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帰り道の馬車の中
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その後、ルナキュラスの花畑を存分に堪能した私は、お土産の花を手にして馬車に乗り込んだ。
敷地用なのに豪華で立派な馬車の中には、私とクリストファー、ルザークとリューカスさんが座っている。
隣にルザーク、正面にクリストファー、斜め前にリューカスさんといった席順。
(本当に、本当に綺麗だったなぁ。帰ったらサルヴァにも見せよう)
摘んだルナキュラスの花は二つ。サルヴァドールとシェリーのものだ。そして今回のことで、自分の心情の変化をはっきりと感じることができた。
(クリストファーが生きのびるための方法。愛嬌振りまき作戦も結構続いているし、そろそろ何か別のステップとかないのかな)
とりあえずサルヴァドールは、心に隙を作れと言っていたけれど。
最近のクリストファーを見ていると、随分と私に影響されているんじゃないかと思ってしまう。
(さっきの花畑でも、あんな顔をしてたし……)
思い返しながらぼんやりとクリストファーに目を向けたとき、不意に鼻がむずむずと痒くなる。
「ひっくしゅんっ」
馬車の中ということもあって抑え込もうとしたものの、努力も虚しく小さなくしゃみが出てしまう。
三人の視線がすぐこちらに向けられた。
外に出るからと着込んできたつもりだったけど、それでも体が冷えてしまったようだ。
まずい、人前でそれなりに大きなくしゃみをしてしまった。
近くにいるのが気心の知れたシェリーなら問題ないものの、いま一緒にいるのはクリストファーとロザリン兄弟。
前にどこかで聞いたことがある。貴族同士でこういう粗相を見せるのはあまりよろしくないということを。それを思い出した私は、慌てて謝る。
「ご、ごめんなさい。ちょっと寒かったみたいで、くしゃみが……ふえっくしょん!!」
今度はさらに大ボリュームで出てしまう。なんということ、最悪だ。
しかもこういうのって一度出ると止まらなくなってしまって、まだ鼻の奥がムズムズとしている。
「……」
必死に抑え込もうと両手で顔を覆っていれば、ふわりと私の体に暖かい何かが掛けられた。
(……なんだかぶ厚い毛布みたいな)
顔から手を離して確認してみる。
「…………お父様、これ」
もふもふとした手触りのそれは、クリストファーのマントだった。
見るからに高級そうなマントは、肌に当たると鳥肌が立つくらい柔らかくて、それでいて艶々している。
私の体がすっぽりと入ってもまだ余裕のある大きなマントを、何を思ったのかクリストファーは貸してくれたのだ。
「お父様、ありがとう。これ、あたたかいね」
「……、だろうな」
もっこもっこと身動きが取れないままクリストファーにお礼を言えば、ふっと鼻で笑われる。
笑っているというには表情筋が死んでいるけれど、たぶん今のはそれと似た感じだと思う。
私が雪だるまのようになっているから、愉快に思ったのかもしれない。
絶対そうだ。防寒はバッチリだけど、傍から見るとこの格好……丸々としていてかなり間抜けだから。
「お父様の匂いがする、いい匂い~」
「……これ見よがしに嗅ぐのはよせ」
帰り道の馬車の中。私がいくら鼻をスンスンさせていても、クリストファーがマントを取り上げることはなかった。
応援ありがとうございます!
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こんにちは!
たまたまこの作品が気になって読ませていただきましたが、すごく読みやすいし、主人公の心情、義父の心情の少しずつ変化している様子も丁寧に書かれていて、あっという間に読んでしまいました。早く続きが読みたいです!!
これからも、応援させていただきます🙌