東京ヤクルトスワローズ 髙津流マネジメント2025

交流戦、屈辱の最下位――
最悪のチーム状況で指揮官はどう戦ったのか

なぜ、送りバントを多用するのか、その理由とは?

――なかなか打線が上向かない中で、バントを多用するケースが目立ちます。なかなか連打が期待できない状況だからこそ、「まずは得点圏にランナーを置いて、そこでワンヒット出るか、出ないか」、そんな考えからの作戦なのでしょうか?

髙津 長打力が期待できる場面ではバントはいらないと思います。さらに、走力があるランナーであればバントはいらないんです。要は、長打1本で1点取れるとか、スチールができるとか、そうであればバントは必要ありません。今ここにいないメンバーの話となってしまうけど、例えばフルメンバーそろっていたとすると、1番に塩見(泰隆)がいて、最多安打の(長岡)秀樹が何番かに位置していて、4番に村上(宗隆)がいるならば、バントはいらない。でも今は長打力が少ない。オスナ、サンタナ両外国人ぐらいしか長打が望めない状況で、足もないとなると、どうしてもバントを採用せざるを得ない。そこでタイムリーが出ていれば、そんなにバントについて言われることはないと思うんですけど、得点圏打率が非常に悪い。「やっぱり送ってよかった」とならない。せっかくバントで送ったけど、続く2人が凡退して点にならなかった。そんなことがすごく多いのが現状です。

――交流戦終了時点でのスワローズの得点圏打率は.211。なかなかタイムリーヒットが出ない現状では、「みすみす1つのアウトを献上してしまう」という現実だけが際立ってしまいますね。

髙津 で、さっきの話に戻ると、ファイターズは長打力があるんです。で、脚力もある。それでも、バントもするんです。そこがやっぱり強さの理由だと思うんです。詳しい数字を見たわけではないけど、おそらく得点圏打率もそれなりにあると思います。だから点が入りやすいんです。つまり、今のスワローズは長打力がない。脚力がない。得点圏打率が低い。連打も少ない現状ではバントをやらないと得点圏に進めることができない。だからこそ、「まずは得点圏に走者を進めること」、そして「そこであと1本が、出るか出ないかの勝負」をしているわけです。点を取ろうと思っているからこその作戦です。

――そうすると、いわゆるビッグイニングがなかなか期待できないからこそ、「2点取って突き放す」よりも、「まずは1点を取って同点に」という、ある意味では受身の采配となるのでしょうか?

髙津 今のチーム事情を考えると、僕の理想というのは、例えば4点を奪うとしたら、「0、2、0、2」で4点を取るよりも、「1、1、1、1」の4点を狙っています。そういう打線になっているというのが現状で、なかなかビックイニングを狙える状況が作れないというのが実状です。連打が少ない、長打が少ない。その中での作戦だと考えてもらっていいと思います。バファローズとの試合で小川(泰弘)にスクイズさせた場面がありましたよね。

――6月20日のオリックス・バファローズとの初戦。2回裏、2対3と1点差に追いつき、一死二、三塁の場面で打者の小川投手にスクイズを命じたものの、ファウルフライとなって、三塁走者が戻れずにダブルプレーでチェンジとなってしまいました。

髙津 あの場面、ワンアウト二、三塁でした。普通に打たせても良かったと思います。打席にはピッチャーだったので、たとえアウトになっても、ツーアウト二、三塁で、一番の岩田(幸宏)で勝負する作戦も当然あります。それでも、「岩田のヒット」と「小川のスクイズ」を考えたときに、得点圏でのヒットよりも、小川のバントの成功の方が確率が高いと考えました。もし、それが成功したら、1点を取って同点に追いつき、さらにツーアウト三塁となって、「岩田でもう1点取れるかな」と期待したんですが……。

――しかし、結果的にはスクイズ失敗のダブルプレーでチャンスが潰えてしまった。

髙津 あの時点で、岩田の「対右ピッチャーの得点圏打率」が.059でした。つまり、20回に1回しか打つ可能性がない。だからこそ、「スクイズの方が確率が高い」と考えました。けれども、結果的に点を奪うことはできなかった。それがあの場面で、僕が考えていたことでした。野球は確率のスポーツ。時には大胆な作戦も必要。その時の一番良い作戦を選択しながら、一つでも多くの勝利を手にするべく、これからも全力で戦っていきたいと思います。

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プロフィール

髙津臣吾
髙津臣吾

1968年広島県生まれ。東京ヤクルトスワローズ監督。広島工業高校卒業後、亜細亜大学に進学。90年ドラフト3位でスワローズに入団。93年ストッパーに転向し、20セーブを挙げチームの日本一に貢献。その後、4度の最優秀救援投手に輝く。2004年シカゴ・ホワイトソックスへ移籍、クローザーを務める。開幕から24試合連続無失点を続け、「ミスターゼロ」のニックネームでファンを熱狂させた。日本プロ野球、メジャーリーグ、韓国プロ野球、台湾プロ野球を経験した初の日本人選手。14年スワローズ一軍投手コーチに就任。15年セ・リーグ優勝。17年に2軍監督に就任、2020年より現職。

著書

明るく楽しく、強いチームをつくるために僕が考えてきたこと

髙津臣吾 /
2021年、20年ぶりの日本一へとチームを導いた東京ヤクルトスワローズ髙津臣吾監...
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