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《第12章》—お前がいない不安、お前を傷つける苦しみ、それでも手放さないのは・・・全て俺のエゴだ—

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「…それで…リョーはおめおめと帰って来たんですか?」

 ジュリオの無礼な言葉にも、亮は怒る気になれずガクンと頷いた。
ジュリオが「おめおめ」という言葉の意味を理解しているのか、チラッと気になったがそれすらも亮は不問に臥した。そんな気になれない程、心身共に疲れ切っていたのだ。

「俺にどうしろっていうんだよ?」

 弱々しい口調で亮は訊ねる。本当にどうする事も出来やしなかった。亮はふぅっと息を大きく吐き出すと恨めしげにジュリオを見上げた。

 ジュリオはすっかり意気消沈している亮に苦笑すると、バーボンを作って手渡してやる。亮はそれを一気に飲み干すと唇をグイっと拭った。

 ジュリオと別れて、その足ですぐに桂の元へ向かった。桂が戻ったら、すぐに抱きしめて、そして…好きだと言ってしまおう…そう決意すらしていた。

 亮を出迎えたのは相変わらず主のいない暗いままの部屋。桂の部屋の前に立ち尽くしたまま指先で冷たいドアに触れながら行方の知れない桂を思った。

 自分の中で激しく渦巻く嫉妬の感情。今まで分からなかった覚えの無かったその感情が今でははっきりとわかるようになっていた。

 自分がいないときに桂がどこに行ってしまったのか、誰と出掛けたのか、自分の事が嫌になって他の男と一緒にいるのではないか…とりとめも無い不安と嫉妬を抱えて部屋で待ちつづけた。

 深夜も1時を回るころにやっと帰ってきた桂。少し陽に焼けた、はつらつとした顔。
その顔に輝くような笑みを浮かべながらマンションの階段を駆け上がって来た。

 嬉しさと愛しさが一気に胸の中に溢れてきて、抱きしめたい…そう思った瞬間亮の視界に飛びこんできたのは桂と…見たことのない男だった!しかも、いかにも桂と仲が良いのが伺える雰囲気だった。

 嫉妬で桂を詰ってしまった自分…亮はその時の自分の醜態を思い出して低く呻いた。嫉妬のあまり見境なく桂を傷つける言葉を吐いてしまった…。

「…だからじゃないのですか?桂が怒ったのは?」

 まだ、ソファでグッタリと沈み込んでジュリオに切れ切れに話しを続ける亮にジュリオは訊ねた。

 この部屋に亮が戻ってきた開口一番が
『桂に追い返された!』という怒り交じりの言葉だったのだ。

 てっきり今夜は戻らないだろうと踏んでいたジュリオは怒りでカンカンになりながら部屋に帰ってきた亮の姿に驚いた。
それこそ、最初は手がつけようもないくらい怒っていて、当り構わず目の付くものに片っ端から当り散らしていたのだ。

 なんとか宥めすかしてソファに座らせて事情を問い質した。
当たるだけ当たって一応気持が落ち着いたのか、亮がやっと状況を話しはじめたおかげで、ジュリオにも桂が男性と一緒に帰宅したこと、その男性を桂が大学の後輩だと言ったこと、亮がその男性に嫉妬したこと、そして嫉妬に駆られて桂に暴言を吐いた事…までは理解できた。

 ただ、追い返された原因が何なのかわからなかったので、諸々の状況から推測して、亮にそう訊ねたのだった。

「…違う…違うはずだ」

 疲れ切った声音で、亮は頭を振ってジュリオの推測を否定した。自分でも、あの時の桂の様子を繰り返し脳裏で再生する。

「…どうしてですか?」

 ジュリオは亮の否定する姿を理解に満ちた優しい瞳で見つめながら聞く。

「だって…」

 言いかけて亮は口を噤んだ。桂の言葉が胸の中で苦々しい思いと共に甦る。

―俺が…浮気すると思った?それともすれば良かった?そうすれば契約違反で契約を解除できると思ったかよ?―

―バカだな…。俺がそんな事するの待ってなくたって良いはずだろ?お前が健志さんと会ってきて、俺となんか付き合っていられない…、そう思ったならそう言えば良いんだ。山本が終りにする…そう言えば俺は……—

 嗚咽を押し殺して、俺の瞳を真っ直ぐに見つめて、そう言った桂。俺が桂を傷つけることを言ったから…。

 亮は黙って頭を振りながら桂の泣き顔を思い出して、呼吸が塞がれそうな苦しさを覚える。

―山本が終りにする…そう言えば俺は……俺はお前と別れるのに—

 そう言いたかったのだろうか?亮は宙に消えた桂の言葉を想像してブルッと背中を震わせた。

 桂が俺と別れたい…?そうなのか…?嫌だ…俺は…絶対に嫌だ……!

 亮は蒼白になりながらジュリオを見つめた。

「だって…俺は桂に謝った…。もちろんバカな焼もちで桂の言葉信じないで…桂を傷つけることを言った…。でも謝って…桂は許してくれたんだ」

 絶望に震える胸の中で必至で亮は光を探す。

…許してくれた…俺が謝って桂を抱きしめて…そしてあの時確かに桂も俺を抱きしめてくれた…。

「それでは、どうしてカツラ、リョーの事追い返すのですか?リョーの嫉妬を許したのに追い返す。これ変ですね?」

 ジュリオはそろそろ飽きたというようなうんざりした表情で亮に訊ねる。

「…わからない…」

 弱々しく亮は呟くように答えた。

「突然だったんだ…」

 早く帰国した理由を適当にデッチ上げて桂に説明した直後だった。桂が突然手のひらを返したように、態度を変えて自分から離れたのだ。

そして…追い返された…。

 健志に義理立てするような説明を並べて桂は俺を追い返したんだ…。

 亮は桂の言葉を思い返しながら苦々しく考える。

 俺は桂を愛していて、健志と別れたくて、でも健志を絶対俺と別れたがらなくて、そして桂は相変わらず俺の気持に気付かないで自分をセックス・フレンドだと思っていて、健志を優先するような事を言う。

 今回の休暇だって健志と別れるためにニューヨークに行ったのに、当然そんな事分かるわけもなく…俺が楽しく健志と過ごしたと思っているのだろうか…?

「なんか…疲れた…」

 そこまで考えて亮は顔を片手で擦ると俯いた。ジュリオはそんな亮を痛ましげに見つめている。ジュリオが亮の空のグラスに気付いて、お代わりを作ろうと立ちあがった瞬間だった。

「分かった…!」

 亮がパッと顔を上げて、そう叫んだのだった。

「分かったって…カツラがリョーを追い返した理由がですか?」

 真っ青になりながら、立ちあがった亮にジュリオが問い掛ける。呆然としたように立ち尽くしていた亮はジュリオの言葉に我に返ったように、ジュリオにゆっくりと視線を向けた。

「…あぁ…分かった…」

 どうして…?と言うジュリオの質問は発せられる事は無かった。

「悪い。俺一人になりたい…。ジュリオ帰ってくれないか…」

 呟くように言い置くと、亮はバスルームに飛び込んでいったから。
 
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