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5.噂と真実
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先日の顔合わせの後、殿下に喝を入れられた使用人達は不服そうな顔をしながらも、仕事はきちんとこなす様になった。
髪を結う時にわざと引っ張ったり、流行と全然違うドレスしか出さないといった微妙な嫌がらせはされているが。
王宮に奉公に出ているということは、高位貴族のご令嬢だろう。元々の身分が下の私に仕えるのは、不満があるのだと分かってはいるので、気にしない様にしている。
そんな中、準備して向かった軍の馬術場には大勢の人が集まっていた。
風は冷たいが、日中は日差しの暖かさを感じる秋晴れで馬術大会にはうってつけの気候だ。
「次は、ラヴェル殿下。」
進行がそう告げると、白馬に乗った王子様が登場する。
白馬は外周を緩やかに一周すると、大人の男性の高さはありそうな障害物へ体を向き直り、そのまま、速度を上げていく。
そして、軽やかにそれを飛び越え、その勢いのまま残りの障害物も次々とクリアする。
最後にゴールのアーチを潜り抜けると、観戦客から盛大な拍手が上がる。
「あの高さをさすがです」
「馬術では右に出るものはいませんな」
私の近くに座っている貴族の男性達が、彼への賛辞を口にする。
それを、こっそり聞いていると
「観ていてくれた?」と額にうっすら汗をかいた殿下がひょこりと現れる。
「もちろんです!あんな高い障害物を馬に乗って跳ぶところを初めてみました!」と昂ったまま立ち上がり感想を言うと
「そっかぁ。君にかっこいい所を見せられて良かった。」と嬉しそうに笑い、額をぬぐい髪を耳にかける。
なまじ顔が整っているから、ちょっとした仕草も絵になる。
その証拠に、観戦していた高位貴族のお嬢様方が「笑ったわ!」「私もあんな風に微笑まれたい」と黄色い声をあげている。
きっと今まで無意識に、数多のご令嬢を恋に落としてきたに違いない。
そのことを私に向けられる視線の刺々しさが物語っている。
自分に向けられる熱い視線は気にしていない様子で
「私の妃、せっかくなんで一緒に乗馬でもいかがですか?」と小首を傾げて言う。
「もちろんご一緒いたします。ですが、殿下、汗が。このままにしておくと風邪をひいてしまわれます。」
周囲の視線には気づかないふりをしてハンカチを差し出すと
「ん。」と私の顔を覗き込み、『拭いて。』と目で訴えてくる。
あまりご令嬢方を刺激したくはないのだけどと思いつつ、殿下の顔にハンカチを当てていく。
案の定、
「なんで、あんな野暮ったい子が。」
「殿下には、婚約者様もいらっしゃるのに何をお考えなのかしら。」
ヒソヒソと声が上がる。
殿下は声のした方に作り笑いをみせ牽制すると、「じゃあ、行こうか。」と私の手を取る。
馬術場から、私を見定めている様な視線を向けている青年が、いることにこの時は、気づかなかった。
* * *
馬術場の喧騒から離れ王宮の裏に広がる森林の中を馬がゆっくり歩く。
「怖くない?」と背中側から殿下が訊ねてる。
「はい。大丈夫です。」馬が歩く振動で体が揺れそうになるが、殿下が後ろから抱え込む様に乗ってくれているので、怖くはない。
ただ、今まで異性とこんなに密着することがなかったので、緊張で返事がそっけなくなる。
殿下に聞こえてしまうのではないかと思う程、心臓がうるさく音をたてる。
「君は、噂とは全然ちがうね。」と殿下が面白そうに話す。
「噂、ですか?」噂される様な事は心あたりはないが、成り上がりと忌み嫌われているので、あらぬことを好き勝手に言われているのかもしれない。
「うん。商人だったファナー氏は、貧窮している旧男爵の顔を札束で叩きつけて、爵位を奪い取った。とか、その妻や娘は、贅沢三昧。しかも、娘は欲しいと思ったら、人の男でさえも金にものを言わせて奪いとる、って。まぁ、一緒の馬に乗ってるだけで首筋まで真っ赤な子が、人の男をとるなんて、できないよね。」サラリと言われた内容には、驚きだが、それ以上に、言われた今の自分の状況に驚く。
「え!?真っ赤なんて、そんな」慌てて首筋を押さえる
「一生懸命、腕の中で緊張して縮こまっているのに、平静を装おうとしているのが、いじらしくて、ついイジメたくなる。」と頭上からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「殿下、からかわないでください。…それにしても、殿下のお耳にまで、そんな噂が届いていたなんて。父は旧男爵からお願いされて、爵位を買い取っているんですけどね。」
流石にショックで肩を落とすと、
「噂なんて、話す方の都合のいい様に好き勝手に言われてしまう。側妃となった君は、これからもっと酷いことを言われるかもしれない。だから、辛い事があったら迷わず私を頼ってくれ。私には君が必要なんだ。」と優しく言われる。
「ありがとございます。殿下はお優しいですね。」
この人がなぜ私をこれだけ大切にしてくれるのかはわからないが、優しく誠実な人なんだろうと思った。
髪を結う時にわざと引っ張ったり、流行と全然違うドレスしか出さないといった微妙な嫌がらせはされているが。
王宮に奉公に出ているということは、高位貴族のご令嬢だろう。元々の身分が下の私に仕えるのは、不満があるのだと分かってはいるので、気にしない様にしている。
そんな中、準備して向かった軍の馬術場には大勢の人が集まっていた。
風は冷たいが、日中は日差しの暖かさを感じる秋晴れで馬術大会にはうってつけの気候だ。
「次は、ラヴェル殿下。」
進行がそう告げると、白馬に乗った王子様が登場する。
白馬は外周を緩やかに一周すると、大人の男性の高さはありそうな障害物へ体を向き直り、そのまま、速度を上げていく。
そして、軽やかにそれを飛び越え、その勢いのまま残りの障害物も次々とクリアする。
最後にゴールのアーチを潜り抜けると、観戦客から盛大な拍手が上がる。
「あの高さをさすがです」
「馬術では右に出るものはいませんな」
私の近くに座っている貴族の男性達が、彼への賛辞を口にする。
それを、こっそり聞いていると
「観ていてくれた?」と額にうっすら汗をかいた殿下がひょこりと現れる。
「もちろんです!あんな高い障害物を馬に乗って跳ぶところを初めてみました!」と昂ったまま立ち上がり感想を言うと
「そっかぁ。君にかっこいい所を見せられて良かった。」と嬉しそうに笑い、額をぬぐい髪を耳にかける。
なまじ顔が整っているから、ちょっとした仕草も絵になる。
その証拠に、観戦していた高位貴族のお嬢様方が「笑ったわ!」「私もあんな風に微笑まれたい」と黄色い声をあげている。
きっと今まで無意識に、数多のご令嬢を恋に落としてきたに違いない。
そのことを私に向けられる視線の刺々しさが物語っている。
自分に向けられる熱い視線は気にしていない様子で
「私の妃、せっかくなんで一緒に乗馬でもいかがですか?」と小首を傾げて言う。
「もちろんご一緒いたします。ですが、殿下、汗が。このままにしておくと風邪をひいてしまわれます。」
周囲の視線には気づかないふりをしてハンカチを差し出すと
「ん。」と私の顔を覗き込み、『拭いて。』と目で訴えてくる。
あまりご令嬢方を刺激したくはないのだけどと思いつつ、殿下の顔にハンカチを当てていく。
案の定、
「なんで、あんな野暮ったい子が。」
「殿下には、婚約者様もいらっしゃるのに何をお考えなのかしら。」
ヒソヒソと声が上がる。
殿下は声のした方に作り笑いをみせ牽制すると、「じゃあ、行こうか。」と私の手を取る。
馬術場から、私を見定めている様な視線を向けている青年が、いることにこの時は、気づかなかった。
* * *
馬術場の喧騒から離れ王宮の裏に広がる森林の中を馬がゆっくり歩く。
「怖くない?」と背中側から殿下が訊ねてる。
「はい。大丈夫です。」馬が歩く振動で体が揺れそうになるが、殿下が後ろから抱え込む様に乗ってくれているので、怖くはない。
ただ、今まで異性とこんなに密着することがなかったので、緊張で返事がそっけなくなる。
殿下に聞こえてしまうのではないかと思う程、心臓がうるさく音をたてる。
「君は、噂とは全然ちがうね。」と殿下が面白そうに話す。
「噂、ですか?」噂される様な事は心あたりはないが、成り上がりと忌み嫌われているので、あらぬことを好き勝手に言われているのかもしれない。
「うん。商人だったファナー氏は、貧窮している旧男爵の顔を札束で叩きつけて、爵位を奪い取った。とか、その妻や娘は、贅沢三昧。しかも、娘は欲しいと思ったら、人の男でさえも金にものを言わせて奪いとる、って。まぁ、一緒の馬に乗ってるだけで首筋まで真っ赤な子が、人の男をとるなんて、できないよね。」サラリと言われた内容には、驚きだが、それ以上に、言われた今の自分の状況に驚く。
「え!?真っ赤なんて、そんな」慌てて首筋を押さえる
「一生懸命、腕の中で緊張して縮こまっているのに、平静を装おうとしているのが、いじらしくて、ついイジメたくなる。」と頭上からクスクスと笑い声が聞こえてくる。
「殿下、からかわないでください。…それにしても、殿下のお耳にまで、そんな噂が届いていたなんて。父は旧男爵からお願いされて、爵位を買い取っているんですけどね。」
流石にショックで肩を落とすと、
「噂なんて、話す方の都合のいい様に好き勝手に言われてしまう。側妃となった君は、これからもっと酷いことを言われるかもしれない。だから、辛い事があったら迷わず私を頼ってくれ。私には君が必要なんだ。」と優しく言われる。
「ありがとございます。殿下はお優しいですね。」
この人がなぜ私をこれだけ大切にしてくれるのかはわからないが、優しく誠実な人なんだろうと思った。
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