堕チタ勇者ハ甦ル

あんぜ

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三章 呪い

第32話 白銀の戦い

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 アザール領の砦へ駐留する領主ガナトの代理が率いる軍隊は、戦士団と僅かな領兵、それから最初の二割にも満たない領民兵しか残されていなかった。領主代理と二人の貴族、そして戦士団の戦士長はお互いの責任を押し付け合っていた。

 その間に私と金緑オーシェは自由に動かせてもらった。領主の居所はすぐに判明した。我々が匿った彼の家族と共に居たからだ。フクロウソワルはそんなことまで把握していたのか。これはもしかすると――という思いと共に、アシスを呼び出す。

「アシス、フクロウソワルと接触ができないか試してみてくれないか。秘密裏に」
「承知いたしました。実はもう当てがございます」

「そうか」

 フッ――と笑ってしまった。オーゼに仕込まれた部下は誰も彼もが優秀過ぎる。


  ◇◇◇◇◇


 私は兵糧の行方を探ると断りを入れ、アシスと数名の金緑オーシェの団員と共に領境の町まで引き返した。アシスは期待通りフクロウソワルと接触してくれた。どうも、返答があまりに早かったことから砦に潜り込んだフクロウソワルが居るように思われたが、そこはオーゼが仕込んだだけのことはある。私には詳細を漏らさなかった。

「よくもまあ、これだけのものを……」

 接触する相手はフクロウソワルの隊商だった。どこから調達してきたのか、彼らは十四台もの荷馬車に穀物や食料を満載していた。

「去年までは軍に運ばせていましたがね。全部、団長の手配ですよ。勇者一行の特権を使って、直轄地の穀物を毎年前払いで買い上げてたんです。勇者様のお召し上げってことで税もかからず、安く買い上げられました」

「本人のあずかり知らぬところでそのようなことがな」

 私が笑うと、ガネフが――。

「まあ、地元の役人どもが文句を言いたげでしたので勇者様からということでいくらか握らせておきましたが」
「そうか。ただ、前払いとなると耕作に手を抜かれたりはしなかったのか?」

「そこはそれ、来年の召し上げ先をどうするかとチラつかせておきましたので」
「なるほど」

 どこの商人だと思うような戦士団にくすと笑う。

「ところで、今日はでよろしいんですかい?」
「ああ……、そうでした。今日はただの町娘です」

 今朝、侍女には鎧ではなく、別に用意させた質素な平服を着させてもらっていた。戦場ではしばらくしていなかった化粧も。砦を出る際にはクロークで隠し、その上でアシスたちとは別行動を取っていた。

「ただの町娘は馬には乗りゃせんぜ」
「そうですね。お願いできますか?」

 私は隊商の一人に馬を任せて、しばらくガネフの隣を歩く。
 私はかねてから伝えねばと思っていたことを、ようやく話す決心をする。

「……白銀ソワールの皆さんには申し訳ないことをしました。あれはすべて私の愚かな思い込みと短絡的な言動が原因です」
「謝らんでください。思い直して擁護してくださったとは聞いております」

「ですが発端は私です。私が怒りに身を任せなければ…………そもそも魔王を倒した以上、勇者の加護が失われても何の問題も無かったのですから」
「なるほど……そういう考えもありますな。ですが……」

「ん?」
「そう考えられるようになったのですな、エリン様も」

「ええ、今のままではオーゼに顔向けできません……」
「さっすが団長の言った通りでしたな、エリン様ならきっと立ち直れると」

「オーゼがそんなことを言ったのですか?」
「ええ、言いましたよ。ですがどう思われます? 自分の好いた女が幸せになれればそれで良いと、自分がどう思われようと構わんなどと……ワタクシゃ団長に頭があがりませんから言いませんがね? 誰か一発ブン殴ってくれまいかと思っております」

 私は頬を伝うものを気取られないよう、思わずフードの前を引っ張り、顔を隠した……。

「――それにですね、若いモンはともかく、ワタクシら元傭兵は白銀ソワールだろうがフクロウソワルだろうが構わんのですよ。報酬が減らされたわけじゃない、地位なんざもともと要らないんですよ、故郷が安寧なら」

「その点についてもずいぶんと誤解していました。皆さんが故郷に報酬の大半を送られたと、城の務めの中で知りました。それまで私はオーゼが悪い影響を受けたのかなどとバカな考えを抱いておりました、恥ずかしいことに」

「いやあ、あの堅物の団長に悪い影響を与えられたなら良かったんですがねえ」

 ガネフは笑う。

「――残念ながら力及ばずです」
「そうでしたか……」

 オーゼは何も間違っていなかった。
 扱い辛い訓練兵や元傭兵を自分が引き受け、戦闘だけでは得られない結果を残し、こうやって遠征の後でも義理堅く動いてくれる優秀な部下に育て上げた。

「――そういえば辺境領の軍隊が西の領境で兵糧を失くしたそうなんですけど、行方をご存じないですか?」
「さあ。領境なら西の領地の食糧が不足しておりますが故、どなたかが拾われたのでは?」

 大型の荷馬車は街道を外れてはそうは運用できない。街道近くに隠したか或いは――愚かなことに峠の砦はあの潰走と共にしばらく無人だった、つまり――領外に持ち出された可能性が高い。

「そうですか、それならいくらかは西の領民の腹の足しになりますね」

 ガネフは目を丸くして、再び笑った。


  ◇◇◇◇◇


 馬車が領境の町に入る。
 町の周辺は土地が開けているため迂回することもできるが、問題を起こしたくないためかガネフたちは町を抜けていくようだ。荷馬車の隊は町の入口で止められ、積み荷を確認される。フクロウソワル自体は別に追われているわけでは無い。隊商として問題なく町へ入る。

『団長、そのまま振り返らないで聞いてください』

 町を歩いていると突然、耳元でささやき声がする。これは魔術師が使う風の囁きウィスパリングウインドだ。声はアシスのものだった。近くに居るのだろう。私も小さな声で答える。

「なんだ?」
『戦士団が慌てて砦を出たそうです。我々が出て一とき半くらいでしょうか』

「向かう先はわかるか?」
『街道の方へ向かいましたから可能性としては……』

フクロウソワルの隊か?」
『他に考えられません』

「わかった。どうやって知ったかは聞かないでおくが、ガネフに知らせる必要は?」
『ありません』

「私はこのまま彼らを峠まで送る。そちらは町で待機しておけ」
『承知』

 私は隊の前方に居るガネフの傍まで行き、小声で話しかける。

「聞きましたか?」
「ええ、うちの魔術師から」

「私が峠まで付き添います。もしもの場合は皆さんを隣領まで……」
「我々はただの隊商ですから言い逃れはできると思いますが」

「彼らはまともではありません。特に領主代理は異常です」
「そうですか。気にはなってましたが……。ただ、エリン様は身分を隠して来られたのに宜しいので?」

「少々繋がりを疑われたところで今更構いません」
「あまり無茶をされないように頼んますよ?」

 そう言うと、ガネフは歩きながら団員たちに指示を出していた。


  ◇◇◇◇◇


 隊商は峠の砦までさしかかる。ここを通り抜けられれば追ってはこないはず。
 私はガネフと共に砦の門の所で荷馬車が通過するのを待っていた。が――。

「マズいですな」

 ガネフが耳打ちしてくる。
 町の方を見ると狼煙が上がっている。
 ガネフは既に御者に指示を出していたようで、荷馬の足は速くなっていた。

「止めよ! 馬車を止めよ!」

 砦の側塔から呼びかけられるが停まるわけにもいかない。
 急がせた前の荷馬車は通りすぎるが、次の荷馬車が通っているにもかかわらず、砦の兵士たちは落とし格子を降ろした。

「避けろ! 手綱を捨てろ!」

 ガネフが叫び、寸でのところで御者が飛び降りると、降りてきた格子に御者台がぶつかり馬の嘶きと共に荷馬車が停止した。格子はそのまま荷馬車のながえを抑え込もうとしていたが、落とし格子は完全には降りきらなかった。

「エリン様!?」

 ガネフが、まるで空でも落ちたかのような顔をしていた。
 咄嗟だった。咄嗟に私は行く手を切り開くため身を呈してしまっていた。もしこの場にオーゼが居たら酷く叱咤されていたことだろう。だけど私の無鉄砲は飛び込むことを選んでしまったようだ。いくら平衡錘があるとはいえ、いくら鍛えた体とはいえ、人がとうてい支えられないものを肩で受け止めていた。

「行きなさい! 皆が無事ならまだやりなおせる!」
「勇者様……」

 団員の一人が促し、ガネフは格子の向こう側へ。

 ガッ――と音がして、足元に太矢クォレルが転がる。

 ――なに!?

 顔を上げると、向かい側の側塔の櫓に弩を構えた兵士が居てこちらを狙っている。
 再び放たれる太矢クォレル。しかしそれは私へ到達する前に弾かれ、地面に落ちた。

 ――なにが起こっているの?

「何をやってる下手クソが!」
「いや、当たらないんだが……」
「ちゃんと狙ったよな?」

 などと三人が側塔の方で騒いでいる。

「ここはいい、奥の格子を落とせ!」

 上の一人が叫ぶと、弩を番えていた兵士も櫓から離れる。
 もともとこの砦にはそれほど人は割けていないはずだ。
 先に入った荷馬車も既に落とし格子を抜けていた。

「急げ、向こうも落ちるぞ」

 私は最後の一人が抜けたのを確認すると、落とし格子から肩を外した。

 ズン――と格子が落ち、既に馬を外されたながえを抑え込むと先端が地面に突き刺さった。

 なんとなく――魔力の体への強化だけは以前と変わらない感じがした。
 残った馬車は三台。ただ、殿しんがりの一台は幌付きの荷馬車で、団員の荷物がほとんどだろう。ガネフが町を出る際に隊列を変えていたのが幸いした。


  ◇◇◇◇◇


「クソッ! 逃がしたか!」

 程なくして馬に乗った一団が現れる。ガナトの手持ちの戦士団だ。戦士長が率いてきた戦士は全部で二十人といったところか。悪態を吐いたのは戦士長。

「――何をやっておるか! 馬車三台しか留め置けぬとは何事だ!」
「いえ、その娘が……」

「娘がどうしたというのだ! ええい、そもそもの兵士が少なすぎる!」

 私は半ば呆れて彼らの様子を伺っていた。
 彼らの意図が知りたかったのもあった。そもそも、疑わしいからと言ってフクロウソワルがこのような扱いを受ける筋合いは無いのだ。

「この娘はどうします?」
「知っていることを吐かせたら後は好きにしろ」

「なっ……、どういうことか! 貴様ら、領民を何だと思っている!」
「なんだこの娘は? 偉そうに」

 私が抗議すると馬から降りた二名の団員がにじり寄ってきた。

「私はエリン・ラヴィーリヤだ。貴様ら、領民の隊商を襲うとは何事か!」
「なんだと?」
「馬鹿な、ただの市井の娘ではないか」

 掴みかかってくる戦士の腕を取ると、それを投げ飛ばし、そのまま肩を踏みつけて腕を捻る。

「ギャッ――痛テテテテテテテ」

「聞こえなかったか! エリン・ラヴィーリヤが領民の隊商を襲うとは何事かと聞いている!」

「まさか! いや、これは勇者様でございましたか!」

 いきなり態度を変えてきた戦士長。
 ただ、その直前、団員たちに何か目くばせをしていた。

「――領民を襲うなどと人聞きの悪い! やつらは我々の兵糧を奪った悪党なのです」
「馬鹿を言うな。彼らは王都から遥々地母神の国まで食料を運んでいるだけだ。確認したが、其方らの兵糧ではなかったぞ」

「いえ、我々が掴んだ情報によりますと、間違いなく我々の兵糧です」
「私の目が節穴だとでもいうのか!」

「そ、それについてはご説明を。まずはこちらへ……」

 私は兵士の腕を離し、落とし格子の傍から荷馬車の横を通り戦士長の方へ歩み寄る。
 ただ、戦士長は必要以上に汗をかき、団員たちは私を取り囲むように背後に回っていた。

「やれ」

 ――その小さな声と共に戦士長は下がり、背後の団員が斬りかかってきた。

 こちらは丸腰だと言うのに容赦がない。私は前に走り込みながら正面の団員の左からの斬り下ろしを後ろの荷馬車の荷馬の陰に隠れるように躱すと、二頭の荷馬の間のながえを渡って逆側の馬の背の上に体を滑らせ向こう側へ。

 荷馬車の後ろから回り込んできた団員と対峙する。
 背後からも先ほど躱した団員が追ってくるはず。

 ――が、突然、立ち塞がる団員が仰け反って倒れた。

 背中には一本の刺突剣ショートソード

 私は身を屈めて倒れた男が取り落とした長剣を手にする。目の前には隙のない全身鎧を身に着け、頭を完全に覆う兜には巨大な一ツ目の装飾、右手には戦鎚針ウォーピック、左手には刺突剣ショートソードを構えた戦士が居り、傍には戦士団の団員の一人が倒れていた。

「……手助けする」

 ボソリと呟いた声はくぐもってはいたが、女の声に聞こえた。
 そして何より、彼女が纏う白銀ソワールのタバードが私を勇気づけてくれた。






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 かようなところに勇者様が居られるわけがない!
 ええい、キレイキレイ!(御手洗

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