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番外編

副会長と千里先輩③

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 透は一つ年上で、私を生徒会に誘ってくれた人だ。
 どういう性質の人間かというと『明るくて真っ直ぐ』、そして『お節介』だ。

 性格を表しているような鮮やかなオレンジの髪に、晴れの日の海のように輝く蒼い目。
 体格は会長に近い。
 背は高く、スポーツをしていそうな引き締まった身体。
 実際には特定のスポーツをしているということはなかったのだが、何をやっても人より優れていた。

 優秀で、行動力があって、統率力もあって誰からも好かれる。
 人当たりも面倒見も良い。

 最初は自分にないものを持っている透への憧れから、話をするだけでも緊張してしまっていた私だったが、壁を壊すように踏み込んで来た透に負けた。
 尊敬している先輩を呼び捨てにするなんて考えられなかったが、いつの間にか当たり前になっていた。
 誰とも馴れ合うつもりのなかった当時の私を人の輪の中に馴染ませた透の社交性は凄いと思う。
 ……今ではとても感謝している。

 透にだけは千鳥や家族のことを話していて、よく心配された。
 何かあると今のように抱きしめられることが多々あった。
 透は私の兄にでもなったつもりだったのだと思うが、少々暑苦しくて鬱陶しかったことを思い出してまた笑みが零れた。

 ああ、懐かしいな……なんてのんびり思っている場合じゃなかった。

「透、苦しい」
「あ、悪い」

 抗議をするとスッと身体を離してくれた。
 でも両手はまだ私の腕を掴んでいる。
 近くで下から上まで見て、私を確認しているようだった。

「千里は相変わらず美人だな! いや、前より綺麗になったんじゃないか?」
「透は相変わらず目がおかしいんだな」

 透は私の容姿を気に入っていたことも思い出した。
 お前が女だったらなあ、と何度言われたことか。
 「女じゃなくてもいいか」と零す透に、「私にも選ぶ権利がある」と返すのが一連の流れだった。

「……懐かしいな」

 そう呟いた透も同じことを思い出していたのかもしれない。
 柔らかい笑みを浮かべて私を見ていた。

「そうだな」

 透のおかげで友人が増えたあの頃は、良い思い出が多い。
 私も透につられるように微笑んだ。

「早川、知り合いか?」
「あ、はい」

 会長に声を掛けられてハッとした。
 気がつけば周囲の目が私達に集まっていた。
 そうだ、透は調停者制度のことを学ぶために来ていたのだった。
 遊びに来たのではない。

「すみません。透、離せ」
「おう」

 確か顔合わせをして挨拶をすることになっていたと思う。
 流れを止めていたことを謝り、透と離れた。

「あとで昔みたいにベタベタ触るわ」
「……あのなあ」

 離れ際にニッっと悪戯小僧のような無邪気な笑みを見せ、他校の副会長と思われる生徒の隣に戻って行った。
 全く……こういうところも変わらないな。
 ベタベタって……。
 懐かない猫みたいだと体中をガシガシと撫でられていた頃を思い出した。

「……?」

 それぞれ名前と学年を言うだけの自己紹介が始まったのだが……妙に空気がおかしい。
 なんともいえない居心地の悪さが場を支配しているようだが何なのだろう。
 周りを見ると透と目が合った。
 ニコリと笑ったので自分も軽く笑って返した。

「……?」

 透と視線のやり取りをした瞬間、居心地の悪さが増したような……。
 原因を探ろうとしたが、私の自己紹介の番となった。
 名前と学年だけを言い終わり、次の人の番となるはずだったのだが、他校の副会長が透に話し掛けた。

「あの人とどういう知り合いだ?」
「ん? ああ、俺の元パートナーだ」

 透の声は大きい。
 答えた声は生徒会室全体に届いた。

「……パートナー……だったんですか?」

 隣にいた零君が何故か震える声で私に聞いてきた。

「そうだな」
「!!」

 透が会長をしていた時私は書記だったが、書記以外のことも何かと手伝い、二人で行動していたことが多かった。
 パートナーと言えばそうかもしれないが、どちらかというと補佐だったと思う。
 そこまで丁寧に説明をすることもないと思うので、そのまま頷くだけにしておいた。
 零君の目が見開かれているが、何をそんなに驚いているんだ?

「?」

 秀海の皆の視線が一カ所に集まっていることに気がついた。
 何だろうと視線を辿った先にいたのは副会長だった。

「……」

 副会長は腕を組み、無表情で私を見ていた。
 どうしたのだろうと首を傾げたが、副会長に動きはない。
 ただジーっと私を見ている。

「えっとー……晴峯高校三年、副会長をしている梶原です。どうも、お邪魔しています」

 他校……晴峯高校の副会長と名乗ったのは透の隣にいる眼鏡の生徒だった。
 温和で人の良さそうな印象だ。
 透とも仲がいいように見える。
 次は透が自己紹介をした。

「同じく晴峯高校三年、生徒会長の御崎です。千里とは同じ中学で一緒に生徒会をしていました。その時は俺が会長で、千里に声を掛けて生徒会に入って貰いました」

 知り合いだと分かるやり取りを皆の前でしたからか、名前と学年以外のことを透は語った。

「……まさか……僕と湊と……同じ経緯?」
「零君?」
「な、なんでもないです!」

 会長と副会長はさっき挨拶をしたようで、ここですることはなかった。

 あとの予定は調停者制度で使った資料を見せて説明することになっている。
 それは執務室で行うようで晴峯高校の二人は奥へと通されて行った。

 そこでの説明は私に任せると言われていたので、纏めた資料を持って追いかけようとしたのだが……。

「ちりちゃんはいいや。通常の業務してて」
「副会長?」

 副会長が私の手から資料の束を奪うとそのまま行ってしまった。
 ……どうしてだ?
 妙に冷たい態度だったことも気になる。
 私に何か不備があったのだろうか。

「くっ」
「……栗須先輩?」

 苦しそうな声が聞こえたと思ったら、栗須先輩が私から顔を逸らして震えていた。
 背中しか見えないが……どうやら笑っているようだ。
 意味が分からないと零君に救いの視線を送ったのだが、苦笑いで誤魔化されてしまった。
 いったい何なのだ。

 任されていた仕事を奪われて不服だったが、とりあえず言われた通りに通常業務にあたることにした。
 執務室での説明はまだ暫く続くだろう。
 私も早く終わらせて、ここでの用事を終わらせた透と少し話したい。

 何故かまだ周りの空気もおかしいし、ちらちらと視線を感じるが黙々と作業に勤しんだ。



「……早く終わったな」

 説明をしなくてもよくなったので、いつもよりも時間が余ってしまった。
 それならば身支度を済ませて置いて、透と一緒に帰ることが出来ないか聞いてみようとデスクの上を片付けた。

「千里先輩、もうお帰りですか?」
「いや、透を待つよ」
「そ、そうですか」

 答えた途端、零君と浅尾がそわそわし始めた。
 ……何なんだ?

「何かあるのか?」
「え?」
「君達の様子がおかしいように思うのだが……」
「い、いえ! 何も!」

 零君に聞いても答えてはくれないが、何かあるような気がする……。
 分かっていないのは私だけなのか?
 少し疎外感を感じ、寂しく思った。

「向こうの生徒会長さんとは随分親しいようだね?」
「はい。一時期はずっと一緒にいたので」
「へえ……。格好良い人だったね」
「そうですね。誰からも好かれる奴です」
「君も?」
「ええ」
「……ふっ。面白いね」
「?」

 面白いことなど一言も言っていないと思うが……。
 でも栗須先輩がとても楽しそうだ。

 そういえば会長の顔も面白そうにしていた。
 ……やはり私だけ分かっていないようだ。

「ありがとうございました」
「とても参考になりました」

 気落ちしそうになっていたところで執務室の扉が開いた。
 透と梶原さんがお礼を言う声が聞こえ、中から四人が出てきた。
 これで今日の視察は予定は終わったようで、別れの挨拶をしているのも聞こえた。

「千里!」

 こちらを見た透が嬉しそうに駆け寄ってきた。
 大型犬が尻尾を振って寄ってくるように見えてクスリと笑ってしまった。

「透。お疲れ様。もう帰るのか?」
「全部終わった! なあ、時間ないか? ちょっと話そうぜ? 梶原は先に帰るけど、俺はもうちょっとこっちに残るからさ」
「ああ。私もそうしたいと思って待っていたんだ」
「やった! んじゃ、すぐ帰るぞ! 行くぞ梶原。秀海学園生徒会の皆さん、お邪魔しました!」

 騒がしく挨拶をする姿に笑いながら自分の荷物を持ち、透の横に並ぶと肩をガッと抱かれた。
 痛いな。

「相変わらず千里は細いな。でも背は伸びたな!」
「透の方が伸びただろう。お前に言われても嫌味なだけだ」

 肩を掴まれたら扉を通りにくい。
 邪魔だと突き飛ばすと手を握られた。
 相変わらずスキンシップの多い奴だ。
 呆れながら生徒会室を出た。

「あ」
「どうした?」
「いや……」

 透が煩いから皆に「お疲れ様でした」と挨拶をするのを忘れてしまったが、わざわざそれだけのために戻るのもおかしいかと廊下を進む。

「梶原さん、透は高校でもこんな感じですか?」
「もっと煩いくらいだよ」
「ははっ、なんだか想像出来ますよ」
「お前らな-!」

 人がいない廊下に私達の声が響いたので煩いかなと思ったが、注意するのは無粋に思えてやめた。
 生徒会室まで聞こえていたら、明日注意されるかもしれないとこっそり反省をした。

 門のところまで行くと、タクシーが止まっていた。
 梶原さんはこれに乗って帰るそうだ。
 透をよろしくお願いしますと言われ、お断りしたいですと答えたのだが笑顔で帰って行った。
 話しやすくて楽しい人だったのでまた会えたら良いなと思った。

「なあ、千里」
「なんだ?」

 タクシーを見送っていると、妙に真面目な声で呼ばれた。

「その……お袋さんとは上手くやってるか?」
「……ああ。前よりはね」
「そっか!」

 神妙な顔をしていると思ったら、そんなことが気になっていたのか。
 最近は千鳥の様子を確認するために家に行くから、母と話をすることも増えた。

「あのスパルタじいさんも元気か?」
「あの人は相変わらずだよ」

 透は家に泊まりに来たこともあり、祖父と何度か顔を合わせていた。
 頼んでもいないのに勉強会が始まってしまい、祖父の指導も体験済みだ。
 それからは透は祖父をスパルタじいさんと呼ぶようになった。
 あの祖父をそんな風に言えるのは透くらいだ。
 祖父も透も気に入っていたような気がする。

「……なあ、今日泊まりにいったら迷惑か?」
「私の家にか?」
「ああ。……やっぱ急に行ったら悪いか」
「いや、うちは大丈夫だが……そっちはいいのか?」

 透が来たら祖父も喜ぶだろう。

「いいのか!? 俺の方はもちろん!」

 子供のように喜んだ透が繋いだままの手を引いて歩き出した。
 まあ……私もゆっくり話せるのは嬉しい。

「話したいことがいっぱいあるから。今夜は寝かさないぜ?」
「寝てくれ。明日は休みじゃない」

 明日はサボろうか、なんて生徒会長が言ってはいけない台詞を吐いた透の手を振りほどき、暑苦しいと叱りながら家路についた。
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