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第四章 ヴィエナの狂信者

4-12 誘拐計画②

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 家で食事をして、クロエとリリスに癒された後、クィンシーとの待ち合わせ時間の、十時に間に合うように家を出る。辺りはもう暗闇に支配されており、魔導機械の灯りがボンヤリと点いているだけだ。その灯りの周辺だけが明るいのでポツポツと灯りが点在する形になっている。
 大通りの方はまだ明るいはずだが、スラム街の方へ向かっているので、どんどん暗さは増してゆく。
 足下が覚束ないので、手の平に光球を生み出して足早に歩く。
 それからしばらく歩くと、最早、人通りなど皆無に等しかった。
 レヴィンは、存外、心細くてビビってしまっている自分に喝を入れながら待ち合わせ場所へと向かう。

 道を何度も確認しながらも、何とか到着した。
 暗くて解りにくいが、ここで間違いないはずである。
 腕時計の類のものがないので、時間は解らないが、間に合っていると思う。
 この路地を入って行くと例の隠し扉がある荷物置き場のはずだ。
 光球を解除して暗闇と同化する事しばし。
 声は突然かけられた。当然、心拍数が跳ね上がる。

「レヴィンか?」

「お、おう」

「そうビビるなって、時間通りにちゃんと来たな」

 悪びれた様子もなく、コロコロと笑うクィンシーに若干イラついていると、彼はもったいつけて話し始めた。

「作戦を伝えるぞ? 実行は、明後日、二月の十八日だな。丁度日付が変わる午前零時。キッドマンが不在の時を狙う」

「しかし、以前から脅迫していたんだろ? 警備が厳重なんじゃないのか?」

「心配するな、警備主任は買収済みだ」

 暗闇で見えないが、胸を張ったのだろう。怪しい影が少しブレた。

「邸宅の間取りの調べもついている。二階の子供部屋にいる金髪の少女がターゲットだ。レヴィンは俺に着いてこればいいよ」

 子供の特徴は?と聞こうかと思ったが、余計なヒントを与えてしまわないか心配だったため、止めておいた。
 この後、呼び出している、キッドマン本人に聞けばいいだろう。 

「少女の確保が済んだら、裏門に停めてある黒い幌馬車に乗せてここまで連れてくる。その後、外のアジトまで別の者が運ぶ手はずになっている。何度も言うが、俺は教団内の武闘派連中の上に行く。お前も、この任務でデビューするって訳だ」

「どうして、出世することにこだわるんだ? マルムス教自体は信じていないのか?」

「教義なんて、ただの客寄せドアラなんだよ。宗教団体の幹部だって、実際は上流階級みたいなもんだ。ただ信者をやってちゃ特権なんて手に入らないんだよ」

 ドアラはこの世界の絶滅危惧種である愛くるしい熊の事である。決してコアラではない。

「ここに十時に集合だからな。必要な物はこちらでそろえる。後、遅れんなよ?」

 言うだけ言うと、クィンシーは、どこかへと消えて行った。
 周囲に人の気配がしなくなったのを確認して、レヴィンは冒険者ギルドがある、大通り方面へと向かった。



 この時間帯の冒険者ギルドは、ほとんど飲み屋状態だ。
 危険と隣り合わせの日々から逃れようとばかりに、多くの冒険者が派手に騒いでいる。時刻は十一時頃になっていた。
 受付嬢がいないので、直接、ギルドマスターの部屋まで行く。
 直接来いと言われていたので問題はない。
 
 部屋の扉をノックすると中からノンナの声が聞こえてきた。
 すぐに中に入ると、そこには、ランゴバルト、ノンナ、キッドマン、そしてロリば、もとい可憐な淑女のクローディアがいた。
 クローディアは捕まるか心配していたのだが杞憂だったようだ。

「遅くなりました。打ち合わせが終わりました」

 そう言うと、キッドマンがレヴィンの手をガシッと握ってくる。

「ありがとうございます! あなたのお陰で娘を隠せます!」

 まだ、クローディアの意思確認が……とも思ったが、レヴィンが来る前にある程度の打ち合わせはしていたようだ。
 クローディアの態度は平静そのものである。
 空いていた、キッドマンの横に座る。

「それで、どうだったんだ? 詳細を教えてくれ」

 ランゴバルトに促され、クィンシーから聞いた話を全て伝えるレヴィン。
 横では、「そんな……警備主任が……」とキッドマンがショックを受けている。

「それにしても、お久しぶりです。クローディアさん。お変わりないようで何よりです」

 レヴィンが純粋に再会を喜んでいると、左手に座っていたクローディアは、ギギギと不自然に首をこちらに向けたかと思うと、恨みがましい声で言った。

「お~ま~え~が~この身代わり計画に私の名前を出したようだな~。十歳の少女のな~」

 あ。これ怒ってますわ。

「ご、誤解ですッ! これは何と言うかそう! あれだ! 適材適所?」

「言葉に悪意を感じる」

 レヴィンが、こめかみを拳でグリグリされているのをジト目で見つめつつ、ノンナが先を続けるように冷静に促した。

「クローディアさんの身代わりの話は済んでいるんですか?」

「身代わりになって誘拐されろと言う話だろ? そうだな。いくら出してくれるんだ?」

 危険な身代わりだ。少女趣味な男がいたらクローディアの貞操の危機である。
 国とは調整しないといけないが、レヴィンは、かなりの額を吹っかけられても仕方ないと思っていた。

「言い値で払います。要望を言ってください」

「なッ!?」

 これにはクローディアも驚いたようだ。
 押し付けられた仕事だとは言え、しっかりこなすのがレヴィンだ。
 国は、しっかりと見合った対価を支払うべきなのだ。

「国からの仕事は安いからな。そう言うとは思わなかったが、高いぞ?」

 クローディアはもったいつけて、ニヤリと笑った。

「では白金貨三枚でどうだ?」

「ふむ。ではそれでいきましょう」

 即答したレヴィンにまたも驚くクローディア。
 白金貨三枚は3000万円くらいか。
 ビビッたのか、クローディアが急にしおらしくなっている。

「冗談だよ。でも危険だから白金貨一枚はもらっておこうかな……」

 彼女は商家の人間だが、家のお金を自由にできる訳ではない。
 しかし、腕の良い冒険者らしいのでお金には不自由していないはずだ。

「それでいいですよ」

 何とか国の経費で出させてやると心に決めるレヴィンであった。
 まぁ出ない場合は自腹を切ればいいのだが。

「それで、話はどこまで進んでます?」

「クローディアは、娘さんの身代わりを引き受けるそうだ。娘さんの特徴を聞き出したがほぼ問題ない。しかし、彼女は短く刈った金髪らしいな」

「問題ない」

 そう言うと、クローディアは、ゆるふわカールの金髪を手にした剣でばっさりと切り落とした。
 今度は彼女以外の人間が驚く番だった。

「仕事を引き受けたからには、妥協はしない主義でな」

 平然としているクローディアにキッドマンが感動している。
 レヴィンは、丁寧にお礼を言って、気になっていた事を尋ねた。

「クローディアさんの職業と能力は何なんですか?」

「私は暗殺者だ。サブ能力は『黒魔法』だな」

 イザークと同じ組み合わせだ。
 やはり応用の利く黒魔法は便利である。

 その後も打ち合わせは続いた。
 警備主任には見つからないように潜入し、入れ替わる。
 目印になる魔法をかけた道具を身につけていれば魔法探知で場所も解る。
 階下から喧騒が聞こえる中、話は深夜に及んだ。
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