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2章 魔王様は抱き枕を所望する

  ほのかな恋の予感②

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 昼休憩時に伊東先輩と打ち合わせし、仕事を終えた理子は待ち合わせ時間の五分前に飲食店の前へ着いた。

「山田さん、こっち」

 店先に立って待っていた山本さんが、理子の姿を見つけて片手を上げる。

「すみません、遅くなりました」
「いいって。本当に後輩って大変だよね」

 軽く頭を下げた理子に、山本さんは爽やかな笑みを返す。

 カランッ

 お洒落なカジュアル創作料理レストランの店内へ、山本さんに先導されて入る。
 週末金曜日の夜ということもあり、煉瓦と白い漆喰の壁にはカントリー風の演出する小物や食器が飾られた、フレンチカントリー風の店内は若者グループやカップルでほぼ満席となっていた。
 山本さんに案内された先、間接照明が照らす壁際のテーブル席には既に男女が向かい合わせで座っていた。

「すみません、お待たせしました」

 二人に向かって頭を下げる理子に、一つ後輩の田中君と“夕食会”を計画した伊東先輩が「お疲れ様」と会釈を返した。

「みんな早目に着いただけだし、謝らなくてもいいわよ」

 にこやかに笑う伊東先輩は、職場でのブラウスにスカート姿では無く、清楚な白のカットソーに着替えて目力を抑えた可愛らしいメイクをしていた。

(凄く気合いが入っているのね。本当に田中君と付き合いたいんだ)

 普段はきつい印象の女性がふんわりした印象に変わるのは、ギャップ萌えというのか可愛らしく感じる。

「山田さんはこっちね」

 勧められるまま理子は伊東先輩の隣の席に、山本さんは向かいの席へ座った。

「はい、どうぞ」

 大皿に盛られたサラダを伊東先輩は人数分小皿へ取り分ける。

「ありがとうございます」

 取り分けは後輩が気をつかうところだが、事前打ち合わせで「取り分けは伊東先輩がやる」という事になっていた。


「……で、その店の夜限定パフェが旨かったんですよ」
「夜パフェかぁ私も行ってみたいなー」

 主な会話は伊東先輩と田中君がして、理子と山本さんは邪魔にならない程度に相槌を打つ。

「じゃあ、この後一緒に行きましょうか?」
「えぇ~いいの?」

 田中君からのお誘いに、待っていましたとばかりに伊東先輩の瞳が輝いた。

「山田さんと山本さんはどうですか? 二次会に、夜パフェを食べに行きませんか?」

 何も知らない田中君に話を振られて、どう断ればいいのかと理子は返答に困り、向かいの山本さんを見る。

「私は」
「俺はパス。悪いけど甘いものは苦手なんだよ」

 理子の言葉に被さる形で山本さんから断りの台詞が発せられる。

「それは残念ね。田中君、二人で行きましょう」

 明るい伊東先輩の声には残念な響きが全く含まれておらず、山本さんは苦笑いを浮かべた。

「それじゃあ私と田中君はパフェを食べてくね」
「また来週からよろしくお願いしま~す」
「はい、お疲れ様です」
「お疲れ様です」

 “食事会”を終え、理子達は店を出て二手に別れて行動することになった。
 伊東先輩と田中君の後ろ姿が道行く人の間へ消えてから、理子と山本さんは顔を見合わせた。

「お疲れ」
「美味しかったけど、疲れましたね」

 やっと解放された、そんな思いが表情に出てしまいお互い苦笑いする。

「一応、先輩に協力するために参加したけど、伊東さんに気を使いまくって大変だったね。田中もデレデレして、あーいうタイプがいいのかよ。俺は怖くて無理だな」
「確かに、気合が入っていましたね」

 時折、伊東先輩が田中君へ向ける視線は怖かった。夜パフェの後、二人がホテルへ行ったと聞かされても別に驚かない。

「じゃ、帰ろうか」
「はい」

 給料日後の週末の夜ともあって、仕事帰りの人や若者達で駅前の通りは賑わっていた。
 道行く若者達は酒が入っているのか大声で騒いでいる者もいて、理子は山本さんの影に隠れるようにして歩く。

「山田さん」

 焦った山本さんの声と同時に、二の腕に手を回され、ぐいっと彼の方へ引き寄せられる。
 何事か理解する前に、よそ見をしていた理子のすぐ側をフラフラ走る自転車が通り抜けた。

「大丈夫?」

 自転車にぶつかりそうになったのを助けてくれたんだ、と理解した理子はお礼を言おうと顔を上げた。
 山本さんとの距離の近さに、ドキリッと心臓が跳ねる。

「あ、ありがとうございます」

 軽く密着した状態は恥ずかしくて離れたいのに、山本さんは腕を離そうとはしない。

「流石に金曜日の夜は人が多いな。じゃあ」

 ぽつり呟くと、山本さんは二の腕を掴んでいた手を離して、そのまま下へと下がった大きな手のひらが理子の手を握る。

「山本さん?」
「こうすれば危なくないだろ?」

 白い歯を見せて、山本さんは爽やかに笑う。
 筋ばった大きな手のひらが理子の手のひらと重なり、長い指が絡まった。

(ど、どうしよう。いきなり手を繋ぐなんて)

 人が多くてはぐれないために手を繋いでいる、深い意味は無いと、理子は自分に言い聞かせる。
 こんな風に手を繋いでいたら、道行く人からは付き合っている様に見えるのかも、とこそばゆい気分になって絡まる指にぎゅっと力を込めた。

「山田さんの髪っていい匂いがするね」

 横断歩道の信号待ちの間、山本さんは繋いだ手はそのままで、もう片方の手を伸ばして理子のハーフアップにした髪に触れる。

「そ、そうかな」

 山本さんの言動が恥ずかしすぎて、まともに顔が見られない。
 少ししか飲酒していなかった彼は、アルコールに弱い人でおそらく酔っているんだろう。

「山田さん、おやすみ」
「おやすみなさい」

 改札口の手前で、繋いだ手はゆっくりとほどかれた。
 改札口で別れた山本さんの表情が、どこか名残惜しそうに感じたのは、きっと気のせいだと理子は自分に言い聞かせた。
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