出現したりと、様々な要素が含まれている。
また大型の道具の陰にはダンジョンモンスターが隠れていて、奇襲を仕掛けてくる事もあるので油断はできない。
そんな通路と小部屋で構成されたアリの巣のように複雑な場所を、【脳内地図】で穴埋めしながら虱潰しに進んでいった。
便利な【脳内地図】に加え、以前よりも遥かに強化された感覚は隠された小部屋や宝箱を発見するのに大いに役立った。
ちょっとした違和感を覚えれば周囲を探し、必ず隠されている僅かなヒントを手掛かりに探していった訳だ。
そうして二日かけて隅から隅まで回った結果。
早い段階でそうだろうとは思っていたが、俺が最初に選んだルートは深部まで進めない、ただ攻略者を惑わせるだけの広大な袋小路だった事が確定した。
最速攻略できなかったのは残念ではあるが、もともと一定時間で内部構造が変わる仕様だ。
こういう事もある。
それに俺の存在を察知して、ピエロ野郎が慌てて構造を変えた――そんな可能性も十分に考えられる。
ただ事実がどうあれ、奥へは進めなくとも、このルートは全て網羅した。
だから決して無駄足ではないし、道中で十分すぎる成果は得る事が出来た。
まず、大量に出現するこのダンジョン特有のモンスター群。
いずれもサーカスの演目を題材にしたような、全体的に派手で奇怪な存在ばかりだ。
泣き顔の仮面を被り、赤と青の縞模様を持つ三メートル程の手足がバネとなって縦横無尽に弾む虎“トラ・ンポリン”
全身が舞台幕のような黒い羽毛で構成され、群れを成して敵を囲み、暗闇にして目から怪光線を浴びせてくる鳥人“ブラックカーテン・バード”
高速で走る度に手足からクラッカーのようなド派手な音と閃光を巻き散らす、二メートルはあるだろう爆音豹“クラッカー・パンサー”
口から火を噴きながら不吉な笑い声と共に群れで現れ、背中に松明のような骨状の突起が並ぶ魔鬣犬“ファイアショー・ギエナ”
道化師のようなド派手な服装で、大玉の上に乗って転がしながら、長い鼻から強酸性の液体を巻き散らす獣人“クラウンアシッド・エレファント”
こういったダンジョンモンスター達の素材は非常に貴重だ。
単純に美味しいだけでなく、変わった特性を持つモノも多い。
何かを作る素材にとしても使えるし、単純に高額商品になるので売買もしやすい。
そして、このダンジョンのドロップアイテムもまた癖が強かった。
周囲のヘイトを装着者に集める【コメディアンマスク・嘲笑】。
投げると五つに分裂するが何かに当たると一定時間で消滅する使い捨ての【ジャグラー・ダガー】。
ポケットに入るサイズから大人が銃口に入れてしまうほど巨大化する【人間大砲】。
最大で綱が百メートルは伸び、どこでも展開できる【空中劇のブランコ】。
手で隠れるサイズなのに、紐を引っ張ると筒口から指向性を持つ身体を震わせるほどの爆音と閃光が放たれる【オベーション・クラッカー】。
使い方に癖はあるが、使う場面によっては簡単に打開できる可能性を感じるモノが多い。
この他にも面白いアイテムは多いので、使い道はまた考える事にして。
ともあれ、一先ずの攻略に区切りはついた。
ぐるっと回って最初の安全地帯近くの分岐点にまで戻って来たので、少し気持ちを切り替える為、俺は一度外に出る事にした。
すぐ隣の安全な最初のエリアに戻ると、サーカスを楽しんでいた一般人が帰り始めている。
先ほどまでの殺気に満ちた空間とは対照的に、子供たちの楽しげな声が耳に届く。
それだけで、わずかに気が緩んだ。
自然と出来ているヒトの流れに乗って外に出ると、世界は赤く染まっていた。
既に夕方で、もう少しすれば夜になる。
だからだろう、周囲を流れる運河を大小さまざまな多数の船が絶えず客を乗せて行き来していた。
今から船に乗って帰るのは遊び疲れた子供やその親などが圧倒的に多く、逆にこの時間からやって来る者は大半が探索者のようだ。
船に乗る探索者は見た目で分かる本格的な武装を身に纏い、仲間と今後の予定をやり取りし、ピリピリとした戦意に溢れた雰囲気を放っている。
≪徘徊万芸劇場:ピエロピア=ミモザール≫では朝や夜など時間帯でダンジョンモンスターの強さや種族が大きく変わるダンジョンではないが、基本的に夜の方が挑戦する者の数は減る。
これから潜るのは、競合が少ない分だけ実入りが多くなる事を目的とした猛者なのだろう。
現在の美芸都市≪エル・シアターノ≫でも有数の実力者だろう彼・彼女等から向けられる視線をサラリと受け流しつつ、天焉狼に乗って運河を軽く飛び越えた。
天焉狼に飛翔速度は風よりも速く、あっという間に天高く舞い上がる。
都市を見下ろすとポツポツと光が照らされている所もあれば、思わず目を引くほど煌々と輝く一画もある。
そこには空から見ても多くの人々が集まっているのが分かるだけでなく、美味しそうな匂いも漂っていた。
思わずそれに誘導されて降り立つと、そこは歴史ある大広場の≪カルティ・ルミス≫。
美芸都市≪エル・シアターノ≫の左側に広がる芸術区でも屈指の規模を誇る大広場で、普段から住民の憩いの場であり、絵画や彫刻の展示など何かしらのイベントがよく開催されている場所である。
そこでは現在、様々な屋台や露店などが集まった夜市が開催されていた。
夜市の客層は幅広い。
ラフな格好の住民から、仲の良さそうな老夫婦に、デートをしているのだろう若い少年少女。
近くの≪徘徊万芸劇場:ピエロピア=ミモザール≫から帰る途中に寄り道したのだろう家族や、仕事前なのか仕事終わりなのかは分からない探索者達で溢れ、非常に賑わっている。
夜になるというのに少し進むだけでも大変な人込みの中をゆっくりと進みながら、何が売られているのか見て回る。
お土産になりそうな品を売る露店もあれば、歩きながら手軽に楽しめる料理を出す屋台など一般的なモノから。
他と比べて珍しいのだと、自作した謎の芸術品を売る露店や、客の似顔絵を速筆している芸術家などが多いだろうか。
そして暫く散策すると、どこからともなく漂ってくる焼かれた肉の匂いに惹かれて足が向く。
頭の上にはチャボマルを乗せ、邪魔になるので子犬ほど小さくなった天焉狼を肩に乗せて進んだ先では、肉汁の噴火が起きていた。
数メートルを超える長い屋台の端から端まで伸びる、巨大な黒溶岩鉄製の鉄板。
溶鉱炉にも使われる程火力が出る溶熱炭を大量に使って熱されたその上で、屋台の商品名通りなら“マグ魔牛”の分厚い赤身が焼かれていた。
赤身は超高温でジックリと焼かれ、熱く煮えたぎる脂は弾け、鉄板に触れるとジュウジュウと音を立てている。
そしてジックリと焼かれた肉は見るからに腕のいい料理人によって宙に飛ばされ、空中で素早く切り分けられ、数個が一本の串によって纏めて貫かれて肉串になった。
それはあっという間の事で、その技術の高さには思わず周囲からも歓声が漏れる。
そして肉串達が再び鉄板の上に戻ると、そこにすかさず振りかけられたのはピンク色の岩塩。
肉の脂と混ざった岩塩によって、その香りはより一層よくなった。
焼いて塩味をつけただけのシンプルな肉料理でしかないのに、調理のパフォーマンスと食欲を強く刺激する匂いの爆発は、ある種の暴力に近いだろう。
周囲と同じく俺も思わず十数本ほどの肉串を買ったが、一口食べると、期待を裏切らない美味が口内で弾けた。
満足しながらマグ魔牛の肉串を食べ歩きしていると、次は香ばしい蒸気の漂う屋台を見つけた。
そこでは大きな寸胴鍋が幾つも並び、様々な種類のスープが売られている。
ジックリコトコト煮込んだ亜竜骨のスープ。
様々な香草や薬草をメインにした薬膳スープ。
大ぶりの肉がゴロゴロ入った煮込みスープ。
一見すると水のように透明なのに濃厚な味がするマジックスープなど。
どれを選ぶか迷うくらい魅力的なモノばかりだったので、もちろん全部注文した。
使い捨ての器に入れられたスープを飲みながらまた次の屋台を探していくと、油で何かを揚げる音が聞こえてきた。
揚げ物も欲しくなったので向かうと、そこでは揚げ物を摘まみに様々な酒を楽しめる屋台が集まっていた。
設置されたイスとテーブル。
どこかの酒場のようなそこは、どうやら他よりも探索者などのような荒くれ者が多く集まっているようで、周囲よりも荒々しい雰囲気である。
酒も入っているのでトラブルも多そうだが、周囲には他よりも多い衛兵が睨みを利かせている。
どうやら危険性の高い者達を一ヵ所に集め、他に害が出ないようにしているらしい。
ある程度コントロールされているからか、ここでは皆が大いに飲み、豪快に笑い、賑やかに騒いでいるが、喧嘩までは発展していない。
喧嘩になりそうな場合は、腕相撲などで解決するのがルールのようだ。
荒々しさはあるが、最低限のマナーを守る事で楽しく飲める場所になっているのだろう。
情報収集をしながら楽しく飲み食いできるのだから、もちろん俺もお邪魔させてもらう事にした。
"二百二日目 / 六■七十二日目"
楽しく酒を飲んでいると、気が付けば夜が明けていた。
周囲の街灯からは明かりが消え、ゆっくりと昇る朝日が周囲を照らしている。
時間が過ぎるにつれて周囲からは屋台が減っていたのだが、早朝の今になってチラホラと屋台を引いて来る者達が居る。
そういった屋台は早朝から≪徘徊万芸劇場:ピエロピア=ミモザール≫探索に向かう探索者向けらしい。
手軽に食べれる料理が多く、実際に客もそこそこいるようだ。
俺も早速惹かれていくと、その屋台では分厚い肉と赤い果実、そして新鮮な野菜とチーズをパンで挟んだハンバーガーのような料理が売られていた。
酒を飲み明かした探索者達とグダグダ喋りながら一口食べると、ジュワッと肉汁が弾け、パンズや野菜、チーズなどが調和した味がする。
美味い美味いと喰っていると、しばらく話した後に一夜限りの探索者の集まりは自然と解散した。
今から宿に帰って寝る者や。
上がったテンションのまま攻略に挑む者。
酔っぱらって広場の片隅で寝落ちする者など様々だ。
俺の場合は少し散歩してから、再度の攻略をする事にした。
体調的にはすぐに戦闘が出来る程度には整っているものの、爽やかな朝日を見ると、美しい朝の都市を散策したくなったからだ。
そうして始まった散歩は目的もなくふらふらとしたものだったが、ふと目についた朝の路地裏。
どこにでもあるような細道をチャボマルに餌をあげながら進んでいると、少し離れた場所で何やら物騒な気配が漂っている。
怒りや恐怖がない交ぜになったような匂いだ。
必死に逃げる誰か――匂いからして女性だろう――の焦りが青く輝き、それを赤黒い獣気を垂れ流す無数の男達が追いかける。
多少入り組んでいた路地裏だったので遭遇しない可能性もあったが、俺の背後は大通りに続いている。
だからそうもいかないらしい。
早朝とはいえ人通りのある大通りに向かって必死に逃げる女性の姿が、だんだんと路地の薄闇の向こうから近づいて来る。
そしてそのすぐ背後にはスーツ姿で狼頭の男を筆頭とした集団が迫っていた。
逃げる女性の耳は長く、どこか懐かしさを感じる森の匂いからして恐らくはエルフだろうか。
パッと見の年齢こそ分からないが、漂う魔力からしてまだ比較的若いのだろう。
エルフらしい健脚で逃走しつつ、背後に向けて石の礫を飛ばしている。
簡単に連発できるが威力は低い――といっても石壁が凹む程度には強いが――岩土系統魔術を使っているようだ。
狙いはエルフらしく正確で、走りながら背後に向けて撃っているのに男達の足元や急所を的確に狙っている。
僅かに漂う血の匂いからそれで何人かは倒したようだが、流石に人数差が大きすぎる。
まだまだ窮地には変わりない。
そうして必死に逃げるエルフの右腕には、大事そうに植木鉢が抱えられている。
植木鉢にはバラに似ているが全体的にガラスのように透明な、しかし花弁の葉脈だけは虹色に輝く小さな花があった。
見た目の奇異さもそうだが、発散されている気配が普通ではない。
明らかに何かしらのキーアイテムだ。
そんなエルフに対して追う男達は、明らかに裏稼業の気配が漂っている。
手にはナイフや棍棒を握り、飛んでくる礫があるとはいえ、なりふり構わずに追撃すればエルフを殺す事はできるだろう。
しかし声を荒げる粗暴なやり取りから何か事情があって傷つける事は出来ても殺す事まではできないらしく、それが苛立ちとなって表れていた。
聞くに堪えない罵詈雑言が吐き出され続けている。
どうやら植木鉢だけでなく、エルフにも重要な役割があるらしい。
殺さず捕らえる為だろう、男達は追いかけつつ、ここにはいない他の構成員達が広範囲を包囲するように蠢いているのが感じられた。
その為大通りに出たとしても、遅かれ早かれエルフは捕らえられ、連れ去られるだろう。
ただどういう事情があるにせよ、逃げるエルフだけでなく、それを追う男達も俺達を認識できる距離になった。
自分も危ないのに正面に立つ俺に向けて声を張り上げて『逃げて』と叫ぶエルフ。
対して『目撃者は殺せ!』などと殺意に満ち、血と死の臭いがこびりついた男達。
どちらかに味方するというのなら、当然決まった答えしかない状況だ。
恩には恩を。仇には死を。
飛んで火にいる敵には血肉となってくれる感謝を。
善良そうなエルフの横を駆け抜け、俺はすぐ傍まで迫っていた男達を殴り飛ばした。
事情聴取もしたかったので即死しないように手加減しつつ、腹を殴る。
本気でやれば肉が爆散するのでそこだけは手間だが、それでも一人につき一撃あれば十分だ。
腹で爆弾が爆発したような衝撃を受けた男達は白目をむいて全滅したが、悲惨な光景に背後で慌てて立ち止まったエルフが思わず息を飲む音がする。
あのまま逃走されたら男達の仲間に捕まっていたかもしれないので立ち止まってくれたのは良かったが、怖がられてしまったらしい。
ただ感謝の感情の匂いもしているので、話は出来そうだ。
そんな事を思いつつ振り返ると、疲れて肩で息をしている姿が目に入る。
エルフだけに、女性の顔は美しかった。
ただかつていた大森林で出会ったハイエルフの女性には少し劣るだろうか。
そんな内心はさて置き、敵ではない事は行動で示した。
エルフもそれは分かってくれたようだが、今度は早口で感謝から謝罪、そして簡潔な事情説明と、だからこそ早く逃げるように言われた。
それによると、男達は思った通りに裏組織の構成員であり。
エルフが抱える花こそ、最近美芸都市≪エル・シアターノ≫で出回っているという、芸術性を爆発させる魔法の粉の原料だそうだ。
つまり厄介事の塊であり、覚悟が無いなら関わらないのが一番な案件である。
"二百三日目 / 六■七十三日目"
昨日と今日は攻略ではなく、エルフに付き合う事になった。
折角助けたのに、あのまま別れればエルフは遅かれ早かれ捕まっていただろう。
それだけ人数差があった。
見捨てるのも後味が悪いので一緒に逃走している訳だが、現在地は高級ホテルの一室だ。
高い分だけセキュリティもしっかりしているし、途中で変装したので俺とエルフの所在はまだ誰にもバレていない。
その為安全地帯だと分かったエルフは事情を説明した後、ベッドでグッスリと眠っている。
心身ともに疲労が溜まっていたようで、昨日の昼から今日の昼まで、丸一日も寝たままだ。
俺は俺でエルフからの情報だけでなく、捕まえた男達を尋問して情報を引き出したりしていたので暇だった訳ではない。
最後には食事になってもらいつつ、時間があった分だけ得られた多くの情報を整頓していく。
簡潔に纏めると、エルフは男達の組織――【グフェンダモン・ファミリー】によって数か月間に渡って捉えられていた。
目的は現在、美芸都市≪エル・シアターノ≫で密かに出回っている違法魔法薬≪カレンティック≫の原料の育成係としてだ。
原料である植木鉢の花――“カレイドローズ”は育成が非常に困難な魔法植物の一種だ。
生育環境だけでなく、栽培する者が気に入らないとすぐに枯れたりするらしい。
例え植物と親和性の高い種族でも個体によってえり好みされる為、誰でもいい訳ではない。
エルフを除くと、【グフェンダモン・ファミリー】に育成可能な者は他に一人しかいないそうだ。
そんな“カレイドローズ”を育成できたエルフはそれだけに【グフェンダモン・ファミリー】にとって重要人物となっていた。
ただエルフは元々放浪の民だったらしく、たまたま立ち寄った所に目をつけられてしまったそうだ。
拉致されて育成を強要されるが助けは無く、逃げ出せずにただ仕事をしていたそうだが、それは当然嫌な事だ。
だから隙をついて逃走し、結果として俺に助けられた訳である。
そしてここからはエルフも知らない情報だが、【グフェンダモン・ファミリー】は下部組織でしかないそうだ。
これは男達のリーダーである狼男しか知らなかった情報で、他はただの乱暴な裏稼業者としての認識しかなかった。
秘匿された上位組織は【パルナッソス・ミューティアン】といい、美芸都市≪エル・シアターノ≫を代表する、表舞台でも有数の商会だ。
長年に渡って都市に根を下ろしている多数の芸術家を支援するパトロンであり、創られた芸術品を売り買いして利益を出したり。
大小様々な品評会などを定期的に開催し、そこでまだ売れてはいないが才能に溢れた若手を発掘したり、都市のブームを牽引したりと、かなりの大手だ。
本業をするだけで十分な財を成せるし、真っ当な方が社会的地位も高く維持できる筈だ。
そんな【パルナッソス・ミューティアン】がわざわざ裏稼業をするなどリスクが大きいと思うのだが、何かしらの目的があるのだろう。
その辺りは【グフェンダモン・ファミリー】のドンから聞くか、【パルナッソス・ミューティアン】の支配人から直接聞きだすしかない。
ともかく、【パルナッソス・ミューティアン】をどうするかはまだ未定だが、【グフェンダモン・ファミリー】は壊滅させる必要がある。
エルフが都市外に逃げたとしても、追ってくる可能性が高い。
それに完全に排除した方があと腐れもないだろうし。
という事で、太陽が沈んだ夜。
俺とエルフは都市のとある一画にやって来た。
そこは周囲を配下が住む建物で包囲し、ドンが住む場所は高い塀で囲まれた堅牢な住宅で、攻め難く守りやすい、典型的な裏組織の建物である。
数百人を軽く収容できる規模の建物では夜だというのに慌ただしく構成員達が動き、様々な感情が渦巻いていた。
下っ端はエルフの行方を必死で探し、幹部は幹部で屋敷の奥の一室で荒れに荒れている組織のドンの怒りを買わないように必死だ。
エルフを逃がしただけでも大失態なのに、行方知らずとなれば計画にも大きく遅れが出る。
ドンもドンで上からの圧力があるらしく、顔を真っ赤にしながら部下を叱咤しているのが匂いで分かる。
そんな事情はどうあれ、俺はやるべき事をさっさと終わらせる事にした。
エルフを少し離れた場所で待たせ、単鬼で潜入。
潜入途中では構成員を排除したり、破壊用ゴーレムを配置して取りこぼしなどが無いように入念に下ごしらえをして。
そして深夜が過ぎる頃には、建物からは誰も居なくなった。
"二百四日目 / 六■七十四日目"
朝、美芸都市≪エル・シアターノ≫から離れた場所にある小さな町で、エルフと別れる事になった。
既に【グフェンダモン・ファミリー】は消え、エルフを追う者も一先ず消えた。
秘密の金庫に隠された情報も入手し、今回の賠償金として貰えるものは貰っている。
これだけやればエルフの身は安全だと思うのだが、ただ都市に居ると何かある可能性もあった。
なので、こうして離れた場所まで送った訳である。
エルフも感謝してくれて、再び旅に戻っていった。
人助けしたという良い気分になりつつ、適当な店で朝食を食べながら今回の一件で得た報酬を確認する事にした。
今回は色々と獲得した。
まず大きいのは【グフェンダモン・ファミリー】が蓄財していた財宝だ。
玉石混交なマジックアイテムの山から、使えるモノも混ざった武具の数々。
また根城にしている都市が都市だけに価値が高い芸術品は多く、オークションに出せばいい値段が付きそうだった。
個鬼的にはドンがコレクションしていた数々の迷宮酒は評価が高い。
未開封のモノも多いので、これを飲むのも楽しみではあるが。
今回最もデカいのは、エルフが抱えていた“カレイドローズ”を貰った事だろう。
エルフ自身も世話していた“カレイドローズ”には思い入れがあったようだが、流石に持っていくにはリスクが高い。
その為俺が貰う事になったのだが、問題は育成できるかどうか。
下手すればすぐに枯れてしまっても可笑しくは無いのだが、どうやら俺が持つ能力の一つである【宿り木の祝愛】が良い具合に作用したらしい。
大切な仲間の一人からあれこれあって貰ったと記憶にあるこれによって、ある程度の意思疎通か可能になり、気難しい“カレイドローズ”も何だか親しみやすいそうだ。
チャボマルが花を啄んでこようとするのは嫌がるものの、チャボマルの宝石のような美しさは“カレイドローズ”も気に入っているらしく、怒ったりするが枯れたりはしない。
喧嘩友達的な雰囲気である。
鳥と花なのに。
新しい不思議なメンバーが加入した訳だが、取り合えず抱えて運ぶのは面倒なので、天焉光背に収納しようと思ったのだが、それは嫌らしい。
仕方ないのでチャボマルの卵時代のように、天焉光背の中に浮かべて育てる事にした。
全体的に透明なので黒と金と朱色がよく反映され、輪とは言えない、輪にすら成り切れない【ナニカの塊】に虹色の輝きが混ざる。
天焉光背から供給される魔力に“カレイドローズ”はご満悦らしく、気に入ってくれたようで良かったと思う事にした。
そんなこんなで色々あったが、一先ず今日一日はエルフが追われていないかの最終確認をする事に決めた。
上位組織の【パルナッソス・ミューティアン】がどう動くのかは未知数だが、消すにしても組織がデカすぎる。
一応表世界の大御所だ。
影響を考えて殲滅は一先ず保留する事にして、俺は都市で色々と情報を調べて一日を過ごした。
アフターサービスもしっかりと、である。
"二百五日目 / 六■七十五日目"
【パルナッソス・ミューティアン】に動きは今の所見られない。
下部組織の【グフェンダモン・ファミリー】がトップのドンを筆頭に、あの日集まっていた幹部から末端構成員まで生き残りらしい生き残りはいない。
外でエルフを探していた下っ端など極僅かな生き残りはいるだろうが、そういった輩は組織の事情など知らないからだ。
その為、そもそも何が起きたのかという情報がまだ上がっていない可能性が非常に高い。
動くにしても後日になると思うので、一先ずゴーレムによる偵察だけは続ける事にした。
【パルナッソス・ミューティアン】がなぜ違法魔法薬の製造に手を出し、何を狙って広めていたのかはまだ分からない。
その辺りの目的は【グフェンダモン・ファミリー】のドンも知らなかったからだ。
そうなると知るのは【パルナッソス・ミューティアン】の支配人か、幹部になるだろう。
個鬼的には気になるので調べ続ける予定だが、本当に何が目的なのだろうか?
ともあれ、疑問はありつつも、俺は俺の目的に戻る事にした。
数日の寄り道をしたが、朝から≪徘徊万芸劇場:ピエロピア=ミモザール≫に潜る。
今日も変わらず楽しんでいる親子達の脇を通り、同じ目的である探索者達の流れにのって奥に進む。
そして分岐点に到着し、袋小路のルートを避けて、別のルートを進んでみた。
そのルートも先日攻略した場所と内容的にはあまり大差はなかった。
奇妙な通路。変化する色彩。広大な迷路。
出現するダンジョンモンスター。設置された特殊ギミック。
場所によって変化はあれど、どこか見覚えのあるモノばかりだ。
ただ今回は自身の感覚をできるだけ広げ、ある程度の取りこぼしを許容して進んだ結果、夜遅くには次のエリアまで進む事が出来た。
次のエリアは、これまでとはまた違った異様な空間だった。
これまでが通路だっただけにその空間の広がりは顕著で、天井ははるか上方。
天井は明かりが乏しく、深紅と黒で構成された布の内張りは上に行くほど色の境界が曖昧になって闇と一体化し、僅かに幾重もの支柱と網が蜘蛛の巣のように張り巡らされているのが視認できる程度。
そしてその下には本来なら舞台の大きさに合わせた巨大なステージと、膨大な観客を収容できるだけの観客席が存在するべきなのだが、違う。
ステージの数は一つではなく、約百個。
円形で直径が二メートルほどしかない極小のステージから、百メートルを越えるほどの巨大なステージまで幅広い。
ステージは大きさこそ違うが全て円形で、表面には赤、白、金、黒、紫などの塗装が施され、まるでサーカスの化粧じみた鮮やかさを残している。
ただしその鮮やかさは新品のものではなく、擦れ、剥げ、罅割れ、何度も誰かが立ち、踊り、倒れ、血を落としてきた痕跡が刻まれていた。
それらの丸いステージは整然と並んではいない。
一見すると無秩序に、しかし俯瞰すれば狂ったピエロの笑顔を描くように配置されている。
ピエロの赤鼻にあたる大舞台には他にはない特殊なギミックも用意されているらしく、周囲には大道具から小道具まで配置され、上空には綱渡りなどが出来る鉄骨や鎖、ワイヤーなどが配置されていた。
またその他のステージにも大きさに合わせた道具は用意されているらしい。
そしてそんなステージをぐるりと囲むはずの観客席は、用意されていなかった。
本来ならあるはずの空間は無く、その代わりにあるのは四角い簡素な建物だ。
それらは幾つも並び、ぱっと見た限りこの広大な空間の壁全てが同じような構造をしている。
建物の外にはナイフとフォークが交差した絵が描かれた看板が掲げられたり、枕が描かれた看板が立っている。
また、その建物には疲労困憊の他の探索者達が入って行き、そこで何かをしているようだ。
壁際の建物は後で調べるとして、俺の意識はステージの方に向けた。
配置されたステージには他の探索者達が立っている。
そこではステージ上に生成されたダンジョンモンスターと死闘を繰り広げたりする者もいれば、拙いながらも何かしらの芸を行う探索者の姿もあった。
その光景はまるでサーカスと闘技場が融合したような印象を受ける。
パッと見では戦闘する者の数の方が多いようだが、その際の相手になるダンジョンモンスターの強さは道中遭遇したダンジョンモンスターよりも強そうだ。
強化個体、とでもいえばいいのだろうか。
それが複数体いる丸ステージもあるので、難度は非常に高いだろう。
またステージの周囲には三十センチほどの大きさの棒人間のような観客が居た。
棒人間は赤白黒黄色など彩り豊かで、声援を送っている。
見応えのある死闘を繰り広げるステージほど棒人間の観客は多く、非常に賑わっていた。
歓声を受ければそこの探索者達の動きも良くなり、バフでも受けているのかもしれない。
ただ戦闘しているステージの多くは棒人間の観客がほとんど居らず、必死に戦っているのにどこか物寂しさが漂っている。
場所によってはブーイングがされ、そうしたステージでは探索者達の動きが露骨に悪くなっていた。
盛り上がっている場所とは逆に、まるで重度のデバフを受けたみたいである。
対して芸を行っているステージは、非常に拙い芸でもそれなりに棒人間の観客が集まっているようだ。
そこでは芸が純粋に上手ければより盛り上がり、下手でも『頑張れ―』などと声援が飛んでいる。
どうやら棒人間の観客達がココの重要ギミックの一つらしい。
そうして周囲の観察をしながら歩いていると、俺の前に一人の怪人が立ち塞がった。
怪人は異様に縦に引き伸ばされたような体型をしていた。
身長は三メートルを越え、細長い身体を包むのは黒い燕尾服に深紅のベスト。
胸元には無数のチケットを花飾りのように刺し、古めかしいシルクハットを目深に被っている。
顔は石膏像のような白さを帯び、頬にか薄い亀裂が走り、右の瞳だけが青白く灯っていた。
左目は暗い打刻穴のようにぽっかりと黒い。
そんな怪人は白手袋に包まれた異様に長い指で帽子のつばを持ち上げると、血の気の無い唇の端を静かに吊り上げた。
不気味に笑っている。その笑みは歓迎のものではなく、まさに捕食者が獲物を見定めている笑みだった。
怪人の名前は“チケットマスター・スレン”
ここのエリアボスの一体であり、ここの特殊な法則を支配する、探索者を深層に進むのを防ぐ門番だった。
"二百六日目 / 六■七十六日目"
エリアボスの一体である“チケットマスター・スレン”が支配する場所は≪カーニバル・ゲーティス≫と呼ばれている。
ここではステージ外での戦闘が制限され、私闘を行う事が出来ない。
試しに“チケットマスター・スレン”を殴ろうとしたが、不思議な力場に防がれたのでかなり強力な強制力のようだ。
それはさて置き。
先に進むにはステージで戦闘や芸などを行い、棒人間の観客――“スティック・オーディエンス”などから喝采貨を百万枚集める必要がある。
喝采貨はココでしか使えない特殊な貨幣で、壁際の建物で使用可能。
建物には飲食店から宿屋まで揃っているため、ここで生活する事も可能らしい。
ただ建物で喝采貨を使うと次に進む為の喝采貨百万枚が溜まるまで遠退いていく。
だからできるだけ短期間で、できるだけ一度で大量の喝采貨を得る方法を模索する必要がある。
戦闘でダンジョンモンスターを倒しても喝采貨は一定数ドロップするが、棒人間“スティック・オーディエンス”達から得られる喝采貨ボーナスの方が大きい。
そして棒人間“スティック・オーディエンス”は良いステージならバフを、悪いステージならデバフをかけてくるので、できるだけ味方につけれるような華が必要だそうだ。
そういった事を懇切丁寧に“チケットマスター・スレン”から説明されたのが昨夜の事だ。
“チケットマスター・スレン”はここまで到達したモノ全てに説明をする役割もあるらしい。
とりあえず参加賞として貰った喝采貨千枚の内の五百枚を使った宿屋から出て、喝采貨五百枚分の朝食を喰って朝からステージの上に立った。
すると戦闘か芸か、という選択肢が脳内で響く。
俺は芸を選択した。
現在のステージの大きさは二メートルほど。
周囲に棒人間の観客“スティック・オーディエンス”達は居らず、他の探索者も注目していない。
メインステージからかなり外れた外縁で、大きさからしてできる芸も限られている。
そこで俺が選んだのはトスジャグリングだった。
五つのボールで始め、段々と数を増やしていく。
暫くするとステージの外に“スティック・オーディエンス”達が集まって来て、声援を送られる。
それがバフになるのだろう、反射神経や反射速度などが向上し、ボールの軌道や手の感覚が鋭敏になっていく。
普段よりもいい状態でトスジャグリングが可能になり、最終的にボールの数は十五を超えた。
そこまでいくと周囲のステージと比べて明らかに“スティック・オーディエンス”達の数は多く、最後にボールを回収して礼をすると、一度のステージで一万枚の喝采貨が報酬として入って来た。
喝采貨は“チケットマスター・スレン”から貰ったネックレスに収納されていく。
このネックレスは喝采貨を収納できるだけの単純な能力しかなく、ココを離れると消滅する。
喝采貨は取得時以外には他人に譲渡する事ができない為、溜めた喝采貨が勿体なくて、意図せず長期滞在してしまう探索者もいるそうだ。
ともあれ、そうして俺の金策時間が続いていった。
"二百七日目 / 六■七十七日目"
昨日一日は色々な事を試し、分かった事がある。
それは同じ芸を繰り返さない方が良い、という事だ。
というのも、昨日はボールからナイフ、重量のある刀剣などトスジャグリングする物は変えてみたが、儲ける喝采貨の数に合わせて“スティック・オーディエンス”達の数も減っていった。
そこでステージを大きくし、今度はナイフ投げをすると喝采貨と“スティック・オーディエンス”は増えたのである。
そこで昨日は自力で頑張ったが、今日は建物で買った道具を使う事にした。
建物には飲食店や宿屋も多いが、中には演出の為のマジックアイテムを相応の値段で売っている所もある。
そこで俺が購入したのは二つ。
古びた手鈴と、黄金のチケットだ。
どちらも初期購入時は一つ一万喝采貨する高額品であり、その効果はどちらも一定時間取得する喝采貨が増えるボーナスを付与してくれる使い捨て品だ。
古びた手鈴は≪オーディエンス・ベル≫。
外見は真鍮で出来たような小さなベルで、表面には棒人間達が踊っている姿が描かれている。
これを鳴らすと澄んだ音が響き、ステージの周囲に集まる“スティック・オーディエンス”達の数が増えた。
黄金のチケットは≪ゴールデン・チケット≫。
これは芸の前に千切ると消えるが、最初に受け取る喝采貨を二倍にしてくれる優れモノだ。
ただ販売数が少なく、購入する条件も決められているのでそれなりに稼げる者しか入手できない品である。
ともあれ、そうした二つを使って俺は今日の芸をステージで披露した。
今回のステージの大きさは三十メートル程。
最初よりも広さがあるので、できる芸の幅も広がっている。
そこで選んだのは玉乗りだ。
もちろんただの玉乗りではない。
一メートルほどの大きさの玉に乗ってバランスを取りながら、目隠しをして、十個のナイフをジャグリングしつつ、磔にされた中年探索者には当てずに手足の間や顔の横にある的に当てるという芸だ。
磔にされた中年探索者は日給三千枚の喝采貨で雇った。
芸はあまりできず、戦闘でも思うように稼げず、それでいて建物の一つにある賭博場で借金までしてしまったダメダメな輩なのでナイフが当たっても罪悪感は無い。
それでも当てないようにして最後まで芸を完遂した。
それによって得た喝采貨はアイテムを使っただけあって、一度に三十万枚まで到達できた。
一度の好演で、必要枚数の約三分の一だ。
そしてボーナスは消えるが、一度集まった“スティック・オーディエンス”達も、何度か芸をするまでは残ってくれる。
それを活かすために何度か同じ芸をして、徐々に減ってきたら今度は磔の中年探索者を回転させたり、投げるナイフを燃えるナイフに変えてみたり、逆立ちして玉乗りして足でナイフを投げてみたりと、手法を変えていく。
そうして夜になる頃には取得した喝采貨の数は四十五万六千枚まで増えていた。
日給喝采貨三千枚で付き合ってくれた中年探索者に晩飯と迷宮酒くらいは奢りつつ、明日はどうするか策を練る。
上手くいけば、明日か明後日には次に進めるだろう。
"二百八日目 / 六■七十八日目"
今日も≪オーディエンス・ベル≫と≪ゴールデン・チケット≫を使い、取得ボーナスを積んで芸をしたかった。
しかしどちらも効果が高い分、二回目からは購入喝采貨が一万枚から五万枚に爆増する。
つまり二つで十万枚。
得られる喝采貨が多くなるとはいえ、購入枚数もそれに応じて増加する為、無駄撃ちは出来ない。
その為計画的に使用する事が重要だ。
だから今日は他に効率的な手法が無いか探る為にも、これまでとは違って芸ではなく戦闘を選ぶ事にした。
こちらがどれくらい稼げるのかも確かめる必要があるからだ。
ステージに立って戦闘を選択するが、その時点での周囲の“スティック・オーディエンス”の数はこれまでの芸と比べて明らかに少ない。
やはり芸の方が多く注目されるようになっているのだろう。
それは分かっていた事なので、次は選択肢に出てきた対戦相手を選ぶ事にした。
今回のステージの大きさは直径四十メートル程。
そこそこ広いが、縦横無尽に走り回って戦おうと思うと少し手狭に感じられるくらいの広さである。
そこで大きすぎる相手だと窮屈になるので選択肢を外し、弱すぎてもつまらないので強いダンジョンモンスターを選ぶ。
選んだダンジョンモンスターは“アンダー・スタディ”
本来のコイツは人型の影でしかない。
しかしその能力は対峙した者をコピーする事であり、ステージに立った“アンダー・スタディ”の姿形はまさに俺そのものだった。
ただ完全完璧にコピーできる訳ではないらしい。
コピー対象が一定以上になると姿形はともかく、秘めた能力までは再現できないらしい。
ただそれでも俺と同じ存在が対峙した舞台。
互いに朱槍を構え、鏡写しのように刺突や薙ぎ払いの応酬を始めた。
“アンダー・スタディ”がどこまでコピー出来ているかを調べるように朱槍の速度が徐々に徐々に加速して、朱槍はやがて赤い閃光となって空間を支配した。
鋭い金属音が響き、眩い火花が散り、そして穂先に抉られた血肉が飛散する。
血肉は全て“アンダー・スタディ”のものだ。
飛散した血肉は暫くすると黒く染まり、虚空に消えていく。
個鬼的には後で喰う予定だったので計算外だが、死ぬとすぐ消滅するのだと思う事にして、片腕を突き刺し、両足を斬り落とし、首を刎ねながら周囲の様子を伺った。
最初はできるだけ互角なように戦い、だんだんとスピードを上げていく。
朱槍同士の衝突音もどこかリズミカルに行った事で演舞をしているように見えるようにも細工した。
そういう仕組みもあってか、集まる“スティック・オーディエンス”の数は多く、受けもいい。
途中からは声援によるバフも受けたので、心身ともにコンディションは好調だ。
そして戦闘で得られた喝采貨は一万五千枚となった。
一万枚は“アンダー・スタディ”という、本来なら強敵であるダンジョンモンスターを倒したから。
残りの五千枚は“スティック・オーディエンス”達による増加である。
時間にしたらそこまで長くないのに、少し戦闘を工夫する程度でこれくらいは稼げる。
残念ながら仕留めると同時に“アンダー・スタディ”の死体は虚空に溶けてしまったので食事、という面では成果は得られなかったが、金策としては悪くなかった。
次のダンジョンモンスターは、とりあえず死体が残るような種類を選ぼうと思う。
"二百九日目 / 六■七十九日目"
現在、稼いだ喝采貨は九十四万枚となった。
次に進む為の百万枚まであと六万枚で、今日中には稼ぐ事ができそうだ。
これはかなりの速度で溜まっているらしく、酒場で他の探索者達と迷宮酒を飲みながら情報交換をして得た知識である。
それはいい事だが、その過程で喝采貨でしか交換できない特殊なアイテムの存在を知ってしまったのは個鬼的には悪い事だった。
武具の類なら既に朱槍を筆頭とした、神代ダンジョンなどを攻略して得た【神器】がある。
だから武具の類なら喝采貨を使う必要性は感じられないのだが、交換できるアイテムの中に迷宮酒が幾つかあったのだ。
少額な物ならいいのだが、一番いい迷宮酒だと一つ五十万喝采貨する。
かなりの高額だ。
ここ数日で実感したが、それだけを稼ぐのはかなり苦労するだろう。
ただしその分だけ味は抜群らしく、一口飲むと寿命が延び、体内魔力量も大幅に増加し、身体能力が強化されるといった効果もあるらしい。
その為次に進める能力がある探索者もその迷宮酒の誘惑に負けて足踏みしている、という事も多々あるそうだ。
思わず買ってしまおうかと思ってしまう程の誘惑だが、理性でグッと我慢した。
さっさとピエロ野郎をぶっ飛ばし、記憶を完全に取り戻すのが今の急務だ。
ここで足踏みしている訳にはいかない。
一度口にしてしまえば、誘惑はより強くなるだろうし。
という事で、こういう時は身体を動かすに限る。
今日もステージで戦闘を選び、ステージ上に敵が出現する。
今回の相手は巨大な玉に乗った象人の“グローブ・エレファリオ”だ。
身の丈は六メートル程。
灰色の皮膚には金色の星や渦巻き模様のペイントが施され、頭には小さな道化帽。赤い装飾布を羽織り、目はつぶらで愛嬌があるが、その奥の感情は冷徹に獲物を仕留める狩人だ。
巨大な赤白縞の金属製の玉に乗り、手だけではなく長い鼻も使って両手剣や両手斧をナイフのようにジャグリングしている。
ジャグリングしている武器の数は八。
そのどれもがマジックアイテムの類らしく、燃えていたり帯電していたり、空中で数が増減したりしていた。
そんな“グローブ・エレファリオ”との戦闘だが、開始早々ジャグリングしている武器を投擲してきた。
轟々と燃える両手剣、激しく帯電する両手斧。蠢く触手が穂先となった長槍、接触すると爆発する鉄槌。
切れ味鋭い巨大なチャクラム、鉄塊すら容易く切り裂く断頭鋏。攻防一体の超重量の大盾、巨岩すら容易く穿つ穿孔杭。
それらがリズミカルに飛んでくるので、俺はそれを受け取っては投げ返した。
八種の武器が両者間で行き来する。
その光景は周囲からすると二人で行うパッシング・ジャグリングのようだっただろう。
観客である“スティック・オーディエンス”達の反応は良く、声援が飛んでくる。
受けたバフによって体の調子も良く、俺はジャグリングする物をどんどん増やしていった。
ジャグリングする数は八種から十二種に増え、最終的には二十種に達しただろうか。
そこの頃になると“グローブ・エレファリオ”に余裕も無くなり、乗っていた巨大な赤白縞の金属製の玉を俺に向かって蹴り込んだ。
トラックの正面衝突と同じくらいの勢いがありそうな玉を足で受け止め、代わりに俺が上に乗る。
そのまましばらくジャグリングをしていると、少しずつミスしていった“グローブ・エレファリオ”の身体に次々と武器が突き刺さり、最後には不気味な現代アートのような姿となった。
締めの挨拶をしながらその死体は回収し、ステージを降りてから武器や玉も纏めて喰った。
皮も肉も分厚く、骨も硬い。かなりの噛み応えのある象肉は、これはこれで悪くなかった。
【能力名【ジャグリング・ソウル】のラーニング完了】
【能力名【八奇武巡演】のラーニング完了】
それで二つのアビリティをラーニングできたのだが、どちらもジャグリングに関係するらしい。
【ジャグリング・ソウル】はジャグリング、あるいはそれに似た行いをする時に身体機能などに大幅な強化が入り。
【八奇武巡演】はジャグリングする道具――プロップとも呼ばれる――を自由に生成する能力がある。
これでいつでもどこでもジャグリング芸ができる訳なので、ここだと使い勝手がいいだろう。
そこそこ喝采貨は稼いだが、まだ足りないので芸を織り交ぜながらの戦闘を続け。
夕方には無事に喝采貨百万枚を超えて、手元には百八万枚の喝采貨が揃った。
次に進む為に必要な喝采貨は百万で、八万枚は余分である。
進めば消えるので、時間も時間だったので今日は酒場で休み、明日進む事にしようと思い。
八万枚分の喝采貨を使い、そこそこお高い迷宮酒を他の探索者と共に楽しむ事にした。
琥珀色の迷宮酒【ピエロニック】はリキュール系の酒らしく、口に含むとまず黄金蜂蜜と宝玉チェリー、焦がした白銀砂糖の甘さが広がった。
そしてプツプツとした細かな味が舌で弾け、柑橘の香りが鼻へ抜ける。
だが飲み込んだ瞬間に味が変わり、黒鉄生姜と黒銅胡椒の刺激が喉を焼き、胸の奥が急に熱くなった。
そうして最後に残るのは複数の薬草と焦げた果皮の強い苦み。それから仄かな塩気。
甘さに笑い、熱さで沸き、苦みで泣かせる。
道化師の名を冠する酒らしい味だった。
"二百十日目 / 六■八十日目"
朝食として昨日仕留めた無数のダンジョンモンスターを喰った後、百万枚の喝采貨を持って“チケットマスター・スレン”に会いに行く。
場所は中央ステージ。
ピエロの鼻に当たる部分で、ここ数日でここに立つ者は誰一人としていなかった場所。
そこに立つと、不気味な怪人である“チケットマスター・スレン”が床からにじみ出るように出現した。
黒い燕尾服姿の細長い怪人はシルクハットを脱いで恭しく挨拶し、『チケットを拝見』と言った。
チケットが何かは分からなかったが、一先ず喝采貨が入ったネックレスを握ると、ネックレスから百万枚の喝采貨が溢れ出た。
ザラザラと溢れる黄金の喝采貨が全て出て小山を作った後、喝采貨はドロドロに溶け、ギュッと集まって一枚のチケットに変化する。
赤い縁取りを持つ黄金のチケット。その表面には燃えるような文字が浮かんでいる。
――特等出演券。
これが“チケットマスター・スレン”の求めるチケットなのだろう。
チケットを差し出すと、“チケットマスター・スレン”はどこからともなく巨大な武器を取り出した。
それは巨大な切符切り鋏と処刑鋏を融合させた異形の鋏型武器だった。
全長は二メートル程。片方の刃は細長く鋭い裁断刃。もう片方は円形の穴が並んだ打刻刃になっている。
鋏を開閉する度にパチン、パチンとまるで改札で切符を切るような乾いた音が鳴る。
それを使って“チケットマスター・スレン”は俺が持つチケットを切ると、それが合図になったのだろう。
ステージは天井からライトアップされ、ステージ周囲に設置された装置から花火が吹き上がる。
どこからともなく音楽も流れ、それに合わせて出現した過去最大数の“スティック・オーディエンス”が両腕を掲げた。
拍手はまだない。
ただ百の円形舞台の中央に立つ俺達を、無数の丸い頭がじっと見つめている。
それは今から始まる芸を今か今かと待っている観客のそれだった。
視線を“チケットマスター・スレン”に戻すと、『これより、最終入場審査を開始します』と言いながら深々と一礼する。
そして手に持つ異形の大型鋏を開き、『途中退場は、ご遠慮下さいませ』と言って、開かれた刃が閉じた。
パチン。
異形の大型鋏が閉じ、俺は咄嗟に身を躱す。
直後、俺がさっきまで立っていた場所に深い斬撃が生じる。僅かに感じた魔力から、異形の大型鋏はマジックアイテムの一種で、閉じると斬撃を発生できるのだろう。
タイムラグも無く、恐らくは指定した場所なら距離も関係なさそうだ。
パチンパチンと連続で開閉される音よりも速く動きながら、開いた距離を埋めていく。
ただ迫るにつれて異形の大型鋏の開閉速度は加速し、十メートルまで近づいた時には一秒間で十回も音が鳴る。
その度に発生する斬撃をギリギリで回避しつつ、手に持つ【オベーション・クラッカー】を使った。
ここで得たマジックアイテムのこいつは、筒口から指向性の爆音と閃光を放つ。
それを“チケットマスター・スレン”の頭部に向けて、一瞬だけ注意を逸らした。
その隙に大量に確保している【ジャグラー・ダガー】を【投擲】しまくる。
【ジャグラー・ダガー】は一度の投擲で五つに分裂するマジックアイテムで、今回俺が投げたのは二十個。つまり分裂した百のダガーが“チケットマスター・スレン”に降り注いだ。
【ジャグリング・ソウル】によって強化されたそれは、本来なら掠り傷をつけるのが精いっぱいの【ジャグラー・ダガー】を、敵を穿つだけの凶器に強化していた。
それを感じ取ったのか“チケットマスター・スレン”は大型鋏だけでなく、その長い腕も使って弾くが、その隙に俺は背後に回り込む。
慌てて大型鋏で攻撃してくるものの、それより先に、【八奇武巡演】で生み出した八種の武器が肉体を襲った。
黒焔を宿した両手剣、黒雷と化した両手斧。穂先が百足のようになった長槍、接触すると全てを圧縮する鉄槌。
チェンソーのようになったチャクラム、魔法金属を水のように切る断頭鋏。攻防一体の鋭利な刃を持つ大盾、巨竜すら容易く穿つ爆裂杭。
それらが突き刺さっても“チケットマスター・スレン”はまだ死んでいないが、すぐには動けない。
その隙を逃さず朱槍を取り出し、全力の突きで心臓を穿つ。
流石に耐えきれなかった肉体は崩れ落ち、その場に死体が出来上がった。
周囲で見ていた“スティック・オーディエンス”達からは拍手喝采が巻き起こった。
[エリアボス“チケットマスター・スレン”の討伐に成功しました]
[初回討伐ボーナスとして宝箱【黄金の喝采】が贈られます]
早速“チケットマスター・スレン”を大型鋏と一緒にバリバリと喰う。
その肉は驚くほど柔らかかった。
噛むとうすい飴細工のような表皮がパリッと割れ、中から少し冷たい肉汁が溢れだす。肉は鴨肉に近く、味はしっかりしているのに脂は軽く、焦がしたバターと燻製ナッツの香ばしさが楽しめた。
少し遅れて白ワインで煮詰めた紅玉チェリーとカラメルのような甘みが残る。
胸元にあるチケットの飾り部分は砂糖をまぶしたパイ生地のようにサクサクとして、噛むたびにシナモンとオレンジピールが香った。
大型鋏は刃の部分は薄く焼き上げた甲殻に近い。噛むとパキンと割れ、中からカニみそのような濃厚な旨味と、燻製塩の香ばしさが広がる。
金色の装飾部分もある持ち手の部分は少し弾力のある軟骨質で、噛む度にコリコリとした触感と胡椒と燻製塩のような味が楽しめた。
甘く、香ばしく、僅かなほろ苦さ。
まるで肉料理とデザートを一皿にまとめたような味だった。
【能力名【アドミッション・シザーズ】のラーニング完了】
【能力名【メイン・パフォーマー】のラーニング完了】
やはりエリアボスは、それぞれの旨さがあって良いものである。
昨日から始めた≪徘徊万芸劇場:ピエロピア=ミモザール≫の攻略。
入り口付近のダンジョンモンスター達はそれぞれの芸を見せ、戦闘とは無縁の一般人達を楽しませている平和な風景が広がる安全地帯を超えた先。
侵入者を容赦なく排除しようとする本来の危険なダンジョンが広がるエリアまで進むと、最初に俺が遭遇したのは一体のエリアボスだった。
燃える火の輪の“フレア・クレマリア”
見るからにライオンの火の輪くぐりを題材にして生まれたのだろう、燃える猛獣を生成する能力を持つ火の輪である。
“フレア・クレマリア”は炎熱を吸収できる俺にとっては相性の問題で大した障害にもならなかったが、エリアボスらしく、大半の挑戦者を返り討ちにできるだけの能力はあった。
エリアボスはその強さから、普通なら深部にて敵を待つ強敵だ。
遭遇したというだけで、外で語れば一般的に相応の実力者として認識されるだろう。
そんな強敵と入ってすぐに遭遇する。
それに少なからず違和感はあった。
本来ならこんな浅い場所にいるような存在ではないからだ。
そしてその違和感は、しばらく進んだ事でより強まった。
ここはサーカスを題材にしているからか、内部構造や内装はかなり奇天烈だ。
幅が身を縮めないと通れないくらい狭かったり、数人が両手を広げても余裕があるほど広かったり、あるいは捻じれながら無数に枝分かれしていたりと、進むだけで方向感覚を失うほどまったく統一感の無い通路が続く。
壁や天井は一定の区画ごとに内装が大きく変化するらしく、チェス盤のような黒と白だったり、金や赤で鮮やかに彩られていたりする為、一見すると進んだルートを覚えやすそうに見える。
しかしそれは罠だ。
暫く進んだ後に引き返そうとしても、内装はいつの間にか微妙に変化して、先ほどとはまた違う色合いとなった入り組んだ通路によって帰り道が分かり難い。
進めば進むほどどこにいるのかを見失い、攻略する為の詳細な地図を作るのは困難を極めるだろう。
そんな進むだけで疲れる通路には大小無数のサーカスの道具が配置されているのだが、それもココのギミックとして働いている。
硬く閉ざされた扉を開くために、一定距離から一定回数的に投げナイフを当てる必要があったり。
あるいは複数の球を一定回数ジャグリングする事で何もなかった場所に宝箱が出現したりと、様々な要素が含まれている。
また大型の道具の陰にはダンジョンモンスターが隠れていて、奇襲を仕掛けてくる事もあるので油断はできない。
そんな通路と小部屋で構成されたアリの巣のように複雑な場所を、【脳内地図】で穴埋めしながら虱潰しに進んでいった。
便利な【脳内地図】に加え、以前よりも遥かに強化された感覚は隠された小部屋や宝箱を発見するのに大いに役立った。
ちょっとした違和感を覚えれば周囲を探し、必ず隠されている僅かなヒントを手掛かりに探していった訳だ。
そうして二日かけて隅から隅まで回った結果。
早い段階でそうだろうとは思っていたが、俺が最初に選んだルートは深部まで進めない、ただ攻略者を惑わせるだけの広大な袋小路だった事が確定した。
最速攻略できなかったのは残念ではあるが、もともと一定時間で内部構造が変わる仕様だ。
こういう事もある。
それに俺の存在を察知して、ピエロ野郎が慌てて構造を変えた――そんな可能性も十分に考えられる。
ただ事実がどうあれ、奥へは進めなくとも、このルートは全て網羅した。
だから決して無駄足ではないし、道中で十分すぎる成果は得る事が出来た。
まず、大量に出現するこのダンジョン特有のモンスター群。
いずれもサーカスの演目を題材にしたような、全体的に派手で奇怪な存在ばかりだ。
泣き顔の仮面を被り、赤と青の縞模様を持つ三メートル程の手足がバネとなって縦横無尽に弾む虎“トラ・ンポリン”
全身が舞台幕のような黒い羽毛で構成され、群れを成して敵を囲み、暗闇にして目から怪光線を浴びせてくる鳥人“ブラックカーテン・バード”
高速で走る度に手足からクラッカーのようなド派手な音と閃光を巻き散らす、二メートルはあるだろう爆音豹“クラッカー・パンサー”
口から火を噴きながら不吉な笑い声と共に群れで現れ、背中に松明のような骨状の突起が並ぶ魔鬣犬“ファイアショー・ギエナ”
道化師のようなド派手な服装で、大玉の上に乗って転がしながら、長い鼻から強酸性の液体を巻き散らす獣人“クラウンアシッド・エレファント”
こういったダンジョンモンスター達の素材は非常に貴重だ。
単純に美味しいだけでなく、変わった特性を持つモノも多い。
何かを作る素材にとしても使えるし、単純に高額商品になるので売買もしやすい。
そして、このダンジョンのドロップアイテムもまた癖が強かった。
周囲のヘイトを装着者に集める【コメディアンマスク・嘲笑】。
投げると五つに分裂するが何かに当たると一定時間で消滅する使い捨ての【ジャグラー・ダガー】。
ポケットに入るサイズから大人が銃口に入れてしまうほど巨大化する【人間大砲】。
最大で綱が百メートルは伸び、どこでも展開できる【空中劇のブランコ】。
手で隠れるサイズなのに、紐を引っ張ると筒口から指向性を持つ身体を震わせるほどの爆音と閃光が放たれる【オベーション・クラッカー】。
使い方に癖はあるが、使う場面によっては簡単に打開できる可能性を感じるモノが多い。
この他にも面白いアイテムは多いので、使い道はまた考える事にして。
ともあれ、一先ずの攻略に区切りはついた。
ぐるっと回って最初の安全地帯近くの分岐点にまで戻って来たので、少し気持ちを切り替える為、俺は一度外に出る事にした。
すぐ隣の安全な最初のエリアに戻ると、サーカスを楽しんでいた一般人が帰り始めている。
先ほどまでの殺気に満ちた空間とは対照的に、子供たちの楽しげな声が耳に届く。
それだけで、わずかに気が緩んだ。
自然と出来ているヒトの流れに乗って外に出ると、世界は赤く染まっていた。
既に夕方で、もう少しすれば夜になる。
だからだろう、周囲を流れる運河を大小さまざまな多数の船が絶えず客を乗せて行き来していた。
今から船に乗って帰るのは遊び疲れた子供やその親などが圧倒的に多く、逆にこの時間からやって来る者は大半が探索者のようだ。
船に乗る探索者は見た目で分かる本格的な武装を身に纏い、仲間と今後の予定をやり取りし、ピリピリとした戦意に溢れた雰囲気を放っている。
≪徘徊万芸劇場:ピエロピア=ミモザール≫では朝や夜など時間帯でダンジョンモンスターの強さや種族が大きく変わるダンジョンではないが、基本的に夜の方が挑戦する者の数は減る。
これから潜るのは、競合が少ない分だけ実入りが多くなる事を目的とした猛者なのだろう。
現在の美芸都市≪エル・シアターノ≫でも有数の実力者だろう彼・彼女等から向けられる視線をサラリと受け流しつつ、天焉狼に乗って運河を軽く飛び越えた。
天焉狼に飛翔速度は風よりも速く、あっという間に天高く舞い上がる。
都市を見下ろすとポツポツと光が照らされている所もあれば、思わず目を引くほど煌々と輝く一画もある。
そこには空から見ても多くの人々が集まっているのが分かるだけでなく、美味しそうな匂いも漂っていた。
思わずそれに誘導されて降り立つと、そこは歴史ある大広場の≪カルティ・ルミス≫。
美芸都市≪エル・シアターノ≫の左側に広がる芸術区でも屈指の規模を誇る大広場で、普段から住民の憩いの場であり、絵画や彫刻の展示など何かしらのイベントがよく開催されている場所である。
そこでは現在、様々な屋台や露店などが集まった夜市が開催されていた。
夜市の客層は幅広い。
ラフな格好の住民から、仲の良さそうな老夫婦に、デートをしているのだろう若い少年少女。
近くの≪徘徊万芸劇場:ピエロピア=ミモザール≫から帰る途中に寄り道したのだろう家族や、仕事前なのか仕事終わりなのかは分からない探索者達で溢れ、非常に賑わっている。
夜になるというのに少し進むだけでも大変な人込みの中をゆっくりと進みながら、何が売られているのか見て回る。
お土産になりそうな品を売る露店もあれば、歩きながら手軽に楽しめる料理を出す屋台など一般的なモノから。
他と比べて珍しいのだと、自作した謎の芸術品を売る露店や、客の似顔絵を速筆している芸術家などが多いだろうか。
そして暫く散策すると、どこからともなく漂ってくる焼かれた肉の匂いに惹かれて足が向く。
頭の上にはチャボマルを乗せ、邪魔になるので子犬ほど小さくなった天焉狼を肩に乗せて進んだ先では、肉汁の噴火が起きていた。
数メートルを超える長い屋台の端から端まで伸びる、巨大な黒溶岩鉄製の鉄板。
溶鉱炉にも使われる程火力が出る溶熱炭を大量に使って熱されたその上で、屋台の商品名通りなら“マグ魔牛”の分厚い赤身が焼かれていた。
赤身は超高温でジックリと焼かれ、熱く煮えたぎる脂は弾け、鉄板に触れるとジュウジュウと音を立てている。
そしてジックリと焼かれた肉は見るからに腕のいい料理人によって宙に飛ばされ、空中で素早く切り分けられ、数個が一本の串によって纏めて貫かれて肉串になった。
それはあっという間の事で、その技術の高さには思わず周囲からも歓声が漏れる。
そして肉串達が再び鉄板の上に戻ると、そこにすかさず振りかけられたのはピンク色の岩塩。
肉の脂と混ざった岩塩によって、その香りはより一層よくなった。
焼いて塩味をつけただけのシンプルな肉料理でしかないのに、調理のパフォーマンスと食欲を強く刺激する匂いの爆発は、ある種の暴力に近いだろう。
周囲と同じく俺も思わず十数本ほどの肉串を買ったが、一口食べると、期待を裏切らない美味が口内で弾けた。
満足しながらマグ魔牛の肉串を食べ歩きしていると、次は香ばしい蒸気の漂う屋台を見つけた。
そこでは大きな寸胴鍋が幾つも並び、様々な種類のスープが売られている。
ジックリコトコト煮込んだ亜竜骨のスープ。
様々な香草や薬草をメインにした薬膳スープ。
大ぶりの肉がゴロゴロ入った煮込みスープ。
一見すると水のように透明なのに濃厚な味がするマジックスープなど。
どれを選ぶか迷うくらい魅力的なモノばかりだったので、もちろん全部注文した。
使い捨ての器に入れられたスープを飲みながらまた次の屋台を探していくと、油で何かを揚げる音が聞こえてきた。
揚げ物も欲しくなったので向かうと、そこでは揚げ物を摘まみに様々な酒を楽しめる屋台が集まっていた。
設置されたイスとテーブル。
どこかの酒場のようなそこは、どうやら他よりも探索者などのような荒くれ者が多く集まっているようで、周囲よりも荒々しい雰囲気である。
酒も入っているのでトラブルも多そうだが、周囲には他よりも多い衛兵が睨みを利かせている。
どうやら危険性の高い者達を一ヵ所に集め、他に害が出ないようにしているらしい。
ある程度コントロールされているからか、ここでは皆が大いに飲み、豪快に笑い、賑やかに騒いでいるが、喧嘩までは発展していない。
喧嘩になりそうな場合は、腕相撲などで解決するのがルールのようだ。
荒々しさはあるが、最低限のマナーを守る事で楽しく飲める場所になっているのだろう。
情報収集をしながら楽しく飲み食いできるのだから、もちろん俺もお邪魔させてもらう事にした。
"二百二日目 / 六■七十二日目"
楽しく酒を飲んでいると、気が付けば夜が明けていた。
周囲の街灯からは明かりが消え、ゆっくりと昇る朝日が周囲を照らしている。
時間が過ぎるにつれて周囲からは屋台が減っていたのだが、早朝の今になってチラホラと屋台を引いて来る者達が居る。
そういった屋台は早朝から≪徘徊万芸劇場:ピエロピア=ミモザール≫探索に向かう探索者向けらしい。
手軽に食べれる料理が多く、実際に客もそこそこいるようだ。
俺も早速惹かれていくと、その屋台では分厚い肉と赤い果実、そして新鮮な野菜とチーズをパンで挟んだハンバーガーのような料理が売られていた。
酒を飲み明かした探索者達とグダグダ喋りながら一口食べると、ジュワッと肉汁が弾け、パンズや野菜、チーズなどが調和した味がする。
美味い美味いと喰っていると、しばらく話した後に一夜限りの探索者の集まりは自然と解散した。
今から宿に帰って寝る者や。
上がったテンションのまま攻略に挑む者。
酔っぱらって広場の片隅で寝落ちする者など様々だ。
俺の場合は少し散歩してから、再度の攻略をする事にした。
体調的にはすぐに戦闘が出来る程度には整っているものの、爽やかな朝日を見ると、美しい朝の都市を散策したくなったからだ。
そうして始まった散歩は目的もなくふらふらとしたものだったが、ふと目についた朝の路地裏。
どこにでもあるような細道をチャボマルに餌をあげながら進んでいると、少し離れた場所で何やら物騒な気配が漂っている。
怒りや恐怖がない交ぜになったような匂いだ。
必死に逃げる誰か――匂いからして女性だろう――の焦りが青く輝き、それを赤黒い獣気を垂れ流す無数の男達が追いかける。
多少入り組んでいた路地裏だったので遭遇しない可能性もあったが、俺の背後は大通りに続いている。
だからそうもいかないらしい。
早朝とはいえ人通りのある大通りに向かって必死に逃げる女性の姿が、だんだんと路地の薄闇の向こうから近づいて来る。
そしてそのすぐ背後にはスーツ姿で狼頭の男を筆頭とした集団が迫っていた。
逃げる女性の耳は長く、どこか懐かしさを感じる森の匂いからして恐らくはエルフだろうか。
パッと見の年齢こそ分からないが、漂う魔力からしてまだ比較的若いのだろう。
エルフらしい健脚で逃走しつつ、背後に向けて石の礫を飛ばしている。
簡単に連発できるが威力は低い――といっても石壁が凹む程度には強いが――岩土系統魔術を使っているようだ。
狙いはエルフらしく正確で、走りながら背後に向けて撃っているのに男達の足元や急所を的確に狙っている。
僅かに漂う血の匂いからそれで何人かは倒したようだが、流石に人数差が大きすぎる。
まだまだ窮地には変わりない。
そうして必死に逃げるエルフの右腕には、大事そうに植木鉢が抱えられている。
植木鉢にはバラに似ているが全体的にガラスのように透明な、しかし花弁の葉脈だけは虹色に輝く小さな花があった。
見た目の奇異さもそうだが、発散されている気配が普通ではない。
明らかに何かしらのキーアイテムだ。
そんなエルフに対して追う男達は、明らかに裏稼業の気配が漂っている。
手にはナイフや棍棒を握り、飛んでくる礫があるとはいえ、なりふり構わずに追撃すればエルフを殺す事はできるだろう。
しかし声を荒げる粗暴なやり取りから何か事情があって傷つける事は出来ても殺す事まではできないらしく、それが苛立ちとなって表れていた。
聞くに堪えない罵詈雑言が吐き出され続けている。
どうやら植木鉢だけでなく、エルフにも重要な役割があるらしい。
殺さず捕らえる為だろう、男達は追いかけつつ、ここにはいない他の構成員達が広範囲を包囲するように蠢いているのが感じられた。
その為大通りに出たとしても、遅かれ早かれエルフは捕らえられ、連れ去られるだろう。
ただどういう事情があるにせよ、逃げるエルフだけでなく、それを追う男達も俺達を認識できる距離になった。
自分も危ないのに正面に立つ俺に向けて声を張り上げて『逃げて』と叫ぶエルフ。
対して『目撃者は殺せ!』などと殺意に満ち、血と死の臭いがこびりついた男達。
どちらかに味方するというのなら、当然決まった答えしかない状況だ。
恩には恩を。仇には死を。
飛んで火にいる敵には血肉となってくれる感謝を。
善良そうなエルフの横を駆け抜け、俺はすぐ傍まで迫っていた男達を殴り飛ばした。
事情聴取もしたかったので即死しないように手加減しつつ、腹を殴る。
本気でやれば肉が爆散するのでそこだけは手間だが、それでも一人につき一撃あれば十分だ。
腹で爆弾が爆発したような衝撃を受けた男達は白目をむいて全滅したが、悲惨な光景に背後で慌てて立ち止まったエルフが思わず息を飲む音がする。
あのまま逃走されたら男達の仲間に捕まっていたかもしれないので立ち止まってくれたのは良かったが、怖がられてしまったらしい。
ただ感謝の感情の匂いもしているので、話は出来そうだ。
そんな事を思いつつ振り返ると、疲れて肩で息をしている姿が目に入る。
エルフだけに、女性の顔は美しかった。
ただかつていた大森林で出会ったハイエルフの女性には少し劣るだろうか。
そんな内心はさて置き、敵ではない事は行動で示した。
エルフもそれは分かってくれたようだが、今度は早口で感謝から謝罪、そして簡潔な事情説明と、だからこそ早く逃げるように言われた。
それによると、男達は思った通りに裏組織の構成員であり。
エルフが抱える花こそ、最近美芸都市≪エル・シアターノ≫で出回っているという、芸術性を爆発させる魔法の粉の原料だそうだ。
つまり厄介事の塊であり、覚悟が無いなら関わらないのが一番な案件である。
"二百三日目 / 六■七十三日目"
昨日と今日は攻略ではなく、エルフに付き合う事になった。
折角助けたのに、あのまま別れればエルフは遅かれ早かれ捕まっていただろう。
それだけ人数差があった。
見捨てるのも後味が悪いので一緒に逃走している訳だが、現在地は高級ホテルの一室だ。
高い分だけセキュリティもしっかりしているし、途中で変装したので俺とエルフの所在はまだ誰にもバレていない。
その為安全地帯だと分かったエルフは事情を説明した後、ベッドでグッスリと眠っている。
心身ともに疲労が溜まっていたようで、昨日の昼から今日の昼まで、丸一日も寝たままだ。
俺は俺でエルフからの情報だけでなく、捕まえた男達を尋問して情報を引き出したりしていたので暇だった訳ではない。
最後には食事になってもらいつつ、時間があった分だけ得られた多くの情報を整頓していく。
簡潔に纏めると、エルフは男達の組織――【グフェンダモン・ファミリー】によって数か月間に渡って捉えられていた。
目的は現在、美芸都市≪エル・シアターノ≫で密かに出回っている違法魔法薬≪カレンティック≫の原料の育成係としてだ。
原料である植木鉢の花――“カレイドローズ”は育成が非常に困難な魔法植物の一種だ。
生育環境だけでなく、栽培する者が気に入らないとすぐに枯れたりするらしい。
例え植物と親和性の高い種族でも個体によってえり好みされる為、誰でもいい訳ではない。
エルフを除くと、【グフェンダモン・ファミリー】に育成可能な者は他に一人しかいないそうだ。
そんな“カレイドローズ”を育成できたエルフはそれだけに【グフェンダモン・ファミリー】にとって重要人物となっていた。
ただエルフは元々放浪の民だったらしく、たまたま立ち寄った所に目をつけられてしまったそうだ。
拉致されて育成を強要されるが助けは無く、逃げ出せずにただ仕事をしていたそうだが、それは当然嫌な事だ。
だから隙をついて逃走し、結果として俺に助けられた訳である。
そしてここからはエルフも知らない情報だが、【グフェンダモン・ファミリー】は下部組織でしかないそうだ。
これは男達のリーダーである狼男しか知らなかった情報で、他はただの乱暴な裏稼業者としての認識しかなかった。
秘匿された上位組織は【パルナッソス・ミューティアン】といい、美芸都市≪エル・シアターノ≫を代表する、表舞台でも有数の商会だ。
長年に渡って都市に根を下ろしている多数の芸術家を支援するパトロンであり、創られた芸術品を売り買いして利益を出したり。
大小様々な品評会などを定期的に開催し、そこでまだ売れてはいないが才能に溢れた若手を発掘したり、都市のブームを牽引したりと、かなりの大手だ。
本業をするだけで十分な財を成せるし、真っ当な方が社会的地位も高く維持できる筈だ。
そんな【パルナッソス・ミューティアン】がわざわざ裏稼業をするなどリスクが大きいと思うのだが、何かしらの目的があるのだろう。
その辺りは【グフェンダモン・ファミリー】のドンから聞くか、【パルナッソス・ミューティアン】の支配人から直接聞きだすしかない。
ともかく、【パルナッソス・ミューティアン】をどうするかはまだ未定だが、【グフェンダモン・ファミリー】は壊滅させる必要がある。
エルフが都市外に逃げたとしても、追ってくる可能性が高い。
それに完全に排除した方があと腐れもないだろうし。
という事で、太陽が沈んだ夜。
俺とエルフは都市のとある一画にやって来た。
そこは周囲を配下が住む建物で包囲し、ドンが住む場所は高い塀で囲まれた堅牢な住宅で、攻め難く守りやすい、典型的な裏組織の建物である。
数百人を軽く収容できる規模の建物では夜だというのに慌ただしく構成員達が動き、様々な感情が渦巻いていた。
下っ端はエルフの行方を必死で探し、幹部は幹部で屋敷の奥の一室で荒れに荒れている組織のドンの怒りを買わないように必死だ。
エルフを逃がしただけでも大失態なのに、行方知らずとなれば計画にも大きく遅れが出る。
ドンもドンで上からの圧力があるらしく、顔を真っ赤にしながら部下を叱咤しているのが匂いで分かる。
そんな事情はどうあれ、俺はやるべき事をさっさと終わらせる事にした。
エルフを少し離れた場所で待たせ、単鬼で潜入。
潜入途中では構成員を排除したり、破壊用ゴーレムを配置して取りこぼしなどが無いように入念に下ごしらえをして。
そして深夜が過ぎる頃には、建物からは誰も居なくなった。
"二百四日目 / 六■七十四日目"
朝、美芸都市≪エル・シアターノ≫から離れた場所にある小さな町で、エルフと別れる事になった。
既に【グフェンダモン・ファミリー】は消え、エルフを追う者も一先ず消えた。
秘密の金庫に隠された情報も入手し、今回の賠償金として貰えるものは貰っている。
これだけやればエルフの身は安全だと思うのだが、ただ都市に居ると何かある可能性もあった。
なので、こうして離れた場所まで送った訳である。
エルフも感謝してくれて、再び旅に戻っていった。
人助けしたという良い気分になりつつ、適当な店で朝食を食べながら今回の一件で得た報酬を確認する事にした。
今回は色々と獲得した。
まず大きいのは【グフェンダモン・ファミリー】が蓄財していた財宝だ。
玉石混交なマジックアイテムの山から、使えるモノも混ざった武具の数々。
また根城にしている都市が都市だけに価値が高い芸術品は多く、オークションに出せばいい値段が付きそうだった。
個鬼的にはドンがコレクションしていた数々の迷宮酒は評価が高い。
未開封のモノも多いので、これを飲むのも楽しみではあるが。
今回最もデカいのは、エルフが抱えていた“カレイドローズ”を貰った事だろう。
エルフ自身も世話していた“カレイドローズ”には思い入れがあったようだが、流石に持っていくにはリスクが高い。
その為俺が貰う事になったのだが、問題は育成できるかどうか。
下手すればすぐに枯れてしまっても可笑しくは無いのだが、どうやら俺が持つ能力の一つである【宿り木の祝愛】が良い具合に作用したらしい。
大切な仲間の一人からあれこれあって貰ったと記憶にあるこれによって、ある程度の意思疎通か可能になり、気難しい“カレイドローズ”も何だか親しみやすいそうだ。
チャボマルが花を啄んでこようとするのは嫌がるものの、チャボマルの宝石のような美しさは“カレイドローズ”も気に入っているらしく、怒ったりするが枯れたりはしない。
喧嘩友達的な雰囲気である。
鳥と花なのに。
新しい不思議なメンバーが加入した訳だが、取り合えず抱えて運ぶのは面倒なので、天焉光背に収納しようと思ったのだが、それは嫌らしい。
仕方ないのでチャボマルの卵時代のように、天焉光背の中に浮かべて育てる事にした。
全体的に透明なので黒と金と朱色がよく反映され、輪とは言えない、輪にすら成り切れない【ナニカの塊】に虹色の輝きが混ざる。
天焉光背から供給される魔力に“カレイドローズ”はご満悦らしく、気に入ってくれたようで良かったと思う事にした。
そんなこんなで色々あったが、一先ず今日一日はエルフが追われていないかの最終確認をする事に決めた。
上位組織の【パルナッソス・ミューティアン】がどう動くのかは未知数だが、消すにしても組織がデカすぎる。
一応表世界の大御所だ。
影響を考えて殲滅は一先ず保留する事にして、俺は都市で色々と情報を調べて一日を過ごした。
アフターサービスもしっかりと、である。
"二百五日目 / 六■七十五日目"
【パルナッソス・ミューティアン】に動きは今の所見られない。
下部組織の【グフェンダモン・ファミリー】がトップのドンを筆頭に、あの日集まっていた幹部から末端構成員まで生き残りらしい生き残りはいない。
外でエルフを探していた下っ端など極僅かな生き残りはいるだろうが、そういった輩は組織の事情など知らないからだ。
その為、そもそも何が起きたのかという情報がまだ上がっていない可能性が非常に高い。
動くにしても後日になると思うので、一先ずゴーレムによる偵察だけは続ける事にした。
【パルナッソス・ミューティアン】がなぜ違法魔法薬の製造に手を出し、何を狙って広めていたのかはまだ分からない。
その辺りの目的は【グフェンダモン・ファミリー】のドンも知らなかったからだ。
そうなると知るのは【パルナッソス・ミューティアン】の支配人か、幹部になるだろう。
個鬼的には気になるので調べ続ける予定だが、本当に何が目的なのだろうか?
ともあれ、疑問はありつつも、俺は俺の目的に戻る事にした。
数日の寄り道をしたが、朝から≪徘徊万芸劇場:ピエロピア=ミモザール≫に潜る。
今日も変わらず楽しんでいる親子達の脇を通り、同じ目的である探索者達の流れにのって奥に進む。
そして分岐点に到着し、袋小路のルートを避けて、別のルートを進んでみた。
そのルートも先日攻略した場所と内容的にはあまり大差はなかった。
奇妙な通路。変化する色彩。広大な迷路。
出現するダンジョンモンスター。設置された特殊ギミック。
場所によって変化はあれど、どこか見覚えのあるモノばかりだ。
ただ今回は自身の感覚をできるだけ広げ、ある程度の取りこぼしを許容して進んだ結果、夜遅くには次のエリアまで進む事が出来た。
次のエリアは、これまでとはまた違った異様な空間だった。
これまでが通路だっただけにその空間の広がりは顕著で、天井ははるか上方。
天井は明かりが乏しく、深紅と黒で構成された布の内張りは上に行くほど色の境界が曖昧になって闇と一体化し、僅かに幾重もの支柱と網が蜘蛛の巣のように張り巡らされているのが視認できる程度。
そしてその下には本来なら舞台の大きさに合わせた巨大なステージと、膨大な観客を収容できるだけの観客席が存在するべきなのだが、違う。
ステージの数は一つではなく、約百個。
円形で直径が二メートルほどしかない極小のステージから、百メートルを越えるほどの巨大なステージまで幅広い。
ステージは大きさこそ違うが全て円形で、表面には赤、白、金、黒、紫などの塗装が施され、まるでサーカスの化粧じみた鮮やかさを残している。
ただしその鮮やかさは新品のものではなく、擦れ、剥げ、罅割れ、何度も誰かが立ち、踊り、倒れ、血を落としてきた痕跡が刻まれていた。
それらの丸いステージは整然と並んではいない。
一見すると無秩序に、しかし俯瞰すれば狂ったピエロの笑顔を描くように配置されている。
ピエロの赤鼻にあたる大舞台には他にはない特殊なギミックも用意されているらしく、周囲には大道具から小道具まで配置され、上空には綱渡りなどが出来る鉄骨や鎖、ワイヤーなどが配置されていた。
またその他のステージにも大きさに合わせた道具は用意されているらしい。
そしてそんなステージをぐるりと囲むはずの観客席は、用意されていなかった。
本来ならあるはずの空間は無く、その代わりにあるのは四角い簡素な建物だ。
それらは幾つも並び、ぱっと見た限りこの広大な空間の壁全てが同じような構造をしている。
建物の外にはナイフとフォークが交差した絵が描かれた看板が掲げられたり、枕が描かれた看板が立っている。
また、その建物には疲労困憊の他の探索者達が入って行き、そこで何かをしているようだ。
壁際の建物は後で調べるとして、俺の意識はステージの方に向けた。
配置されたステージには他の探索者達が立っている。
そこではステージ上に生成されたダンジョンモンスターと死闘を繰り広げたりする者もいれば、拙いながらも何かしらの芸を行う探索者の姿もあった。
その光景はまるでサーカスと闘技場が融合したような印象を受ける。
パッと見では戦闘する者の数の方が多いようだが、その際の相手になるダンジョンモンスターの強さは道中遭遇したダンジョンモンスターよりも強そうだ。
強化個体、とでもいえばいいのだろうか。
それが複数体いる丸ステージもあるので、難度は非常に高いだろう。
またステージの周囲には三十センチほどの大きさの棒人間のような観客が居た。
棒人間は赤白黒黄色など彩り豊かで、声援を送っている。
見応えのある死闘を繰り広げるステージほど棒人間の観客は多く、非常に賑わっていた。
歓声を受ければそこの探索者達の動きも良くなり、バフでも受けているのかもしれない。
ただ戦闘しているステージの多くは棒人間の観客がほとんど居らず、必死に戦っているのにどこか物寂しさが漂っている。
場所によってはブーイングがされ、そうしたステージでは探索者達の動きが露骨に悪くなっていた。
盛り上がっている場所とは逆に、まるで重度のデバフを受けたみたいである。
対して芸を行っているステージは、非常に拙い芸でもそれなりに棒人間の観客が集まっているようだ。
そこでは芸が純粋に上手ければより盛り上がり、下手でも『頑張れ―』などと声援が飛んでいる。
どうやら棒人間の観客達がココの重要ギミックの一つらしい。
そうして周囲の観察をしながら歩いていると、俺の前に一人の怪人が立ち塞がった。
怪人は異様に縦に引き伸ばされたような体型をしていた。
身長は三メートルを越え、細長い身体を包むのは黒い燕尾服に深紅のベスト。
胸元には無数のチケットを花飾りのように刺し、古めかしいシルクハットを目深に被っている。
顔は石膏像のような白さを帯び、頬にか薄い亀裂が走り、右の瞳だけが青白く灯っていた。
左目は暗い打刻穴のようにぽっかりと黒い。
そんな怪人は白手袋に包まれた異様に長い指で帽子のつばを持ち上げると、血の気の無い唇の端を静かに吊り上げた。
不気味に笑っている。その笑みは歓迎のものではなく、まさに捕食者が獲物を見定めている笑みだった。
怪人の名前は“チケットマスター・スレン”
ここのエリアボスの一体であり、ここの特殊な法則を支配する、探索者を深層に進むのを防ぐ門番だった。
"二百六日目 / 六■七十六日目"
エリアボスの一体である“チケットマスター・スレン”が支配する場所は≪カーニバル・ゲーティス≫と呼ばれている。
ここではステージ外での戦闘が制限され、私闘を行う事が出来ない。
試しに“チケットマスター・スレン”を殴ろうとしたが、不思議な力場に防がれたのでかなり強力な強制力のようだ。
それはさて置き。
先に進むにはステージで戦闘や芸などを行い、棒人間の観客――“スティック・オーディエンス”などから喝采貨を百万枚集める必要がある。
喝采貨はココでしか使えない特殊な貨幣で、壁際の建物で使用可能。
建物には飲食店から宿屋まで揃っているため、ここで生活する事も可能らしい。
ただ建物で喝采貨を使うと次に進む為の喝采貨百万枚が溜まるまで遠退いていく。
だからできるだけ短期間で、できるだけ一度で大量の喝采貨を得る方法を模索する必要がある。
戦闘でダンジョンモンスターを倒しても喝采貨は一定数ドロップするが、棒人間“スティック・オーディエンス”達から得られる喝采貨ボーナスの方が大きい。
そして棒人間“スティック・オーディエンス”は良いステージならバフを、悪いステージならデバフをかけてくるので、できるだけ味方につけれるような華が必要だそうだ。
そういった事を懇切丁寧に“チケットマスター・スレン”から説明されたのが昨夜の事だ。
“チケットマスター・スレン”はここまで到達したモノ全てに説明をする役割もあるらしい。
とりあえず参加賞として貰った喝采貨千枚の内の五百枚を使った宿屋から出て、喝采貨五百枚分の朝食を喰って朝からステージの上に立った。
すると戦闘か芸か、という選択肢が脳内で響く。
俺は芸を選択した。
現在のステージの大きさは二メートルほど。
周囲に棒人間の観客“スティック・オーディエンス”達は居らず、他の探索者も注目していない。
メインステージからかなり外れた外縁で、大きさからしてできる芸も限られている。
そこで俺が選んだのはトスジャグリングだった。
五つのボールで始め、段々と数を増やしていく。
暫くするとステージの外に“スティック・オーディエンス”達が集まって来て、声援を送られる。
それがバフになるのだろう、反射神経や反射速度などが向上し、ボールの軌道や手の感覚が鋭敏になっていく。
普段よりもいい状態でトスジャグリングが可能になり、最終的にボールの数は十五を超えた。
そこまでいくと周囲のステージと比べて明らかに“スティック・オーディエンス”達の数は多く、最後にボールを回収して礼をすると、一度のステージで一万枚の喝采貨が報酬として入って来た。
喝采貨は“チケットマスター・スレン”から貰ったネックレスに収納されていく。
このネックレスは喝采貨を収納できるだけの単純な能力しかなく、ココを離れると消滅する。
喝采貨は取得時以外には他人に譲渡する事ができない為、溜めた喝采貨が勿体なくて、意図せず長期滞在してしまう探索者もいるそうだ。
ともあれ、そうして俺の金策時間が続いていった。
"二百七日目 / 六■七十七日目"
昨日一日は色々な事を試し、分かった事がある。
それは同じ芸を繰り返さない方が良い、という事だ。
というのも、昨日はボールからナイフ、重量のある刀剣などトスジャグリングする物は変えてみたが、儲ける喝采貨の数に合わせて“スティック・オーディエンス”達の数も減っていった。
そこでステージを大きくし、今度はナイフ投げをすると喝采貨と“スティック・オーディエンス”は増えたのである。
そこで昨日は自力で頑張ったが、今日は建物で買った道具を使う事にした。
建物には飲食店や宿屋も多いが、中には演出の為のマジックアイテムを相応の値段で売っている所もある。
そこで俺が購入したのは二つ。
古びた手鈴と、黄金のチケットだ。
どちらも初期購入時は一つ一万喝采貨する高額品であり、その効果はどちらも一定時間取得する喝采貨が増えるボーナスを付与してくれる使い捨て品だ。
古びた手鈴は≪オーディエンス・ベル≫。
外見は真鍮で出来たような小さなベルで、表面には棒人間達が踊っている姿が描かれている。
これを鳴らすと澄んだ音が響き、ステージの周囲に集まる“スティック・オーディエンス”達の数が増えた。
黄金のチケットは≪ゴールデン・チケット≫。
これは芸の前に千切ると消えるが、最初に受け取る喝采貨を二倍にしてくれる優れモノだ。
ただ販売数が少なく、購入する条件も決められているのでそれなりに稼げる者しか入手できない品である。
ともあれ、そうした二つを使って俺は今日の芸をステージで披露した。
今回のステージの大きさは三十メートル程。
最初よりも広さがあるので、できる芸の幅も広がっている。
そこで選んだのは玉乗りだ。
もちろんただの玉乗りではない。
一メートルほどの大きさの玉に乗ってバランスを取りながら、目隠しをして、十個のナイフをジャグリングしつつ、磔にされた中年探索者には当てずに手足の間や顔の横にある的に当てるという芸だ。
磔にされた中年探索者は日給三千枚の喝采貨で雇った。
芸はあまりできず、戦闘でも思うように稼げず、それでいて建物の一つにある賭博場で借金までしてしまったダメダメな輩なのでナイフが当たっても罪悪感は無い。
それでも当てないようにして最後まで芸を完遂した。
それによって得た喝采貨はアイテムを使っただけあって、一度に三十万枚まで到達できた。
一度の好演で、必要枚数の約三分の一だ。
そしてボーナスは消えるが、一度集まった“スティック・オーディエンス”達も、何度か芸をするまでは残ってくれる。
それを活かすために何度か同じ芸をして、徐々に減ってきたら今度は磔の中年探索者を回転させたり、投げるナイフを燃えるナイフに変えてみたり、逆立ちして玉乗りして足でナイフを投げてみたりと、手法を変えていく。
そうして夜になる頃には取得した喝采貨の数は四十五万六千枚まで増えていた。
日給喝采貨三千枚で付き合ってくれた中年探索者に晩飯と迷宮酒くらいは奢りつつ、明日はどうするか策を練る。
上手くいけば、明日か明後日には次に進めるだろう。
"二百八日目 / 六■七十八日目"
今日も≪オーディエンス・ベル≫と≪ゴールデン・チケット≫を使い、取得ボーナスを積んで芸をしたかった。
しかしどちらも効果が高い分、二回目からは購入喝采貨が一万枚から五万枚に爆増する。
つまり二つで十万枚。
得られる喝采貨が多くなるとはいえ、購入枚数もそれに応じて増加する為、無駄撃ちは出来ない。
その為計画的に使用する事が重要だ。
だから今日は他に効率的な手法が無いか探る為にも、これまでとは違って芸ではなく戦闘を選ぶ事にした。
こちらがどれくらい稼げるのかも確かめる必要があるからだ。
ステージに立って戦闘を選択するが、その時点での周囲の“スティック・オーディエンス”の数はこれまでの芸と比べて明らかに少ない。
やはり芸の方が多く注目されるようになっているのだろう。
それは分かっていた事なので、次は選択肢に出てきた対戦相手を選ぶ事にした。
今回のステージの大きさは直径四十メートル程。
そこそこ広いが、縦横無尽に走り回って戦おうと思うと少し手狭に感じられるくらいの広さである。
そこで大きすぎる相手だと窮屈になるので選択肢を外し、弱すぎてもつまらないので強いダンジョンモンスターを選ぶ。
選んだダンジョンモンスターは“アンダー・スタディ”
本来のコイツは人型の影でしかない。
しかしその能力は対峙した者をコピーする事であり、ステージに立った“アンダー・スタディ”の姿形はまさに俺そのものだった。
ただ完全完璧にコピーできる訳ではないらしい。
コピー対象が一定以上になると姿形はともかく、秘めた能力までは再現できないらしい。
ただそれでも俺と同じ存在が対峙した舞台。
互いに朱槍を構え、鏡写しのように刺突や薙ぎ払いの応酬を始めた。
“アンダー・スタディ”がどこまでコピー出来ているかを調べるように朱槍の速度が徐々に徐々に加速して、朱槍はやがて赤い閃光となって空間を支配した。
鋭い金属音が響き、眩い火花が散り、そして穂先に抉られた血肉が飛散する。
血肉は全て“アンダー・スタディ”のものだ。
飛散した血肉は暫くすると黒く染まり、虚空に消えていく。
個鬼的には後で喰う予定だったので計算外だが、死ぬとすぐ消滅するのだと思う事にして、片腕を突き刺し、両足を斬り落とし、首を刎ねながら周囲の様子を伺った。
最初はできるだけ互角なように戦い、だんだんとスピードを上げていく。
朱槍同士の衝突音もどこかリズミカルに行った事で演舞をしているように見えるようにも細工した。
そういう仕組みもあってか、集まる“スティック・オーディエンス”の数は多く、受けもいい。
途中からは声援によるバフも受けたので、心身ともにコンディションは好調だ。
そして戦闘で得られた喝采貨は一万五千枚となった。
一万枚は“アンダー・スタディ”という、本来なら強敵であるダンジョンモンスターを倒したから。
残りの五千枚は“スティック・オーディエンス”達による増加である。
時間にしたらそこまで長くないのに、少し戦闘を工夫する程度でこれくらいは稼げる。
残念ながら仕留めると同時に“アンダー・スタディ”の死体は虚空に溶けてしまったので食事、という面では成果は得られなかったが、金策としては悪くなかった。
次のダンジョンモンスターは、とりあえず死体が残るような種類を選ぼうと思う。
"二百九日目 / 六■七十九日目"
現在、稼いだ喝采貨は九十四万枚となった。
次に進む為の百万枚まであと六万枚で、今日中には稼ぐ事ができそうだ。
これはかなりの速度で溜まっているらしく、酒場で他の探索者達と迷宮酒を飲みながら情報交換をして得た知識である。
それはいい事だが、その過程で喝采貨でしか交換できない特殊なアイテムの存在を知ってしまったのは個鬼的には悪い事だった。
武具の類なら既に朱槍を筆頭とした、神代ダンジョンなどを攻略して得た【神器】がある。
だから武具の類なら喝采貨を使う必要性は感じられないのだが、交換できるアイテムの中に迷宮酒が幾つかあったのだ。
少額な物ならいいのだが、一番いい迷宮酒だと一つ五十万喝采貨する。
かなりの高額だ。
ここ数日で実感したが、それだけを稼ぐのはかなり苦労するだろう。
ただしその分だけ味は抜群らしく、一口飲むと寿命が延び、体内魔力量も大幅に増加し、身体能力が強化されるといった効果もあるらしい。
その為次に進める能力がある探索者もその迷宮酒の誘惑に負けて足踏みしている、という事も多々あるそうだ。
思わず買ってしまおうかと思ってしまう程の誘惑だが、理性でグッと我慢した。
さっさとピエロ野郎をぶっ飛ばし、記憶を完全に取り戻すのが今の急務だ。
ここで足踏みしている訳にはいかない。
一度口にしてしまえば、誘惑はより強くなるだろうし。
という事で、こういう時は身体を動かすに限る。
今日もステージで戦闘を選び、ステージ上に敵が出現する。
今回の相手は巨大な玉に乗った象人の“グローブ・エレファリオ”だ。
身の丈は六メートル程。
灰色の皮膚には金色の星や渦巻き模様のペイントが施され、頭には小さな道化帽。赤い装飾布を羽織り、目はつぶらで愛嬌があるが、その奥の感情は冷徹に獲物を仕留める狩人だ。
巨大な赤白縞の金属製の玉に乗り、手だけではなく長い鼻も使って両手剣や両手斧をナイフのようにジャグリングしている。
ジャグリングしている武器の数は八。
そのどれもがマジックアイテムの類らしく、燃えていたり帯電していたり、空中で数が増減したりしていた。
そんな“グローブ・エレファリオ”との戦闘だが、開始早々ジャグリングしている武器を投擲してきた。
轟々と燃える両手剣、激しく帯電する両手斧。蠢く触手が穂先となった長槍、接触すると爆発する鉄槌。
切れ味鋭い巨大なチャクラム、鉄塊すら容易く切り裂く断頭鋏。攻防一体の超重量の大盾、巨岩すら容易く穿つ穿孔杭。
それらがリズミカルに飛んでくるので、俺はそれを受け取っては投げ返した。
八種の武器が両者間で行き来する。
その光景は周囲からすると二人で行うパッシング・ジャグリングのようだっただろう。
観客である“スティック・オーディエンス”達の反応は良く、声援が飛んでくる。
受けたバフによって体の調子も良く、俺はジャグリングする物をどんどん増やしていった。
ジャグリングする数は八種から十二種に増え、最終的には二十種に達しただろうか。
そこの頃になると“グローブ・エレファリオ”に余裕も無くなり、乗っていた巨大な赤白縞の金属製の玉を俺に向かって蹴り込んだ。
トラックの正面衝突と同じくらいの勢いがありそうな玉を足で受け止め、代わりに俺が上に乗る。
そのまましばらくジャグリングをしていると、少しずつミスしていった“グローブ・エレファリオ”の身体に次々と武器が突き刺さり、最後には不気味な現代アートのような姿となった。
締めの挨拶をしながらその死体は回収し、ステージを降りてから武器や玉も纏めて喰った。
皮も肉も分厚く、骨も硬い。かなりの噛み応えのある象肉は、これはこれで悪くなかった。
【能力名【ジャグリング・ソウル】のラーニング完了】
【能力名【八奇武巡演】のラーニング完了】
それで二つのアビリティをラーニングできたのだが、どちらもジャグリングに関係するらしい。
【ジャグリング・ソウル】はジャグリング、あるいはそれに似た行いをする時に身体機能などに大幅な強化が入り。
【八奇武巡演】はジャグリングする道具――プロップとも呼ばれる――を自由に生成する能力がある。
これでいつでもどこでもジャグリング芸ができる訳なので、ここだと使い勝手がいいだろう。
そこそこ喝采貨は稼いだが、まだ足りないので芸を織り交ぜながらの戦闘を続け。
夕方には無事に喝采貨百万枚を超えて、手元には百八万枚の喝采貨が揃った。
次に進む為に必要な喝采貨は百万で、八万枚は余分である。
進めば消えるので、時間も時間だったので今日は酒場で休み、明日進む事にしようと思い。
八万枚分の喝采貨を使い、そこそこお高い迷宮酒を他の探索者と共に楽しむ事にした。
琥珀色の迷宮酒【ピエロニック】はリキュール系の酒らしく、口に含むとまず黄金蜂蜜と宝玉チェリー、焦がした白銀砂糖の甘さが広がった。
そしてプツプツとした細かな味が舌で弾け、柑橘の香りが鼻へ抜ける。
だが飲み込んだ瞬間に味が変わり、黒鉄生姜と黒銅胡椒の刺激が喉を焼き、胸の奥が急に熱くなった。
そうして最後に残るのは複数の薬草と焦げた果皮の強い苦み。それから仄かな塩気。
甘さに笑い、熱さで沸き、苦みで泣かせる。
道化師の名を冠する酒らしい味だった。
"二百十日目 / 六■八十日目"
朝食として昨日仕留めた無数のダンジョンモンスターを喰った後、百万枚の喝采貨を持って“チケットマスター・スレン”に会いに行く。
場所は中央ステージ。
ピエロの鼻に当たる部分で、ここ数日でここに立つ者は誰一人としていなかった場所。
そこに立つと、不気味な怪人である“チケットマスター・スレン”が床からにじみ出るように出現した。
黒い燕尾服姿の細長い怪人はシルクハットを脱いで恭しく挨拶し、『チケットを拝見』と言った。
チケットが何かは分からなかったが、一先ず喝采貨が入ったネックレスを握ると、ネックレスから百万枚の喝采貨が溢れ出た。
ザラザラと溢れる黄金の喝采貨が全て出て小山を作った後、喝采貨はドロドロに溶け、ギュッと集まって一枚のチケットに変化する。
赤い縁取りを持つ黄金のチケット。その表面には燃えるような文字が浮かんでいる。
――特等出演券。
これが“チケットマスター・スレン”の求めるチケットなのだろう。
チケットを差し出すと、“チケットマスター・スレン”はどこからともなく巨大な武器を取り出した。
それは巨大な切符切り鋏と処刑鋏を融合させた異形の鋏型武器だった。
全長は二メートル程。片方の刃は細長く鋭い裁断刃。もう片方は円形の穴が並んだ打刻刃になっている。
鋏を開閉する度にパチン、パチンとまるで改札で切符を切るような乾いた音が鳴る。
それを使って“チケットマスター・スレン”は俺が持つチケットを切ると、それが合図になったのだろう。
ステージは天井からライトアップされ、ステージ周囲に設置された装置から花火が吹き上がる。
どこからともなく音楽も流れ、それに合わせて出現した過去最大数の“スティック・オーディエンス”が両腕を掲げた。
拍手はまだない。
ただ百の円形舞台の中央に立つ俺達を、無数の丸い頭がじっと見つめている。
それは今から始まる芸を今か今かと待っている観客のそれだった。
視線を“チケットマスター・スレン”に戻すと、『これより、最終入場審査を開始します』と言いながら深々と一礼する。
そして手に持つ異形の大型鋏を開き、『途中退場は、ご遠慮下さいませ』と言って、開かれた刃が閉じた。
パチン。
異形の大型鋏が閉じ、俺は咄嗟に身を躱す。
直後、俺がさっきまで立っていた場所に深い斬撃が生じる。僅かに感じた魔力から、異形の大型鋏はマジックアイテムの一種で、閉じると斬撃を発生できるのだろう。
タイムラグも無く、恐らくは指定した場所なら距離も関係なさそうだ。
パチンパチンと連続で開閉される音よりも速く動きながら、開いた距離を埋めていく。
ただ迫るにつれて異形の大型鋏の開閉速度は加速し、十メートルまで近づいた時には一秒間で十回も音が鳴る。
その度に発生する斬撃をギリギリで回避しつつ、手に持つ【オベーション・クラッカー】を使った。
ここで得たマジックアイテムのこいつは、筒口から指向性の爆音と閃光を放つ。
それを“チケットマスター・スレン”の頭部に向けて、一瞬だけ注意を逸らした。
その隙に大量に確保している【ジャグラー・ダガー】を【投擲】しまくる。
【ジャグラー・ダガー】は一度の投擲で五つに分裂するマジックアイテムで、今回俺が投げたのは二十個。つまり分裂した百のダガーが“チケットマスター・スレン”に降り注いだ。
【ジャグリング・ソウル】によって強化されたそれは、本来なら掠り傷をつけるのが精いっぱいの【ジャグラー・ダガー】を、敵を穿つだけの凶器に強化していた。
それを感じ取ったのか“チケットマスター・スレン”は大型鋏だけでなく、その長い腕も使って弾くが、その隙に俺は背後に回り込む。
慌てて大型鋏で攻撃してくるものの、それより先に、【八奇武巡演】で生み出した八種の武器が肉体を襲った。
黒焔を宿した両手剣、黒雷と化した両手斧。穂先が百足のようになった長槍、接触すると全てを圧縮する鉄槌。
チェンソーのようになったチャクラム、魔法金属を水のように切る断頭鋏。攻防一体の鋭利な刃を持つ大盾、巨竜すら容易く穿つ爆裂杭。
それらが突き刺さっても“チケットマスター・スレン”はまだ死んでいないが、すぐには動けない。
その隙を逃さず朱槍を取り出し、全力の突きで心臓を穿つ。
流石に耐えきれなかった肉体は崩れ落ち、その場に死体が出来上がった。
周囲で見ていた“スティック・オーディエンス”達からは拍手喝采が巻き起こった。
[エリアボス“チケットマスター・スレン”の討伐に成功しました]
[初回討伐ボーナスとして宝箱【黄金の喝采】が贈られます]
早速“チケットマスター・スレン”を大型鋏と一緒にバリバリと喰う。
その肉は驚くほど柔らかかった。
噛むとうすい飴細工のような表皮がパリッと割れ、中から少し冷たい肉汁が溢れだす。肉は鴨肉に近く、味はしっかりしているのに脂は軽く、焦がしたバターと燻製ナッツの香ばしさが楽しめた。
少し遅れて白ワインで煮詰めた紅玉チェリーとカラメルのような甘みが残る。
胸元にあるチケットの飾り部分は砂糖をまぶしたパイ生地のようにサクサクとして、噛むたびにシナモンとオレンジピールが香った。
大型鋏は刃の部分は薄く焼き上げた甲殻に近い。噛むとパキンと割れ、中からカニみそのような濃厚な旨味と、燻製塩の香ばしさが広がる。
金色の装飾部分もある持ち手の部分は少し弾力のある軟骨質で、噛む度にコリコリとした触感と胡椒と燻製塩のような味が楽しめた。
甘く、香ばしく、僅かなほろ苦さ。
まるで肉料理とデザートを一皿にまとめたような味だった。
【能力名【アドミッション・シザーズ】のラーニング完了】
【能力名【メイン・パフォーマー】のラーニング完了】
やはりエリアボスは、それぞれの旨さがあって良いものである。
感想 400
この作品の感想を投稿する
みんなの感想(400件)
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
私の息子を“愛人の子の下”にすると言った夫へ──その瞬間、正妻の役目は終わりました
政略結婚で伯爵家に嫁いだ侯爵令嬢リディアは、愛のない夫婦関係を「正妻の務め」と割り切り、赤字だらけの領地を立て直してきた。帳簿を整え、税の徴収を正し、交易路を広げ、収穫が不安定な年には備蓄を回す――伯爵家の体裁を保ってきたのは、いつも彼女の実務だった。
だがある日、夫オスヴァルドが屋敷に連れ帰ったのは“幼馴染”の女とその息子。
「彼女は可哀想なんだ」
「この子を跡取りにする」
そして人前で、平然と言い放つ。
――「君の息子は、愛人の子の“下”で学べばいい」
その瞬間、リディアの中で何かが静かに終わった。怒鳴らない。泣かない。微笑みすら崩さない。
「承知しました。では――正妻の役目は終わりましたね」
魔王を倒した手柄を横取りされたけど、俺を処刑するのは無理じゃないかな
「では罪人よ。おまえはあくまで自分が勇者であり、魔王を倒したと言うのだな?」
「そうそう」
茶番にも飽きてきた。処刑できるというのなら、ぜひやってみてほしい。
無理だと思うけど。
【老化返却】聖女の若さは俺の寿命だった〜回復魔法の代償を肩代わりしていた俺を追放した報いだ。回復のたびに毛が抜け、骨がスカスカになるが良い〜
「寿命を削って回復してやってたのに……感謝すらしないんだな」
聖女パーティの荷物持ち兼回復術師だった俺は、ある日突然パーティを追放された。
理由は「回復魔法のコストが寿命で、もうすぐ死ぬ無能はいらない」という勝手な思い込み。
だが、彼らは知らなかった。
俺の正体が、この世界の生命を司る世界樹の根源そのものだったことを。
俺の寿命は無限であり、俺がパーティにいたからこそ、彼らは「若さ」と「健康」を維持できていたのだ。
「俺がいなくなったら、誰が君たちの老化を止めるの?」
俺がいなくなった途端、聖女たちの身体に異変が起きる。
回復魔法を唱えるたびに、自慢の金髪はバサバサと抜け落ち、肌は土色に。
若さに溺れていた彼女たちは、骨がスカスカになり、杖なしでは歩けない老婆のような姿へと変わり果てていく。
一方、解放された俺は隣国の美少女皇女に拾われ、世界樹の力で枯れた大地を森に変える「現人神」として崇められていた。
「今さら戻ってきて? ……悪いけど、そのハゲ散らかした老婆、誰だっけ?」
すべてを失ってから「俺」の価値に気づいても、もう遅い。
これは、恩を仇で返した連中が、自らの美容と健康を代償に破滅していく物語。
真の皇帝は俺です ~面倒だから幼なじみに帝位を任せていたら、婚約者に捨てられました。正体を明かしたら全員後悔してももう遅い~
皇帝の仕事が面倒だったレインは、信頼する幼なじみアレクシスに表向きの皇帝を任せ、自身は陰から帝国を支えていた。
だがある日、婚約者エミリアは「権力も将来性もない」と彼を見限り婚約破棄を宣言する。
しかし彼女は知らなかった。
帝国を動かしていた真の支配者が誰なのかを。
これは全てを持ちながら隠していた男と、見るべきものを見失った者たちの後悔の物語。
初夜のあとに愛する人がいると言われたので祝福で身体の時間を一日戻しました
夫婦となって初めて迎えた夜、セレンティアは夫リオールから「俺には、愛する人がいる」と告げられる。
彼が初夜を済ませた理由は、三年後に白い結婚として婚姻無効を申し立てられないようにするためだった。
けれどリオールは知らなかった。セレンティアの祝福《一日回帰》が、自分自身の身体にも使えることを。
セレンティアは自分の身体の時間を一日前へ戻し、三年間、侯爵家の妻として務めを果たすことを決める。
夫に愛されるためではない。三年後、白い結婚としてこの家を出ていくために。
【完結】私の出産日に初恋の人を選んだ夫、あなたを彼女に返品します
「子供っぽい嫉妬はやめろ」私が命懸けで出産した日、夫のヴィンセント侯爵は初恋の人の所へ行ってしまった。理由を説明して欲しいと言うと、子供っぽい嫉妬をやめろと厳しい声で言われてしまう。しかも初恋の相手がいきなりやってきて「侯爵様は昔から私を命懸けで助けてくれるんです」と悪びれもせずに言い放った。妻よりも初恋相手を優先する夫は必要ないので私は夫を初恋相手へ返品した。すると生まれてから一度も人に頭を下げたことのないヴィンセントが、ボロボロになって私に頭を下げてきて⋯⋯。
処刑される悪役貴族に転生したので、全財産配って逃げます ~俺が全部手放した瞬間、王国が回らなくなったけどもう遅い~
「ヴァルトハイム伯爵家嫡男ユリウス。貴様の断罪を、ここに宣言する」
断罪の場で、俺は前世の記憶を取り戻した。ここはかつて遊んだノベルゲームの世界で、悪役貴族ユリウスは一年後に処刑される。
冗談じゃない。領地も金も地位も、全部置いて逃げる。それだけを決めた。
ところが、解放した罪人が。配った財産が。放り出したはずの領民が。
なぜか勝手に力をつけて、次々と俺のところへ戻ってくる。
一方その頃、王都では――ユリウスなしで回らない事態が始まっていた。