突然だが、皆さんは今までの人生でどのくらいの量の玉子を無駄にしたことがあるだろうか。
玉子とは、卵。つまり鶏卵である。
大変恐縮ながら、現在私は生意気にも様々なお仕事を多方面より頂戴しており、目下の食事に困るほどの生活ではない。しかしまあ、セレブ芸能人のように毎日キャビアとフォアグラと金箔に囲まれた食卓でもない。
いわゆる、日に三食は食べられる、そんな状態である。
だが、ここまでの道のりは険しかった。
大学を卒業した私には毎月4万円という、奨学金返済がズシンとのしかかった。
当時の初任給の額面は22万円だったので、税金を引き、家賃を引き、水道光熱費を引き、スマホ代を引き……とすると、どのくらいのお金が残るだろうか。
答えは、毎月食費とお小遣いでわずか3万円である。
3万円と聞くと「お、意外とあるじゃん」と思うかもしれないが、当時の私はとある会社の営業職であった。ここから普段の立替交通費(飛行機代なんかあったら一発で大ダメージ)も捻出しながら飲み会もこなすといった状況で、セレブ生活どころか、常に食卓のBGMが『ミッション:インポッシブル』のテーマという有り様だった。
常にトム・クルーズと火の車がデッドヒートである。飛行機代が発生する際は無賃搭乗を計画しそうな勢いで貧乏であった。誰よりもミッションインポッシブルな思想と隣り合わせの新社会人であった。
そんな私の食卓は当然お世辞にも充実していたとは言えず、玉子かけごはんが主な夕食であった。一般的には朝食にされることが多い玉子かけごはんだが、もはや朝食ではなく我が食卓では立派なメインディッシュ。もしメニュー表があったら堂々と「TKG(玉子かけごはんの略) ~BIMBO風~」と記載してやったと思う。
そんな玉子かけごはんに、ある日飽きが来た。なんて残酷なんだ。もはや自身のライフラインであり、ライフスタイルまでも侵食しつつある相棒、玉子かけごはん。それに飽きが来るだと?
私は大急ぎでこの忌々しき状況を打破するため、なけなしの卵ラスト1個をごはんにかけ、味の素をふりかけ、電子レンジのスイッチを押した。チャーハン的な何かになって味が変わるかもしれない。
当時の私には、まったく料理の経験がなかった。卵をレンジでチンしたらどのようなことになるかなど、全く想像もしていない。チンッっていうか、ボンッてなることを。
「もう少しでメインディッシュ(夕食)だ……!」
私の期待を一手に引き受けた玉子かけごはんは、レンジの中で、そして私の目の前で案の定爆散した。
「たっ……! たまごオオォォーーー!!」
今でも忘れない。マンションの隣の部屋から壁ドンされるほどに絶叫した。
驚き、震え、ひもじく、私はその晩、電子レンジを抱えながらおいおいと泣いた。ああ、ミッションインポッシブル。任務失敗。
話は長くなったが、私には、卵を1個無駄にした経験がある。この経験を身の回りの人々に話すと、単純に笑ってもらえたりアホさ加減に苦笑されたりするのだが、当時の私にとっては計り知れないダメージを与えられた出来事であった。
そんな話から、今日はスタートしたい。
皆さんからいただく相談でなかなか多いのは、目の前の心配事や危機への恐怖と、絶望へのメンタルの持ちようをどうすればいいのか、というテーマだ。
「目下、最悪の事態なんです」
「こんなこと人生初だ……!」
「最悪だ。終わった」
「これはもう取り返しがつかない」
など、様々な阿鼻叫喚の相談をいただくが、ここで一つ落ち着いて考えてみてほしい。
別の話にはなるが、あなたは去年の今日、何で悩んでいただろうか?
なんとなー……く、去年は何かが大変だった気がする。
もっと具体的に教えてほしい。どんな感じでピンチだったのだろうか?
多分、〇〇の納期が……恋人との仲が……なんか上手くいっていなかった。ただ、ひどく絶望していたことは覚えている。
皆さん、こんな感じではないだろうか。
ここでカンのいい方はわかったと思う。そう。意外とあんまり覚えていないのだ。
去年、その問題やピンチに遭遇していた時の自分は、それらがあまりに強大、凶悪に見えたと思う。
しかし、時が流れると「あ、そんなこともありましたね……つらかったなあ……」と少し遠い目で思い出せるくらいになる。
これは、今の自分がその問題から離れたからである。
目の前にある問題やピンチは、目の前にないとあまり怖くないのだ。