戦略① 後工程(バックエンド)の主権
前工程(チップの微細化)がナノメートル(nm)の物理的限界に近づく中、業界の次なる戦場は「後工程」、すなわちチップを縦横に積み重ねる「3Dパッケージング」へとシフトしている。
ここで浮上するのが、日本企業の「逆転のロジック」だ。イビデンやレゾナックが手がけるFC-BGA(フリップチップ・ボール・グリッド・アレイ)基板は、AIチップとメモリを繋ぐ「縁の下の力持ち」として需要が急拡大している。こうした材料・基板こそが次世代AIチップの性能と電力効率を左右し、設計精度の高い台湾・韓国勢ですら日本なしでは実現できない領域が広がっている。
「3D積層技術の進展は、材料と後工程の重要性を格段に引き上げています。日本企業にとっては、かつて失った前工程の覇権を取り戻すより、自分たちがすでに強い後工程のサプライチェーンで価値を最大化する方が合理的かつ現実的な戦略です」(岩井氏)
戦略② ラピダスという「有望なギャンブル」の損得勘定
2022年設立のRapidus(ラピダス)は、国家戦略として2nmプロセスの先端半導体量産を目指す国策プロジェクトだ。2025年7月には北海道千歳市の工場で2nm級半導体の試作に成功し、正常動作を確認した。経産省は2027年10月を量産開始の目標時期としており、「電気的特性の良いものが造れている」と進捗に一定の手応えを示している。
2026年4月には富士通・キヤノンが製造委託を決定し、ようやく顧客が動き始めた。また、政府は2026年4月に6,315億円の追加支援を決定しており、累計支援総額は約2.9兆円に達している。
ラピダスが標榜する「RUMS(Rapid Unified Manufacturing Service)」モデルは、設計支援から前後工程を一貫して短期間でこなす独自の受託製造モデルで、大量生産よりスピードと柔軟性で差別化を図る戦略だ。
ただし、冷静な評価も必要だ。2027年時点での出荷規模は月産数千枚程度の限定的なパイロット出荷にとどまる見込みであり、本格的な大量生産が始まるのは2030年以降とみられている。量産に必要な追加資金は3兆円以上とされ、民間からの調達が今後の最大の焦点となる。
リスク① 地政学という諸刃の剣
米中対立に伴う対中輸出規制は、東京エレクトロンやSCREENなど中国向け売上を多く持つ製造装置メーカーにとって直接的な減益リスクを孕む。2024年に中国向けの旺盛な設備投資で業績を押し上げた反動が、2026年3月期に現れる場面もあった。地政学リスクは「日本企業に有利な産業再編」と「中国向け収益の減少」という二面性を持ち、単純に楽観できる要素ではない。
リスク② 電力・水リソースの壁
熊本(TSMC)や北海道(ラピダス)での工場増設は地域経済に多大な恩恵をもたらす一方、電力需要の急増と水資源の消費という難題を突きつけている。先端半導体工場は24時間稼働で大量の超純水と安定電力を必要とする。再生可能エネルギーの整備が追いつかなければ、インフラコストの増大が企業収益を圧迫するだけでなく、地域社会との摩擦を生む可能性もある。
リスク③ 人材「2万人不足」の現実
経済産業省の推計によれば、2030年までに半導体産業で約2万人の技術者が不足するとされる。製造装置の高度化や先端プロセスの複雑化が進む中、エンジニアの争奪戦はすでに始まっており、賃金水準の引き上げが企業利益を圧迫するリスクは無視できない。