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二章 帰還
第13話 招待
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私の元へは婚姻の話と貴族たちとの宴の話ばかり舞い込んできていた。
まるで行き遅れの娘を追い出したいかのように、度々、ヒルメルン卿から打診を受けていた。もちろん、彼としてはあの東の蛮族との良い話を期待しているのだろう。
金緑と青鋼は民の支持を集めるため、王都近辺での活動ばかり。団長不在でも何の問題も無いお役目ばかりだろう。最初の七日くらいはよかった。彼らとしても休暇が欲しかったからだ。ただ、十日が過ぎ、半月が過ぎてくると、未だに配置先さえ明言されず、民衆相手に笑顔を振りまくだけの役目に飽きてきたのだ。
「我々は四年間も遠征に従事したんだ。ふた月や三月、遊んで暮らしても構うまい」
そう言ってウィカルデたちを説得していた。
ただ、現状はそこまでのんびりしている訳にもいかなかった。
未だ旧魔王領には不安の種が残っていたし、そこに隣接する辺境も同様だった。
◇◇◇◇◇
「赤銅が手を焼いてると? 精鋭の魔術師たちだろう」
辺境からはそんな報告が入ってきていた。
魔王の産み堕とした化け物どもが未だに残っていて、それらが領内を荒しているという。
統治は王都に居る土地なし貴族――確か王の庶子だかに任されている。
「そうですが、赤銅の殆どは元訓練兵です。若い上に戦場では青鋼に常に守られておりました。慣れていない掃討戦で負傷する者も多く――」
「負傷者が出たのか!? 死者は?」
「死者は幸い出ておりません」
「そうか、よかった」
「ただ、領内の兵士や民には死者が出ております」
私個人としては共に戦った仲間たちの方が心配だったが、立場上、領地の民は守らなくてはならない。
「金緑か青鋼を率いて辺境に向かえるよう提言しておこう」
「助かります」
その後、ヒルメルン卿を通して陛下に辺境への遠征を提言しておいた。
さすがに国内の危機とあれば動かざるを得ないだろう。
◇◇◇◇◇
「エリン、顔色が優れないぞ。ちゃんと眠れているのか?」
ジルコワルが城の廊下で私を見かけるなり声を掛けてきた。
彼とはしばらくの間、顔を合わせていなかった。先日のオーゼについての報告の後、私が彼を避けていたのもあったが、そのまま彼は辺境へ視察に行ってしまっていた。おそらく先ほどの報告と共に帰ってきたばかりなのだろう。
「――実は旅の商人から希少な南方の香辛料を手に入れたのだ。最近、王都にも少しずつだが入って来ていて貴族たちにも人気なんだ」
「意外だな。ジルコワルにそんな知識があるとは」
「ああ、意外だろう? これでも独り身が長くて料理もできるんだ。ああ、そうだ、今度屋敷に来ないか? ご馳走してやろう」
「いや、そういうのは……」
オーゼのことで消沈していた私は、男と二人きりになるのを以前にも増して避けていた。オーゼには戻ってきて謝って欲しかったのに、もう既に女が居る? 私に手を出しておきながら? なぜ? 男とはそういうものなの?――と幾度となく思い、悩んでいた。
「何ならウィカルデも恋人と一緒に誘おう」
逡巡していた私にジルコワルはそう言ってきた。
「そういうことなら……」
私はジルコワルの招待に応じた。
◇◇◇◇◇
ジルコワルは屋敷を買っていた。長く傭兵をしていたとかで家を持つのが夢だったという。報酬もほとんどこの屋敷に費やしたとか。
私は侍女のリスリを伴って彼の屋敷を尋ねていた。
来客用の控室に通される。私には価値はわからないが、確かに値の張りそうな調度品が並ぶ。中にはこの辺りでは見かけないような装飾、異国風の調度品まである。
「母は外国の人間でね、そういったものは何となく母を思い出すんだ」
その異国風の調度品を眺めていると、いつの間にかやってきたジルコワルが話しかけてきた。
「それは初耳ですね」
「母は早くに亡くなったし、父はどこの誰とやら。そんなこと、わざわざ話すようなことでもないからね」
「そうでしたか。申し訳ない」
「いや、エリンにはいつか知ってもらいたかったから構わないさ」
その後、彼の調度品自慢を聞かされた。報酬をほとんどつぎ込んだというだけのことはあった。それにしてもいつの間にこんなにたくさん買いつけてきたのだろうか。
◇◇◇◇◇
「おや、ウィカルデたちが到着したようだ。せっかくの二人の時間だったのに」
屋敷の使用人が来客を伝えてきた。
私も少しだけ、気が紛れたのを感じられた。
「では行こうか」
彼は腕を差し出してくる。
なんとなく流れでエスコートされてしまう。
ジルコワルはこういうところの扱いが上手い。
「おや、団長。今日はずいぶんと機嫌が宜しいのですね」
私と同じように恋人にエスコートされてきたウィカルデ。
私は急に恥ずかしくなり、慌てて手を解く。
「きょ、今日はお招きを頂きありがとうございます! 団長たちとご一緒できるのは光栄であります!」
団員式の敬礼をしてくるウィカルデの恋人。
「今日は平服だ。寛いでくれればいい。それに君はウィカルデの恋人なのだろう? どっしり構えたまえ」
ジルコワルがそう告げるとまた礼を団員式に。
ウィカルデが口を挟み笑う二人。いいな……。
◇◇◇◇◇
「えっ、アシスは白銀に居たんですか?」
食事の場で私はウィカルデの恋人にそう話しかけた。ウィカルデの恋人はアシスという魔術師。なるほど、確かに腕っぷしはウィカルデの方が強いだろう。アシスもそれほど我の強い感じの男ではなく、優し気な雰囲気ではあった。
「はい、ルシア様に喚起魔術も教わりましたが、どうも付与魔術の方が向いておりまして、団長殿に敵集団の動向支配の術を叩き込まれました」
「オーゼにですか……」
そう言うとウィカルデが眉を顰めてアシスを小突き、アシスも気まずそうな顔をする。
「いや、そうではないのです。白銀に居るときのオーゼがどんなだったか今更気になって……」
「ええと……オ、オーゼ殿はなかなかに厳しい方でいらっしゃいまして、入団当時はギリギリまで体力を使って走らされました。動けなくなるまで走った後で、魔法は使えるかと聞かれ、まだ使えるようだともっと走って来いなどと……」
「それは魔術師相手になかなか手厳しいな」――とウィカルデ。
「ただその、魔力を体力に回して走り続けるというやり方を教わりまして、結局、のちのちの行軍や連戦でそれが活きてきまして、必要な時に必要な場所まで的確に魔法を運ぶのが我々の役目だと言うことを思い知らされました」
「魔術師はただの荷運び役と?」――あまりにオーゼらしくて聞いてみた。
「はい、そう教わりました。そのためには健康に生き、戦場では足を活かして生き残れと」
確かに白銀は最初の攻城戦以外での人員の損耗が極めて少ない。
「――団長……いえ、オーゼ殿の――行け――の掛け声は身が引き締まります。今でもあれを聞いたら奮い立つでしょうね」
「魔法の運ぶのが役目と言う割にはオーゼ自身はほとんど魔法を使わなかったですよね……」
何となく当時を思い出してしまう。
「え? オーゼ殿はかなり魔法を使っておられましたよ?」
「そうなのですか!?」
「ええ。毎回、敵の領地へ説得に行くたび魔法を使い過ぎたご様子で、体力に回す魔力さえ残っていなかったように見えました」
そんな話は初めて聞いた。
――いや、私が知ろうとしなかっただけではないのか?
私はオーゼに距離を取られたのに、追おうとさえしなかったのだ。
自分の周りのことで精一杯で、離れるに任せていた。
――オーゼが辛そうにしていた時、自分は何と考えた?
どうしてオーゼはこんなに弱くなってしまったのか――などと馬鹿馬鹿しい。
彼は容易に敵兵の集団を無力化させたし、弱くなったのであればあの千の剣の怪物を倒した一撃の付与はいったい何だったというのだ。
その後、屋敷での料理の味も会話の内容も記憶に残らず、気付くとリスリに着替えさせられ、自分のベッドの上だった。
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エリンの想いがようやく揺れ動き始めます。
まるで行き遅れの娘を追い出したいかのように、度々、ヒルメルン卿から打診を受けていた。もちろん、彼としてはあの東の蛮族との良い話を期待しているのだろう。
金緑と青鋼は民の支持を集めるため、王都近辺での活動ばかり。団長不在でも何の問題も無いお役目ばかりだろう。最初の七日くらいはよかった。彼らとしても休暇が欲しかったからだ。ただ、十日が過ぎ、半月が過ぎてくると、未だに配置先さえ明言されず、民衆相手に笑顔を振りまくだけの役目に飽きてきたのだ。
「我々は四年間も遠征に従事したんだ。ふた月や三月、遊んで暮らしても構うまい」
そう言ってウィカルデたちを説得していた。
ただ、現状はそこまでのんびりしている訳にもいかなかった。
未だ旧魔王領には不安の種が残っていたし、そこに隣接する辺境も同様だった。
◇◇◇◇◇
「赤銅が手を焼いてると? 精鋭の魔術師たちだろう」
辺境からはそんな報告が入ってきていた。
魔王の産み堕とした化け物どもが未だに残っていて、それらが領内を荒しているという。
統治は王都に居る土地なし貴族――確か王の庶子だかに任されている。
「そうですが、赤銅の殆どは元訓練兵です。若い上に戦場では青鋼に常に守られておりました。慣れていない掃討戦で負傷する者も多く――」
「負傷者が出たのか!? 死者は?」
「死者は幸い出ておりません」
「そうか、よかった」
「ただ、領内の兵士や民には死者が出ております」
私個人としては共に戦った仲間たちの方が心配だったが、立場上、領地の民は守らなくてはならない。
「金緑か青鋼を率いて辺境に向かえるよう提言しておこう」
「助かります」
その後、ヒルメルン卿を通して陛下に辺境への遠征を提言しておいた。
さすがに国内の危機とあれば動かざるを得ないだろう。
◇◇◇◇◇
「エリン、顔色が優れないぞ。ちゃんと眠れているのか?」
ジルコワルが城の廊下で私を見かけるなり声を掛けてきた。
彼とはしばらくの間、顔を合わせていなかった。先日のオーゼについての報告の後、私が彼を避けていたのもあったが、そのまま彼は辺境へ視察に行ってしまっていた。おそらく先ほどの報告と共に帰ってきたばかりなのだろう。
「――実は旅の商人から希少な南方の香辛料を手に入れたのだ。最近、王都にも少しずつだが入って来ていて貴族たちにも人気なんだ」
「意外だな。ジルコワルにそんな知識があるとは」
「ああ、意外だろう? これでも独り身が長くて料理もできるんだ。ああ、そうだ、今度屋敷に来ないか? ご馳走してやろう」
「いや、そういうのは……」
オーゼのことで消沈していた私は、男と二人きりになるのを以前にも増して避けていた。オーゼには戻ってきて謝って欲しかったのに、もう既に女が居る? 私に手を出しておきながら? なぜ? 男とはそういうものなの?――と幾度となく思い、悩んでいた。
「何ならウィカルデも恋人と一緒に誘おう」
逡巡していた私にジルコワルはそう言ってきた。
「そういうことなら……」
私はジルコワルの招待に応じた。
◇◇◇◇◇
ジルコワルは屋敷を買っていた。長く傭兵をしていたとかで家を持つのが夢だったという。報酬もほとんどこの屋敷に費やしたとか。
私は侍女のリスリを伴って彼の屋敷を尋ねていた。
来客用の控室に通される。私には価値はわからないが、確かに値の張りそうな調度品が並ぶ。中にはこの辺りでは見かけないような装飾、異国風の調度品まである。
「母は外国の人間でね、そういったものは何となく母を思い出すんだ」
その異国風の調度品を眺めていると、いつの間にかやってきたジルコワルが話しかけてきた。
「それは初耳ですね」
「母は早くに亡くなったし、父はどこの誰とやら。そんなこと、わざわざ話すようなことでもないからね」
「そうでしたか。申し訳ない」
「いや、エリンにはいつか知ってもらいたかったから構わないさ」
その後、彼の調度品自慢を聞かされた。報酬をほとんどつぎ込んだというだけのことはあった。それにしてもいつの間にこんなにたくさん買いつけてきたのだろうか。
◇◇◇◇◇
「おや、ウィカルデたちが到着したようだ。せっかくの二人の時間だったのに」
屋敷の使用人が来客を伝えてきた。
私も少しだけ、気が紛れたのを感じられた。
「では行こうか」
彼は腕を差し出してくる。
なんとなく流れでエスコートされてしまう。
ジルコワルはこういうところの扱いが上手い。
「おや、団長。今日はずいぶんと機嫌が宜しいのですね」
私と同じように恋人にエスコートされてきたウィカルデ。
私は急に恥ずかしくなり、慌てて手を解く。
「きょ、今日はお招きを頂きありがとうございます! 団長たちとご一緒できるのは光栄であります!」
団員式の敬礼をしてくるウィカルデの恋人。
「今日は平服だ。寛いでくれればいい。それに君はウィカルデの恋人なのだろう? どっしり構えたまえ」
ジルコワルがそう告げるとまた礼を団員式に。
ウィカルデが口を挟み笑う二人。いいな……。
◇◇◇◇◇
「えっ、アシスは白銀に居たんですか?」
食事の場で私はウィカルデの恋人にそう話しかけた。ウィカルデの恋人はアシスという魔術師。なるほど、確かに腕っぷしはウィカルデの方が強いだろう。アシスもそれほど我の強い感じの男ではなく、優し気な雰囲気ではあった。
「はい、ルシア様に喚起魔術も教わりましたが、どうも付与魔術の方が向いておりまして、団長殿に敵集団の動向支配の術を叩き込まれました」
「オーゼにですか……」
そう言うとウィカルデが眉を顰めてアシスを小突き、アシスも気まずそうな顔をする。
「いや、そうではないのです。白銀に居るときのオーゼがどんなだったか今更気になって……」
「ええと……オ、オーゼ殿はなかなかに厳しい方でいらっしゃいまして、入団当時はギリギリまで体力を使って走らされました。動けなくなるまで走った後で、魔法は使えるかと聞かれ、まだ使えるようだともっと走って来いなどと……」
「それは魔術師相手になかなか手厳しいな」――とウィカルデ。
「ただその、魔力を体力に回して走り続けるというやり方を教わりまして、結局、のちのちの行軍や連戦でそれが活きてきまして、必要な時に必要な場所まで的確に魔法を運ぶのが我々の役目だと言うことを思い知らされました」
「魔術師はただの荷運び役と?」――あまりにオーゼらしくて聞いてみた。
「はい、そう教わりました。そのためには健康に生き、戦場では足を活かして生き残れと」
確かに白銀は最初の攻城戦以外での人員の損耗が極めて少ない。
「――団長……いえ、オーゼ殿の――行け――の掛け声は身が引き締まります。今でもあれを聞いたら奮い立つでしょうね」
「魔法の運ぶのが役目と言う割にはオーゼ自身はほとんど魔法を使わなかったですよね……」
何となく当時を思い出してしまう。
「え? オーゼ殿はかなり魔法を使っておられましたよ?」
「そうなのですか!?」
「ええ。毎回、敵の領地へ説得に行くたび魔法を使い過ぎたご様子で、体力に回す魔力さえ残っていなかったように見えました」
そんな話は初めて聞いた。
――いや、私が知ろうとしなかっただけではないのか?
私はオーゼに距離を取られたのに、追おうとさえしなかったのだ。
自分の周りのことで精一杯で、離れるに任せていた。
――オーゼが辛そうにしていた時、自分は何と考えた?
どうしてオーゼはこんなに弱くなってしまったのか――などと馬鹿馬鹿しい。
彼は容易に敵兵の集団を無力化させたし、弱くなったのであればあの千の剣の怪物を倒した一撃の付与はいったい何だったというのだ。
その後、屋敷での料理の味も会話の内容も記憶に残らず、気付くとリスリに着替えさせられ、自分のベッドの上だった。
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エリンの想いがようやく揺れ動き始めます。
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