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愛嬌はあるだけ振り撒くもの2

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「アリアお嬢様にご挨拶申し上げます」
「ジェイドー」

 ジェイドはクリストファーの補佐を務める人。
 ちょうど別館に用があったらしく、鉢合わせたシェリーの話を聞いてわざわざ訪ねてくれたようだ。

「お嬢様、あれからお加減はいかがですか?」
「うん、元気だよ」
「お元気になられてよかったです。それで、公爵様にお会いしたいとのことですが……」

 そう言ったジェイドの顔は微妙に曇っている。

「お父様に会えないの?」 
「……そうですね。公爵様は、とてもお忙しい方なので」
「ふうん……」

 補佐役のジェイドでも躊躇うということは、やっぱりクリストファーは私を遠ざけたいのだろう。
 困った、せめて悪魔と契約済みかどうかだけでも知りたいんだけど。

「ねえ、ジェイド。お父様、元気?」
「え……?」
「アリアみたいに、ぐっすり眠れてるかなぁ。目は変な感じじゃない?」

 悪魔の影響を受け始めると、睡眠不足になったり、目が虚ろになったりする。それは悪魔が精神に語りかけているせいで発生する一番最初の変化のようなもの。

 ちなみに契約済みの場合、時おり瞳孔が縦に細くなるんだけど。
 これもヒロイン補正なのか、天使の血が反映されているからなのか、リデルばっかり気づくんだよね。

「…………目は、わかりませんが。ぐっすり眠れているかと言われると、あまり眠れていないように感じますね」
「そうなんだー」

 やっぱりこれぐらいの情報じゃわかりようがない。
 そうだ、契約済みを見抜くもう一つの方法があった。

「ねえジェイド、お父様って、体にマークついてる?」
「マーク?」

 悪魔の印と呼ばれるそれは、契約を結んだとき、体のどこかに浮かび上がる。

「どうでしょう……普段公爵様は、お支度も一人でされますし。僕は見たことはありませんね。しかし、なぜそのようなことをお聞きに?」

 ジェイドの不思議そうな視線に、私はにっこりと笑って返す。

「なんでもなーい。お父様も、アリアみたいにマークを描いて遊ぶのかなって」

 私は手の甲に描いていたハート型の模様を見せる。
 備えあれば憂いなしだ。私の些細な質問も、ただの無邪気で片付けられる。

 けれど、ジェイドは何か別のことに気を取られているようで、私の顔をじっと見つめていた。

「どうしたの、ジェイド」
「いえ……お嬢様の笑ったお顔を見るのは初めてだったので。とても可愛らしい、天使のような笑顔ですね」
「天使? アリアが? へへ、天使かぁ」

 まさか私がそんな比喩を受けるとは。本物の天使(の血筋)なら、いるんですけどね、この世界。

「……。お嬢様がそんなに明るい性格だったことにも、僕は今まで気づきませんでした」

 元の私は塞ぎがちなところがあって、記憶が蘇る前はジェイドを呼ぶほど活動的でもなかった。
 今こうして人前で堂々と笑顔を見せることもまずなかったので、驚いているようだ。
 たしかにシェリーもほかのメイドも最初はびっくりしてたっけ。

「アリア、雪に落ちて元気になったみたい」 
「いや……とても危険な状態だったはずですが」

 冗談だよ、状態。
 でも、雪に落ちたのがきっかけで、前とは雰囲気が違ったっていうなら、ある意味間違ってはないかもしれない。

「ジェイド、ほんとにほんとにお父様に会えないの?」
「申し訳ございません。お会いできるかどうかをすぐにお答えすることができませので、一度公爵様に確認してもよろしいでしょうか?」
「うん、わかった」

 はなから無理ですと言われるよりはよっぽどいい。
 可能性は低いかもしれないけれど、ジェイドとコンタクトが取れたのは思いもよらない収穫だった。

「あ、ジェイド! これ、お父様に渡して!」
「これは、お手紙ですか?」
「そう、絵も描いたよ」
「えっ、お嬢様……いつの間に文字をお覚えになったのですか!?」

 後ろで様子を窺っていたシェリーが驚きの声をあげた。
 そうだった。今の私は5歳児。
 いくらこの世界の文字が理解できるからといって、習ってもいないのに書けるのはおかしい。

「え、絵本に書いてあったでしょ? おひさまは今日も元気です、うさぎさんはお父さんと一緒って! だから"お父様元気ですか?"って書いてみたの。合ってる?」
「ええ、合っていますよ」

 手紙を確認したジェイドが目を見開いて頷く。
 でも、ほとんど絵だけで埋め尽くされた手紙なので、5歳児が見よう見まねに頑張って書いたのだろうと二人とも納得してくれた。

「こちらは必ず公爵様にお渡しいたします」
「うん! ジェイド、ありがとう~」

 お礼と、鏡の前で練習した愛らしい笑顔を向けるのも忘れない。少しでも周囲の人に好感を持ってもらうため、愛嬌は振り撒きまくる。

「お願い聞いてくれたジェイドに、これもあげるね」

 非常食として貯めていた飴玉もあげちゃう。

「よろしいのですか?」
「うん、どうぞ。つかれたときは甘いものがいいんだって」
「ありがとうございます、アリアお嬢様」

 ジェイドはほわっと表情を緩めたあと、手紙を持って部屋を出ていった。

(……ふう、とりあえず手紙は渡せた)

 クリストファーが物語通りの感情をアリアに抱いていたとしても、まずは何かしら行動を起こして反応を見てみたい。

 がむしゃらにでも動いていれば、どこかで流れが変わるかもしれないから。

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