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《第8章》―お前の唇が欲しい…なんて遠い距離なんだろう… ―
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しおりを挟む桂の身体中に夢中でキスを送る。
桂は心地よさそうにその行為に溺れていたが、いつしか亮の胸の中で眠ってしまっていた。
無防備にあどけない表情で眠る桂の額にもう一度くちづけると、亮は桂を抱き上げて寝室に向かった。
桂の身体をそっとベッドに横たえ自分も隣に滑り込む。
彼の顔をそっと撫でながら…亮は呟いた。
「桂…好きだ…」
言って、亮は自分の愚かさに苦笑した。気付くまでに…こんなに時間が掛かってしまったなんて。
口に出してしまえば、なんて簡単にその言葉は驚くほどしっくりと自分の欠落した心の中に納まってしまうのか。
桂の身体を自分の胸に引き寄せ、桂の顔を自分の胸に押し当てる。
「好きだ…桂…」
眠っている桂の耳元で何度も囁いた。彼に自分の声が届かないのはわかっている。それでも告げずにはいられなかった。
最初から…惹かれていた。恋に落ちるのに時間は掛からなかったのだと…思う。
屈託無く笑う笑顔。
自分の話しを真剣に聞いてくれる穏やかな表情、淫らに誘う瞳の色、包み込んで甘やかしてくれる優しい雰囲気…側にいるだけで安心して癒された。
仕事で疲れても、桂の笑顔だけで元気になれた。逢えないと不安で…寂しくて…無性に逢いたくなって…。
嫉妬のしっぱなしだったじゃないか…。
自分のこれまでの言動を思い起こして亮は苦笑を浮かべた。
桂を取巻くあらゆる物に嫉妬していた自分…。
今まで嫉妬なんてしたことなかったから…自分の中で何かにつけて沸き起こるどす黒い感情がなんなのか分からなかった。
桂が自分と距離を置くのが許せなくて…桂の何もかもが知りたくて…桂の世界に自分も一緒に居たいと願うようになっていた。
好きだから、桂と気持を通い合わせたいと思った。
好きだから、自分の部屋の鍵を渡そうと思った。
好きだから、ジュリオと付き合って欲しくないしジュリオに笑いかけて欲しくなかった。
「惚れていたのに…。俺って…バカだ」
絶望的な思いで亮は桂の寝顔を見つめながら呟いた。
健志と桂…二人を同時に愛するなんて馬鹿げたこと、出来やしないのに…。
期間限定で本気の恋愛をしようと考えるなんて…。
「俺は…ホントにバカで最低だ…。桂を…セックス・フレンドにしちまうなんて…」
純粋な桂を貶めてしまった。
セックス・フレンドなんて…桂の心を引き裂くように傷つけた。
―お願い…。唇へのキスはしないで…—
桂の唯一のお願いが心に深く、哀しく響いた。
本命の恋人に悪いと言う…桂の中に在る罪の気持。そして、唇で全てを…自分に対する気持を伝えてしまうことを恐れる気持ち。
桂は、唇を封印する事で…精一杯自分を守ろうとしたんだ。
必ず来る10ヶ月後…その時に、ドライでライトに…俺が望むように、この「恋人ごっこ」を終りにするために…。
やっと気付いた自分の過ち…罪の深さに慄きながら亮は震える指先で、寝息を零す桂の唇にそっと触れた。
自分には許されない…禁断の…そして神聖な場所…。
今すぐ桂を揺り起こして、きつく抱きしめて、愛を告げて、そしてキスしたいと思う。
でも…そんな事今はできない…。
自分に健志と言う存在が居る以上、今何を言ってもそれは桂を傷つけるだけ。
愛を告げた途端、その言葉は一番汚い嘘に変わってしまう…。
亮は熱く潤みそうになる目頭をぎゅっと抑えた。
なぜ、泣きたくなるんだ…?自分に泣く資格なんて無いのに。泣きたいのは桂の筈だから。
亮はもう1度桂の唇に指を這わせる。
―キスしたい…—
思って、顔を顰めた。
桂の心も、唇も欲しい…。でも何て遠い距離なんだろう…。そこまで遠くしてしまったのは全て自分。
どうすれば…桂を取り戻せるんだ…。
桂の寝顔を溢れそうになる熱い想いで眺めながら、亮は暗澹とした気持で、これから先の事を考えつづけていた。
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