『パラサイト』の栄光から5年、韓国映画界が絶滅危機…Netflixがもたらした破壊的構造

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●この記事のポイント
・『パラサイト』の世界的成功から5年、韓国映画は製作減・投資縮小・劇場縮小が同時進行。Netflix型モデルが産業循環を変えた。
・買い取り型OTTは制作の安全性を高める一方、IPと収益上限をプラットフォーム側へ移転させた。韓国映画は自律性の危機にある。
・劇場離れは「料金・時間・失敗リスク」の壁で加速。韓国の構造崩壊は日本にも波及し得る“次の映画危機”の予兆だ。

 2020年、『パラサイト 半地下の家族』がアカデミー賞作品賞を受賞した瞬間、世界は「韓国映画の黄金時代」を確信した。韓国の映画は、もはや国内市場の成功にとどまらず、文化として世界を動かす段階へと突入した――そう見えた。

 しかし、それからわずか5年。韓国映画界は今、「絶滅危機」と呼ぶほかない局面に立たされている。新作の製作本数は激減し、今年劇場公開予定の作品が片手で数えるほどだという話すら出る。観客は劇場から消え、韓国最大級のシネコンが赤字劇場を閉鎖し、座席を撤去してボルダリング施設やスポーツ用途への転換を進めている。

 もはや「映画館が映画館であり続ける」こと自体が、企業存続の障害になりつつあるのだ。

 この急激な地盤沈下を、単なる景気循環や作品不作で片付けてしまうと、本質を見誤る。韓国映画の危機は、クリエイターの才能枯渇でも、観客の文化的退潮でもなく、産業の収益構造が“あるプラットフォーム”によって再設計された結果として理解する必要がある。その中心にあるのが、Netflixに代表されるOTT(動画配信プラットフォーム)である。

 劇場映画を育てたはずの「K-コンテンツ」の成功は、なぜ自国映画の土台を崩壊させる方向へ作用したのか。韓国が直面するこの現象は、決して隣国の特殊事情ではない。数年遅れで日本が同じ衝撃を受ける可能性は、十分にある。

●目次

劇場から消えた新作――迷走する大手シネコンと“空洞化”する市場

 韓国映画界の現状は、もはや不況という言葉では説明しきれない「構造不全」に近い。業界関係者の間では、「来年の劇場公開作品が極端に少ない」という異例の状況が語られる。観客がいなければ映画が作られず、映画が作られなければ観客が戻らない。市場は負の循環へと落ち込む。

 象徴的なのが、韓国最大手のシネコンチェーン「CGV」の動きだ。同社は不採算劇場の閉鎖を進めるだけでなく、残った劇場の用途転換に踏み込んでいる。座席を撤去し、ボルダリングジムやスポーツ施設、多目的ホールへ――つまり「映画を上映するための装置」としての劇場を、部分的に放棄し始めた。

 この判断は、単なる経営合理化ではない。映画産業にとって劇場は“出口”であり、出口が弱体化すれば作品の収益回収モデルが崩れる。さらに深刻なのは、劇場という公共的な場が持つ「新作との偶然の出会い」が消えることである。映画館は、視聴者が能動的に探しに行かなくても、新作が目に入り、ポスターを見て興味を持ち、上映時間に合わせて席に座る――という体験設計を提供してきた。
その装置が壊れると、作品の価値は「おすすめ欄に載るかどうか」へと極端に収斂してしまう。