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帝都の大学

贈り物 Ⅲ

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 何故彼が、こんな店に用事があるのだろう。

 店内を見るに、女性客ばかりである。無論男性客も居なくはないが、その男性が品を選んでいるわけではなさそうで、連れ立っている女性が選んでいるようだ。

 __ニーナさんへの、贈り物……? あるいはラエティティエルさん……?

 リュディガーの周囲で知る限りの女性の影といえば、彼女たち。

 __レナーテル学長……ということはないでしょうけれど……。

 物をやり取りするような間柄だっただろうか__困惑をしていれば、リュディガーが問う。

「入れそうか?」

「あ、え、ええ……入れます……が、あの……何を買いに?」

 問いかけにはしかし答えず、肩を竦めてキルシェの背中を押して、とりあえずは店内へと促すリュディガー。

 店内には表から察したとおり、女性ものの装身具ばかりが並んでいる。

 先程の店とは違い、明るく淡い色、鮮やかな色__綺羅びやかな雰囲気の物が多い。

「日傘を見たいのだが」

 __日傘……。

 近づいてきた女性の店員にリュディガーが尋ねると、ぱっ、と表情が明るくなる。

「ああ、これはこれは先日の」

「その節はお世話になりました」

「いえ。こちらもお役に立てず」

「滅相もない」

「日傘は、こちらですよ」

 少しばかり恰幅が良い女性の店員に案内されるまま、困惑したキルシェの背を押すようにしてリュディガーは続かせる。

 通されたところには、先程の店で見かけたハンカチの棚に負けず劣らずな日傘たちだった。

 装飾を優先して布地でなくビーズを連ねて絵柄にした日傘から、レースをふんだんにつかったもの。質素極まりないが、上質な絹を使ったものまで。

 更に色の違い、柄の違い__種類は多い。

「えぇっと……どなたかへの贈り物ですか?」

 ごゆるりと、と離れていった店員を見てから、キルシェが尋ねる。

「君は日傘が……ほら、壊れてしまってないだろう?」

「ぁ……」

 小さく濁して言う彼の言葉に、キルシェは口ごもって日傘をみやった。

 先日、暴漢に投げつけてそれきりだ。

 後で聞いたが、その折れてしまっていたというその日傘は、ただならぬ事に巻き込まれた証で、リュディガーとアッシスの足を急かせたらしい。

 キルシェは思わず両手を握りしめた。

「実は、後で回収していて……素人目でも直せる範疇ではないだろうと思ったが、駄目元で持ち込んだんだ」

「持ち込む? ここへ?」

「ああ。こういう店は、贔屓の職人へツテがあったりするからな。__まあ、結果は案の定で……」

「いつの間に、そこまで……」

「君が大学に戻った翌日に」

「まあ……そんな……」

 別件があって近くへ行ったとしても、日傘を放り出した場所は、ついでという場所ではなかったはずだ。

 入り組んだ路地裏のどこか__なのだから。

 __わざわざ、行ってくれたのだわ……。

 彼は形見の耳飾りの紛失を気にかけていてくれたから、そちらが本命だろうか。

「今後、君が出歩くかは置いておいて……機会があれば日傘を新調しないか、と誘うつもりだった。付き添いありの外出なら、どうだろうか、と思っていたから」

 少しばかり照れたように言うので、キルシェはわずかに驚いてしまった。

「そ、そう……だったの……」

 リュディガーは視線を日傘へと向ける。

「今日新調しなくても、ついでに寄れたのだから、見るだけでもいいのでは、とな。__お節介だったかも知れないが」

「いえ、そんなお節介だなんて……ありがとう、リュディガー」

 __全然考えてもいなかった。

 出歩く機会は矢馳せ馬の鍛錬へ出向くときぐらいと減ってしまったから、出番がなくなっていてその存在すら__壊れて手持ちのものがないことさえ忘れていた日傘。

 以前までは、日傘を差して出向いていたが、ほとんどが乗り継ぎでの馬車移動だったから、徐々に使わなくなっていた。

 __でも、もし手元にある物が新しい物なら……いざ使う時、確かにいちいち思い出さないでいられるかも知れない。

 あれは未遂__自分は雨で濡れた石階段で足を滑らせて、怪我をしただけ。そう、それだけなのだ。
 キルシェは眺めていた日傘に手をのばす。

 柄は木製だが、こだわって彫刻が施された物もある。彫金された真鍮の柄頭のものもあれば、象牙でできた物もある。

 象牙の柄頭の日傘は、どう考えても高価だろう。買えないこともないが、その分、別のこと__本や紙、筆記用具などに使いたいところである。そこまで日傘にはこだわりを今の所持ち得ていないのだ。

 __どうせ、家に戻ったらほぼ使うこともないのだし。宝の持ち腐れに違いないわ。

 となれば、木製のものになるが、試しに持ってみると頼りないぐらい軽い物だ。

 __また折れる、かもしれない……。

 そんな乱暴な使い方はする機会はないだろう。

 これまで使っていた日傘は、木製の柄と彫刻が施された柄頭のものだ。街へ贖いに行ったのでなく、家に商人を招いて、軽いものを、と頼んで届けられた日傘だった。

 だからある種、目の前の光景は迷わせるには十分な種類だ。

 試しに、真鍮の柄頭のものをひとつ取ってみる。

「それほど、重くはないですね」

 傘の布は無地で、薄手の白い綿。縁をぐるり、と白い絹の細い紐のような房が垂れていて、より軽やかな印象を与える。

 広げないまま、試しに上下を正して持ち直してみると、軽すぎず、重すぎず、手にしっくり馴染む程よい重みである。

「真鍮が柄頭だと重心が下になるから、外を歩いて風が吹いた時、さらわれにくいかも知れない」
「なるほど」

「__鈍器にもなりそうだな」

 くつり、と笑うリュディガーに、キルシェは苦笑を浮かべる。

 __たしかに鈍器……。

 柄は木製だから、折れないことはないだろうが、この柄頭が真鍮では木製よりも鈍器としての耐久はありそうである。

「そんなに襲われてばかりでは、困りますが……」

「それはそうだな」

 キルシェは他の似たような真鍮の柄頭のものを手にとって見比べてみるが、レースが多くあしらわれて華美になっていくばかりで、結局は最初に手にした日傘がこの中では好みだった。

「それにするか?」

「いい機会ですから……これにしようかと」

 わかった、と頷いたリュディガー。

 てっきりその場で店員を呼んでくれるのだと思ったが、キルシェの手から日傘を取り上げると、待つように身振りで指示してその場を去っていく。

 __まさか……。

 嫌な予感がして、去っていた彼を見守るのだが、店員とのやり取りは大柄な彼の影になって詳細に見ることができなかった。
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