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二章 帰還
第14話 峠越え 1
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「ルシア、右手に一団が回ったぞ。気をつけろ」
領地の境界となる峠はそれほど急な山道ではない。女神様が切り開いた道を通りさえすれば比較的緩やかな傾斜を抜けて隣の領地に辿り着く。同じ国の中なら領地境には十人と詰められない砦しかない場合も多い。そして周辺が開けている分、こういった小さな生き物の隠れ家となってしまう。
「森の中で火球がちゃんと当たらない!」
ガサガサと藪を移動する集団目がけて火球を確実に叩きこんだはずが、一匹二匹に当たるだけで何故かまともに当たっていない。多少は数を削ぐことができているが、他の魔術師たちも上手く当てられていなかった。
「来たぞ、やつら一撃離脱する。しっかり当てろよ」
ガネフを始めとした戦士たちの壁が私たちの前で築かれる。
飛び出してきたのは緑色の子供のような怪物。鋭い武器を持ち、耳が長く尻尾がある。それが六体。それらがガネフたちにまともにぶつかる――かのように見えた。
ぶつかる直前で消えた怪物たちは、一瞬後に十尺ほど離れた私たちの目の前に現れ、斬りかかってきた。
――位相ずらしだ! 隣り合う世界に行き来できうる怪物。そんな怪物が伝説では存在している。
致命傷を避けはしたものの、肩に痛みが走る。
他の魔術師や弓を持った戦士たちも一撃を受けている。
「ギャッ」
「きゃあ!」
味方の悲鳴と共に、小さな怪物は一撃を与えるとそのまま反対側に駆け抜けて森に逃げる。
おそらく、連続してはあの消えたり出たりを繰り返せないのだろう。
「ちょこまかと腹立つわね!」
「地母神の乳飲み子だ。妖精界に一瞬飛んで跳躍する」
兄が魔占術を使い敵の正体を暴く。
「団長、ミルゴサって牛乳一皿で一晩中働いてくれる妖精じゃねえのかよ」
「そういう話らしいがな。だが、目の前のあれは地母神と一緒に堕ちたやつだろう」
「ぜんぜん乳飲み子なんかじゃないじゃない!」
今まで、地母神の化け物どもはみな真っ黒い体をしていたが、先程のミルゴサは緑色をしていた。魔王が死んで変わったのだろうか。
「まあいいわ。火球があまり当たらない理由はわかったから、みんな、コンパクトな魔法で確実に仕留めるわよ」
魔術師たちに指示を出す。動きは速いけれど一匹ずつ狙った方が確実だ。
私は詠唱を完了させた傍から新たな詠唱を次々重ねる。
「おいおい、そいつのどこがコンパクトな魔法なんだよ」
私が詠唱を終える度に光弾が次から次へと生成され、無数の光弾が私の周囲に漂う。
「コンパクトよ。そんなに威力はないし」
ミルゴサの集団が再び現れたところを最初の光弾で狙った。果たして光弾を跳躍で躱すミルゴサ。そこへ更なる光弾と味方の魔術師たちの小魔法が襲う。
次々と光弾に弾かれ、悲鳴を上げながら宙を舞う幾体かのミルゴサ。
別のミルゴサたちは小魔法で転倒したところを戦士たちに止めをさされる。
さらに他のミルゴサの集団が襲い来るも、要領を得たフクロウは確実にミルゴサを排除していく。戦士たちも跳躍する距離を把握し、連携を確立させて仕留めていく。
またたく間にミルゴサの一団は全滅した。
ミルゴサの死体が散らばるが、地母神の産み堕とした化け物のように消えてなくならない。若い魔術師たちが持ち帰って調べると言っている。
「跳躍を封じられれば大したこと無いですね、兄さん」
「だが、領民には厄介な相手だ。できるだけ排除していこう」
兄の言う通り、誰かを守りながら戦えるような相手ではない。
峠で遭遇したミルゴサは片っ端から魔法の光弾で排除していった。幸か不幸かミルゴサたちは非常に好戦的だったため、目立つ私たちの一団は次々と狙われ、多くのミルゴサを排除できたはずだ。
◇◇◇◇◇
「あらルシア、肩の所切れてますよ。あとで縫ってあげますね」
ミルーシャが肩に触れてくる。一瞬、怪我があることを想い出して私は身を引いてしまったが、何故か痛みはない。
あれ?――自分で触れてみたけれど痛みがなかった。血の跡はあるのに。
以前、エリン姉さまは自分の魔力で自身の体の負傷を治していたことがあった。けれど私はその真似事をしてものすごく魔力を使ってしまった。だから無意識に治したと言うことはまず考えられない。
「あれ? ゲインヴ、あんたさっき斬られてなかった?」
「あたしですかい? ああ、そりゃあ地母神様の加護がありやしたもんで!」
「ハァ? 揶揄ってんの?」
「めっそうもありやせん! へへっ、実はここだけの話、あたしらにはマジに地母神様の加護がついておりやす」
ゲインヴはそう言って意味ありげに声を潜めてきた。
「マジに?」
「マジに」
「おいおいルシア、あまりフクロウに染まるなよ。口が悪くなったら父上に申し訳が立たん」
◇◇◇◇◇
「まさか峠を越えてきたのか? どこの隊商だ」
峠の砦は無人だった。その峠を越えていくつか小さな谷を通ればすぐに町に入る。馬車の一団は遠くからでも見えたのだろう。既に町の入口には兵士が集まっていた。
「怪物はどうした? かなりの数がいたはずだが?」
「あたしらの団長の妹君がちょちょーいで伸しちまいやした」
ゲインヴが通り過ぎる馬車の横で兵士の相手をしている。
「何を馬鹿なことを、あれはかなり厄介な怪物だったぞ」
「ええ、彼の言う通りです。赤銅でも手を焼くほどですよ。いったいどうやって――」
「赤銅も落ちたモノね。あのくらい、一度見たら対処できるでしょ」
私の言葉に振り向いた若い魔術師。彼は私を見るや目を輝かせる。
「だ、団長っ!!」
「ミヘイユ、久しぶりね。元気にしてた? あと団長はルハカでしょ?」
「そ、それがですね、一期生で居たでしょう。団長は覚えてないかもしれませんが、貴族の嫡男だったロデンって男が」
「ああ、あいつね。エリン姉さまに懸想してた」
「この領地を任された貴族の嫡男がそのロデンだったんですよ。それで今、赤銅の団長にそいつがねじ込まれてて……」
「なんですって!?」
ひっ――と首を縮こまらせるミヘイユ。
「兄さん、領都には寄りますよね?」
「いや、寄らんが」
領地内の領主の館がある町は例え小さくとも領都と呼ばれている。
中にはうちの領地のようにただの田園風景が広がるだけの場所もあるけど。
「ええっ!? ちょっと領主に文句言ってやりたいんですけど!?」
「問題を起こさんでくれ……」
「だって赤銅が!」
「もうお前の戦士団では無いんだから……」
確かにそうだ。けれど……。
「ちょっと私、領都までルハカの様子を見に行ってきますので。あとでちゃんと追いつきますから」
「構わんが、あまり面倒ごとを起こすなよ。ガネフ、誰かつけてやってくれ」
◇◇◇◇◇
「気を付けてくださいね。加護があってもルシアは女の子なんだから」
ミルーシャは私が単独行動をすると聞き、心配してやってきた。
「大丈夫よ。ギードラがついてくれるし、ミヘイユにも案内を頼むから」
「それでも気を付けて」
「ちょ、ちょっと!」
「地母神様のご加護を……」
ミルーシャは私を抱きしめてきた。
王都を出てから毎日彼女と同じテントで寝ているから彼女との触れ合いには慣れてきたし、すっかり彼女とは打ち解けていた。けれど、まだ人目のある所では恥ずかしかった。旅立ちを心配されている子供の様で。
ミヘイユの案内でカートを走らせる。二人乗りならゆったりだけど、三人乗るとさすがにいっぱいいっぱい。四輪のワゴンと違って二輪のカートは軽快だけど、その分乗り心地は悪い。途中の町で馬を替えられたのは、この地を守る赤銅の特権だろう。
私たちは強行軍を強いて日が落ちる頃には領都へ辿り着いた。
--
ミルゴサ(milgosa)は適当に作った妖精です。『かみさまなんてことを』と分けるためにこちらの世界の怪物はできるだけオリジナルにする予定です。
ミルク一皿で働くので、要は家に住み着くホブゴブリンですね。拙作中のホブゴブリンは隣接する妖精界に隠れたりするので、それをちょっと攻撃的にして、ついでに能力を生かして一撃離脱できるように尻尾をつけて走るのに向くようにしました。ラプトルみたく。
領地の境界となる峠はそれほど急な山道ではない。女神様が切り開いた道を通りさえすれば比較的緩やかな傾斜を抜けて隣の領地に辿り着く。同じ国の中なら領地境には十人と詰められない砦しかない場合も多い。そして周辺が開けている分、こういった小さな生き物の隠れ家となってしまう。
「森の中で火球がちゃんと当たらない!」
ガサガサと藪を移動する集団目がけて火球を確実に叩きこんだはずが、一匹二匹に当たるだけで何故かまともに当たっていない。多少は数を削ぐことができているが、他の魔術師たちも上手く当てられていなかった。
「来たぞ、やつら一撃離脱する。しっかり当てろよ」
ガネフを始めとした戦士たちの壁が私たちの前で築かれる。
飛び出してきたのは緑色の子供のような怪物。鋭い武器を持ち、耳が長く尻尾がある。それが六体。それらがガネフたちにまともにぶつかる――かのように見えた。
ぶつかる直前で消えた怪物たちは、一瞬後に十尺ほど離れた私たちの目の前に現れ、斬りかかってきた。
――位相ずらしだ! 隣り合う世界に行き来できうる怪物。そんな怪物が伝説では存在している。
致命傷を避けはしたものの、肩に痛みが走る。
他の魔術師や弓を持った戦士たちも一撃を受けている。
「ギャッ」
「きゃあ!」
味方の悲鳴と共に、小さな怪物は一撃を与えるとそのまま反対側に駆け抜けて森に逃げる。
おそらく、連続してはあの消えたり出たりを繰り返せないのだろう。
「ちょこまかと腹立つわね!」
「地母神の乳飲み子だ。妖精界に一瞬飛んで跳躍する」
兄が魔占術を使い敵の正体を暴く。
「団長、ミルゴサって牛乳一皿で一晩中働いてくれる妖精じゃねえのかよ」
「そういう話らしいがな。だが、目の前のあれは地母神と一緒に堕ちたやつだろう」
「ぜんぜん乳飲み子なんかじゃないじゃない!」
今まで、地母神の化け物どもはみな真っ黒い体をしていたが、先程のミルゴサは緑色をしていた。魔王が死んで変わったのだろうか。
「まあいいわ。火球があまり当たらない理由はわかったから、みんな、コンパクトな魔法で確実に仕留めるわよ」
魔術師たちに指示を出す。動きは速いけれど一匹ずつ狙った方が確実だ。
私は詠唱を完了させた傍から新たな詠唱を次々重ねる。
「おいおい、そいつのどこがコンパクトな魔法なんだよ」
私が詠唱を終える度に光弾が次から次へと生成され、無数の光弾が私の周囲に漂う。
「コンパクトよ。そんなに威力はないし」
ミルゴサの集団が再び現れたところを最初の光弾で狙った。果たして光弾を跳躍で躱すミルゴサ。そこへ更なる光弾と味方の魔術師たちの小魔法が襲う。
次々と光弾に弾かれ、悲鳴を上げながら宙を舞う幾体かのミルゴサ。
別のミルゴサたちは小魔法で転倒したところを戦士たちに止めをさされる。
さらに他のミルゴサの集団が襲い来るも、要領を得たフクロウは確実にミルゴサを排除していく。戦士たちも跳躍する距離を把握し、連携を確立させて仕留めていく。
またたく間にミルゴサの一団は全滅した。
ミルゴサの死体が散らばるが、地母神の産み堕とした化け物のように消えてなくならない。若い魔術師たちが持ち帰って調べると言っている。
「跳躍を封じられれば大したこと無いですね、兄さん」
「だが、領民には厄介な相手だ。できるだけ排除していこう」
兄の言う通り、誰かを守りながら戦えるような相手ではない。
峠で遭遇したミルゴサは片っ端から魔法の光弾で排除していった。幸か不幸かミルゴサたちは非常に好戦的だったため、目立つ私たちの一団は次々と狙われ、多くのミルゴサを排除できたはずだ。
◇◇◇◇◇
「あらルシア、肩の所切れてますよ。あとで縫ってあげますね」
ミルーシャが肩に触れてくる。一瞬、怪我があることを想い出して私は身を引いてしまったが、何故か痛みはない。
あれ?――自分で触れてみたけれど痛みがなかった。血の跡はあるのに。
以前、エリン姉さまは自分の魔力で自身の体の負傷を治していたことがあった。けれど私はその真似事をしてものすごく魔力を使ってしまった。だから無意識に治したと言うことはまず考えられない。
「あれ? ゲインヴ、あんたさっき斬られてなかった?」
「あたしですかい? ああ、そりゃあ地母神様の加護がありやしたもんで!」
「ハァ? 揶揄ってんの?」
「めっそうもありやせん! へへっ、実はここだけの話、あたしらにはマジに地母神様の加護がついておりやす」
ゲインヴはそう言って意味ありげに声を潜めてきた。
「マジに?」
「マジに」
「おいおいルシア、あまりフクロウに染まるなよ。口が悪くなったら父上に申し訳が立たん」
◇◇◇◇◇
「まさか峠を越えてきたのか? どこの隊商だ」
峠の砦は無人だった。その峠を越えていくつか小さな谷を通ればすぐに町に入る。馬車の一団は遠くからでも見えたのだろう。既に町の入口には兵士が集まっていた。
「怪物はどうした? かなりの数がいたはずだが?」
「あたしらの団長の妹君がちょちょーいで伸しちまいやした」
ゲインヴが通り過ぎる馬車の横で兵士の相手をしている。
「何を馬鹿なことを、あれはかなり厄介な怪物だったぞ」
「ええ、彼の言う通りです。赤銅でも手を焼くほどですよ。いったいどうやって――」
「赤銅も落ちたモノね。あのくらい、一度見たら対処できるでしょ」
私の言葉に振り向いた若い魔術師。彼は私を見るや目を輝かせる。
「だ、団長っ!!」
「ミヘイユ、久しぶりね。元気にしてた? あと団長はルハカでしょ?」
「そ、それがですね、一期生で居たでしょう。団長は覚えてないかもしれませんが、貴族の嫡男だったロデンって男が」
「ああ、あいつね。エリン姉さまに懸想してた」
「この領地を任された貴族の嫡男がそのロデンだったんですよ。それで今、赤銅の団長にそいつがねじ込まれてて……」
「なんですって!?」
ひっ――と首を縮こまらせるミヘイユ。
「兄さん、領都には寄りますよね?」
「いや、寄らんが」
領地内の領主の館がある町は例え小さくとも領都と呼ばれている。
中にはうちの領地のようにただの田園風景が広がるだけの場所もあるけど。
「ええっ!? ちょっと領主に文句言ってやりたいんですけど!?」
「問題を起こさんでくれ……」
「だって赤銅が!」
「もうお前の戦士団では無いんだから……」
確かにそうだ。けれど……。
「ちょっと私、領都までルハカの様子を見に行ってきますので。あとでちゃんと追いつきますから」
「構わんが、あまり面倒ごとを起こすなよ。ガネフ、誰かつけてやってくれ」
◇◇◇◇◇
「気を付けてくださいね。加護があってもルシアは女の子なんだから」
ミルーシャは私が単独行動をすると聞き、心配してやってきた。
「大丈夫よ。ギードラがついてくれるし、ミヘイユにも案内を頼むから」
「それでも気を付けて」
「ちょ、ちょっと!」
「地母神様のご加護を……」
ミルーシャは私を抱きしめてきた。
王都を出てから毎日彼女と同じテントで寝ているから彼女との触れ合いには慣れてきたし、すっかり彼女とは打ち解けていた。けれど、まだ人目のある所では恥ずかしかった。旅立ちを心配されている子供の様で。
ミヘイユの案内でカートを走らせる。二人乗りならゆったりだけど、三人乗るとさすがにいっぱいいっぱい。四輪のワゴンと違って二輪のカートは軽快だけど、その分乗り心地は悪い。途中の町で馬を替えられたのは、この地を守る赤銅の特権だろう。
私たちは強行軍を強いて日が落ちる頃には領都へ辿り着いた。
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ミルゴサ(milgosa)は適当に作った妖精です。『かみさまなんてことを』と分けるためにこちらの世界の怪物はできるだけオリジナルにする予定です。
ミルク一皿で働くので、要は家に住み着くホブゴブリンですね。拙作中のホブゴブリンは隣接する妖精界に隠れたりするので、それをちょっと攻撃的にして、ついでに能力を生かして一撃離脱できるように尻尾をつけて走るのに向くようにしました。ラプトルみたく。
応援ありがとうございます!
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