小さな幸せの見つけ方

心から大切な人がいると、人は強くなれる

2017.11.06 公式 小さな幸せの見つけ方 第7回
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弟をおんぶするお姉ちゃん

先月の連休の時の話です。休日だったのですがちょっとした仕事があり、私は電車で仕事場に向かいました。いつも通りの時間に起き、いつもと変わらない時間帯の電車に乗りました。いつも最寄り駅から東京駅を経由して職場に向かうのですが、さすがに休日ということもあり、東京駅までは車両も空いていて座って移動することができました。

この調子だと、東京駅も人は少ないだろうと思っていたのですが、それは大きな間違いでした。まだ朝も早いというのに、駅は人でごった返していました。さまざまなところから来られた旅行者なのでしょうか、小さな子どもからお年寄りまで、大きなリュックやカバンをかつぎ、コロコロの付いたスーツケースを転がして移動する人でいっぱいでした。

そんな人々を少し羨ましく思いながら仕事へ向かったのですが、この日はちょっとした仕事だったので、いつもより早い時間に仕事を終えることができました。さあ帰宅しようと、私は職場の最寄り駅に向かいました。しかし、ちょうど交通系ICカードの電子マネーの残高が少なくなっていたので、東京駅の自動券売機でチャージをしていると、どこからか子どもが泣く声が聞こえてきました。

ふと聞こえてくる声の方に顔を向けると、駅構内の柱のそばにリュックを担いだ姉弟がいました。お姉ちゃんはだいたい小学3年生くらいで、弟のほうは小学校にあがる前くらいの二人でした。泣いていたのは、弟のほうでした。自分の背中より少し大きいリュックをかつぎしゃがみこんで、「もう疲れた、歩きたくない」と泣きながら叫んでいました。お姉ちゃんは、弟のそばでしゃがんで慰めています。

私はどうもその二人が気になって、電子マネーのチャージが終わると、声を掛けようと思って歩み寄ると、お姉ちゃんはすくっと立ち上がり、自分のリュックを背中から前に掛け直し、弟の前に立ち背中を向けてかがみました。「ほら」と両手を後ろに広げ、弟に背中を見せると、弟は泣き止みお姉ちゃんの背中に身体を委ねました。

お姉ちゃんは弟をおんぶして歩き始めたのです。しかし、自分の荷物もあり、重くてバランスが取りにくいのかヨロヨロし、10メートルも歩かないうちに二人とも転んでしまいました。しかし、彼女はまた弟をおんぶし始め、ヨロヨロと歩きだし、また転んでしまったのです。

私は見ていられなくて、二人に声を掛けました。そして、近くに座る場所があったので、二人の荷物を持ってそこへ移動しました。聞くところによると、お母さんと一緒に岡山県から来たそうですが、駅で迷子になってしまっていたのです。私はすぐに駅員さんを呼んで迷子の放送を流してもらいました。

お母さんを待っている間、一緒にジュースを飲みながら東京でどんな旅行をするのかなど、いろいろと話していました。ゴクゴクと夢中でジュースを飲む弟と、そのそばで静かに弟を見つめるお姉ちゃんがいました。しばらくすると、お母さんが走って迎えに来てくれました。すると、お母さんの顔を見るや否や、急にお姉ちゃんが泣き始めました。

きっと、自分が弟を護らなければという責任感から開放され、安心したのでしょう。お姉ちゃんだって見知らぬ地で迷子になって怖くてたまらなかったのだと思います。そんな様子を見て、私も少し涙が出そうなりました。

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プロフィール

大來尚順
大來尚順

1982年、山口県生まれ。僧侶でありながら講演や執筆、通訳や仏教家関係の書物の翻訳なども手掛け、活動の場を幅広く持つ僧侶。龍谷大学卒業後に渡米。米国仏教大学院に進学し修士課程を修了。その後、同国ハーバード大学神学部研究員を経て帰国。

ビジネスマンの悩みを仏教の観点から解決に導く著書『端楽(はたらく)』や、英語に訳せない日本語の奥深さを解いた『訳せない日本語』(ともにアルファポリス)が好評のほか、国内外を問わず仏教伝道活動を広く実践している。

著書

小さな幸せの見つけ方

「日常の中にある、普段は気づきにくい“幸せ”を再発見すること」をテーマとした、著者自身の実体験による24話のエッセイ。人間にとって本当の“幸せ”...

訳せない日本語

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端楽

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