「文学」を掲げたイベントに集まる人々……出版不況、書店の減少が叫ばれるなか、「文学フリマ」が生む熱気の正体とは?

2026.05.07 Wedge ONLINE
近刊『文学フリマ物語 なぜ人は創作に魅せられるのか』(2026年5月20日発売予定)より、「はじめに」を公開いたします!
著者は共同通信 文化部の記者・鈴木沙巴良さん。文学フリマや個人出版の盛り上がりについて、3年あまり取材を続ける中で浮かび上がってきた「問い」が本書のサブタイトルになりました。
出版不況、書店の減少が叫ばれるなか、なぜ「文学」を掲げるイベントにこれだけの人が集まるのでしょうか。――ユニークで個性的な作品が邂逅する「文学フリマ」 という現象に迫ります。
*本記事は、『文学フリマ物語 なぜ人は創作に魅せられるのか』(ウェッジ)から一部抜粋して編集のうえ掲載しています。

なぜ人は創作に魅せられるのか

 久しぶりに青山ブックセンターを訪れた。

 2025年2月2日、曇天の節分。通りを挟んで青山学院大学の向かい側、国連大学の脇を奥へと進んでいくと、地下へと続く階段とエスカレーターがある。それを降りきると、正面に店名の青いネオン。ガラス張りのその書店が、青山ブックセンターだ。写真やデザイン関係の書籍の品揃えが豊富で、場所柄からそう感じるのかもしれないが、おしゃれな雰囲気が漂っている。訪れた時には、イラストレーターのトークイベントも開かれていた。それなりに盛況していたけれど、目当てはそれではない。

 書店を出て、同じフロアを探索してみる。ワイン教室や美容関係のテナントが入っているものの、人気はなく、ゆっくり見て回れた。が、20年ちょっと前の景色が全く蘇ってこない。記録上、2002年11月3日にこのフロアにあった青山ブックセンターのイベントスペース「カルチャーサロン青山」で、第1回文学フリマが開かれたことは間違いない。そして、そこに僕がいたということも。しかし、そのようなイベントスペースは存在しておらず、清潔感はあるがどこかよそよそしい廊下が延びていた。うろ覚えの当時の映像と目の前の景色が、重ならない。そしてそれは、これからもずっと重なることがないだろう。

 文学フリマとは文学作品の展示即売会だ。出店者が「文学」だと思うものであれば、どんな中身であろうと自由に販売できる。本を自主制作した人たちが集うイベントとしてはマンガなどの同人誌即売会「コミックマーケット」(通称コミケ)、「コミティア」、「そうさく畑」などが先行するが、文学フリマは「文学」に限っているところに特徴がある。2002年に初開催されてから規模は拡大を続け、2025年11月に東京で開かれた文学フリマの来場者は2万人に迫る勢いだ。日本武道館の最大収容人数が1万5千人足らずというから、その規模の大きさが分かる。

 しかし、最初からそんなに大きなイベントだったわけではない。詳細は後の章に譲るが、批評家の大塚英志さんが文芸誌『群像』(2002年6月号)に1本の評論を発表したことが、文学フリマ開催の直接の端緒になった。その評論「不良債権としての『文学』」の中で大塚さんは、出版市場が縮小してそれまでの「文学」が持続不可能になっていると指摘し、その「対症療法」の一つとして、既存の流通システムの外側に市場をつくる試みを提案した。それを具現化したものが文学フリマだった。

 当時、僕は18歳の大学1年生。その年の春から早稲田大学に通い、「現代文学会」という文学サークルに所属していた。先輩たちの発案で、僕たちも第1回文学フリマに参加することになった。販売するものとしては、年に1回作っていた同人誌『早大文学』があったし、それに加えて新たに『リブレリ』という書評誌(大学のコピー機で印刷しホッチキス留めした簡易的なもの)も作ることにした。前者が300円、後者が100円だったと記憶している。