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第339話 エルルカの葛藤2
しおりを挟む「エルルカさん、帰ってらっしゃったんですね」
キリッとした少女の声だ。シワ一つ無い薄茶色の軍服に軍帽、赤茶色の長髪の、その少女は背筋を正す。
「あら、シラセ、遅くまで御苦労ね」
シラセ・アヤセ──
六魔導士の一人、人類でも指折りの実力者だ。
「いえいえ、ところでお聞きしたいことが」
「ユキマサの件かしら?」
「はい、今はユキマサさんのニュースで持ちきりですよ。初期手配額が金貨10000枚なんて事例はそうはありませんから……」
「あなたはユキマサをどう思うの?」
「直に会った感想ですが、私は彼を悪とは思いません。優しい匂いがしました。それに魔王を倒したのは紛れもなく彼ですから。正直、指名手配されてることが不思議でなりません」
「そう、じゃあ、私と同じ考えと見ていいかしら?」
「そうですね……一概にはそうとは言えません。私は善であれ悪であれ、ユキマサさんは一度、出頭してもらうべきだと思っています」
「……理由は?」
「〝可逆優先〟と言うのでしょうか。私たちが放置して、もしユキマサさんが万が一にも過ちを起こしてしまえば、取り返しがつかなくなる。少しばかり時間を割いて貰うことになりますが、出頭してもらい、それで身の潔白が証明できるのであれば彼にも利がある筈です。少々気が引けますが、もうこうなってしまった以上、場合によっては多少の戦闘もやむ無しかと」
「……」
シラセの言うことは一理あるとエルルカは黙る。どう考えても一番、合理的な手段だ。
取り返しがつかなくなる事態を一番に避け、最小限のリスクと行動で物事に対処する。
だが、エルルカは知っていた。事の理不尽さを。
「あなたはまだ世界の汚さを知らないのね」
「えっ……」
思わぬエルルカの返事にシラセは驚いたように返事を返す。
「シラセ、覚えておきなさい。この世界にはまだ貴方の知らない闇がある。でも、まあ、貴方みたいな人間が居るのも必要なのかもね。私は嫌いじゃないわ」
「エルルカさん……」
「こう見えて、私、正義って言葉は好きなの。お子様染みてると思うけど、お伽噺のヒーロー、素敵だと思わない? 私は好きよ、だってわくわくするもの」
「は、はぃ……そ、そうですね。私も好きか嫌いかで言えば、好きな方だと思います」
「〝大都市エルクステン〟の大ギルド・副ギルドマスターのフォルタニア──私の友人が政略結婚、簡単に言えば望まぬ結婚をさせられそうになった時に、彼が結婚式を壊しに来た時は、全身にゾクリと来たわ。望まぬ誰かとの結婚なんてバカげてる。私なら死んだ方がマシ。もし同じ立場なら貴方だってそうでしょ?」
「け、結婚ですか。私は修行ばかりで、そういう方面は考えたこともありませんが、そうですね。望まぬ相手とそのような事は私も一人の女として背筋が氷るような思いがあります……」
生理的に無理みたいな反応のシラセは軍帽を深く被り直す。
「まあ、こんな時代だから、そういう女性は多いわ。でも、婚期は逃さないことね。恋せよ乙女、女性はいつまでも恋への憧れを忘れちゃいけないわ」
「ふふ、何か意外です。エルルカさんも、そういうことに興味があるのですね……あ、すいません」
失言だったかなと、シラセは瞬時に謝罪する。
「あら、心外ね、私だって女よ。まあ、謝ることは無いわ──さて、私はそろそろ行くわ。ヴァンドール陛下に話があるの。私は畏まった話が苦手だから上手くいくか分からないけど、頑張ってみるわ」
「ヴァンドール陛下に? ……いえ、詳しくは尋ねません。ヴァンドール陛下は気まぐれな方ですから呉々もお気をつけてください。あ、丁度、今は夜でしたね。陛下も一番ご機嫌の良い時間帯かと思われます。陰ながらお話が上手くいく事を願っています」
エルルカは一瞬だけ、シラセを見て顔を緩ませると、踵を返し、その場を去っていった。
シラセはエルルカの姿が見えなくなると、エルルカとは逆の方へと歩きだす。
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