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婚姻へ向けて
しおりを挟む私は王宮から邸に戻りそのままお父様の書斎へ向かった。
不機嫌そうな顔をして書類を見ているお父様は扉の前にいる私を一瞬見て書類にまた目を向けた。
「お父様も見ていたのでご存知だと思いますが私はリーストファー副隊長の妻になります。
でも良かったですね」
お父様は書類から私の顔を見た。
「何が良かったんだ」
「お父様は殿下の婚約者には反対でしたでしょ?」
「反対だったが婚約者になり諦めた」
「お父様が野心家ではなくて本当に良かったです。もしお父様が野心家なら今頃怒り狂ってこの書斎は見るも無惨な姿になっていましたもの」
「これでも怒りを抑えているんだ」
「ええ知っています。それでももう決まった事です」
「はあぁぁ、分かってる」
「なら良かった」
私はにこっと笑った。
「で?」
「お父様は話が早くて助かります」
私は扉の前からお父様の前まで行き目の前に立った。
「お父様、領地のない爵位を譲って頂けませんか」
アンセム侯爵家が他に爵位を持っているのかは分からない。それでもお父様は他に爵位を持っているのは知ってる。
侯爵家次男のリーストファー副隊長が私と婚姻し爵位を得るには侯爵家が持つ他の爵位を継ぐしかない。
エーネ国は次期当主以外は他に持つ爵位を譲られるか、何か功績を上げて授与されるか、男性しか当主になれない以上婿に入り当主を継ぐか、しかない。当主以外の令息が婚姻した場合、家から籍を抜き新たに籍を作る。名は名乗れても平民扱いになる。それでも今まで築いた地位を失う事はないし実績さえあれば地位も上がる。
だから文官より騎士になる者が多い。それは周辺諸国と小競り合いが続くエーネ国で功績を上げれる場が多く爵位を賜る事が多いから。小さいながらも領地もあり、もし爵位は下がっても貴族としての地位は失わない。
後は婚姻しないかしらね。婚姻しなければ家から出る必要はないもの。高位爵位の令息ほど当主以外は婚姻しない者が多い。
アンセム侯爵家がリーストファー副隊長との婚約の打診の断り方も『息子は剣と共に生きると決めた。それに名は名乗れても平民は平民だ』令嬢達は出来れば平民にはなりたくない。貴族として育ってきた令嬢達に、夫の給金だけでの生活はメイドもいない、家の事全てを自分でするには覚悟がいる。親が当主のうちは支援という形で援助を受けられてもきょうだいだからと当主を継いだ兄や弟、婿が援助をしてくれるかは分からないから。
それに一番は社交に一切参加できない。
「平民になるのが嫌か」
「陛下から領地を頂きました。慰謝料のようなものですが領地を持つ以上爵位が必要になります」
「どこの地だ」
「ユミール領です」
ユミール領、そこは元はバーチェル国の領土だった所。今回の和睦でバーチェル国王がエーネ国王に差し出した領地。
戦場になった場所でもある。
「侯爵家に譲る爵位があるのかは知りませんが、お父様はお持ちでしょ?それかあの地をお父様が治めます?」
元はバーチェル国の領土だけあってエーネ国に敵意を持つ領民ばかり。領民は出て行きたくても出て行けない。代々受け継ぐ土地があり他の領地へ移っても移民として肩身が狭くなる。
陛下はおっしゃった。『ユミール領に今いる領民はどうする。新たにエーネ国の領民を迎える事も可能だが』
だから私はこう答えた。『他の領地へ移りたい領民はそのように。残ると決めた領民は引き受けます。陛下のお気持ちは嬉しく思いますが私は新たに領民を迎えるつもりはありません』
近々ユミール領に陛下から御達しがある。どうするかは領民が決めれば良い。
それに両国の平民が同じ地で暮らせば必ず小競り合いが起こる。ユミール領地内で争いを起こす事になる。
「あの狸、どうせなら爵位も授けてくれればいいものを」
「それは無理なお願いですわお父様。副隊長は私を、私は領地を、爵位の功績分はありませんもの」
「はあぁぁ…」
お父様は天を見上げ大きな溜息を吐いた。
アンセム侯爵と名乗れても平民と同等なら領民は私達に従わない。ただでさえ敵国の者達の私達に従いたくなくても貴族で領主なら嫌でも従うしかない。
まあ、受け入れるかは別だけど。
ユミール領は独立した小国でも部族でもない、エーネ国の一部。残ると決めた領民はバーチェル国の民ではなくエーネ国の民になる。
あのユミール領を統治するには貴族でないといけない。
それに今の辺境伯にユミール領まで手を広げろと言うのは酷。隣接する領地だとしても今の辺境は荒れに荒れている。土地も民も。ユミール領も戦場になっただけあり領地は荒れている。かと言って放おっておく事も出来ない。エーネ国の一部になった以上あの地を守らないといけない。
バーチェル国王がまたいつ取り返そうと和睦を破棄するか分からない。その度に国が変われば領民は一向に落ち着かない生活を送る事になる。
領土の線引はどれだけ早く治めるかにかかってくる。
お父様ではないけど私も溜息が出るわ…。
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