月影に乞う

​「この手を離さない……、貴方の温もりが好き。」

​大正元年、秋の終わり。

東京・牛込の商家に生まれた倉島千代子は、明日、横浜の貿易商へと嫁ぐ。

家格を守るための縁談。軍人の兄、厳格な父、そして「女は我慢が徳」と教えた祖母。

逆らうことなど考えもしなかった千代子の胸の底には、いつしか息もできぬほどの絶望が小石のように積み重なっていた。

​婚礼前夜、絶望の淵にいた彼女の前に現れたのは、書生の守田清次だった。

「逃げましょう。千代子さんを、あんな家へ嫁がせるわけにはいかない」

​静かな書生が秘めていた、圧倒的な生への執着。

彼が提示したのは、心中を装い、すべてを捨てて北の果てへと向かう片道切符だった。

​協力者は、変装を得意とする清次の妹・ハナと、家の闇を知る老奉公人・源蔵。

追うのは、軍のネットワークを駆使する冷酷な実兄。

富も、名誉も、名前さえも捨て、「死者」として生きる道を選んだ二人の逃亡劇が始まる。

​行き先は、地図にも載らぬ北海道の未開地。

零下三十度の吹雪の中で、二人が手にするのは、心中という名の「真実の生」――。

​【大正浪漫×逃避行】

社会的に死んだ二人が、北の大地で真実の愛を耕すまでを描いた、切なくも力強い純愛物語。
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