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一章・甘々な春休みは、最強冒険者と。

21 隣は君しかいない。(リガッティー&ルクト視点)

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 驚愕も度を超せば、冷静になるらしい。


「ストーンワーム」
「……は?」


 自然と出たわりと低い声を聞いて、さっきまで迷子の少女よろしく、涙声で鼻を啜っていたのに、豹変した私に、ルクトさんは軽く震え上がった。

「ワーム? ワームが近所にいると聞いたことないんですが? しかも、ストーン? は?」
「う、うん……だから、討伐依頼があってね。オレも初耳」

 王都から近所のこの危険地帯の『黒曜山』にいるなら、そんな大物が出没することを、私は知っているはずだ。
 そもそも、王都の付近にいるとは、授業では習っていない。それこそ、砂漠の地が多い隣国に出没する魔物だ。

 笑みを強張らせているルクトさんは、恐る恐るとした様子で、答えた。

「……ワームとは、通常なものでも、成体は馬車を三つ並べたような大きさと長さでしたよね?」
「そうだね……」

 レインケ教授から聞いた限り、そんな大きさの丸々と太った蛇型の魔物。
 
「口が丸くて、鮫のように牙がずらりと並んでいて、生え変わりも激しいと……」
「噛まれたら、運が良くてもズタズタになるらしい」
「目が見付からないくらい、つぶらだとか」
「地面の下にいることを好むからね。洞窟の中とか。あまり外で、陽射しを浴びる機会がないから、そんな目になったらしいね」

 目はつぶらなのに、口はミキサーの如くえげつない牙が並ぶ、真ん丸な蛇。

「ストーンって……もう石をバクバク食べては背中に生やす、硬すぎなタイプのワームのことじゃないですかぁ……」
「うん、そうだね。もう黒曜石をバクバク食べて、見た目は黒い背中になってる頃だ。強度は……剣がポキッと折れるくらい硬いだろう」

 額を押さえて、嘆き気味な声を出す私の前で、ルクトさんは自分の剣を見ては肩を竦めた。
 木の枝を軽い力で真っ二つに折ってしまうくらい、剣で挑むのは、剣が無駄になるだけ。それほどの硬さは、現時点でもう想定済み。
 昨日の爆弾亀のように、赤い石に化けては背中に爆発物を作り出すタイプ寄り。

 食べて吸収した石の強度や特質を、背中に生やせる。それが、ストーンワームの特徴だ。
 だから、昨日の『火岩の森』に転がっていた、火傷するほど熱い赤い石を食べていれば、背中は火傷するほど熱い赤い石と化す。

「石をバクバク食べるそのワームは、そのお口で地面の下を掘り進むのですよね? でも大抵は、洞窟を這っている魔物なので……出没するとしたら」

 私は、言葉を一旦止めて、間近に見える黒い山を見上げる。
 けれど、山自体を見ているわけではない。顔を振り返るルクトさんも、同じだ。

「「『ダンジョン』」」

 私とルクトさんは、山の向こうにあるはずの場所を、同時に口にした。
 ワームという太い蛇型の魔物が出没するのは、200年前には『ダンジョン』認定された元鉱山が、一番近場だ。
 ここからでも、一日はかかる距離である。他は考えられないだろう。

「ですよね。そこから来た、としか考えられませんよね?」
「距離的に、生まれちゃったストーンワームが、掘り進んだ末に、この山に来ちゃったと思う」
「……」
「……」

 ……とんだ迷子ちゃんである。
 そんな行動範囲が異常なほど広い魔物を放置しては、次は一番近い『ハナヤヤ街』にひょっこりと現れては被害を出すかもしれない。
 とてもじゃないが、後回していい魔物ではないじゃないか。

「私は……離れて見ていていいですか? どう考えても、穴や洞窟での戦闘のそばにいては邪魔でしょうし」

 オークルナスの寝床になっている小山の洞窟とは、きっとわけが違う大穴か、洞窟があるはず。そこにストーンワームがいて、戦闘舞台になるだろう。

「いや、だめだめ。一緒に討伐しましょうって、さっき言った」
「言いましたけどぉ……不慣れな場所でいきなり戦闘なんて」

 また言質取られていることに、げんなりしながらも、私は断ろうとした。

「……あれ? ちなみに……ストーンワームって、冒険者の強さで言えば、何ランクですか?」

 戦場を気にする前に、先ずは敵の強さを知るべきである。
 ストーンワームは、尋常じゃなく硬い丸々蛇型魔物で、地面の下を好むってことは把握済み。
 しかし、ワームの強さを知らない。
 丸々蛇型魔物の強さは、どれくらいだろうか。ストーンワームとなると、どのくらいの強さが加算されるのだろう?

「……」

 腕を組んだルクトさんは、視線を足元に落とした。それを、横に移動させる。そんな動作で誤魔化して、悩んでいる風に時間を稼いだ。

「……Bランクかな」

 ボソッと、消え入りそうな声で、ルクトさんは白状した。

 正直、胸ぐら掴んで、振り回したい。


 いくらBランクパーティーを一瞬で鎮圧した実力があるとはいえ、あんなキャンキャン喚く負け犬冒険者と魔物では、わけが違うじゃないか!


 見付けた瞬間に、即決でこの依頼を受けた時、その時点ではもう私と討伐する気満々だったんでしょう!?

 スパルタ! この規格外最強冒険者のスパルタ指導め!

 いい指導もするけど、スパルタなところがあるって、次はしっかり言うからね!? 訴えてやる!!


「リガッティー、リガッティー。何も穴にしかいないとは限らないって。ズドーンッて地面から顔出して、そのまま地上で戦闘するかもよ」
「ルクトさん。それ、宥めているつもりですか?」

 まーまー、って仕方なさそうに笑いかけてくるルクトさんは、自分が不安材料を追加していることに気付いていないのだろうか。

「言っておきますが、ルクトさん」
「は、はい」

 この際、ビシッと言っておく。


「ルクトさんのこういうスパルタ指導について来れる新人冒険者は、私くらいですからね!」
「え、う、うん? そうだね?」
「行きますよ!」
「あ、うん」


 まったくもう! こんな新人指導では、新人冒険者が、脱落ではなく死亡するわよ!
 私だからまだいいものを! 普通なら、一緒に討伐しませんからね!
 女は度胸!

 覚悟を決めて、移動を始める。

「……可愛すぎか」とルクトさんの呟きが後ろから聞こえたので、キッと睨み付けた。ルクトさんが慌てた様子で口を噤む。

 からかわないでいただきたい!

 フンッ! と私は、ツンと顎を上げて、前へ向き直って進む。
 後ろでは、ルクトさんが嬉しげに口元を緩ませていたことに気付かなかった。





   ◆◆◆(ルクト視点)◆◆◆





 正直言って、失念していたんだ。

 浮かれていたんだろう。

 自惚れていたんだろう。


 ――それで、ソロの冒険者なんですね。同レベルの冒険をともに出来る仲間がいないのは、物寂しそうですね……。


 オレがパーティーと活動が出来ないくらい飛び抜けて強いせいで、一人で活動していることを。
 リガッティーは、物寂しさを感じるんじゃないかと、何気なく呟くように言った。
 それに対して、オレは自然に言葉を口から出していたのだ。


 ――今はリガッティーがいるじゃん。


 会ったばかりの初日。一緒に活動していた時間は、せいぜい5時間なのに。
 この先も、リガッティーと活動するのが、当たり前みたいに思い込んでいた言葉だった。

 実際、もうオレは、無意識ながら、いてほしかったのだろう。
 この先も、一緒に冒険者活動する相手でいてほしい、と。
 実戦経験さえ積めば、下級ドラゴンにさえも、一人で勝てる強さを持っている。
 そう信じているし、確信があるから、噓偽りない。


 30日間の新人指導すら、達成することは出来ないと不安げな彼女は。
 不思議なほど、ずっと先も冒険者として、オレの隣にいる姿が、すんなりと想像出来た。
 オレの願望に過ぎないのだろうか。
 彼女は冒険が好きだし、実力だってあるし、だから、頑なに望めば、きっと、実現不可能じゃないはず。


 ――王都学園に入学したばかりで冒険者活動も同時スタートしたようなスケジュール……さらには、一人暮らしなのですよね? 学園の寮だと門限などもありますし、ご両親も別なので一人暮らし……。一年中突っ走るような生活……本当に大丈夫だったのですか? 今更だとしても…………。


 後ろから見ていても、胸元に押し付けた手でギュッと握り締めている仕草が、オレを心の底から案じていると伝わった。

 滲みたんだ。


 Aランク冒険者になるまでの怒涛の一年は、振り返れば、リガッティーの言う通り突っ走るような生活だった。

 過酷で、血反吐が出る思いだったし、泥だらけで血塗れで帰っても、家には誰もいない一人きりの家。
 疲れのあまり、クラスメイト達のお喋りを聞き流しながら、机に突っ伏して仮眠をとった休み時間。
 オレにはついていけない、と親友だって呼べるほどの親しい仲だったメンバーに、パーティーを解散された時の苦く重い気持ち。

 それらを払拭するくらいのどデカい達成感があったから、すごいっと褒めてくれる家族やいい先輩冒険者がいたから。


 別に、嫌な一年だったわけじゃない。


 一年という間に、濃厚すぎる出来事が詰まっているから、苦いとか苦しいとか、悲しいとか寂しいとか。
 そんな気持ちなんて、ほんの一部だ。気にすることないくらいのごくごく僅かな感情。


 それをリガッティーが拾い上げてしまって、胸の奥にチクリと痛みが走って燻ぶった。
 でも、そんなの一瞬だ。


 次は、温かさが滲み渡った。


 あんな一年を突っ走ったオレを、思ってくれる。考えてくれる。案じてくれる。
 心配なんだとか、本当に大丈夫だったのかとか。

 ソロの冒険活動が物寂しそうと言ったリガッティーの口から、そんな言葉を聞いたら。
 もう両腕できついくらいに抱き締めてしまいそうになった。
 ただでさえ、馬に二人乗りで、腕の中にいるも同然の状態だったんだ。
 解消前提の保留中とはいえ、婚約者がいる身の彼女を、抱き締めるわけにはいかない。


 でもなんで、こんな嬉しいことを言ってくれるんだろう。

 画期的な新しい治癒薬だって、オレのためだった。
 ちゃんとオレの強さを聞いていて、理解しているけれど。
 それでも、万が一を考えれば怖くなるからと。
 即行動して、開発を促しては、完成させてしまった人。

 ほぼ一人で頑張って冒険していた過去のオレと、これからも頑張って冒険していく未来のオレを。

 見てくれるリガッティーの存在が、とんでもない喜びを沸騰させていくみたいに熱く熱く、胸の中に広がった。


 ――今はリガッティーがいてくれるじゃないか。


 現在のオレは、欲張りにも、その熱さに酔いしれたんだ。

 オレがそんな嬉しさを感じていることも、伝わって、理解したリガッティーが、耳まで真っ赤にした姿が、可愛すぎて、愛おしすぎて。


 今いていることが、奇跡なことだと、ちゃんと理解出来ず。
 オレは自惚れて、浮かれていたんだ。


 リガッティーと話すのは、本当に楽しい。反応は可愛いし、素直だし、調子に乗ってしまっていた。

 ベラベラと語るオレの冒険談は、大抵は冗談だろって笑われては聞き流されるものばかりだ。実際、クラスメイトがそうだし。

 でも、リガッティーは、オレが嘘を言っているわけでもなく、誇張をしているわけでもない。ありのままの話を、受け止める。


 だから。

 オレには、ついて行けねぇって。

 パーティーを解散されてしまったあの瞬間が、過ぎった時。
 酷い気持ち悪さが、ぶわっと身体の中に広がった。


 流石に、許容範囲が超えてしまって、頭を抱えたあとに、指導担当を外されてペアで活動を拒まれるような不穏な流れになってる気がして、焦った。
 リガッティーなら、どこまでもついて来てくれるだなんて、どうして勝手に思い込んでいたのだろうか。

 振り回しすぎだ。

 昨日だって、ちょっと強引に『火岩の森』の奥に連れて行ったし、今日は言質取ったから、王都の近くで一番危険な山に連れてきた。
 リガッティーの強さなら、なんら問題はない。本当に何一つ、心配はないのに。


 オレにはついて行けないって。


 リガッティーに言われたら……。
 オレはもう、この先ずっと。
 独りなのだと、宣告されると同じだ。


 投げ出すように、パーティーを解散するって告げて離れた友人達には、苦い物を飲まされたような気分だった。


 実力的には、置いていっているのは、オレのはずなのに。


 置いていかれている気分が、ずっと胸の中の隅っこにこびり付いていたんだ。


 だから、咄嗟に腕を掴んで、リガッティーを引き留めようとした。離れないでほしい、と頼もうとしたんだ。
 これから、ちゃんと二人で戦うことに、慣れていこうと思って、ここまで来た。

 それなのに、本当にサイテーな思い込みをしていたんだ。

 無理矢理連れ回しても、問題なく戦えるからって、リガッティーのことに気を配れてなかった。
 オレの冒険には、凡人がついて来れない以前の問題。
 リガッティーの意思をしっかり聞いて、一緒に選択してもらうべきだった。
 一緒に行動するなら。そうすべきなのに。
 思い込み、自惚れて、浮かれていた。


「言っておきますが、ルクトさん」


 厳しい目付きで、強い声を放つリガッティーに、身を強張らせて、痛いくらいの緊張を覚える。

「ルクトさんのこういうスパルタ指導について来れる新人冒険者は、私くらいですからね!」
「え、う、うん? そうだね?」
「行きますよ!」
「あ、うん」

 往生際悪く、冗談で誤魔化そうとした最低なオレに、リガッティーは胸を張って言い退けた。

 呆気にとられたけれど。
 オレに向かって、、なんて言ったから、つい嬉しさを覚えた。

 やっぱり、怒り方まで可愛い。

 口から零してしまえば、振り返ったリガッティーは、ご機嫌斜めな顔でギッと睨みつけてきた。ツンと顎を上げては前へそっぽを向く姿は、本当に可愛いとしか思えない。



 結局、リガッティーは優しい。

 公衆の面前で婚約破棄されるという窮地に、駆け付けたいという友人達の気持ちを抑え込んで、被害を被らないように止めていた優しさも。
 オレの物寂しい冒険を思い浮かべて、それから人生で一番つらい怒涛の一年を独りで乗り越えたオレに、心を痛める優しさも。
 強いと理解していても、それでも身を案じて、新しい治癒薬を開発してくれたオレのためだけの優しさ。


 優しいリガッティーに甘えて、オレは現状に浮かれていた。

 駆け上がるための努力をすると決めておいて……もうこれかよ。

 リガッティーが肩を並べている今に、満足してはいけない

 触れて抱き締める資格もないし、ましてや、遠くまで冒険しに行こうだなんて、言う資格もないじゃないか。

 一緒にいる幸福感や思いやりをくれる優越感に、酔いしれているだけではだめだ。

「リガッティー、ごめん」

 背中に声をかければ、鮮やかな青色の髪を揺らして、リガッティーが振り返った。

「次からは、ちゃんと討伐対象のことを話してから、冒険に連れ出す」
「……」
「許してくれる?」

 リガッティーなら許してくれる。また自惚れているが、ずるい事実があるとしても。
 少し不安げになって、アメジスト色の瞳を見つめ返す。

「以後、気を付けてください。ルクト先輩」

 わざとらしく、硬い口調で答えたリガッティーは、引き返すように移動すると、オレと肩を並べて歩いてくれた。

「はい……頭に刻み込みます、リガッティー後輩」

 力が抜けたオレは、口元を緩ませて、そう安堵した声で返事をする。

 また酔いしれそうになるな。
 もう、このまま手を繋いでしまいたい。
 そうしてはいけない理由を、思い出して、グッと強く堪える。


 恋って、こんなにも、欲を膨らませていくものだったのか。
 呆気なく、急落下するように恋に落ちたのに。
 進展するには、少し歩調を緩めて、合わせないといけないな……。





 それから一時間ほどが、経っただろうか。

 途中で遭遇した魔物相手に、連携プレーを試していき、本命を探していた。

 元々、この山にいる魔物は、土属性が多い。だから、効果的な攻撃は水属性。

 ストーンワームは、いかにもそうだろう。 

 あとは、戦闘をする場。リガッティーが懸念するように、狭い洞窟の中は全く勝手が違うから、躊躇するだろう。でも、さして支障はない。それが、オレの判断だった。あまりにも狭く、満足に戦闘が出来ない不安定な場所ならば、一旦離脱する合図は決めておく。


 幸いにも。

 ゴツゴツと歪に黒光りする背中を持ったストーンワームは、陥没した穴を這っているところに遭遇。ちょうど、洞窟から出てきたらしい。

 視界は広くないし、よく見えていないようだけど、洞窟に逃げ帰られないように、先回りで氷漬けにすれば、やっとオレ達に気付いた。


 食べていた黒曜石を咆哮とともに飛ばしてきたから、かわす。

 反対側に回ったリガッティーが、水属性を付与した剣を交差させて素早く振った。二つの水の刃が、交差しながら飛んで、ストーンワームにぶつかる。
 だが、強度は足りなく、背中の黒曜石が少し削れた程度。
 思った風にはいかなかったからなのか、リガッティーは、不満げに僅かに唇を突き出す。
 ……可愛いな。


 その攻撃で、リガッティーを振り返ったストーンワームは、オレに尻尾を叩きつけながら、くねくねと這って、突進していった。

 リガッティーは慌てることなく【テレポート】を使って、ストーンワームの背中の上に移動して着地。オレだって、尻尾攻撃はかわし済み。

 リガッティーが背中にいると気付いたストーンワームは、背を反ってから、大暴れ。
 ドスンドスンッと陥没した穴の中で転がるため、オレ達は巻き込まれないように、上に一時避難して、見下ろす。

 互いに、目を合わせる。
 リガッティーの目が、どうするのか、と問うていることがわかった。
 こうやって……組んだ相手を確認しながら、戦うんだな。なんて、しみじみと思った。

「「!」」

 もうちょっと、リガッティーとストーンワーム相手に、連携プレーを試行錯誤しようと思ってたのに。
 【探索】魔法で、多くの気配が近付いてくると知る。

 リガッティーの後ろの方からだ。
 今のストーンワームの暴れた音に、引き寄せられたのだろう。
 なかなかの数。
 別にここの魔物なんて、束になられても、負けやしないのだが、リガッティーがいる。

 オレがストーンワームを仕留めて、追加の敵の群れは、リガッティーに任せる形でいいか。
 後ろに目をやってから、オレを窺うリガッティーに指示を下す。
 リガッティーは来る敵を相手していい、と。


   ドンッ!


 ひと際強く、穴の中のストーンワームが、壁にぶつかった。
 よろめくほどの強さのせいで、リガッティーの足元が崩れる。
 倒れまいと踏み止まろうとしたがリガッティーは、そのまま斜面を滑るように穴に落ちた。
 そんなリガッティーに向かって、横に転がるストーンワームが押し潰そうとする。

 ゴツイ黒曜石の背中が、リガッティーに迫る前に、オレは氷の壁を間に作り上げた。

   ガシャンッ!

 想像以上の硬さで、氷の壁は砕けたが、リガッティーが避難する時間は稼ぐには十分。

 上に戻ったリガッティーを一瞬だけ一目で確認したあと、氷の壁で多少削れた箇所を見定めて、先に氷柱をぶつけてから、剣を突き立てようとした。

 ガツリッ。

 黒曜石の残骸が飛び散る中で、剣先を突き立てて、押し込んだが。

「かっっったぁ!」

 あまりにも、硬すぎる。
 これじゃあ、狙っていた脳みそを貫けない。

 剣に魔法を込めて、追い打ちをかけようとしたが。

 ストーンワームも、頭に剣先をつけられて、大人しくしているわけがなかった。

 またもや、暴れられてしまい、その際に、背中を強化した黒曜石に挟まれる形で。

   パキン!

 剣がへし折られた。

「チッ!」

 バランスを崩されて転倒する前に、オレは【テレポート】でさっきの場所で移動して、態勢を整える。
 折れた剣は、使い物にならないな。
 サッと手放すと。


「ルクトさん!」


 リガッティーが、オレを呼んだ。
 もう追加の敵が迫っていたのに、リガッティーは自分の剣をオレに投げ渡した。

 反射的に受け止めてしまう。
 リガッティーは迫る敵と向き合っては、水属性の魔法を展開し始めてしまったので、このまま、オレはリガッティーの剣を使って、ストーンワームを仕留めることにする。

 だが、渡された剣が、
 水属性の魔法が付与されている。

 それも、強力だ。
 一瞥だけでもわかったが、そのまま、さっき氷柱で削った頭を狙って、振り下ろす。

 付与された水魔法は、剣を覆ってさらなる刃になっていた。
 鋭さが強化された水の剣が、食い込むのだが、それだけではない。

 剣の水が、渦巻く。激しく、渦巻くから、肉を削っていき、刃がどんどん奥へと侵入していく。
 もう、剣が突き刺さった傷口から奥まで、ズタズタにしてしまっただろう。


 え、えげつねぇ付与魔法……!


 ひやりとした空気に、目を向けてみれば、展開した水属性の魔法で、氷柱の雨を降らせたらしい。
 群れの五倍はあるであろう数の頭一つ分の氷柱は、敵の魔物や魔獣を、絶命させていた。


 水魔法も極めていたとは知っていたけれど…………強力にもほどがあるだろ。


 物に魔法をまとわせる付与系の魔法は、やはりコントロールが必要だし、氷系の水魔法は極めないといけないし、手放した武器に付与したまま、広範囲魔法を放つって……超人の成せる技だぞ?


 戦いが終わったことを、視線を走らせて確認する涼しげな美少女。

 流石は、幼い頃から魔法に夢中だったと公言し、王室魔術師長に勧誘されそうなほど可愛がられているだけある。

「……ありがとう、リガッティー」

 まさか、剣を投げ渡されるとは思わなかった。指示なくこんなことをするなんて、驚きだ。

 オレだって、武器がなくても、魔法による武器召喚で、どうとでも出来たんだが……。
 これは、むずがゆい。

 躊躇なく、オレに力を渡してくれたリガッティーにも。
 やっぱり、リガッティーの実力なら、問題なくオレと冒険していけることにも。
 こうやって、ともに戦える存在が、リガッティーだってことにも。

 ムズムズした嬉しさが、胸の下から燻ぶる。

「いえ? どういたしまして」

 なんで礼を言われるのか、と少しだけ不思議そうに首を傾げたが、当然だというように微笑んだリガッティー。


 うん。オレは、君以外、考えられない。

 オレの隣は、君以外、ありえない。


 へぇー、ふぅーん?
 生涯、この人だけ。
 そうわかる瞬間ってあるんだ?
 そんでもって、オレの生涯ただ一人は、リガッティーだったんだ。


 オレはもう、君なしでは生きていけない。
 そんな人生、考えられなくなった。


 ホントにあるんだな。こういう話。
 びっくりして、笑ってしまった。

 一人でおかしそうに笑うオレを、リガッティーはキョトンと見つめながらも、手を差し伸ばす。
 オレは、その手を掴んで、同じ地面の上に立った。

「オレ達の連携プレーは、上々じゃないか?」

 視線の高さがちょっと低い、アメジスト色の瞳を見つめて、笑いかける。

「んー、ルクトさんがそう言うなら、そうなのでしょう」

 左右を確認してから、リガッティーは笑みを零す。
 連携プレーの経験があったわけでもないのに、自然とやって退けたリガッティーは、間違いなく最強なのに……。


 問題は、経験のなさによる自信の足りなさ、か。

 経験を積んでいって、体感して、自分の強さを認めてもらえばいい。
 時間をかけて、積み重ねていかないといけないな。


 オレもちゃんと。
 リガッティーに、歩調を合わせられるようにしないといけない。

 肩を並べて冒険してくれるリガッティーを、もっと思いやって、もっと考えて、もっともっと。
 置いて行かれたくないから、追いかける。
 釣り合う男になれるように、君がいてくれるなら、駆け上がれるから。


 離れないでほしい。絶対に。


 ついつい、放し忘れた手を、ギュッと強く握り締めてしまった。

「……ッ」

 目の前のリガッティーは、握られた手を見て、頬を赤らめた。


 嗚呼――――唯一無二の君を、絶対に放したくない。



 
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