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第十一話 いけない自覚【前編】※

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 夕食を厨房で済ませたフィリアは、早々に自室に引き上げた。

 今日はソードが厨房へ来ることもなく、平穏そのものだ。
 一人で食べた夕食は少しだけ寂しかった、ような気がしたのは、気のせいだろう。

 ここにソードがいないということは、リーゼロッテのもとにいるのだ。
 まだ、もしかしたらそれぞれの部屋にいるのかもしれないが、近々きっと――。

 いや、すでに今頃、二人は肌を合わせているかもしれない。
 それとももう終えて、抱きしめ合いながら眠っているだろうか。

 ソードは昼間のことがあるので、本番は明日以降かもしれない。
 ぎこちなくもゆっくりと歩み寄る二人の姿を想像して、落ち込んでいる自分を自嘲する。
 
 今朝、二人が幸せになればいいと思っていたのは、嘘だったのか。違う、フィリアは本当に、二人が幸せになることを願っている。

 昼間、ソードに身体を愛撫されて、情事があんなに生々しいものだと知った。リーゼロッテとソードがアレをするのだと思うと、吐きそうになる……だから、こんなにも嫌な気持ちになるのだ。

 あんなことさえ、なければ――。

(……私、言い訳ばっかり)

 結局は、嫌なのだ。
 リーゼロッテとソードが、愛し合って、幸せになることが。
 
 どれだけ二人の幸せを願うと自分に言い聞かせても、醜い独占欲に染まったフィリアは、悔しくて悲しくて、酷く狂暴な気持ちになってしまう。

 幼いころから、リーゼロッテだけが、フィリアをフィリアとして見てくれた。
 だから、彼女のためならば、なんだってしようと決めた。

 なのに、ソードが現れて――昼間、ソードに触れられてから、フィリアのほとんどを占めていたリーゼロッテが陰りを明確にし始めている。
 フィリアのなかの、ソードの存在が大きくなっていく。

 ベッドに寝転んで、唇を噛んだフィリアはふと、己の考えに眉を顰める。

(私、どっちに嫉妬してるの?)

 ソードに嫉妬していた、はずだ。
 彼が、目の前に現れたときから。

 けれど昼間、ソードに触れられ、それが嫌ではないと気づいてしまった。
 思えば、変な男だ。
 使用人に等しいフィリアと話をしようと厨房へきたり、ミーツディ酒場でも、テオスバードに連れていかれたフィリアを血相を変えて助けにきてくれたり。

 乾いた笑いが漏れた。
 ソードは、リーゼロッテの夫なのだ。
 フィリアに対して「使用人ではないだろう」とか「そのままでいい」などと優しい言葉をかけてくれても、彼は既婚者だ。

 今頃になって、ソードの言葉ひとつひとつの気遣いに助けられていたことを知る。

 どうやらフィリアは、どこまでも禁断に走る趣向があるらしい。

(……もう、消えてしまいたい)

 こんな惨めな自分を消してしまえれば、どれだけいいだろう。
 すべての人の記憶からフィリアの存在を抹消して、自分が生まれなかったことにしたい。

(本当に、この屋敷を出ようかな)

 カネもツテもなくここを出て、何もかも忘れて名前を変えて、一人で生きていくのもいい。
 もし生きていけないようなら、ひっそり野垂れ死ぬことになるだろうが、構わなかった。

 随分と今日は、自虐的な気分になる。

 この気分を払拭したくて幸福な妄想に浸ろうとしたけれど、冷えた身体はなかなか温まってくれなかった。

 ふいに、ドアをノックする音がした。
 ぎょっとして身を強張らせる。

 フィリアに用があるときはベルを鳴らすはずだ。
 ベルはパイプを伝い、この部屋まで伝導される仕組みになっている。

 だから、直接誰かがこの部屋にくることはこれまでになかった。

「……リーゼロッテ様?」

 昼間のリーゼロッテの姿を思い出し、急に不安に苛まれた。
 慌ててドアを開けば、そこにあったのは白い質のよいシャツだ。

 見上げると、ソードがいつもの無表情で見下ろしていた。

「あ。……ソード様。呼んでくだされば、私から向かいましたのに」
「いやいい。……入れてくれないか。寒いんだ」

 フィリアは戸惑ったが、ソードに風邪をひかせるわけにはいかない。
 ソードを部屋に招き入れ、ベッドに腰をかけて貰ってから自分用の厚手の毛布を彼の身体にかけた。

 フィリアはドアを遮らないかたちで、彼の斜め前に立つ。
 ソードは辺りを見回して、首を傾げた。

「暖炉はないのか」
「はい。ソード様のお部屋の暖炉を、使えるように明日にでもご準備致しますね。もっと早くご用意するべきでした、申し訳ありません」
「責めているわけではない。……布団はこれだけか」

 フィリアは、ためらいがちに頷いた。
 惨めさを浮き彫りにさせる質問だ。

「……洗濯はしているので綺麗だとは思うのですが、質がよくありません。気持ち悪かったら、外してください」
「いや、借りる。だがお前の分がない」
「私は大丈夫です」

 そう言って微笑んだフィリアの腕を、ソードが掴んだ。
 強い力で引っ張られ、気づけば彼の逞しい胸に収まっていた。

 一瞬の出来事で、フィリアは何が起きたのが理解するまでに時間がかかった。

「あ、あの」
「姿勢が辛いな」

 フィリアを抱きかかえて自らの膝の間に座らせたソードは、毛布で二人一緒に包まると、フィリアの身体を後ろから抱きしめた。
 シャツ越しに感じる体温に、昼間のことを否が応にも思い出してしまう。

 伝わってくる体温と、身体の固さ、カタチ、そして――心音。
 どくんどくんと響いてくる鼓動は、心なしが早い気がする。

(離れないと……早く)

 頭ではわかっているのに、言葉に出来ない。
 フィリアは、なんて卑怯なのだろう。

「……昼間はすまなかった」

 ソードの言葉にとっさに振り返ると、相変わらずの無表情がそこにある。
 目が合うと、ソードは視線をさげた。

「自分でも、どうしてあんなことをしてしまったのかわからないんだ」
「だ、大丈夫です。気にしていません」

 これは嘘だ。
 けれど、あれから意識してしまってます、というほうが恥ずかしく、それ以上に罪深い。

 フィリアは無理やり笑みを作り、ソードへ告げる。

「でもこれで、リーゼロッテ様と結ばれますね」
「なぜ」

 ソードは無感情な目でフィリアを見て、ふいっと視線を反らした。

「あの女とは、何もしていない。女は気持ちが悪い」
「え、でも、昼間はちゃんと、その」

 ソードの表情が陰り、彼は再びフィリアを見つめる。
 ソードのフィリアを抱きしめる手に力がこもった。

「……お前にだけ、反応するようになった」

 息を呑む。

 つまりそれは――リーゼロッテを想っての行為ではなかったということだ。
 反応をしないのを直そうとか、夫婦仲を円満にするためだとか、そういうことではなく。

 ただ、男として性欲を吐き出したかったから。
 フィリアという都合のいい相手を見つけたから、たまたま手を出した。

(……そういう、こと、なの)

 リーゼロッテの幸せが、遠のいてしまった。
 それなのに。
 ソードが、リーゼロッテと肌を合わせないと聞いて、安堵している自分がいる。

 浅ましい自分が恥ずかしくて、俯いて歯を噛みしめた。

「だが、それは昼間の言い訳にはならない。お前に酷いことをした。怖かっただろう」
「……それは」
「なのにお前は、こんな俺を抱きしめてくれた。ミル、お前は優しいな」

 優しくなどない。
 フィリアの行動はいつだって、何かの目的があってのこと。

 それらの目的は自分の都合のよいもので、所詮は全部、自分のためなのだ。

 腰に回されていたソードの手が、ふいに動く。
 寝着のうえから腰や太ももを撫でられ、頭に優しくキスをされる。

「謝りたかった。だから会いにきた。でもそれ以上に、ただお前をこうして抱きしめたかった」

 後ろから強く抱きしめられ、ソードの吐息が耳に当たる。
 ぺろりと耳を舐められて、ぞくりと身体が跳ねた。
 ソードの肌が先ほどより幾分も熱くなっていることに気づく。

「ミル、可愛い」

 ちゅ、と首筋にキスをされ、そのまま吸われる。
 その仕草の何もかもが甘い。

 後ろから回された手が、夜着越しに柔らかな膨らみに触れた。
 二つの膨らみを丹念に揉みしだかれ、ん、と小さく声が漏れる。

(駄目……って、言わないと)

 口をひらいて――閉じた。
 拒絶して、失うのが怖い。
 失うくらいならば、このまま快楽に溺れてしまいたい。

 ソードに惹かれていることを、もはや、否定できない。
 彼の悩みや男らしさ、優しさを知って、とっくに惹かれていたのだ。
 そうでなければ、昼間のようなことがあったというのに、部屋にソードを招きいれるような軽率な真似をするはずがない。

 自分を必要としてくれる人なら誰もいいと、そう思ったけれど、やはり、ソードは特別だ。
 だって、ソードに触れられると嬉しい。
 それだけは、間違いがないのだから。

「可愛い、ミル」

 可愛くない。
 昼間見た鏡に映った自分は、決して可愛くなんかなかった。
 なのに。

「可愛い」

 後ろからフィリアの胸の突起をいじりながら、ソードは熱い吐息とともに繰り返し呟く。
 つんと尖って主張する胸の突起を、ソードは摘まむようにして指の腹で転がした。

「んっ」

 声がこぼれてしまい、ソードが嬉しそうに笑った気配がする。

 ぴちゃぴちゃと音をたてて耳を舐められ、びくりと身体を引くけれど、ソードの腕の中にがっちり抱きかかえられていて身動きが取れない。
 臀部の辺りに、硬くて熱い塊があった。
 昼間あんなに射精したのに、どうしてこんなに膨らんでいるのだろう。

 主婦たちの井戸端会議では、男は射精すると女に興味をなくすだとか、自分だけ気持ちよくなったらもうしないとか、射精して萎えたら数日後に復活するまで身体に触ってもこないとか、そういった類の話ばかりだったのに。

 時折、びくびくと臀部に当たっている昂りが動く。
 窮屈そうに、そしてもどかしそうに、さりげなくフィリアの身体にその硬いものを擦りつけてくる。
 ぐりっ、と押し付けられるたび、ソードは熱い吐息とともに、くぐもった声を漏らした。

 押し付けられた熱やソードの声を聞くたびに、下腹部の奥がじくりと熱を帯びる。
 すでに、じわりと滲み出ている蜜が、フィリアの望みをそのまま現実にしていた。

「すまない、抱きしめるだけのつもりだったのに」

 ソードはそう言うと、フィリアの夜着を捲り上げた。
 冷えた空気が身体に触れて、小さく震える。
 ソードはすぐに毛布をフィリアの身体に掛け、二人でくるまった毛布のなかで、ソードの手が身体を直接這う。

 後ろから、首筋や耳、肩を舐められ、指の腹で突起をこねられ、与えられ続ける刺激に身体をよじる。堪えていたはずの声は、いつの間にか荒い呼吸とともに、熱を持つ吐息へと変わっていた。

「あっ、はぁ……やあっ」
「可愛い、ミル。もっと声を聞かせてくれ」

 柔らかな膨らみの先端がこれ以上ないほどに勃起して、ソードが触れるだけで声を上げてしまうほどに敏感になった頃。
 ソードの手が腹を撫で、そのまま下腹部に伸びた。
 下穿きのなかへ入り込んだごつごつとした男の手が、秘部をそっと撫でる。

「ま、待ってっ」
「すごいな、ぐしょぐしょに濡れてる」

 嬉しそうに言われて、羞恥で頬が熱くなる。
 隠そうと足を閉じるけれど、一度こじ開けられた足は閉じることができない。

「胸をいじっただけなのに、こんなに感じて……本当に可愛いな、ミルは」

 優しい手つきで、けれども力強く襞を撫でる。ぬるぬると蜜を指に絡ませながら全体を撫でいた手が、ぷっくりとした突起を見つけた。
 昼間の「感じるところ」を覚えていたようで、指先がゆるりと肉芽を撫でたかと思うと、いきなり摘ままれた。

「ひゃっ、あああっ、駄目っ」

 突然の快感に、目の前がちかちかした。
 身体が大きく跳ねるけれど、ソードの腕に抱きかかえられているのでベッドから落ちることはない。
 いっそベッドから落ちてしまえば、この甘い空気も霧散するだろうか。

 自分が拒絶すればいいだけなのに、触れてほしいという願望が拒絶の言葉を躊躇わせる。

 ソードはフィリアがリーゼロッテに恋慕に等しい感情を抱いているのを知っていて、可愛いと身体に触れてくれる。

 ただの性欲処理だとしても、必要とされることがこんなに嬉しいなんて思わなかった。

「ここ、気持ちいいんだろう? 昼間もあんなに、蕩けていた」
「言わな、いでっ」
「ここ、さっきより膨らんでいる。気持ちいいんだな、蜜もどんどん溢れてくる」

 肉芽を強く刺激されて、そのたびに身体が快感に震え、足がピンを伸びる。

 ソードの指が、襞を探り始める。
 優しい手つきだが確実に奥へと向かい、隠された蜜壺へと繋がる場所を探り当てた。
 割れ目に指を添わせ、ぐりぐりと膣のなかへ押し込んでいく。

「やっ、そこはっ」
「少しずつだ。……無理やりしたりしない」

 耳を舐められて、身体から力が抜けた。
 その隙に、ソードの指が一本、差し入れられる。
 昼間より、さらに奥へと――。

 ソードがもっと奥へ入りたいとばかりに指をくねらせ、ひっと背中を反らした。
 肉壁をこする違和感と、触れられている心地よさに、身体が力んでしまう。

 こういうとき、力を抜かなければ。
 知識としては知っていたけれど、強張った身体は力んでしまって、力の抜き方がわからない。

「……きついな。指一本でぎちぎちだ。こんなところに、本当に挿るのか」
「ひゃ、あっ」
「だが、これだけ濡れているのだから、ほぐしたら指がもう一本入りそうだ。ミル、お前を壊したくない。だから、少し耐えてくれ」

 ぐりぐりと指で広げられ、痛みに喉をひくつらせる。
 身体が緊張して、ほとんど反射的に痛みから逃げようと、身体を引いてしまう。

 ふいに、ソードの指が止まった。
 ぬちゃっ、という音と共に指を引き抜かれ、擦れた感覚に身体を震わせる。

「あっ」
「……すまない。俺はこういうことに疎くて、どうすればいいのかわからない」

 どうやらフィリアが痛がっているのを感じ取って、引いてくれたらしい。
 本当に困っているようで、戸惑いが伝わってくる。
 ソードの荒い呼吸を、すぐ後ろから感じた。沈黙が降りて、何か言わなければと思うのに、なんと声を掛ければいいのかわからない。

 今日フィリアは、ソードに対して沈黙でいるばかりだ。
 肌に触れられて、駄目、としか言っていないし、自分から求めていると自覚しているのに、それを何一つ見せず、自分のなかに隠しているのだ。

 リーゼロッテに知られたときに、私は何も言っていない。望んでなどいなかった。
――そう言えるように。

 保身にばかり回ってしまう自分が、惨めで情けない。

「……ん」

 ソードが、小さくうめき声をもらして、身じろぎした。
 フィリアの腰辺りに、熱くて硬い欲望が押しつけられる。

「ぁ、はぁ」

 動きを止めては、もぞり、と身体を許す仕草に、思わず微笑んでしまう。
 耐えているのだろう。
 こんなフィリアにも、ソードは優しい……無理やり組み敷いても、ソードの立場が悪くなることなどないのに。屋敷の者が、使用人を慰み者にするなどよくある話だと聞く。

 なのに。
 まるで、大切なもののように扱われたら、勘違いをしてしまいそうだ。

(……私を求めてくれてるのは、事実だもの)

 リーゼロッテの代わりではなく。
 練習でもなく。
 例え、性のはけ口であったとしても、フィリアという一己を、求めてくれている。

 ずっと、リーゼロッテに抱きしめてほしくて、妹として愛してほしくて、寂しいとき程ぬくもりを求めてきた。
 一人で慰めて、ひと時の孤独なぬくもりで満たし、日々を凌いできた。

 これまでの人生、リーゼロッテのためにあった。
 そして――これからもフィリアは、リーゼロッテのためにあるだろう。

 だから、今、このひと時だけ。

(ごめんなさい、リーゼロッテ様)

 リーゼロッテの顔を、無理やり脳裏から追い出した。
 これは紛れもない裏切りだった。
 あれほど愛して止まなかった実の姉を、裏切った瞬間だった。

 心のなかで繰り返し謝り、そして、その謝罪さえ、フィリアのなかから追い出す。

 今は、ソードのこと以外考えないようにしよう。
 今このひと時だけ。

 フィリアは、覚悟を決めた。
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