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この世界に酷似した小説の記憶

02 暇なので訓練(遊び)しましょう(セイラ視点)

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 ご機嫌よう皆様、セイラでございます。
 先日私が入寮したのは記憶に新しいかと思いますが、実は入寮初日というのは、新学年が始まる一か月前になります。
 この国の学院は3月の初めから11月末まで長期休みがないのですが、12月から2月は学年の切り替わりも含め長期休みとなっております。
 要するにこの期間に地方にいる生徒は王都にやってきて生活に慣れろというありがたい学院の配慮期間です。
 入寮初日が早いのもそのためですね、共に学ぶ仲間との交流期間を長く持つことにより親交を深めより一層の自身の向上を目指しているのです。

 学院では通常の座学の他、精霊学や神学、魔法学、武術なども学ぶことが出来、学院の敷地自体がとても広くその敷地面積位は大体300ヘクタールぐらいになります。
 学舎や寮は敷地中央から若干北東に集中しておりますが、私たちの住まうステルラは中央から幾分南に位置する場所になり、川や丘などの自然を利用した12公爵家専用の魔法や武術の訓練施設などがある場所になります。
 想像しにくいかと思いますので、あまりくびれていない下が少し大きい瓢箪を思い描いていただいて、くびれの部分から北東に学舎や一般貴族の使う寮、また職員の住まう寮があり、くびれの部分から下にやや下がった部分にステルラ寮があってそのさらに下の部分が訓練施設になっております。
 一般生徒の訓練施設は北側にあるので完全に隔離されてます。
 別に構わないのですが、毎年これに不服を唱える生徒が出るのだそうです。でも、ほかの貴族の子女の安全のためにもこれは必要な措置と納得していただくしかありません。
 なぜこんな措置が必要なのかと言えば、12公爵家の子女の戦闘能力と他の貴族の戦闘能力に大きな差があるためです。

 普通の貴族の子女が剣を振って木を傷つけたとします。ですが私どもが同じ剣を使って同じように木に向かって振り下ろせば、その木は傷ではなく切り倒される、もしくは吹き消されてしまうのです。
 魔法にしても、コップ一杯に水を満たす魔法を使ったとしても、同じ魔力で12公爵家の子女は滝を作ってしまうこともあります。
 つまり、同じ施設で訓練などできないのです。主に一般貴族の子女の安全のために。
 もっとも、学院に入る事には私どもは徹底した力のコントロールを身に付けさせられますので、『一般の貴族と同じように』魔力や武術を操作することは可能です。

 そうそう、どうして12公爵家の者がこんなにも強力な力を得ているのかといえば、それは王家から賜っている秘宝の加護を得ているからと言われております。
 そして、この強大な力は国の守護に使われております。
 他国では戦争や魔物討伐などで軍隊の中でも平民や下位貴族がまず戦場に出たり、冒険者・傭兵を雇ったりするそうなのですが、我が国ではまず戦場に出るのは12公爵家の者です。
 男も女も関係なく、12公爵家に籍を置き秘宝の加護を得ている者が戦場に立ちます。それを拒否するような臆病者は12公爵家に相応しくないと除籍されるのです。
 そんなこともあり、12公爵家のものは学院においても専属の訓練施設を使用するようになっております。学舎から距離があるのも移動が苦にならない程度に体を鍛えているからです。

 さて、このような説明をしているのにはわけがございます。
 先ほど申しましたように、入寮初日から新学年の開始まで一か月の期間があります。王子はいまだにいらしてはおりませんが、12公爵家の子女はすでに学園に揃っている。
 つまり、私どもは今現在、絶賛暇つぶし…いえ、訓練(遊び)中なのです。





「やはり寒い季節にはあたたかいココアが美味しいですわ」
「そうね。でも男性陣はむしろ訓練に熱が入って暑そうだから氷水のほうがいいかもしれないわね」

 現在私とマリオン様は、私が張った結界の中でのんびりと雪景色を見ながら暖かいココアをいただいております。
 ただ、今行っている訓練は私が張った結界を壊すという訓練ですので、結界の外では男性陣が補助魔法などで強化した武器などを使用して結界を攻撃し続けていらっしゃいます。
 特に結界系魔法の得意なマリウス様はまず結界の解析をしてから弱点を攻めようとなさっていたのですが、あいにく私は純粋な結界魔法ではなく空間型防御魔法を応用しての結界を張る事しかできませんので、マリウス様とは系統が違うのですよね。
 ちなみに、今は雪原ともいえる場所におりますが、今私どもが着用しているのは学園指定の戦闘服で、コートは着用しておりません。
 この戦闘服も一般貴族子女用の物よりもより強化されているものになりますが、これも差別と騒がれる原因なのでしょうね。
 一般貴族子女が着用する戦闘服では私どもの力に耐え切れずすぐにぼろ布になるので仕方がありませんし、私どもの着ている戦闘服を一般貴族子女が着用すると重さや魔力吸収に耐え切れないのであきらめてもらうしかありません。

ーピキッ

 そんなことをのんびりと考えていたらわずかに結界にひびが入る音が聞こえたので、そちらに目を向けると、カール様の連撃が加えられておりました。
 大剣の刃が当たるたびに火花が出ているように見えるのですが、どれだけの力で攻撃しているのでしょうか?

「でも、駄目ですわ」

 すぐさま結界を強化する。空間を圧縮し補強と強化を施しているだけの結界、というか壁ですね。魔術的な物よりも物理的な結界ですので、物理で破ろうとするカール様の方法は間違っておりませんわ。

「えげつないわね。カール様が今一瞬だけですけど絶望した顔になってましたわ」
「あらまあ、お気の毒ですわね」

 頬に手を当てて困ったように首をかしげると、マリオン様が顔を引きつらせて手にしている懐中時計を見る。
 今回の訓練は1時間と時間を決めているため、時間管理役であるマリオン様は攻撃側にも防御側にも参加していない。

「あと5秒」
「あらあら」
「4妙。3秒。2秒。1秒。終了!」

 カウントダウンが終わると結界の外にいた男性陣がそれぞれの武器を持ちながら崩れ落ちていく。
 雪の上にボタボタと汗が落ちているから、余程熱中していたのだろうと思いながら結界をといて、肌を刺すような冷たい風を頬に受ける。

「だれ、だよ…。こいつをか弱いとか、言ったの」
「攻撃魔法無しとはいえ、4人の全力攻撃を簡単に防ぐとか、か弱いとはいいがたいですね」

 アレックス様とカール様は肩で息をしながら、よほど悔しいのか差し出した作ったばかりの氷水を少々乱暴に奪い取ると一気に飲み干した。

「はあ……まあ、一応接近戦は苦手ではあるし、はあ、静かに佇む姿は儚げに見えるわね……はあ、近づくと血の雨が降るけど」

 エドワード様も何気にひどいことを言いますね。私は本当に積極的に攻撃するのが苦手なので、ただ襲ってきた敵を丁重に排除しただけですのに。

「でも、確かにきつめの厚化粧して高慢な態度とってこの実力なら、その悪役令嬢?とかにもなるかも」
「マリウス様、つまり私の能力は悪役令嬢っぽいということでしょうか?」
「んー、そういうわけじゃないけど。儚げ系の見た目だからあの結界も神秘的だけど、きつめの厚化粧でされたら怖いんじゃない?」
「そういうものでしょうか」

 ああ、そうでした。ご報告が遅れましたが、私が思い出した前世の知識、この世界に酷似した小説のことは5人にはお伝えしております。
 この学院生活が舞台ですので何が起きるかわかりませんし、小説には魔物の大量発生なども起きておりましたので念のためお話ししております。
 もちろん最初は信じてくださいませんでしたが、私の真剣な目に信じてくださるようになりました。
 男性陣が氷水をお代わりして私たちの座るシートの上に座ると、マリオン様がシートにかけている回復魔法の効果もあって徐々に息が整ってきたのか、それとも寒さを自覚し始めたのか、脱いでいた戦闘服の上着を羽織ってココアの入ったポットに手を伸ばしたり、暖かいスコーンに手を伸ばし始めました。
 これらにはもれなく保温の魔法がかけられております。こういった細かい魔法を使うことも訓練の一環です。

「そういえば、王子が再来週入寮するらしい」
「再来週って、新学年開始のギリギリになりますわね。新入生はもう少し早めに入るべきですのになぜでしょう?」
「今年に入っての冷え込みで体調を崩していたそうだ」
「は?」

 カール様の言葉に当たり前のことを訪ねたのだけれども、返ってきた言葉は予想外すぎて私だけではなく他の方も唖然としていらっしゃいます。
 先ほどから何度か今私どもがいる場所の説明はしていたと思いますが、私たちは今、頬をさすような風が吹いている中でコートを着ず普通の学園指定の戦闘服を着て、雪の上に薄いシートを一枚敷いた上に座ってくつろいでいます。
 雪山に魔物討伐に行くこともあるのでこの程度でどうにかなるほど軟弱な体ではないのですが、どうやら王子様は違うご様子です。

「王家の方というのは皆様なん…こほん、お体が弱いのでしょうか?」
「代々12公爵家の者が嫁いでいるからそんなことはないと信じたいけれど、嫁いだ者は王宮から一切姿を出さず、その後のことは当主しか知らないものね。実際王子が12公爵家の者の子かは不明ともいわれているわ」

 エドワード様の言葉に皆様の視線が私に集まってしまう。

「大丈夫ですわよ」

 にっこりとほほ笑んで言う。
 王家に嫁ぐ者を選ぶ際に、争いになることはほとんどない。なぜなら、嫁いだものはその後王宮から一切出ることなく、年に一度の挨拶でも姿を見せることがないのです。
 まるで神へ捧げられる生贄のようだ。王子と同じ年頃に生まれた12公爵家の令嬢たちはそう言って少なからず王家に嫁ぐことに恐怖する。
 私も恐怖がないとは言いません。小説のセイラはその恐怖心をごまかすために高慢な態度を取っていたのかもしれないですね。
 小説ではヒロインと王子はセイラのいじめなどを暴き立てて婚約破棄後、『2人は結ばれて幸せに暮らしました』とだけ書かれていたけど、現実ではきっとそんな風にはならない。
 この世界は小説に酷似した世界だけれども、確固たる法が存在し、確固たる階級制度がある。
 例え王家といえども、王子と言えども「ただの貴族を害した程度」で、それがたとえ命の危険があったとしても、私達12公爵家の者を蔑ろには出来ない。

「私は12公爵家が一つウィルゴの娘。王子がもし私たちという存在を理解できていないのなら、理解させてみせますわ」

 そう言って微笑みを浮かべる私を見てエドワード様が「セイラはやっぱり外見詐欺ね」なんておっしゃいましたが、聞かなかったことにして差し上げます。
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