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オシャレをして出かけよう

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 自室の鏡の前、俺は昨夜準備していた服に袖を通す。しっかりと伸ばしておいた服はパリッとしており背筋も自然と伸びる。
「よし、こんな感じでいいかな?」
 週末の朝、俺はいつもよりオシャレをして出かけようとしている。なぜなら今日はアックスとのイベントの日であり、おめかしして行くことが発生条件なのだ。
 2か月後の告白までに起こるイベントはこれで最後。ラストシーンまでに必要な大きなものは既に終わっているので、今回はあくまで好感度を上げておくためのイベントだ。
 そして、それが今日であると自信を持って言えるのは、父が1人で出掛けるからだ。10か月程前に書いた俺の攻略ノートには、『父が元大工仲間達に会いに行く日が最終イベント!』と大きく書いてあった。そして今朝父は、約束していた友人達の元へと出かけて行ったのだ。
 書き足されているメモによると、大工仲間の中でずっと独り身を貫いていた男が急に結婚するとのことで、皆でその男の家に押し掛けるらしい。独身最後の日を盛り上げるために、父は今夜あちらに泊まる予定だ。
(あ、そろそろ俺も準備して出ないと!)
 俺は用意していた靴下を履きながら、自分の着ている服について考える。
 ゲームの中であれば、毎回お出かけやイベントの際には服を選ぶことができた。そして相手の好む服装であれば好感度も上がるらしい。ゲーム内の店には多様な服が揃い、それを楽しみにプレイする人もいるだろう。
 しかし俺の場合は、とにかく話題のゲームを攻略することが第一であり、トキメキや恋を楽しむといった目的でプレイしたわけではなかった。春夏はTシャツ、そして秋冬はその上にコートという2択のみで攻略を進めた。
(でもこのイベントに関しては、ちょっとおしゃれして行く必要があるんだよなぁ。)
 俺はここで実際に生活をしているため、ゲームのように2着だけを着まわすことは不可能だ。それに父が俺に何着も服を買い与えるため、クローゼットには男にしては結構な数の服があった。

 鏡の前に立つと、ラフな格好をしている普段より大人びて見える……気がした。
 あちらの世界でアックスの攻略動画を見た時には、配信者はシンプルな白いシャツにネイビーのスカート、そしてコートを合わせていた。俺はさすがにスカートは履けないので、白いシャツにネイビーのズボンを合わせる。
(あとはゲーム通り、小さめのカバンっと。)
 部屋にあった黒い斜め掛けのカバンを身に付ける。肩から胸元に固定されており、これなら動いても邪魔にならない。
(今日のイベントは、運動込みだからね。)
 街で歩くことも想定し、履きやすい靴も玄関に並べた。
「よし、行くか。」
 今回の内容は、題して『ダンスで密着♥帰りは肉まんを忘れずに!』だ。
 こんなメモは書いた覚えがないが、おそらく攻略動画のタイトルか何かだろう。俺は会話選択を復唱しつつ、部屋から出て騎士棟へと向かった。

 今日は晴れており絶好のイベント日和だ。風は冷たくなく、コートも薄めにして正解だった。
 騎士棟前に着くと、予想していた通りアックスと同僚の男達が何やらワイワイと話している。男達が「よっしゃ~!」と言って笑い、それとは対象的にアックスは不服そうな顔だ。
(おー、やってるやってる。アックスは今から街へ行く感じかな?)
「アックス!皆さん、お疲れ様です。」
「……セラ?ここで何してるんだ?今日は休みだろう。」
 アックスは騎士棟の前にいる俺を不思議そうに見た。他の騎士達も俺の名前を呼び、気さくに話し掛けてくる。
「街に買い物に行くんですが、早めに出たのでエマに会っていこうと思って。」
(本当はアックスを待ち伏せしに来たんだけど。)
「そうだったのか。俺も本当ならこのまま馬小屋に行きたかったんだが、たった今こいつらに使われることになった。」
 アックスの台詞に騎士達が文句を言う。
「おいおい、ゲームで負けたら全員分の肉まんってルールだったろ?」
「被害者ヅラしやがって!」
 同僚達は言いたい放題でアックスを責める。
「分かったよ。じゃあ、4つでいいのか?」
「週末出勤してるやつにも差し入れするから50はいるな。」
「自分が勝ったからって、好き勝手言い過ぎだろ。」
 アックスは呆れた顔をしているが、同僚達は「よろしく~!」と笑顔で手を振っている。
(よし、ここで俺も……。)
 ゲームの会話選択を思い出しつつ、すかさずアックスに提案をする。
「俺も一緒に行きましょうか?持つの手伝いますよ。」
「セラ、気持ちは嬉しいがせっかくの休みだし、自分の用事を優先していいんだぞ。」
「散歩がてら買い物に行こうと思ってただけなので。一人より、アックスと行った方が楽しそうです。」
「だが、買って帰るだけだしな……。」
 アックスが申し訳なさそうに断るのを見て、1人の男が会話に入ってきた。
「じゃあ夕方でいいからさ。遊んだ後で買って来てくれよ。」
 他の同僚も「ちょうど腹が減る時間だしな。」とその案に賛成した。
「そうか。じゃあ、セラ……一緒に行くか?」
「はい!」
 俺はイベントが無事始まったことが嬉しく、明るい声で返事をした。

 2人で並んで街へ続く道を歩く。街の近くまで馬車で行き、そこからは天気も良いので歩いて行くことにした。
「皆さんは遊んで来て良いって言ってましたけど、お仕事中ですよね?」
「いや、俺はさっきで上がりだ。他の奴らは1日だから、夕方までだな。」
「そうだったんですね。じゃあ、5時までに帰ればいいってことですか?」
「ああ。時間はあるから、もしセラが見たいものがあればゆっくり見れるぞ。」
 アックスは、騎士棟での不服そうな顔とは違い、機嫌よさげに隣を歩いていた。

 街に着くと広場に向かう大きな道に看板があり『ダンスパーティー会場はコチラ』と大きく書かれている。今回のイベントのメインはまさにこれだ。
 今から、俺達は広場へ行きダンスをする。そしてそこでハプニングが起こりアックスと唇が触れそうになるのだ。
 しかしそこは間一髪、寸止めで済むのだが、それ以降少しだけドギマギする主人公はなんと帰りの馬車の中でアックスに手を繋がれ、ハグまでされる。
 揺れる馬車の中であり、それ以上は何も起こらないが、このイベント後の好感度の上がり方は尋常ではなく、エンディング前に好感度が上がっていないプレイヤーにとっては救済イベントとも呼べるだろう。
(車内で密着なんて、ちょっと緊張するな。)
 ゲームの詳細な記憶はほとんどなく、今は完全にメモ頼りの俺は、帰りの馬車内がどのような雰囲気であったか、アックスがどんな表情をしていたのか、すっかり忘れてしまっていた。
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