さよなら、わたしのながいかみ
小学五年生のあおいは、腰まで届くロングヘアが自慢の女の子。でも、ある日をきっかけに、少しずつ髪を切ることを決意する。最初は刈り上げのおかっぱ、次はベリーショート、スポーツ刈り、そして最後には自らバリカンを手に取り——坊主へ。友達や先生、家族との関わりのなかで、あおいは「外見」ではなく「自分らしさ」に向き合っていく。
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この物語を読み終えたとき、わたしはしばらく言葉が出ませんでした。主人公・あおいちゃんが、自分の髪を少しずつ短くしていく姿が、とても丁寧に、そして真剣に描かれていたからです。
ロングヘアからはじまり、おかっぱ、ベリーショート、スポーツ刈り、そして坊主へ。髪が変わっていくその過程は、ただの「見た目の変化」ではなく、あおいちゃんの心の変化の物語でもありました。
最初は「長い髪が自慢」で、「お姫さまみたい」と言われていたあおいちゃん。でも、走るときに邪魔だったり、乾かすのが面倒だったり……そんな“本当の気持ち”に正直になるところから、彼女の変化は始まりました。
中でも心に残ったのは、第5章で坊主になるシーンです。
バリカンの音、髪が落ちていく様子、地肌に風があたる感覚——そういった描写がとてもリアルで、まるで自分がその椅子に座っているような気持ちになりました。すべてを失うようで、でも実は、自分らしさを手に入れるための一歩なんだと、読んでいて感じました。
そして、坊主頭で学校へ行くときのあおいちゃんの勇気。それをからかわずに受け止める友達や先生の姿に、読んでいて胸があたたかくなりました。「女の子は髪が命」と言われることがあるけれど、本当に大切なのは、自分で決めること、自分で選ぶことなんだと、この物語は教えてくれました。
勇気を持って一歩を踏み出したあおいちゃんの姿に、わたしも背中を押された気がします。もし、何かに悩んでいる子がいたら、この本をそっと手渡してあげたい。そんなふうに思える、とても大切な一冊になりました。
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