父と酌み交わす酒

2018.05.21 公式 小さな幸せの見つけ方 第20回
Getty Images

月に一度の楽しみ

私は月に一度、東京から山口県にある実家に、仕事を手伝うために帰省する生活をしています。正直、毎月の長距離移動は体力的にも金銭的にも辛いのですが、それでもいくつか楽しみもあります。例えば、愛犬と近所を散歩できたり、日頃の雑多な大都会の生活から自然に囲まれた静かな場所に身を置くというギャップに心地よさを感じ、リフレッシュできることも楽しみの一つです。

しかし、いくつかある楽しみの中でも、一番楽しみにしていることがあります。それは、父との晩酌です。このようなことを友人に言うと、親子二人でお酒を飲むことを不思議がられることがありますが、私は父と一緒にお酒を飲むのが好きです。

私には、歳の離れた姉が二人おり、末っ子の長男として生まれました。両親にとっては、少し遅めの子どもだったこともあり、私が二十歳になりお酒を飲めるようになった頃には、父は還暦を迎えていました。父からしてみれば、首を長くして一緒に晩酌をすることを待ち望んでいたのではないかと思います。

実は幼い頃、私はあまり父と接する機会がありませんでした。父は、平日は早朝から夜遅くまでサラリーマンとして働き、週末は家業であるお寺の仕事をするという生活をしており、私が起きている時間帯に家にいることはほんどありませんでした。そんな事情もあり、幼い頃の私は父を「父親」とはあまり認識しておらず、どちらかというと大人の男の人が家にいるというくらいにしか思っていませんでした。

思春期の頃、いろいろと悩むこともあり、本来ならば「父親」に相談すればよいこともできずにいたことを思い出します。しかし、よく考えてみると、今ではそんな父と一緒に盃を交わすことが大好きな自分が不思議です。その理由に思いを巡らせてみると、父のことがよく分かるようになったからだということに気が付きました。

初めて一緒にお酒を二人で飲んだときの父のニヤニヤした嬉しそうな顔は、今でも忘れません。そのとき、「どうしてこんなに嬉しそうな顔をするのだろうか?」と不思議でした。 しかし、日頃は表情が固く、ニヤニヤすることなど滅多にない父がニヤニヤしているのがおかしく、その顔を見たいがために一緒に飲みはじめたのがきっかけでした。

すると、次第に父の口からいろいろな話を聞けるようになりました。例えば、今だから言える笑い話、苦労話、失敗談、母への愚痴など、父の「本音」のような想いに触れるようになったのです。そして私自身、父のことを誤解していたことが分かったり、今だから分かる父の気持ちなどが自分に流れ込んでくるような感覚を覚えるようになりました。家族を想い守り抜いてきた姿や、サラリーマンとの二足の草鞋(わらじ)で家業を引き継いできた想いなどに触れたときは、涙が出そうになることもあります。

私もいまや一人の娘を持つの父です。今だから分かる父の気持ちに触れ、これからどのように人生を歩んでいくべきなのかを考えさせられます。父と盃を交わすことは、私とってお互いの「想いを酌み交わす」ことを意味するのです。

しかし、最近では父もお酒を飲む量が随分と減りました。昔は、「この人は一体どれくらい飲むのだろうか」と呆れたこともありましたが、だんだん飲む量が同じになり、今日では私の飲む量のほうが多くなりました。そうすると「あとどれくらい父と一緒にお酒を酌み交わす幸せな時間を過ごすことができるのかな」と考えてしまい、寂しくもあります。

ご感想はこちら

プロフィール

大來尚順
大來尚順

1982年、山口県生まれ。僧侶でありながら講演や執筆、通訳や仏教家関係の書物の翻訳なども手掛け、活動の場を幅広く持つ僧侶。龍谷大学卒業後に渡米。米国仏教大学院に進学し修士課程を修了。その後、同国ハーバード大学神学部研究員を経て帰国。

ビジネスマンの悩みを仏教の観点から解決に導く著書『端楽(はたらく)』や、英語に訳せない日本語の奥深さを解いた『訳せない日本語』(ともにアルファポリス)が好評のほか、国内外を問わず仏教伝道活動を広く実践している。

著書

小さな幸せの見つけ方

「日常の中にある、普段は気づきにくい“幸せ”を再発見すること」をテーマとした、著者自身の実体験による24話のエッセイ。人間にとって本当の“幸せ”...

訳せない日本語

アルファポリスのビジネスサイトで大人気の連載がついに書籍化!! 正確に英語で訳せない日本語にこそ、実は日本古来の文化や習慣、日本人の「心」が息...

端楽

浄土真宗本願寺派の僧侶であり、ハーバード大学研究員の経歴を持つお坊さんが、「働く」ことを仏教的な視点から解説し、人が働くことの意味と意義における...
出版をご希望の方へ