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帝都の大学

男らの目的

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 自分の意思ではどうにもならないぐらい転げて、天地が何度かひっくり返る。

「うっ……」

 全身をやや打つようにしてやっと止まったところで、肩で荒く息をしながら身体を起こす。

 逃げないと__その一心だったが、迫っていた足音が直ぐ側で止まったのがわかり、身体が強張った。

 喉の奥で笑う男。

 恐る恐る振り返れば、視界の端で浪人が1人__最初に追いかけてきた男が、遅れて別のところから現れたのが見えた。

 __2人。

 キルシェが下唇を噛んでいれば、じゃり、と踏み締める音は、大柄な男が佇む背後から。

 __いえ、3人……。

 見やれば、3人目の浪人。細身のやや長い髪の毛の男が、ゆらり、と物陰から現れたところだった。

「悪ィな。足が長ェもんで」

 おどけて自身の足を示す男。

 __足を掛けられた、のね……。

 まず間違いなく、彼らは仲間だ。

 __そして、私はここまで誘導されていた……。

 ずっと最初から術中だった事実に、ひゅっ、とキルシェは息を吸った。

「__上物じゃねェか」

 じっとり、と舐め回すように吟味する視線と目が合うと、長髪の男が卑下た笑みを浮かべて言った。

 __彼らは、物盗りだけじゃないのだわ……。

 寧ろ、物はついで。本命は__。

 想像したキルシェは、ぶるり、と身体が震えた。

「震えちゃって、まぁ」

 乾いた喉を潤そうと、生唾を飲む。

 息がなかなか整わない。

 汗が__嫌な汗が吹き出してくる。

 __どうすればいい……。

 細身の長髪の男が、キルシェ近くで屈んできた。

「ソソる顔じゃねェか。イイ顔するねェ」

 キルシェは奥歯を噛み締め、ぎゅっ、と地面についていた手を握る。

 __怖くなんか……ないっ!
 
 屈服してなるものか、とキルシェは地面の乾いた砂を一掴みして、男の顔面めがけて投げつけた。

 目潰しされた男は、呻き声を上げる。

 地面を蹴った勢いのまま、躊躇うことなく呻き声を上げる男に体当たりをして体勢を崩させ、そうしながら、持っていた日傘を残りの浪人たちへ振るう。振るうことしかできないが、それでも牽制にはなった。

 振るう日傘の動きの合間に男の手が伸びてきて、キルシェは日傘の先端を向けるようにして投げつける。投げつけた日傘を追うようにして、怯んだ男らの隙間からするり、と抜け出た。

 すり抜けられた男らは、諦めたのか追ってこない。

 ほっ、と胸を撫で下ろしたところで、キルシェは眼前に迫るものを見て足を止めた。

 その先には迫る壁。見上げるほどの壁__そこは、袋小路だった。

 __そんな……。

「あっ__!」

 キルシェが絶望する間もなく、強く腕を掴まれて引っ張られた。

 掴んだのは先程の3人の浪人の内、一番大柄な男。体勢を崩しながらも抵抗するものの、二人がかりで羽交い締めにされ、口を塞がれてしまう。

 残る体力を振り絞って身体を捻り抵抗をするが、それはあまりにも効果がなかった。男らは、嘲笑をあげながらキルシェを近くの建物に連れ込んだ。

 連れ込まれた建物の部屋は、何かの倉庫らしかった。

 埃っぽい室内には、麻袋や木箱が乱雑に積まれている。

 窓はあるものの布で覆いがされていて、扉を閉めてしまえば明かりを点けたくなるぐらい薄暗い。

 キルシェは荒っぽく放り出されるようにして解放されたため、均衡を崩し、軋む木の床に転がる。

 ばっ、と身体を翻したのと同時に手首を掴まれ、床へと押さえつけられた。

「嫌っ!」

 もう一方で、手首を掴んでいる男の頬を叩こうとするが、いとも容易くその手も掴まれ床に縫い留められた。

 じっとり、と汗ばんだ大きな手で押さえつけられ、抜け出そうと握られた手首を捻りながら、睨みつける。

 すると男は喉の奥で笑いながら、ぎりぎり、とキルシェの腕を掴む手に力を更に込めた。

「痛い……ぁ……放し、て……」

「イイ声だなぁ。もっと聞かせてくれよ」

 身体を跨ぐようにして膝を付き、伸し掛かられる。間近に迫るい知らぬ男の顔。

 男は肺いっぱいに吸い込んで、うっとりと息を吐き出した。

「いやぁ……堪んねぇ匂いだ……」

 下衆な笑みと吐息を間近にして、キルシェは顔をしかめた。

 日陰の暗い路地とはいえ、暑い中走った男の体から、むわっ、とした湿り気を帯びた体温が放たれている。

 つん、としたえた臭いは、男の衣服か体臭か。

 ギラついて、脂ぎった男の目が愉悦に浸っている。愉しんでいる。

 男はキルシェの手を頭上でひとまとめに縫いとめると、一方の手で自身の下腹部を寛げはじめる。

 吐き気を覚えるほどの嫌悪感に、身体が震えた。冷えた。

 血が凍える感覚は、こうなのだろうか。

 __リュディガーっ!

「嫌! やめて! どいて!」

「ぬぅ……っ」

 遮二無二、暴れて暴れて__そうしていたら、のしかかっていた男が呻いて退いた。

 見れば急所を押さえて膝をついているではないか。

「おっタてたモノ、蹴られやがったか」

 のたうつこともせず、呻いて急所を押さえたまま、脂汗をにじませて身体を強張らせる仲間の様に、心配するどころか大いに笑う2人の男。

 キルシェは這いずって男から離れ、転げるようにして立ち上がって逃げ出そうと試みる。

 扉は男がひとり近くにいるから無理だ。であれば、窓__。

「ああぁっ!」

 窓の覆いに手が届いたところで、悲鳴を上げるほどの痛みが頭に生じて動きを封じられた。キルシェの考えを読み取った男に、髪の毛を掴まれたのだ。

「威勢が良すぎだなぁ、オイ」

 ぐいっ、と容赦なく髪の毛を引っ張られ、あまりの痛みに動くことができず__無意識に、痛みを和らげようと、男の方へ身体が動いてしまった。

「くっっそ、アマがァ……ッ!」

 キルシェは涙目になりながら、急いでその手を剥がそうと試みる__が、そこへ激昂した声に、弾かれるようにしてそちらを見る。

 呻いていたはずの男が立ち上がって大股で近づいてきていた。髪の毛を掴まれた痛みと、男の剣幕に身構えることを忘れたキルシェの顔に衝撃が走った。それは、全身に駆け抜け、脳天を抜ける衝撃。

 宙に身体が浮いて、直後強かに何かにぶつかって、周囲の物を巻き込むようにして床へと落ちる。

 一瞬呼吸ができなかった。

「ぁ……う……くっ」

 身体が動かない。

 左目が__左側の顔が鈍い。それだけではない。体中鈍い。

 ぼやける視界に、激昂した男が歩み寄る様が見えるが、何をどうすべきなのかが分からない。

 身体が__足を掴まれて引っ張り出され、ぐらり、と仰向けにされる。

 その視界に激昂した男の顔が見えた途端、再び顔に衝撃が走った。途端に、鉄の味が口の中に広がる。

 __何で……鉄……?

 わからない。

 __もう、疲れた……。

「オイ、それぐらいにしろ。ボロ雑巾を抱く趣味も、死体を抱く趣味も、オレにはねェぞ」

「あ……ハ、ハイ」

 低められた男の声と、怯んだような声。後者はキルシェの上で押さえつける男だ。

「ったく、ナイフ持たせてなくて正解だったぜ……」

 うんざり、とした男の声の最中、胸元が無造作に、乱暴に開かれたような気がする。

 __わからない……。

 スカートの中を、ざらつき、かさついた何かが弄(まさぐ)っているような気がする。

 __知らない……。

 膝を割り開くようにして、押さえつける鼻息荒い男が身体を密着させたような気がする。

 __考えたく、ない……。

 轟音が、響いた。
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