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お気持ちがどこかよそへ行っていますよ

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 騎士たちの攻撃をその身に浴びてきた盾は、衝撃を吸う素材でできている。だがディアルトの重たい一撃を喰らう度に、盾の裏側の骨組みは軋むような音をたてていた。

「…………」

 ベンチに座ったまま、リリアンナはじっとディアルトを見守る。長い脚を組んだまま、リリアンナは指で自分の腿を軽く打っていた。

 トン、トトン、トトトン、トン、トトン。

 それは、ディアルトの攻撃のリズムとピッタリ重なっている。
 長い間ディアルトと行動を共にし、リリアンナは彼の癖から何もかもを知っている。
 様子を窺っている時のリズムも、乗ってきた時のリズムも、ラッシュを浴びせている時のリズム、仕上げのリズムも、何もかも。
 すべて長年聞き続けてきた音楽のように、リリアンナの体に刻み込まれている。
 雨音などを聞いている中で知ったリズムがあると、〝その時〟のディアルトの表情を思い出すほどだ。

(……殿下、今日はあまり集中力がないような……。どこか気持ちが明後日の方向を向いているわ)

 リズムを聞き分け、リリアンナは内心首を傾げる。

(後で訊いてみましょう。主の心身の健康を知るのも、護衛係の役目だし)

 やがて凄まじいラッシュの後に仕上げの連続蹴りを二発喰らわせ、ディアルトの体が温まった。

「ケインツ、ありがとう」
「どういたしまして」

 汗を拭きつつディアルトは笑い、剣を持って待っているリリアンナの方へ歩いてくる。

「リリアンナ、剣稽古をしようか」
「はい」

 ディアルトはリリアンナから長剣を受け取り、スラリと抜く。リリアンナもレイピアを抜き、二人は打ち合いができるだけ広い場所へ移動していった。
 ディアルトはヘルムを被り、リリアンナは風の精霊の加護を纏い、強固な鎧代わりにする。こうすることで、リリアンナは超軽装でありながら、高い防御力を誇っていた。
 向かい合い一礼をしてから、軽く剣の切っ先を合わせる。

(……これ、いつも切っ先でキスしてる気持ちになるのよね)

 真剣での練習だというのに、思わずリリアンナはそんなことを考えていた。

「殿下、参ります」

 しかし気持ちを取り直し、グリーンの瞳に挑戦的な光を宿すとリリアンナは先制一撃を繰り出した。
 ビュッと空気を切り裂く音がし、とっさにディアルトが体をずらした肩当ての先に、切っ先がかすった。同時にディアルトも鋭い突きを入れ、リリアンナが後方にジャンプして躱したのを追撃する。

「相変わらずリリアンナ様の初撃はえぐいな」
「美貌にボーッとして、あの一撃に沈んだ奴が何人いるか……」
「だが女王蜂の一撃を受けられるのは、名誉なことだぞ。相手すらできない奴のみじめさを思えば……」

 周囲で休んでいる騎士たちが好き勝手なことを言うが、リリアンナの耳には入らない。
 目の前のディアルトにのみ集中していると、彼が中段の突きを入れてきた。リリアンナは体を猫のようにしならせて躱し、カウンターでビュッとレイピアで突く。

(殿下、いつもならこんなに簡単に躱せるような突きはしないのに……)

 彼の心許ない心情が太刀筋で分かってしまい、リリアンナは怒ったような声で発破を掛ける。

「殿下、お気持ちがどこかよそへ行っていますよ!」

 その後はリリアンナの猛攻となた。
 騎士たちが〝地獄の突き〟と呼ぶ、レイピアの連続突きが繰り出され、ディアルトはそれを剣でいなしながら後退する羽目になる。

「私を目の前にして、他のことを考えるのはやめて頂きましょうか! 実戦でそのように呆けていれば、殿下のお命がありませんよ!」

 緑の目に怒りすら燃やし、目付役のようにリリアンナは説教をした。
 互いの刀身すら見えない、残像だけの世界で二人の熱は高まっていた。リリアンナはディアルトだけを見て、彼もまたリリアンナしか見ていない。
 風を切る音と金属音が続く合間に、ディアルトの声がする。

「その時は――」
「出るぞ」

 誰かがボソッと呟いた。

 瞬間、バチィッ! と雷が爆ぜるような音がし、周囲に突風が吹き抜けていった。
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