ホームステイも明日で終わるという前日、おじいさんと庭掃除をすることになりました。家の辺りを見渡すと、紅葉で色づいた木々の葉が風に吹かれて揺れ、少しずつ葉も散り始めていたこともあり、庭の広範囲が葉で覆われていました。落ちた葉っぱをかき集めていくと、葉っぱの下から青々とした芝生が顔を覗かせていました。掃除もだいたい終わり、コーヒーを飲みながらひと息つくと、おじいさんと少し家の周りを散歩しようということになりました。
家の側にある山道を二人で静かに歩いていると、おじいさんが一本の大木の前に立ち止まり、私に「この木をあんたに紹介したかったんや」と呟かれました。その理由を聞くと、二つあることを教えてくれました。
一つは、おじいさんはこの大木に、これまでにたくさんの相談をしてきたと説明してくれました。辛いとき、悔しいとき、誰にも言えない悩みをじっと聞いてきれたのがこの大木だったそうです。おじいさんにとって、何よりも大切なものが「心の拠り所」である大木だったのです。その大切なものを、私に見せてくれたのです。
そして、もう一つの理由は、アメリカで勉強している私に伝えるべき、大切なことを教えるためでした。おじいさんは、大木を右手でさすりながら、ゆっくり話を始められました。
「最近の人はいろんなものに振り回されて、本当に大事なことを見つけ出す力を失ってるんとちゃうかな」
「紅葉だってそうや。遠くまで見に行ったりする人もおるけど、この木一本からでも十分、秋は感じられるで」
これは、紅葉を求めて旅行することを否定しているのではなく、大切なことや自分が求めているものは、遠くではなく、実は近くにもあるというメッセージだったのです。外へ外へと新しいものや答えを求めていた当時の私にとっては、大きな気づきのメッセージでした。
これは、すべてを把握することは不可能なほど多大な情報が飛び交う現代社会に生き、突き動かされている私たちにとっても、立ち止まって冷静に自分を振り返るきっかけになりはしないでしょうか。
正直に言うと、一体自分が本当は何を求めて生きているのか分からなくなっている方が多いのではないでしょうか。結果的に、自分を問うというステップをないがしろにして、周りの風潮に合わせてしまい、不必要な心配や体力を使ってしまっているのが私たちの姿ではないでしょうか。
冷静に考えてみると、実は求めていたのは極めて単純なもので、そこまで必死にならなくても十分満足できることもたくさんあるはずです。ひょっとしたら、それは想像していたよりも小さな幸せかもしれませんが、実はそれは一番価値あるもので、重たいものです。
遠くではなく、近くにある幸せを見つける練習をしましょう。まずは、一本の木から秋を感じられる穏やかな精神状態を作りましょう。物事の見方が変われば、見ている世界も変わってきます。これは小さな幸せの見つける方法の一つです。
残念ながらおじいさんは、2014年にお亡くなりになりました。しかし、秋が来るたびに私は、この大切な教えを噛みしめ、おじいさんのことを想うのです。
「ありがとうございました」