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12.準備
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日暮れの少し前に帰城すると、宰相が待ち受けていた。近衛騎士隊長と侍女頭もその後ろで仁王立ちに待っていた。
王とマイリスは並んで皆から雷を落とされて、ようやく解放された時にはもう夕食の頃合いだった。
「マイリスには、明日から教師が付きます」
「はい。教師ですか?」
去り際、宰相に言い付けられて、マイリスの目が大きく見開いた。
「詳細はエルヴェラム伯が王都に到着後となりますが、式典は来年春を考えています。それまでに、マイリスの淑女教育をどうにかせねばならないでしょう」
「あ……」
マイリスの顔から血の気が引く。
宰相の言う通りだ。
マイリスの騎士としての振る舞いは完璧でも、淑女としての振る舞いは問題だらけなのだ。
幼い頃に母から教え込まれたはずの淑女としての作法など、綺麗さっぱり忘れてしまった。このままでは、男として王をエスコートすることはできても、女として王にエスコートされることに難がありすぎる。
「俺は別に気にしないんだが」
「陛下が気になさらずとも、他の皆が気にします。何と言っても、王妃とは国の貴婦人たちすべての手本となるべき存在なのですから」
「手本……」
真っ青な顔で俯くマイリスに、宰相はしっかりと頷き返す。
「ともかく、最低でも、式典や迎賓などの重要な場が取り繕えるようになってもらわねば困ります。明日よりしっかりと励んでください」
「わかりました……」
マイリスは呆然と返答する。
翌日から、たしかに淑女教育はスタートした。
宰相の親戚だというメレルード伯夫人は、四十近い年齢の、まさに貴婦人という女性だった。
マイリスは思わず跪き、貴婦人に対する騎士の礼を取ってしまう。身に染み付いた習慣というのは恐ろしい。
「マイリス様、さすが“麗しの騎士様”ですのね。殿方としては完璧ですわ。とても淑女であると申し難いですけれど」
くすくすと笑いながらメレルード伯夫人に言われて、マイリスはしまったと慌ててしまう。
「これは申し訳ありません。夫人のような素敵な女性を前にすると、どうにも身体が動いてしまうのです」
「そのお言葉も、殿方としてなら完璧ですのに。マイリス様が女性でいらっしゃるなんて、とても残念ですわね」
「お褒めいただき、ありが……ああ、すみません。これでは駄目なのでしたね。この癖をなんとかしなくては」
はあ、と溜息を吐くマイリスに微笑みながら、メレルード伯夫人もどうしたものかと考える。
「たしかに、いきなりというのは難しいかもしれません。
そうですね、わたくしから陛下にもお話申し上げて、普段からもマイリス様を淑女としてエスコートしていただくようお願い申し上げましょう」
「はあ……」
「大丈夫です、マイリス様。人を形作るのは環境ですわ。マイリス様の所作は今でも美しいものですから。ただ、女性のものとしてはいささかきびきびとしすぎていて、柔らかさがないだけですのよ。
これから半年間、常に心がけることで十分に改善できるものです」
「はい……あの、よろしくお願いいたします」
「それではマイリス様、こういう時に淑女であればどう礼をすべきか、そこから始めましょうか」
「……はい」
物腰柔らかく、これぞ貴婦人という出で立ちながら、メレルード伯夫人の教育は厳しかった。
すぐに動き出すのではなく一呼吸置くこと、動きの“遊び”の部分をどう取るかで余裕が生まれること……これまで、マイリスは騎士として常に素早く隙のない身のこなしを心がけて来ただけに、なかなか慣れることができない。
それに……。
「夫人、申し訳ありませんが、歩けません」
「……仕方ありません。低いものから始めて、少しずつ慣れていきましょう」
今の流行りだという、細く高い踵の靴を生まれて初めて履いてみたものの、マイリスは一歩も歩けなかった。
ぐらぐらと不安定で、少し重心を外してしまうだけで容易に転んでしまいそうな靴だ。こんな靴を履いたまま、どうして世のご婦人方が平気で歩き回れるのかがわからない。
「殿方のエスコートあってこその靴ですけれど、それでも、部屋の中くらい歩けなくてはお話になりませんわ」
ころころと笑うメレルード伯夫人に、マイリスの眉尻が下がる。
「マイリス様は背がおありですから、そこまで踵を高くなさる必要はないかもしれません。けれど、ドレスの裾からちらりと見える華奢な踵は、殿方をとても魅了するものなのです。せっかく着飾るのですから、マイリス様の新たな魅力で陛下をもっと虜にしなくては」
「はい……」
「それからマイリス様、ドレスの裾を踏まずに歩くためには、ほんの少しのコツがありますのよ」
「コツですか?」
「はい。一番簡単なのは少し蹴ることですの」
「え……?」
「スカートを十分に膨らませておけばそうそう踏むこともないのですけれどね。どうしても踏みそうな時だけ、軽く蹴ってしまうのです。もっとも、まだ幼い、ドレスにあまり慣れていない令嬢方が最初に覚えるコツですけれどね」
「そうだったのですか……」
「ドレスの布地は意外に厚くて重たいですから。ほんの少し足元がお行儀悪くなってしまっても、ちゃんと隠してくれますの。
でも、殿方には内緒にお願いいたします」
にこにこと笑いながら指を口に当てるメレルード伯夫人に、マイリスもつられて笑ってしまう。
今までさんざん令嬢方のエスコートをしてきたくせに、そんなことにはまったく気づかなかった。淑女というのは、やはり幼い頃からの積み重ねがあってこそなのだなと感心してしまう。
「毎日着ていれば、マイリス様もすぐに慣れるでしょう。さりげなく手を添えてスカートを摘んだり、他にもいろいろな捌き方をお教えしますわ」
「お願いします」
マイリスの身体に合わせて誂えたドレスがようやく届いたといって、さっそく着せ付けられた。靴は、マイリスでもなんとか歩ける低いものだ。
その、初めてのドレス姿で王の前に出た。
もちろん、王は尾をバタバタと振り回して喜んだ。
「ドレス姿のマイリスもかわいい」
ぎゅうっと抱き締めて手放しに喜ぶ王に、マイリスは本当にわかっているのかと、そこはかとなく不安になる。
「そうでしょうか。母からは、まるで案山子が着飾っているようだと言われてしまったのですが」
「かかし?」
「民が、獣除けにと野畑に立てる、木の枝で作った人形です」
「マイリスは人形に見えないけどな」
不思議そうに首を傾げる王に、マイリスは小さく溜息を吐く。
コルセットでぎゅうぎゅうに締め付けて、胸はどうにか盛り上げて、胸元をあまり出さないデザインで、筋肉の付いた肩と二の腕もうまく隠して……。
幸い、身長だけは長身すぎる王にちょうどいいくらいだが、どうにも女装した男のような気がしてしまっていただけない。
「私は、人形のようにあまり凹凸のない身体つきですし、普通のご婦人方に比べて肩周りもごついですから。
それに、自分でも見慣れない格好なので、どうにも落ち着きません」
「俺はすごくかわいいと思うぞ。大事にしまっておきたいくらいだ」
“かわいい”という形容詞が、マイリスにはどうにも自分に合うものと思えず、困ってしまう。
「クスティ様がやっと迎える妃がこれかと、皆の期待を外してしまうのではないかと考えるのが少し怖いですね」
「大丈夫だ。心配しなくても、マイリスは俺の宝だぞ」
「皆がそう思ってくださるとよいのですが」
「マイリスは心配症だ」
ちゅ、とキスをしながらにこにこと笑う王に、マイリスは苦笑を浮かべる。
「そうだ、あとで侍女頭からも報告があると思うが、お前の輿入れ道具が来月届くそうだ。その時に、お前の家族も王宮に来る」
「ありがとうございます」
「詳しくは俺も聞いてないが、お前好みの意匠のものばかりだと聞いているんだ。楽しみだな」
「はい」
着飾っているだけでそんなに喜んでくれるなら、ドレスを着て淑女として振る舞うのも悪くないかなとマイリスは考える。
「マイリスがきれいなのはいいが、跡が付くのはよくない」
マイリスと王はもう、ほとんど事実婚のような生活をしている。式典はまだなのにこれでいいのかと宰相に尋ねれば、にっこりと笑って返されたのだ。
「どうとでもなりますよ。そんなことより、世継ぎのほうが大切ですから」
「はあ……」
そのためだけに、宰相は侍従長たちとも協力して王の諸々の予定を全力で調整しているらしい。これはこれで世継ぎの誕生まで何年も待つことになってしまったら……などという心配が生まれて来るから、なかなかのプレッシャーだ。
とはいえ、それを嫌がる理由は何一つないのだ。
王は毎晩嬉々としてマイリスを抱いているし、マイリスもそこは満更でもない。何より、マイリス自身も、王のためにも早く世継ぎを産んで、王家の正統な血が続くのだと安心したい。
「これまで甘やかしたせいか、コルセットを締めなければ腰のくびれが少々足りないのだそうです」
「くびれなぞ、あってもなくても構わんのに」
そう呟きながら、王は赤く残ったボーンの跡に舌を這わせた。
「クスティ様、たいていの女性は細くたおやかだと見られたいものなのです。間違っても、そんなどうでもいいなどということを仰ってはいけません」
「一応知っている。だが、マイリスは無理をしなくていいんだ」
「無理はしていませんよ。それに、この程度の跡なら一晩で消えてしまいますし……あっ」
「ん」
王のざらりとした掌がマイリスの身体の上を滑っていく。
さすがに鱗はないが、それでも人間の皮膚よりも幾分か固い。指先についているのは尖った鉤爪だ。油断してる相手の喉を搔き切る程度なら容易いというほどに鋭い爪なのに、今はマイリスの肌に傷など付けないようにと、細心の注意を払って身体に触れている。
「マイリスに傷が付くのは面白くない」
「ですから、この程度は傷のうちに入りません」
王がかぷりと首元を食む。
やわやわと弾力を試すように齧りながら、「少し柔らかくなったようだな」と楽しそうにお腹を撫でる。
「以前ほど鍛錬をしておりませんから。それに、侍女頭から、少し肉を増やしたほうがクスティ様からの抱き心地が良くなると教えていただきまして」
かあっと顔を赤らめながらぼそほそ返事をするマイリスに、王は「そうか」と満面に笑みを浮かべて尻尾をぐるりと回す。
「俺のためか」
シーツの布を尾でぺたぺた叩きながら、王はマイリスに顔を擦りよせた。
王とマイリスは並んで皆から雷を落とされて、ようやく解放された時にはもう夕食の頃合いだった。
「マイリスには、明日から教師が付きます」
「はい。教師ですか?」
去り際、宰相に言い付けられて、マイリスの目が大きく見開いた。
「詳細はエルヴェラム伯が王都に到着後となりますが、式典は来年春を考えています。それまでに、マイリスの淑女教育をどうにかせねばならないでしょう」
「あ……」
マイリスの顔から血の気が引く。
宰相の言う通りだ。
マイリスの騎士としての振る舞いは完璧でも、淑女としての振る舞いは問題だらけなのだ。
幼い頃に母から教え込まれたはずの淑女としての作法など、綺麗さっぱり忘れてしまった。このままでは、男として王をエスコートすることはできても、女として王にエスコートされることに難がありすぎる。
「俺は別に気にしないんだが」
「陛下が気になさらずとも、他の皆が気にします。何と言っても、王妃とは国の貴婦人たちすべての手本となるべき存在なのですから」
「手本……」
真っ青な顔で俯くマイリスに、宰相はしっかりと頷き返す。
「ともかく、最低でも、式典や迎賓などの重要な場が取り繕えるようになってもらわねば困ります。明日よりしっかりと励んでください」
「わかりました……」
マイリスは呆然と返答する。
翌日から、たしかに淑女教育はスタートした。
宰相の親戚だというメレルード伯夫人は、四十近い年齢の、まさに貴婦人という女性だった。
マイリスは思わず跪き、貴婦人に対する騎士の礼を取ってしまう。身に染み付いた習慣というのは恐ろしい。
「マイリス様、さすが“麗しの騎士様”ですのね。殿方としては完璧ですわ。とても淑女であると申し難いですけれど」
くすくすと笑いながらメレルード伯夫人に言われて、マイリスはしまったと慌ててしまう。
「これは申し訳ありません。夫人のような素敵な女性を前にすると、どうにも身体が動いてしまうのです」
「そのお言葉も、殿方としてなら完璧ですのに。マイリス様が女性でいらっしゃるなんて、とても残念ですわね」
「お褒めいただき、ありが……ああ、すみません。これでは駄目なのでしたね。この癖をなんとかしなくては」
はあ、と溜息を吐くマイリスに微笑みながら、メレルード伯夫人もどうしたものかと考える。
「たしかに、いきなりというのは難しいかもしれません。
そうですね、わたくしから陛下にもお話申し上げて、普段からもマイリス様を淑女としてエスコートしていただくようお願い申し上げましょう」
「はあ……」
「大丈夫です、マイリス様。人を形作るのは環境ですわ。マイリス様の所作は今でも美しいものですから。ただ、女性のものとしてはいささかきびきびとしすぎていて、柔らかさがないだけですのよ。
これから半年間、常に心がけることで十分に改善できるものです」
「はい……あの、よろしくお願いいたします」
「それではマイリス様、こういう時に淑女であればどう礼をすべきか、そこから始めましょうか」
「……はい」
物腰柔らかく、これぞ貴婦人という出で立ちながら、メレルード伯夫人の教育は厳しかった。
すぐに動き出すのではなく一呼吸置くこと、動きの“遊び”の部分をどう取るかで余裕が生まれること……これまで、マイリスは騎士として常に素早く隙のない身のこなしを心がけて来ただけに、なかなか慣れることができない。
それに……。
「夫人、申し訳ありませんが、歩けません」
「……仕方ありません。低いものから始めて、少しずつ慣れていきましょう」
今の流行りだという、細く高い踵の靴を生まれて初めて履いてみたものの、マイリスは一歩も歩けなかった。
ぐらぐらと不安定で、少し重心を外してしまうだけで容易に転んでしまいそうな靴だ。こんな靴を履いたまま、どうして世のご婦人方が平気で歩き回れるのかがわからない。
「殿方のエスコートあってこその靴ですけれど、それでも、部屋の中くらい歩けなくてはお話になりませんわ」
ころころと笑うメレルード伯夫人に、マイリスの眉尻が下がる。
「マイリス様は背がおありですから、そこまで踵を高くなさる必要はないかもしれません。けれど、ドレスの裾からちらりと見える華奢な踵は、殿方をとても魅了するものなのです。せっかく着飾るのですから、マイリス様の新たな魅力で陛下をもっと虜にしなくては」
「はい……」
「それからマイリス様、ドレスの裾を踏まずに歩くためには、ほんの少しのコツがありますのよ」
「コツですか?」
「はい。一番簡単なのは少し蹴ることですの」
「え……?」
「スカートを十分に膨らませておけばそうそう踏むこともないのですけれどね。どうしても踏みそうな時だけ、軽く蹴ってしまうのです。もっとも、まだ幼い、ドレスにあまり慣れていない令嬢方が最初に覚えるコツですけれどね」
「そうだったのですか……」
「ドレスの布地は意外に厚くて重たいですから。ほんの少し足元がお行儀悪くなってしまっても、ちゃんと隠してくれますの。
でも、殿方には内緒にお願いいたします」
にこにこと笑いながら指を口に当てるメレルード伯夫人に、マイリスもつられて笑ってしまう。
今までさんざん令嬢方のエスコートをしてきたくせに、そんなことにはまったく気づかなかった。淑女というのは、やはり幼い頃からの積み重ねがあってこそなのだなと感心してしまう。
「毎日着ていれば、マイリス様もすぐに慣れるでしょう。さりげなく手を添えてスカートを摘んだり、他にもいろいろな捌き方をお教えしますわ」
「お願いします」
マイリスの身体に合わせて誂えたドレスがようやく届いたといって、さっそく着せ付けられた。靴は、マイリスでもなんとか歩ける低いものだ。
その、初めてのドレス姿で王の前に出た。
もちろん、王は尾をバタバタと振り回して喜んだ。
「ドレス姿のマイリスもかわいい」
ぎゅうっと抱き締めて手放しに喜ぶ王に、マイリスは本当にわかっているのかと、そこはかとなく不安になる。
「そうでしょうか。母からは、まるで案山子が着飾っているようだと言われてしまったのですが」
「かかし?」
「民が、獣除けにと野畑に立てる、木の枝で作った人形です」
「マイリスは人形に見えないけどな」
不思議そうに首を傾げる王に、マイリスは小さく溜息を吐く。
コルセットでぎゅうぎゅうに締め付けて、胸はどうにか盛り上げて、胸元をあまり出さないデザインで、筋肉の付いた肩と二の腕もうまく隠して……。
幸い、身長だけは長身すぎる王にちょうどいいくらいだが、どうにも女装した男のような気がしてしまっていただけない。
「私は、人形のようにあまり凹凸のない身体つきですし、普通のご婦人方に比べて肩周りもごついですから。
それに、自分でも見慣れない格好なので、どうにも落ち着きません」
「俺はすごくかわいいと思うぞ。大事にしまっておきたいくらいだ」
“かわいい”という形容詞が、マイリスにはどうにも自分に合うものと思えず、困ってしまう。
「クスティ様がやっと迎える妃がこれかと、皆の期待を外してしまうのではないかと考えるのが少し怖いですね」
「大丈夫だ。心配しなくても、マイリスは俺の宝だぞ」
「皆がそう思ってくださるとよいのですが」
「マイリスは心配症だ」
ちゅ、とキスをしながらにこにこと笑う王に、マイリスは苦笑を浮かべる。
「そうだ、あとで侍女頭からも報告があると思うが、お前の輿入れ道具が来月届くそうだ。その時に、お前の家族も王宮に来る」
「ありがとうございます」
「詳しくは俺も聞いてないが、お前好みの意匠のものばかりだと聞いているんだ。楽しみだな」
「はい」
着飾っているだけでそんなに喜んでくれるなら、ドレスを着て淑女として振る舞うのも悪くないかなとマイリスは考える。
「マイリスがきれいなのはいいが、跡が付くのはよくない」
マイリスと王はもう、ほとんど事実婚のような生活をしている。式典はまだなのにこれでいいのかと宰相に尋ねれば、にっこりと笑って返されたのだ。
「どうとでもなりますよ。そんなことより、世継ぎのほうが大切ですから」
「はあ……」
そのためだけに、宰相は侍従長たちとも協力して王の諸々の予定を全力で調整しているらしい。これはこれで世継ぎの誕生まで何年も待つことになってしまったら……などという心配が生まれて来るから、なかなかのプレッシャーだ。
とはいえ、それを嫌がる理由は何一つないのだ。
王は毎晩嬉々としてマイリスを抱いているし、マイリスもそこは満更でもない。何より、マイリス自身も、王のためにも早く世継ぎを産んで、王家の正統な血が続くのだと安心したい。
「これまで甘やかしたせいか、コルセットを締めなければ腰のくびれが少々足りないのだそうです」
「くびれなぞ、あってもなくても構わんのに」
そう呟きながら、王は赤く残ったボーンの跡に舌を這わせた。
「クスティ様、たいていの女性は細くたおやかだと見られたいものなのです。間違っても、そんなどうでもいいなどということを仰ってはいけません」
「一応知っている。だが、マイリスは無理をしなくていいんだ」
「無理はしていませんよ。それに、この程度の跡なら一晩で消えてしまいますし……あっ」
「ん」
王のざらりとした掌がマイリスの身体の上を滑っていく。
さすがに鱗はないが、それでも人間の皮膚よりも幾分か固い。指先についているのは尖った鉤爪だ。油断してる相手の喉を搔き切る程度なら容易いというほどに鋭い爪なのに、今はマイリスの肌に傷など付けないようにと、細心の注意を払って身体に触れている。
「マイリスに傷が付くのは面白くない」
「ですから、この程度は傷のうちに入りません」
王がかぷりと首元を食む。
やわやわと弾力を試すように齧りながら、「少し柔らかくなったようだな」と楽しそうにお腹を撫でる。
「以前ほど鍛錬をしておりませんから。それに、侍女頭から、少し肉を増やしたほうがクスティ様からの抱き心地が良くなると教えていただきまして」
かあっと顔を赤らめながらぼそほそ返事をするマイリスに、王は「そうか」と満面に笑みを浮かべて尻尾をぐるりと回す。
「俺のためか」
シーツの布を尾でぺたぺた叩きながら、王はマイリスに顔を擦りよせた。
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